ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第22話 『補給』

 

 大洗女子学園の学校図書館は中々に立派な造りをしている。

 アンティーク風のインテリアで占められお洒落であり、蔵書も豊富である。

 気合が入っている割には利用者が少ないのが実に残念だ。

 しかし人気がないぶん、普通の図書館・図書室では厳禁とされるお喋りをしても、周りに気にする者も咎める者もいないというのが実に良い。談話室や自習室代わりに使うにはうってつけだった。

 さて、今日この学校図書館の一角に集まり、何やら勉強会らしきものを開いているのは、大洗装甲騎兵道D分隊。例の一年生チームであった。

 

「やっぱ本で読むだけだと全然よくわかんないねぇ~」

 

 間延びした特徴的な声でそう言ったのは宇津木優季である。

 『装甲騎兵道入門』とデカデカと表紙に書かれた本より眼を上げて、困ったような顔をしている。

 

「ネットで動画探したけどうますぎて参考にならないし」

 

 眼鏡にツインテールの大野あやが頷いた。

 学校の共用パソコンを開いて動画を覗いているが、検索ワードが悪いのか内容は少々ピントがずれている。

 

「でも頑張ってレベルをあげないと」

 

 と漏らしたのは黒いロングヘアーの山郷あゆみである。

 その顔にはどことなく焦りの色が見え隠れしている。

 

「そうだよ! このままじゃ先輩たちの足を引っ張っちゃうかもしれないし、何としても強くならないと!」

 

 強く口調で宣言したのはリーダー澤梓。黒のショートカットのやや地味な風貌だが、そのハッキリした声は実にリ-ダー然として責任感に満ちている。この勉強会――ATについての理解と、訓練法の研究だ――を発案したのもほかならぬ彼女なのだ。

 

「……」

 

 梓の言葉に静かに頷いたのは、丸山紗希。無口でボーっとしているが、聖グロリアーナ戦で見せたように思わぬ所で実力を発揮する一年生チームの隠し玉だ。

 

「次こそは格好いい所見せたいもん! 負けっぱなしじゃカッコ悪い!」

 

 最後にそう締めくくったのは阪口桂利奈だ。現状、一年生チームでは一番操縦が上手いが、それが発揮できる場面に恵まれず、彼女は燃えていた。割りと熱しやすい性格のようだ。

 

「でもさ。私達だけで考えて自主練するの、やっぱ無理あるんじゃない?」

 

 と言ったのはあゆみである。

 これにはあやもウンウンと頷いて言う。

 

「調べるって言ったって、装甲騎兵道関連の本とか、ここ古いのしか置いてないし」

「やっぱ誰かに聞くしかないよね~」

「聞くって?」

 

 あやの言を受けて優季が漏らした言葉に、桂利奈が反応した。

 装甲騎兵道が大洗女子学園から無くなって随分な年月が経つ。

 そんな現状聞ける相手と言えば――――梓が、立ち上がって宣言する。

 

「今から、先輩たちの所に行こう!」

 

 

 

 

 

 第22話『補給』

 

 

 

 

 

「西住隊長! 私たちに戦い方を教えて下さい!」

「「「「「「お願いします!」」」」」」

 

 放課後、例の校庭横倉庫にみほ達がやって来た時、出迎えたのは勢揃いした一年生チームの面々だった。

 

「私達、強くなりたいんです」

「負けてばっかじゃいられないです!」

「てか一機ぐらい落としたいです!」

「格好いいことしたいです!」

「逃げてった彼氏とより戻したいです!」

「……」

 

 その声の勢いにみほは面食らうが、真剣な眼差しで見つめてくる一同に、自然と表情が引き締まる。

 

「わかりました。公式戦も近いですし、改めてD分隊の戦い方を一緒に考えてみましょう」

「ありがとうございます!」

「がんばりまーす!」

 

 ――とは言ったもののである。

 

「初期型トータス……」

「新品同然のコンディション。これで後期型なら言うことないんですが」

 

 ずらっと並べられた一年生チームの乗機、スタンディングトータス初期型。

 それを前にしてみほは悩み、優花里も惜しいと言った調子で頷く。

 

「初期型と後期型で、そんなに違うものなのでしょうか?」

 

 この華の問に答えたのは優花里だった。

 

「やはりローラーダッシュ機構が備わっていないのが……無論、H級ならではの堅牢な構造に優れたパワー、余裕があり操縦性に優れるコックピット、またポリマーリンゲル液の浄化装置を装備できるので稼働時間も長いです。ですがローラーダッシュ機構がついているのが当たり前になった昨今のAT事情を考えると、機動力の面ではどうしても不利になってしまいます」

「会長達のように、足回りを改造してなんとかするのは無理なのか」

 

 というのは新たに麻子から出てきた疑問だが、これにはみほが首を横にふる。

 

「実は自動車部のナカジマさんに相談してみたんだけど、現状ではちょっと無理だって言われてて……」

「ん? 何故だ? パーツなら例のジャンク置き場にたっぷりあっただろう」

「修理用の予備パーツのことを考えると、思った以上にストックに余裕がないから」

「あぁなるほど。前の練習試合でも結構派手に壊れたからな」

 

 操縦席の中はカーボン加工で守られているが、それ以外の部分は凹みもすればヒビも入るし、場合によっては千切れたり爆ぜたりもする。試合用弾薬を使うことで破損は最小限度に抑えられるが、それでも壊れる時は壊れるのだ。聖グロリアーナ戦は思いの外の激戦で、大洗ATも大半が大きく傷ついていた。

 

「特に足回りは普通に使ってても損耗が激しい部位だから……ATのなかである意味一番酷使する部分だし」

「余計に予備が無い訳か。でも西住さん、このままじゃコイツらの活躍は難しいんだろう?」

「うん。だから他の手を考えないと……」

 

 ここで何か思いついたのかピンと人差し指を立てたのは沙織だった。

 

「要するに大きくて力持ちってことでしょ! だったら私のやつみたいにどーんと、でっかい大砲でも載せれば良いじゃん!」

 

 沙織が言うのに華や優花里も同意する。

 

「沙織さんの言う通りです。スコープドッグの肩に載るなら、より大きいトータスならば」

「走ることを最初から想定しないのなら、多少積載量が増えても動きに問題ありません!」

 

 しかしここで新たに現れて待ったをかける人影ひとつ。

 

「生憎だが、我が校にそれは不可能だ」

「河嶋先輩……」

 

 そう、生徒会広報、河嶋桃である。

 その後ろには会長、角谷杏に副会長、小山柚子の姿も見える。

 なお桃の姿を見た瞬間、優花里が彼女には珍しく顔を顰めたのはご愛嬌だ。

 

「まぁぶっちゃけちゃうとお金がないんだよね」

「手持ち装備の弾薬代だけでも結構な額になるし……正直ウチの台所事情は火の車で」

「この間の練習試合や大納涼祭のお陰で、多少は義援金集まったんだけどねぇ……必要経費でとんとんだし」

 

 杏、柚子の二人が、桃に続いてぶっちゃけた。

 なるほど、確かに先立つものがなければどうにもならない。

 現にミサイルランチャーやロケットランチャーを装備しているATは、沙織のレッドショルダーカスタムを含め3機程度しかいないのだ。

 

「……」

 

 みほは思案顔になって僅かに俯いたが、すぐに顔を上げて言った。

 

「ランチャーだけならジャンクからの流用でなんとかなります。弾薬については、ロケットを使えば」

「なるほど! 確かに西住殿の言う通り! ミサイルならともかくロケットで妥協するならなんとかなるかもしれません!」

 

 みほの言葉に優花里はうんうん頷くが、ここで静かに見に回っていた一年生チームより質問があがる。

 質問者はあやだ。

 

「あのぉ~そもそもミサイルとロケットって違うものなんですか?」

「どっちも同じに見えるんですけど~」

 

 優季も同じことが疑問らしく、例の特徴的な間延びした声で続けて問う。

 声には出さないが、他の一年生も同じことが疑問らしい。

 これに答えるのは優花里だった。

 

「ミサイルとロケットの違いは誘導装置の有無です。誘導装置があるのがミサイル、無いのがロケットですね」

「要するに! ミサイルは撃った後自分から相手に向かって飛んでくれて、ロケットは撃ったら撃ちっぱなしってこと! 解った?」

 

 優花里の説明に補足を入れるのは、こういう場面では珍しい事に沙織だった。

 彼女のレッドショルダーカスタムにはロケットとミサイルの両方が搭載されているため、ATだの兵器だのに詳しくない沙織でも、これについてはよく知っているのだ。

 

「誘導装置がないぶんロケットは単価も安いですし、これならば」

「しかし狙った所にしか飛んでいかんということだろう。一年生に持たせて大丈夫なのか?」

 

 みほが言うのに、疑問を呈したのは桃だ。 

 桃にとっては一年生チームの能力は懸念事項のひとつだった。

 なにせ彼女から見れば大洗内の練習試合でも、聖グロリアーナとの練習試合でも一年生D分隊は足を引っ張ってばかりという印象だからだ。正直彼女もどっこいどっこいなのだが、自分は数に入れていないらしい。

 

「ロケットはもともと命中精度を期待する武器じゃないので問題ありません。分隊全体で弾幕を張って面制圧をするのを基本としたいと思います」

「……会長、どう思われます?」

「そうだね~まぁ西住ちゃんが太鼓判押すなら大丈夫じゃない?」

 

 杏が賛成するならと桃も頷いた。

 

「しかし予算の問題は依然深刻だ。一旦分隊長全員を集めて、装備と戦術に関する会議を開いたほうがいいかもしれん」

「それについては私も賛成です。各分隊の個性も解ってきた所ですし、サンダース戦のことを考えて装備について考えを練り直さないといけないって、思ってましたから」

「そだね。取り敢えず西住ちゃん、あとで生徒会室来てよね。その子らの練習、終わってからでいいから」

 

 単に顔を出しに来ただけだったのか、生徒会の面々は話が終わったらすぐに帰っていった。

 みほは改めて横一列に整列した一年生チームに向き直り、息を深く吸って、大きな声と共に吐いた。

 

「それでは、ロケット砲撃に重点を置いた射撃練習をしたいと思います。ですが、まずは足りないランチャーを集める所から始めましょう」

「「「「「「ハイッ!」」」」」」

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「ところで」

 

 後日、実際に開かれた分隊長会議の席上のことだった。

 一通り所定の議題について話し終わった所で、挙手し発言求めたのはカエサルだった。

 

「これはC分隊全員の総意で、私も同意見だったのでここで述べさせて欲しい」

「……? 何だいきなり?」

 

 怪訝そうな桃へとカエサルはおもむろに言った。

 

「他でもない。チーム名の問題だ。アルファベットのチーム名だと混同が多い上に、何より味気ない。ココが一番大事な部分だ」

「あ! それについてはD分隊でも同じ意見が出ていました」

「B分隊でもそうです!」

「まぁ確かに面白く無いとは思ってたけどね、私も」

 

 カエサルが言うのに、会長を含めた各分隊長も次々と同意していく。

 唯一話の流れを上手く捉えられず、黙ったままなのはみほだった。

 黒森峰では分隊など番号で呼ぶのが普通だったので、別段不便を感じたことがなかったのだ。

 

「しかし我々の間では意見の相違が大きく上手くまとまらなかった。そこで隊長、アナタに決めてもらいたい」

「え?」

 

 いきなり振られたので、みほは咄嗟に反応ができなかった。

 きょとんと、カエサルを見返しただけである。

 

「あ、それ良いね。西住ちゃんが隊長なんだから、西住ちゃん、決めちゃって良いよ」

「え? え? え?」

 

 杏がこりゃ面白いとイタズラっぽい顔をして無茶振りしてくるのに、みほはいよいよ反応できない。

 

「じゃ、お願いね。期限は明日の装甲騎兵道の授業までってことで」

 

 ――それで放課後である。 

 

「いきなり家に来てくれっていうから、何事かと思った~」

「私、みほさんに何かあったかと心配でした」

「しかしチーム名ですか……」

「適当で良いんじゃないのか、そんなの」

 

 助けを求めるメールに、沙織、華、優花里、麻子とA分隊の一同はみほの部屋に勢揃いしていた。

 彼女たちの見守る先には、眉を顰めて真剣に悩んでいるみほの姿をみとめることができる。

 

「こんなの私、任されたことないから、どうすればいいか解かんなくて……色々と案はあるんだけど、それをみんなに聞いてもらいたくて……」

「へー面白そうじゃん! じゃあみぽりん、一緒に考えようよ!」

「それで……わたくしたちのチーム名はもう決まってらっしゃるんですか?」

 

 華が聞くのにみほは小さな声で答えた。

 

「あの、その……私達のチームは『あんこうチーム』か『タコさんチーム』か『クマさんチーム』が良いかなって」

「西住殿らしい、可愛いお名前ですね! その中だったらわたし、『タコさんチーム』が良いです!」

「えー……蛸は可愛くないよ~それなら私『クマさんチーム』が良い!」

「大洗の名物は鮟鱇ですから、あんこうチームがよろしいんじゃないかと」

「あんこうは解るが、タコとクマはどこから来たんだ……」

「冷泉殿、それはスコープドッグの愛称からですよ! 顔が蛸に似ているということで、スコタコって巷じゃ呼ばれてるんです! それにクマはパープルベアーのクマですよ!」

「ああなるほど」

 

 結局、大洗を代表するチームなのだから『あんこう』が良いのでは、ということで決着がついた。

 その後も、喧々諤々の議論を交わしながら、各チームに名前をつけていく作業は続いた。

 なお、みほは自チームに『ボコ』と名付けたいというのが隠れた本音だったのは、まぁ秘密である。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

 さて、チーム名も改まり、各チームの戦術と装備案も固まった、ある日のことである。

 

「今日の午前中、発注していた新装備が届いた。この装備で公式戦を戦い抜く。全員気合を入れろ!」

「おー!」

「頑張りまーす!」

「根性ー!」

「えい、えい、おー!」

 

 桃が激を飛ばすのに合わせて、自動車部が運転するトレーラーが今朝届いた装備品を運んでくる。

 新たに発注した各種ランチャーに各種弾頭、また予備の手持ち火器も幾つか目新しいモノが混じっている。

 

「ふふふ……」

 

 何やら得意げな顔で怪しげに微笑む桃が、みほたちの元へと歩み寄ってくる。

 妙に上機嫌で、やや不気味だ。

 

「見ろ西住! 秘密兵器が手に入ったぞ! これでサンダース戦も勝利間違い無しだ!」

 

 そう言って桃がトレーラーへと駆け上り、覆いのシートを引っ張れば、果たして「それ」は姿を露わにする。

 

「交渉により格安で手に入れることができた! サンダース相手でも砲戦に負けることはない!」

 

 得意満面な桃が指差す「それ」に、みほは戸惑い、優花里も合わせて微妙な顔になった。

 

「西住殿……あれってまさか……」

「うん。たぶんあれは……」

 

 桃が格安で手に入れた――のではなく抱き合わせ商法で掴まされたのは、ATの背丈はあろうかという長大な砲身を誇る、巨大なライフル状の火器だった。

 そうこれぞ、試作されたは良いが使いこなすのは不可能とお蔵入りにされた珍兵器。

 カタログスペックは優秀だが、実際に運用するのは無理と見なされ倉庫に放置されていた不良在庫。

 ――その名も『アンチ・マテリアル・キャノン』。

 

 





 戦端はいよいよ開かれた
 揃いの耐圧服に身を包み、故郷の歌に送られて
 戦いの場へと足を踏み入れる、大洗の乙女たち
 その数二十二。対する敵は二倍の五十
 だが真の敵は、数の差とは異なる所にこそ在った

 次回『猛襲』 眼と耳は、偏在する





おまけ:簡易版AT武装図鑑

【アンチ・マテリアル・キャノン】
:超高速徹甲弾を撃ち出す対艦艇用大型砲。形状はアンチマテリアルライフルなどに似る
:ロマン砲。反動が強すぎて使い物にならないので試作後放置されていた。客観的に見れば産廃
:惑星デゲンの国、ヒュロスの軍にはコイツを使いこなすバケモノがいるらしい
:出典はボトムズ公式スピオンオフ小説『コマンド・フォークト』


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