聖グロリアーナとの練習試合は敗北に終わった。
しかし実質素人軍団の大洗女子学園がここまで食い下がったことは評価されてしかるべきだし、各自の課題、チーム全体としての課題も明らかになり、何より大洗装甲騎兵道復活のいい宣伝になった訳で、総評すれば単純な勝ち負けを越えた良い結果に終わったといえるだろう。
大洗チームの健闘っぷりには中継を通して地元民も盛り上がったし、地域を味方につけるのは大事なことだ。――おおむね杏会長の絵図通りにことは運んだという訳で、言うところ無しである。
「ふぇぇ~~」
「もうお嫁に行けない!」
「恥ずかしがったら負けです!」
「そうです! 華を生けるよう、無心に――ってやっぱ無理です!」
「諦めるの早いな」
――かといって負けは負けなので、当初の約束通り、みほ達のあんこう踊りの披露となった。
ボディラインのくっきりと見えるラバースーツ状の衣装は、もはや立っているだけでセクハラといった塩梅だが、そこに中々に激しい振り付けが加わり、体のいろんな部位が揺れ動くので、いよいよもって公序良俗に反する。
みほなどは顔を鮟鱇というより茹で蛸のように真っ赤にして、もう半ば破れかぶれに踊り狂う有様。沙織に華も似たような様子だが、優花里は開き直ったのか平然と踊り、麻子はいつも通りの鉄面皮であった。
しかし言い出しっぺの生徒会の面々も一緒になって踊っているので、文句を言うこともできない。
むしろ杏などは見るからにノリノリで、案外彼女だけは最初から罰ゲーム関係無しに踊るつもりだったのかもしれない。
生身でのあんこう踊りの後は、ATでのあんこう踊りやタコ踊りも舞いに舞ったり、偶然出くわした華の母親が卒倒したり、華が母親と大喧嘩になったりもしたが、まぁ夜には無事に学園艦へと帰って来ることが出来ていた。
そしてアッと言う間に、高校生装甲騎兵道全国大会、トーナメント組み合わせ抽選会の日がやってきた。
第19話『再会』
――抽選会終了後の自由時間に、みほは珍しく『行きたい場所がある』と自ら言い出した。
普段はだいたい沙織か優花里がどこそこに行きましょう、なにそれを食べにいこうよとみほを誘う。何か特別な用事でもない限り、みほはすぐにうんと頷いて一緒に来てくれるのだ。彼女はどちらかと言えば周りに合わせるタイプなのだ。
つまり、ATに乗っている時はともかく、普段は余り自己主張が強いタイプでもないみほが、自分からどこそこに行きたいと言い出すのは珍しいパターンだった。
最初みほはその場所に自分一人で行くつもりだったようだが、結局沙織達いつもの4人も一緒に付いて行くことになった。
(みぽりん……何か元気ないし)
抽選会で初戦の相手に、強豪『サンダース大学付属高校』を引いてしまったからか、みほが元気がないというか、思い詰めているような顔をしていたのが沙織たちには気がかりであった。故に、そんな時は側に居てあげたほうが良いだろうと、沙織達は気を回した訳だ。
さて、そのみほが来たかった場所はと言うと……。
「ええと、なになに……」
「『バトリング喫茶』……ですか」
「なんだそれは」
取っ組み合いをするスコープドッグとスタンディングトータスの絵がデカデカと描かれた看板の下には確かに、『バトリング喫茶』の文字をみとめることができる。
看板や、店の入口近くに貼られたポスターはアルフォンス・ミュシャ風の絵柄で、ポスターに描かれているのはレッドショルダー仕様のスコープドッグだった。恐らくは少しでも店をお洒落に見せようという店側の努力なのだろうが、描かれているモノがモノなので全然お洒落になっていないのが哀しい。
「……西住殿、もしかしてココって」
「え? なに? ゆかりん、ここが何のお店か知ってるの?」
「はい。飽くまで噂に聞いている程度ですけれど」
観音開きの重い扉を開けば、店の中が顕に――なるより先に、厚い蓋により封じ込められていた『声』が一斉に飛び出してくる。
『うぉぉぉぉぉぉ!』
『いいぞ! そこだー!』
『殺っちまえー!』
『ぶっ潰せー!』
『ぶっ壊せー!』
声と言うより怒号、と言った方が正確かもしれない。
大きさもさることながら、そこに篭った活気、否、熱気がすさまじい。それも、触れれるのではないかと思えるほどの濃厚な熱気だ。
「え? え? なに?」
沙織は思わず気圧されて後ずさる。
そりゃそうだ。仮にも『喫茶』を名乗る店のドアを開けたら、殺せだの潰せだの物騒な単語が出てくれば誰だって普通はビビる。一般的な女子高生であればなおさらだろう。
「アハハ……いつ来てもガラ悪いね、ココは」
「やはり! 噂は聞いていましたが……まさか実在してたなんて!」
「まるで競馬場か競艇場ですね」
「じゃなきゃ競輪場だな」
「……華も麻子もなんでそんなとこのこと知ってるのよ!」
ただし沙織の友人たちは揃って余り一般的とは言えない女子高生だった。
みほは呆れの混じった顔になりながらも、懐かしいといった趣をのせて微笑み、敷居を跨ぐ。
優花里は何やらテンションが上がってきたのか、鼻息も荒くみほに続く。
さらに華と麻子もいつも通りの平然とした姿で2人の背を追う。
「ま、待ってよ~!」
そして一人残されちゃたまらんと沙織は慌てて皆を追いかけた。
――◆Girls und Armored trooper◆
店の内部は巨大な円形を成していた。
ちょうどスタジアムのように、客席と机はすべて円の中央部を見ることが出来るよう配置されている。
では、円の中央部には何があるかと言えば、それは『闘技場』だった。
分厚い強化ガラスと鋼鉄の板で仕切られ、一面に砂がひかれた丸いバトルフィールド。
正規のスタジアムに比べればずっと小さいが、それでも『ショー』を演ずるのには充分な広さがある。
「勝てー! 必ず勝てー!」
「あたしゃお前に小遣い全部かけてんだぞー!」
「それを言うなら私は一月分の仕送り全部かけたわ! 負けたら1ヶ月、三食水とパンの耳だわ!」
「負けたら土下座させてやるぅ!」
「操縦席から引きずり出してボコボコにしてやる!」
声援と呼んでいいものか解らない声援を送りながら、手のひらに汗を滲ませ客達が観戦するのは、ATとATがぶつかり合う格闘技、見世物のコンバット、それすなわち――『バトリング』!
そう『バトリング喫茶』とは飲み食いしながらバトリングを楽しめる画期的な喫茶店なのだ!
『おーっと「ウラヌス」! ロケットの一撃を見事に躱しました! あの至近距離から素晴らしい反応だ!』
MCの実況がスピーカー越しに響き渡り、店の天井のあちこちから吊り下げられたモニターが、コロッセオ内部の戦いを様々な角度から映し出している。
ぶつかり合っているのはどちらもドッグタイプのATだが、しかしその様相は互いに随分違う。
一方は『ストロングバックス』と呼ばれるスコープドッグのバリエーション機で、頑丈な装甲とH級並のパワーが売りのATだ。その性質ゆえにバトリング選手が好んで用いるタイプで、今現在闘技場で戦っているのもド派手に真っ赤に塗られたいかにもバトリング用の機体だった。武器も見栄えの良い9連装のロケットランチャーである。
それに比べると対戦相手は実に対照的だった。
スコープドッグのカスタム機だが、見るからに『細い』。それもその筈、左手を始め全身各所、装甲という装甲を剥ぎ取り、ほとんど機械の骨格が剥き出しなような有様だ。
通称『ライトスコープドッグ』。ただでさえ薄いATの装甲を極限まで削り、機動力と速力のみを強化した、半ば伊達と酔狂で出来上がっているようなカスタム機だ。基本戦法は『蝶のように舞い、蜂のように刺す』だが、ひとたび反撃を浴びればたちまち蝿か蚊のように叩き潰される。
そんな機体の表面には、茶、焦げ茶、黄色、緑の四色で、旧帝国陸軍の戦車を連想させる特徴的な迷彩が施され、対戦相手のストロングバックスとはまた違った意味で人目を引く姿だった。左手には、スパイク付きのボクシンググローブといった風情のナックルガードが装着されていた。
『しかし「ウラヌス」の操縦はすさまじい! 一撃離脱が基本の筈のライトスコープドッグで、突撃を中心に据えた命知らずの戦法! 相手は完全に翻弄されている! バックス自慢の装甲も活かせてないぞ!』
MCの実況通り、迷彩のライトスコープドッグの戦法は明らかに定石に反している。
軽装甲の機体で迷うこと無く直進、懐に飛び込んで左手にはめたナックルで容赦なく殴打し、右手のショートバレルヘビィマシンガンで至近射撃を叩き込む。
結局、ろくに反撃もできないままストロングバックスは撃破され、『ウラヌス』というリングネームのライトスコープドッグへと勝利の判定が下された。
『「ウラヌス」の勝利! これで三連勝だ! 誰か彼女を止められる奴はいないのか!』
「ちくしょー! 重ATであんな紙に負けやがってー!」
「全財産がぱぁだぁ~!」
「アハハハハ! 一ヶ月パンの耳生活の始まりだぁ~!」
頭部から白旗を出し、行動不能になったバックスをセコンドのATがバックヤードへと引きずっていく。
勝者の迷彩ライトスコープドッグは、観客へと向けてパフォーマンスのつもりか敬礼を送っていた。
「あのライトスコープドッグ、凄いですね! まさか重ATを相手にあんな戦い方があるなんて!」
と、興奮した調子で感想を語るのは優花里だ。
ちょうど真向かいの席に座っているみほへと、優花里は話しかけたのだ。
「うん。カーボン加工で安全だって言っても、怖いものは怖いから……勇気のある選手じゃないと、とてもできないよ」
みほは同意して頷いた。
自分も格闘戦を多用するAT乗りではあるが、ああも大胆に戦えるかといえば自信がない。
ともすれば無謀な突撃にしかならない直進機動。使いこなすのは難しい。
「てか私はこんな店があった事自体にまだびっくりしっぱなしなんだけど……」
「まぁスポーツバーなんてのがあるから、ここも似たようなモンだろう。たぶん」
「この牛すじ煮込み美味しいです」
「こういう店は肝心の料理がおざなりだったりするからな。この焼きそばもいけるぞ」
「華も麻子もなんで馴染んでるのよ……私もなんか食べよ! すいませんタコ焼きひとつください!」
一応は喫茶店と名乗ってはいても、メニューには喫茶店らしいモノはまるでない。
バトリングという血の滾る見世物に合わせて、メニューも腹にどしっと来るものばかりが置かれていた。
現にみほの右隣の華は牛すじ煮込みを食べているし、左隣の麻子も黙々と焼きそばを食べている。
耐圧服姿の店員が運んできたタコ焼きを食べながら、沙織はみほへと話しかけた。
「それにしてもみぽりん。なんでこの店に来たかったの?」
「そうですね。確かにバトリングの試合が見れるのは興味深いですけれど……何かみほさんオススメのメニューでも?」
「あ、この店は鉄板餃子が美味しくて――」
「すいません! 鉄板餃子ひとつ追加でお願いします!」
「あ、鉄板餃子2つで! 私も試合を見て興奮したらお腹すいちゃいました!」
「ケーキは……ないか」
「そりゃあこういう店にはケーキはないでしょ……それよりもみぽりん、結局理由は――」
『それには――』
不意に、知ってるような知ってないような声が、沙織の問いを遮った。
「わたくしがお答えしますわ」
みほ達が声のほうに顔を向ければ、意外な人物の姿がそこにはあった。
「貴女は」
「聖グロリアーナの」
「ダージリンさん」
聖グロリアーナ女学院、装甲騎兵道チーム隊長ダージリンその人である。
しかしその格好は、聖グロリアーナの制服でもなければ、例のイギリス近衛兵風のユニフォームでもない。
白のブラウスに青のロングスカートというラフな格好だった。
「席、ご一緒してもよろしくて?」
「あ、はい! どうぞ!」
少し詰めて席を開けた沙織の隣に、ダージリンは座った。
珍しく一人らしく、傍らには副官オレンジペコの姿はない。
「ここに来ればみほさん、貴女に会えるんじゃないかと思っていたけれど……私の勘は当たったようね」
「ダージリンさんもやはり……」
「ええ、貴女と同じよ。私服なのもそのため。ここに来ているのは飽くまでお忍びですもの」
傍から聞いていると何について話しているのかさっぱりなみほとダージリンの会話に、沙織と華は互いの顔を見合わせた。沙織が代表して質問しようかと思った所で、先に口を開いたのは優花里だった。
「ダージリン殿! やはり西住殿も貴女もココには『偵察』に?」
「ええ。装甲騎兵道に心得のある者ならば必ずココに一度は顔を出すわね」
「偵察……ですか?」
優花里へと頷くダージリンへと次いで問いを発したのは華だった。
ダージリンは華のほうを向くと、右手の人差指を立てて、まるで先生のように説いた。
「全国大会の抽選会は毎年同じ会場で開かれる。そしてこのバトリング喫茶は、その会場から一番近いバトリング・コロシアムなの。全国の強豪が一同に会する抽選会……その熱気に当てられ、血の疼きを抑えられなかった選手たちがいつしか、この地に自然と足を運ぶようになった……」
「それじゃあ周りのお客さん、みんな装甲騎兵道の選手ってこと!?」
沙織が慌てて周囲を見渡すのに、ダージリンはくすりと微笑んで、今度は彼女へと説く。
「みながみなじゃないわ。でも、一箇所に血気盛んなAT乗りが何人も集まれば自然、戦いは避け得ない。中には、対戦相手の実力を事前に知っておきたい、あるいは自分の力を見せつけ戦意を折っておきたい、と考え自分のATを持ち込む者まで現れたわ」
「その話は聞いたことがあります。全国高校装甲騎兵道大会。その『前哨戦』が行われる影の闘技場があると」
優花里へとダージリンは再度頷いた。
「中にはみほさんやわたくしのように、偵察にだけ来る選手も大勢いるけれど。例えば……あそこで熱心にカメラを回しているのはサンダース副隊長。あそこでサングラスをかけて変装したつもりなのはアンツィオの隊長よ」
「じゃあ今試合をしているのも装甲騎兵道の選手か」
麻子の指摘に答えたのは、今度はみほだった。
「うん。あの特徴的な迷彩に、機動力重視の軽装AT、それに勇猛果敢な突撃戦法……名前までは解らないけど、知波単学園の選手なのは間違いない」
「知波単学園と言えば、全国大会常連で、去年はベスト4にも輝いた高校ですね。ただ戦法の性質上戦績にムラがあって、ここ数年は初戦敗退ばかりでしたけど」
「あれだけの腕を持った選手がいるなら、例え黒森峰を相手にしても勝負がどう転ぶか……見ものね」
それだけ言うと、ダージリンは静かに席を立った。
「それじゃあ、また。勝ち上がった先で、また巡り会えることを楽しみにしているわ」
「あ、はい」
そして現れたのと同じぐらい唐突に彼女は去り、人混みに紛れて行った。
「……聖グロリアーナとは互いに決勝戦まで勝ち上がらないと再戦は無理ですね」
「うん。だからまずはサンダース戦を勝たないと」
「そう言えばみぽりん、サンダースってとこは強いって聞いたけど、大丈夫かな? ほら、あそこにそこの副隊長がいるみたいだし、それとなく探りを――」
『……副隊長?』
それにしても今日は、やけに沙織の言葉が遮られる日である。
またまた現れた来訪者の声が、沙織の声に覆いかぶさる。
その声は、みほにとってとても聞き覚えのある声だった。
「ああ……『元』でしたね」
あからさまに嘲笑を添えてそう言ったのは、灰色の髪の、尖った目つきの少女だった。
「エリ――逸見さん……」
いや、彼女だけではない。その少女の傍らに、機械のような冷たい表情のまま、みほを見下ろす姿がひとつ。
「お姉ちゃん」
西住まほ。みほの姉、その人。
そして西住流の姉弟子であり、西住流そのものと言える人が、そこには立っていた。
姉、そして好敵手
捨ててきた過去が、眼をそむけてきた過去が、みほの前に立ちふさがる
ゆるぎかけた自信、立ち上がる友たち
新たに生まれる決意の陰で、また別の宿敵がその動きを開始していた
次回「怪物」 呼ぶなれば、黒き獣か