ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第18話 『対決』

 

 C分隊全滅!

 そのニュースはキルログという形ですぐにみほ達のもとへと届けられた。

 

『嘘ぉっ!? なんで!? どうして!?』

『いやぁ……いくら強豪とは言え、ここまで読まれちゃオシマイだわ』

『まだだ! まだ負けてない! 根性で――うわぁっ!?』

『キャプテン! やっぱり無理ですぅ!』

『みなさん落ち着いて!』

『そうです! まだ試合は終わっていません!』

 

 慌てるもの、(たしな)めるもの、諦めるもの。

 いずれにせよ、頼みのC分隊全滅のニュースが、大洗チームに与えた衝撃は大きかった。

 これで戦力比は9対16。数字の上では挽回不能な数差ではない。だが問題はメンタルだ。

 華や優花里、それにバレー部キャプテンの典子は頑張って激を飛ばしているが、心なしか彼女たちの声も震えて聞こえる。作戦の要が全滅したのだ。動揺して当たり前だった。

 付け加えて言えば、敵も背後からの奇襲部隊を撃退し、意気が上がってきたのだろう、左右に戦列を延翼し、半包囲の形を作って攻め寄せてきている。このままでは不味い。

 

(だったら!)

 

 不味い状況を不味くならないように足掻くしか無い。

 動揺を吹き飛ばすにはどうするか。それは別のショックを与えて、心をそっちに向かせれば良い!

 

(角度は……30度から40度、いける!)

 

 ターンピックを使った急速旋回で潜り込んだ岩の、その傾斜を目測する。

 『充分な角度』があると解るや否や、みほがどこからか取り出したのはミッションディスクだった。

 すでに入っていたものをイジェクトし、新しいものと取り替える。

 読み込みが完了したことをランプの点滅で確認し、深呼吸のあと、みほは叫んだ。

 

「A分隊、援護してください! 吶喊します!」

『みぽりん!?』

『みほさん!?』

『西住殿!?』

 

 ペダルを全力で踏む込み、フルスピードでATをローラーダッシュさせる。

 例のギュィィィンという特徴的な駆動音と共に、砂が巻き上がり、パープルベアーは急加速する。

 目の前の岩をジャンプ台に、みほの体はATごと宙へと跳んだ。

 

『凄いジャンプ!』

『うちの部員に欲しい!』

『キャプテン言ってる場合じゃないです!』

『とにかく今はアターック!』

 

 みほは右レバーのバリアブルコントローラーを複雑な順番で押すと同時に、右ペダルを踏み込む。

 中空にも関わらずATの手足はミッションディスクのプログラムパターン通りに動き、特徴的なフォームを作った。

 右足をまっすぐ伸ばし、左膝を曲げる。そんな体勢のまま、パープルベアーは空中を駆け抜け――咄嗟に反応できなかった不幸なエルドスピーネの顔面目掛け『飛び蹴り』の一撃を叩き込んだ!

 

『ドロップキック!?』

『あんな動きがATで!?』

『「エアボーンキック」!? 実戦で使ってる所が見れるなんて……私感動です!』

 

 超ハイテンションな優花里が言った通り、エルドスピーネを一機蹴り倒した技は『エアボーンキック』と呼ばれる技で、早い話がATによる飛び蹴り技だが、殆どのATは翔んだり跳ねたりするようには作られていないし、そもそもわざわざATに飛び蹴りをさせる必要性がない。これは本来バトリング用の、それもプロレスのような筋書きのある『ショー』用のアクロバット技で、ブロウバトルであっても『実戦』に使うようなものではないし、また操縦の難易度的にも選択肢に入ってこない。装甲騎兵道にあってはなおさらだ。

 しかしみほはそんな技を実戦で使った。しかも単なるハッタリではなく!

 

「1機撃破!」

 

 パープルベアーがバトリング用のカスタム機で、機動性重視で装甲が削られているとは言えそれでも6トンはある。

 そんな鋼の塊がローラーダッシュで加速し、重力でさらに加速しているのだ。

 その衝撃はアームパンチの比ではない。不幸なエルドスピーネのカメラは一撃で破壊され、衝撃でそのままぶっ倒れ、頭部からは撃墜判定の白旗が揚がる。

 

「次!」

 

 滑りこむように着地したみほは、即座に左右のレバー、備わったボタン、さらにペダルの動きを複雑に組みわせて、次の『コンバットプログラム』を発動させる。着地の勢いそのまま、直線上にあるエルドスピーネ向けて再度疾走、足首と膝の向きで微妙な蛇行機動を描き、相手のFCS――火器管制――を混乱させ突進する。ようやく相手がこちらに照準を合わせたタイミングを見計らって、プログラムされたアクションの最後のキーを入力する。ATはいきなり膝を折り前かがみになり、左右のグランディングホイールの回転数を変えることで旋回機動をつくる。その回る勢いに合わせて、相手の膝目掛けアームパンチを叩き込む。

 

『見ましたか!? 「リボルバースイープ」です! 凄い! 信じられない! 西住殿すごいです!』

『ちょちょちょゆかりん危ない! 身を乗り出したら撃たれちゃうよ!』

 

 体勢を戻しながら銃口を倒れた相手に向け、その背中に容赦なくヘビィマシンガンを撃ちこむ。

 これで2機。数差は9対14。

 

「!」

 

 ターンピックを打ち込み機体を旋回、自分を狙ったザイルスパイドを回避する。

 地面に打ち込んだザイルスパイドを巻き上げ、そのまま自分へと突進するエルドスピーネに合わせて、みほも迎え撃たんとパープルベアーを加速させる。すれ違いざま、相手がナックルガード付きのアームパンチを打ってくるのを、右膝を曲げてギリギリ回避する。頭部をナックルが掠める異音に背骨を悪寒が走るも、みほはヘビィマシンガンを投げ捨てながら、迎撃のアームパンチを相手の腹目掛け打ち込んだ。

 

「3!」

 

 撃破判定は見ていないが、手応えで解った。これで累計撃破スコアは5になる。

 

(でも……そろそろ限界かな)

 

 右のマニピュレータから火花と煙があがり始めたのを確認し、みほはそう冷静に現状を分析する。

 コンバットプログラムは入力されたとおりに寸分違わずATを動かすことができる。それは決められた通りの動きでしかなく、ATの状態を考えての操作の機微などは存在しない。故に得てして機体を酷使しがちなのだ。

 みほがさっきパープルベアーへと入れたミッションディスクの中身は、俗に『グラップルカスタム』と呼ばれるプログラムだった。これはATの格闘技のアクションに重点を絞ったコンバットプログラムで、本来はバトリング選手などが使うものだ。しかしみほはATの動きにバリエーションを与えるために、敢えてそんなプログラムも予め自分で組んでおいたのだ。みほは操縦技術で、姉や、同輩の逸見エリカに敵わないという自覚がある。だがその穴を埋めるための努力を怠ったことはない。多彩なミッションディスクのプログラムもそのひとつだった。

 

『西住ちゃんを援護するよー! 全員突撃ー!』

『みぽりん助けるよ! みさいる発射ー!』

『わたくしも、負けていられません!』

『ターゲットロック! 発射! って弾切れ!? こんな時に!』

 

 みほの突撃に敵の注意がそれた隙を、会長は見逃さなかったようだ。

 残存機はすべて岩陰を飛び出し、聖グロリアーナとの正面戦闘に打って出る。

 動揺を突かれ、沙織のミサイルが命中したエルドスピーネが撃破された。

 これで9対12だ!

 

「もう一度白兵戦に――っ!」

 

 杏達の動きに合わせようと、前進する所をギリギリで後退。

 ステレオスコープの真ん前を銃弾が通り抜けていく。

 振り返るみほには見えた。迫ってくる2つの敵影。オーデルバックラーとその僚機!

 

 

 

 

 

 第18話『対決』

 

 

 

 

 

 

「ペコ。一時的にアッサムに指揮権を移すわ。一緒に大洗本隊を叩きなさい」

『了解です。ダージリン様、お気をつけて』

「心配ご無用……と言いたいところだけれど、どうかしらね」

 

 走り去るペコを見送ることもなく、ダージリンの眼はATのセンサーを通して真っ直ぐ、対峙するパープルベアーへと向けられていた。

 

「まさか大洗にコレほどの選手がいるとは思わなかったわ。相手にとって不足なし……」

 

 恐らくはバトリング用のカスタム機の流用だろう。

 そんなATでここまで頑張った相手に、ダージリンは素直に賞賛を送りたい気持ちだった。

 しかし勝負は勝負。試合を引っ掻き回し、予期せぬ苦戦をもたらした源こそは、自ら決着をつけねばなるまい。

 

「格闘を優先して、ヘビィマシンガンを捨てたのは悪手だったわね」

 

 別に相手に聞こえているわけでもないが、ダージリンはATの装甲に隠れた相手のエースへの言葉がけを止められなかった。ダージリンの心は踊っていた。大いに引っ掻き回されはしたが、それこそが実に面白い。こんなに楽しい試合は久しぶりな気がする。

 

「でもイギリス人は『戦争と恋愛では手段を――……」

 

 そんなダージリンの独白は不意に途切れた。途切れさせたのは相手のATの動きだった。

 右手を、ちょうど正拳突きのような格好で前へ突き出したかと思えば、手のひらを返し、クイクイっと手招きするような仕草をみせたのだ。ダージリンにはその仕草の意味する所がすぐに解った。

 

「ブルース・リーの真似事かしら。そうね……」

 

 ダージリンはちょっと逡巡(しゅんじゅん)した後に、シュトゥルムゲベール改を、せっかくの飛び道具を自分から投げ捨てた。

 あの手招きの仕草は、古いカンフー映画の、伝説的俳優の仕草だった。意味は『かかってこい』。

 

「受けた勝負は逃げないのが、わたくしの流儀よ」

 

 そう言い切り、ダージリンはATにファイティングポーズをとらせた。

 装甲騎兵道の試合ではめったに見られない、まるでバトリングのようなAT同士の徒手格闘。

 恐らく観客席は大いに湧いている所だろう。

 

(とは言え、私にはパイルバンカーの、それにH級AT故の体格差というアドバンテージがある)

 

 当然、相手もそれは承知の筈。そこをどう埋めてくるつもりなのか。それを考えるのも実に楽しい。

 

(パイルバンカーを打った隙を狙うか。あるいは足払いか……さぁ、どう来るつもりかしら)

 

 本隊同士のぶつかり合いをよそに、まるでそこだけが別の世界であるかのように、互いのエース機同士はにらみ合いを続けた。実際には30秒程度のことだったろう。しかしダージリンにはもっともっと長く感じる30秒だった。

 ――相手の動きには、何の前触れもなかった。

 なんの前触れもなく、ダージリンめがけて突進を始める。蛇行機動もない、馬鹿正直に真っ直ぐな機動。

 ダージリンも合わせてオーデルバックラーを走らせる。狙いはカウンター。相手が仕掛けてくるだろう技を見切り、それを躱してのパイルバンカーで仕留めるのが彼女の算段だった。

 

(距離40、距離30、距離20、距離10――!?)

 

 しかしパープルベアーは何一つ小細工なく、まっすぐコッチへと突き進み続けた。

 それが(かえ)って、ダージリンは虚を突かれる形になった。しかし彼女も聖グロリアーナのエース、相手が両手で掴みかかってくるのに合わせ、手四つで組合い、相手の前進を押しとどめる。

 

「H級にパワーで挑むなんて――!」

 

 ダージリンの目の前で、相手のATのハッチが跳ね上がるのが見えた。

 相手のAT乗り、栗毛の短い髪の少女が手に構える代物に、ダージリンの背筋は凍りつく。

 バハウザーM571アーマーマグナム。対AT用大型拳銃。オーデルバックラーの装甲を正面から抜くのは本来無理だが、この距離で、センサー系を狙えば!

 

「ッ!」

 

 ダージリンは相手がトリッガーを弾く寸前に行動していた。

 彼女がやったこと。それは自機のコックピットハッチを開くこと。

 風を押しのけぶわんと開くハッチに驚き、相手の動きが一瞬止まる。

 ダージリンは機内に備え付けの、対機甲猟兵用のウェブリー&スコットのリボルバーを抜き、撃った。

 

「わぁっ!?」

 

 相手の制服の、白の布地に広がる蛍光色の染み。

 装甲騎兵道のルールにはこうある。

 ――『操縦手を撃破した場合、ATが健在であっても撃破と同様に判定される』と。

 

「わたくしの勝ちですわ」

 

 パシュンと、音を立てて、相手のパープルベアーから白旗が揚がる音が聞こえる。

 相手の少女はため息ついて、がっくりとうなだれた。

 

「……負けちゃった」

「でも驚いたわ。こんな手を使ってくるとは思いも――」

 

 落ち込んでいる様子の相手の少女に、ダージリンがねぎらいの言葉をかけようとした時だった。

 パシュン、と新たに鳴ったのが聞こえた。でも、何処から?

 

「……え?」

 

 ダージリンの眼は点になった。

 白旗が出ていたのは、自身のオーデルバックラーからだったから。

 

「え?」

 

 辺りを見渡せば、原因はすぐに見つかった。やや離れた、小高い岩屋の上。

 そこには撃破したと思っていた、しかし実は撃ち漏らしていた、大洗のダイビングビートルとスタンディングトータスの二機が悠然と立っていた。その得物の銃口は、確かにダージリンのオーデルバックラーに向けられていた。

 

「……おやりになるのね」

 

 ダージリンには、そう返すのがやっとだった。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい勝負の幕切れに、次の言葉は出てこなかった。

 

 なお余談ながら、撃破判定を出したのはスタンディングトータスのほうで、ビートルの銃口は実はてんで見当違いのほうを向いていたことだけは、記しておこう。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「ううう~頑張ったのに~」

「わたくしも二機は撃破したのですが……」

「弾切れさえなければ~」

「……もっと射撃の練習が必要だな」

「もっとチームワークを高める練習をしないと……」

「そうだ! バレーも装甲騎兵道もチームワークが全てだ!」

「そうですよキャプテン!」

「帰ったら猛練習です!」

「ローマ軍団兵の強さは訓練の強さだ!」

「巻狩じゃー!」

「伝習隊の結成ぜよ!」

「『1パイントの汗が、1ガロンの流血を防ぐ』。悔しいがパットンの言うとおりだな」

「……」

「くそう……絶好の位置に立ってたのに……」

「いやぁ残念だったね。河嶋もドンマイ」

 

 結局の所、試合は大洗の敗北だった。

 エースのみほが抜けた状態で、正面切って撃ち合いとなれば、やはり経験と数の差がものを言う。

 普通に撃ち合って、普通に負けた。それがすべてだった。それでも聖グロリアーナが残り五機になるまで粘ったのだから、むしろ褒められてしかるべきと言えるだろう。

 

 今は荒野のど真ん中、撃破されたAT達の真ん中で、大洗、聖グロリアーナの区別なく集まって、AT回収班が来るまでの、暇つぶしの雑談に興じていた。先に撃破された紗希以外の一年生チームや、柚子は待機場所に戻っているのでここにはいない。

 

「お名前を伺っても、よろしいかしら?」

 

 ATの中に積んであったティーセット一式に、何処から持ってきたのか折りたたみ式の椅子と机を広げ、紅茶を楽しんでいるのはダージリンであり、向かい合って座っているのは誘われたみほだった。

 

「え、えと……西住みほ、です」

 

 若干言いよどんだ後に、みほは小さな声でそう名乗った。

 ダージリンはちょっと驚いたような顔をして言った。

 

「西住流の……お姉さんとは、随分と違うのね」

 

 興味を惹かれた、といった眼でみほを見るダージリンが指をパチンと鳴らすと、オレンジペコがカップとポットを持って現れる。

 

「ぜひ召し上がって欲しいの。ペコの入れた紅茶は格別ですから」

 

 ダージリンは、そう言って微笑むのだった。

 

 

 






 籤が引かれ、組み合わせが決まる
 公式戦。全国大会と言う名の巨大な行事が、唸りを上げて動き始めた
 来るべき戦いに備え、みほ達もまた動き出す
 大洗の、その覚束無い未来を占うために
 だがその前哨とばかりに、捨ててきた過去が、忌まわしき過去が、みほの前に立ちふさがる
 
 次回「再会」 糾弾するは、我にあり

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