例の高台にダージリンが到達した時、すでに大洗勢はその場から去った後であった。
残っているのは撃破された大洗のAT7機に、聖グロリアーナのATが1機。
先の隘路で撃破された二機を入れても、これで19対15。
数的に優位にはあったが、まだ油断はできない。多少の数差は一瞬でひっくり返るのが装甲騎兵道なのだから。
「ペコ。ブラヴォー、チャーリーの各分隊に繋いで」
『はい』
「こちらダージリン。両分隊とも大洗市街地ルートの封鎖は済んだかしら?」
『封鎖完了です』
『こちらも配置につきました!』
ダージリンの問いに、先行し予定通り道を押さえ封鎖したルクリリ、ニルギリは即座にそう返した。
しかし……。
「大洗の部隊が……来ない?」
『はい。いつまで待っても影も形も』
『近づく気配すらありません』
「ふぅん……」
ダージリンの読みでは、相手は大洗市街地を目指す筈だった。
相互の各選手技量、装備、数差、地の利……といった要素を総合的に考えれば、大洗チームは市街地で戦うのが一番理にかなっている。もし自分が相手側の指揮官でもそう判断するだろう。
(……待ち伏せを読まれていた?)
それは充分にありえることだが、しかし地図を見るに彼女たちの進む先にある道はふたつ。
一方は大洗市街地に通じる道。だがもう一方は、開始地点付近の原野へと出る道だ。
(迂回路をとったとしても、あまりに遠回りすぎる。市街地へと辿り着く前に私たちに追いつかれる……)
単に封鎖を突破して市街地にたどり着く自信がなかったのか、あるいは正面切って会戦でも挑もうというのか。
「いずれにせよ。面白くなってきたわね」
ダージリンは些か普段と違う調子で微笑んだ。
お淑やかな、いつもの淑女の微笑みとは違う、ボトムズ乗りらしい獰猛さを秘めた笑みだった。
第16話『会戦』
「う……うーん……うん?」
河嶋桃は何とも言えない気だるさと共に意識を取り戻した。
ゆっくりとまぶたを開けば、まず最初に見えてきたのは視界を覆う岩、岩、岩。
「うわっ!? な、なんだこれは!? どこだここは!?」
一通り慌てて気づいたのは、自分がゴーグル状のものを装着しているという事実。
慌てて取り外せば、視界は一転、狭い操縦席のような所に我が身が収まっていると気づく。
さらに言えば自分の体がほとんど上下逆さまになっていることも。
「……!? そうだ試合だ!」
半ば寝惚けた調子の意識が完全に覚醒し、ようやく桃は自らの現状を思い出した。
聖グロリアーナとの記念すべき大洗初の練習試合。その途中で敵の直撃弾を――食らいそうになって避けようとしてこけてひっくり返って……。
「頭をぶつけて気を失ってたのか……ええいこうしちゃおれん!」
コンソールまわりを一通り見渡せば、流石はカーボン加工済み、故障らしい故障もなくちゃんと動いている。
ゴーグルを付け直し、操縦桿を握り、ATを立ち上がらせる。
「味方はどこだ? どこにいった?」
辺りを見渡しても、撃破されたトータスやエルドスピーネが転がっているだけで(いつの間にやら乗り手は待機スペースへと向かったようで無人だ)、敵も味方も影も形も見えない。
コンソールの通信ボタンを何度もパチパチと押してみるが、うんともすんとも言わない。
べしべしと斜め45度で叩いてみても無駄だった。
「くそぅ! これだから安物は! ちょっとぶつけたぐらいで!」
恐らくは転倒時の衝撃で、背中の通信パックが壊れてしまったのだ。
内蔵無線を使えば短距離通信は可能だが、そっちを試しても応答は――。
「……ん?」
何か音に違和感を覚えて、もう一度パネルを弄くり、ボタンをパチパチと押す。
耳を澄ませば、シューという微かな音が聞こえてくる。これは……どこかに通信が繋がっている?
「おい! 聞こえるか! どこの誰だか知らんが返事をしろ! おい! 聞こえるか!」
呼びかけてみるが、答えはない。
ただ相変わらずしゅーっという空気とマイクの擦れる音しかない。
「撃破されたATの無線が入ったままなのか……しかし撃墜判定がでたらATの機能は――」
言いつつ、なんとはなしに桃は振り向いた。
そこに一機のトータスが立っていた。
「ふぎゅっ!?」
驚きの余り声にならない叫びをあげて、桃は再びATをすっ転ばせる。
幸い今度は目の前のトータスが手伝ってくれたために、すんなり立ち上がることはできたが。
「キ、キサマは! ええとD分隊三番機、1年の丸山紗希だな」
『――』
「なぜ返事をしない!?」
梅を思わせるやや強いピンクに塗られたATからは何の返事もない。
桃がイライラしていると、肩に3と雑に書かれたトータスは、自身の背中をチョイチョイと指差す。
「通信機が壊れていると言いたいのか?」
トータスは上体を前後に揺らした。首を縦にふるしぐさのつもりなのだろう。
「だが私の声は聞こえている。送信はできないが受信はできるということか」
トータスは再度上体を揺らした。
「しかしD分隊は全滅したものだと思っていたが……そう言えばキルログに出てたのは五機ぶんだったな」
恐らくは通信機を破壊され、交信できぬ間に取り残されてしまったといった所か。
いずれにせよ、この場に自分一人ではないという事実が、桃にはありがたかった。
「丸山。どうやら我が校はまだ負けてはいないらしい。ならば我々にも何らかの働きをせねばならない」
『――』
「すぐにでも西住たちと合流し、手助けをしてやらねばならん。私が臨時で隊長をやるから、お前はついてこい。良いな!」
ちょっと間があって、丸山機は上体を上下に揺らし肯定の意を示した。
「ならばすぐにでも行動だ! 西住たちを探すぞ!」
『――』
河嶋桃と丸山紗希。
誰も予期せぬ形で大洗の伏兵となった2人は、独自の行動を開始した。
――◆Girls und Armored trooper◆
「全機岩場より無事出れたようね」
『隊列はどうしますか?』
「梯形で行くわよ。ブラヴォー、チャーリーで前列、デルタ、エコーで後列。わたくしたちはその後方につくわ」
『了解。指示を伝えます』
警戒していた岩場の出口での待ち伏せもなく、聖グロリアーナ隊は全機、原野へと出ることができていた。
隊列を組み直し、発進する。ひとまずは大洗市街地への遠回りルートを辿る形で進むのだ。
「適度に機体間を開いて、周囲に警戒。敵はこちらに先行しているという事実を忘れないことね」
『仕掛けてくるとしたら何処でしょうか?』
「そうね」
ダージリンは再度マップを表示し、進行ルートに合わせて動かしてみる。
試合場に指定されたエリアの範囲、地形と合わせて考えても、やはり今自分たちが通っているルートを相手もとるのは間違いない。だとすれば、だ。
「市街地と原野の間に、区間は短いけれど別の岩場があるわね。私が相手の指揮官なら、そこに隊を伏せておもてなしするかしら。市街地まで逃げ切るだけの速力は、相手にはない筈よ」
『正面切って挑んでくる可能性は?』
「低いわね。数で劣り、機種もバラバラ。正攻法ではあまりに分が悪い。普通ならば選ばないわ。普通ならね」
『……何か含んでらっしゃる言い方ですね』
「『鳥は卵からむりに出ようとする。卵は世界だ。生れようとする者は、 ひとつの世界を破壊せねばならぬ』」
『ヘルマン・ヘッセですね』
「状況を真に打開しようと思えば、常識の殻を突き破って進むことも時には重要、ということよ。問題はそれを理解して選ぶか。あるいは単に破れかぶれか……」
ダージリンは問いかける。
「あなたはどちらかしら?」
まだ遠い向こう側。原野の真ん中に立って、ダージリン達を待ち構える機影が五つ。
『五機……だけですね。残りはどこに?』
「囮のつもりかしら? でもそれなら、二度も同じ手を使うなんて実に安直ね」
パープルベアー。
ブルーティッシュドッグ。あるいはそのレプリカ。
スタンディングトータス。
そしてファッティーが二機。
合わせて五機。
「でも関係ないわ。残りの部隊と合流などさせない。何故なら、ここであなた達は全滅するのだから」
またも獰猛な笑みを浮かべ、ダージリンが号令する。
「ブラヴォー、チャーリーはフルスロットルで突撃を開始。デルタ、エコー両分隊は援護しなさい!」
『了解。ですが私たちは?』
「敵伏兵を警戒するわ。残りの居所が気になるわね」
『わかりました。所でダージリン様』
「なにペコ?」
『以前、格言はイギリスのものに縛るとかおっしゃってませんでしたっけ?』
「……生れようとする者は、 ひとつの世界を破壊せねばならぬ。そういうことよ。時にはドイツ作家も悪くはないわ」
――◆Girls und Armored trooper◆
『西住ちゃん。来たよ』
『距離は950』
『大丈夫かな』
『怯むな! この役目は特に根性が大切! 気合で負けたらそのままゲームセット!』
「……うん」
典子が叫ぶのにみほは静かに同意した。
大事なのは敵の数に呑まれないこと。逆に呑まれれば勝負は一瞬で決してしまう。無論、相手の勝利でだ。
「全機、距離500まで相手が接近すると同時に、フルスロットルで前進、突入します。あとは手筈通りに」
『……打ち合わせで了解はしたけれど』
『やっぱり緊張する』
『私からすれば気が楽だ』
『しかし西住ちゃんも、思い切ったことするよね』
「足回りの速い機体を集めて戦うには、これしか無かったから……」
みほは改めて迫るエルドスピーネの速度を測定する。
パープルベアーのステレオスコープは、立体視に優れており、つまり距離の観測などに優れている。
正確な距離が解るのならば、あとは時間を計れば速度が解る。
(速力42……やっぱり普通のエルドスピーネよりも素早い)
特別なチューニングをされているのか、乗り手の技量の問題か、はたまた両方か。
理由はどうあれ、やはり正面から挑むには恐ろしい相手。
(でもやるしかない。距離800。距離700。距離600。距離550――)
「全機前進!」
みほの号令のもと、五機のATが一斉に、フルスロットルで荒野を駆け出す。
一旦走り出せば個々の性能差から隊列は乱れる。しかしみほ達はそれを一切気にすること無く走り続ける。
「来た!」
相手の戦列の中で、花火のように煌めいたのはマズルフラッシュの群れだった。
銃弾が、砲弾が、あるいは地面に突き立ち、あるいは装甲の表面を掠め飛ぶ。
みほはヘビィマシンガンを撃ち返しながら、蛇のようにくねくねとした機動で敵陣へと突っ込んでいく。
「!」
しかしそんなみほの前進を止めるものが一つ。
ザイルスパイドだった。
本来は岩壁や建物に打ち込んで機体を持ち上げるための装備。
しかし相手はそれをまるで矢のように相手へと向けて放ってきた。否、それだけではない。
地面に突き立ったそれを全力で巻き上げ、ローラーダッシュと合わせて急加速してきたのだ!
みほの予想を遥かに凌ぐ速度で、敵戦列が迫る。
このまま勢いで踏み潰すつもりか。
「全機散開!」
それを最後にみほは通信を『遮断』、臆すること無く、エルドスピーネの群れへと突入した。
それは心臓に向かう、折れた針のごとく
あるいは五臓六腑を毒す、目に見えぬ細菌のごとく
少数の精鋭は大軍に食らいつき、内側より突き破る
大いなる個を前にすれば、時に群れは、烏合に過ぎぬのか
次回『激闘』 だが、大いなる個とは決して己のみにあらず