ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第15話 『突破』

 

 

 エルドスピーネというATは、起伏の激しい山岳地帯の防衛という、局地戦闘を想定して設計されたATだ。

 故に、その装備には他のATには見られない個性的な部分が幾つかある。

 その中でも一際変わっているのが、左肩に設けられた『ザイルスパイド』という装備だ。

 先端に『ハプーネ』と呼ばれる銛が備わったワイヤーを射出し、『スピンラッド』という名の巻き上げ機と併用することで、機体を持ち上げたり、逆にラペリングしたりと、立体的な機動が可能になるのである。

 スコープドッグにも似たような機能のオプション装備は無くもないが、しかしAT本体と完全に一体化しているものは、エルドスピーネとオーデルバックラーぐらいしかあるまい。

 水中銃のようにハプーネを相手目掛けてぶつけたり、あるいは鞭のようにしならせて叩きつけたり、使い手に技量次第では様々な応用技が使える、極めてユニークな装備だった。

 

 ダージリンがルクリリ、ニルギリの各分隊長に与えた指示、それは以下の様なものだった。

 ――『崖を登り、敵の待ち伏せ予想ポイントに崖上から急行、発見次第奇襲をかけよ』

 

 読みは当たった。

 予測された地点に大洗女子の戦力の大半が集結し、手ぐすね引いて待っていたのだ。

 崖に囲まれた狭隘(きょうあい)な地形に高台。作戦通り行くならば敵を一挙に殲滅できる好地。

 しかしその好地は死地へと逆転していた。

 大洗にとっての――。

 

 

 

 

 第15話『突破』

 

 

 

 

 反応できずに瞬時に壊滅したD分隊とは対照的に、即座に動くことができた分隊もあった。

 

『分隊前進! 亀甲隊形!』

「おりょう、左だ! 味方の盾になるぞ!」

『左衛門佐は援護ぜよ!』

『任された!』

 

 特に目覚ましい動きを見せたのは歴女チームことC分隊だった。

 分隊長カエサルの号令のもと、即座に盾持ちの三機を全面に押し出しつつ、崖上のエルドスピーネへと反撃する。

 

『こちらB分隊! 援護する!』

「頼む!」

 

 続けて動いたのは旧バレー部のB分隊。

 ファッティー特有の高機動で適当な岩陰に走りこむと、それを盾にハンディロケットガンを乱射した。

 迎撃の弾幕に、相手もたまらじと岩壁に身を隠すが、その隙を逃さず通信兵たるエルヴィンはA分隊の沙織機へと向けて回線を開いた。装甲騎兵道用のATは意図的に通信機能を制限されており、一定以上の距離が開けば、各分隊に一機割り当てられた通信兵仕様のAT同士以外は交信ができない仕様となっている。これは分隊ルールにより大きな意味を持たせるための取り決めだった。

 

「C分隊よりA分隊へ! 聞こえるか!」

『え! あ、うん! こちらA分隊、聞こえてるよ!』

「隊長機に繋いでくれ、大至急だ!」

 

 僅かな間が空いたあと、ノイズを混じりながらも聞こえてきたのはみほの声だった。

 

『こちらA分隊隊長機! 聞こえてますか!』

 

 エルヴィンは少しホッとした。この状況下で経験者のみほの声が聞けるのはありがたい。

 

「こちらC分隊! 敵に奇襲を受けています! 現在東岩壁上の敵へと迎撃中!」

『! 相手は何機ですか?』

「えーと、見えた限りでは四機――ってうわぁ!?」

 

 努めて冷静に報告するエルヴィンだったが、通信は背後よりの衝撃に唐突に断ち切られる。

 

『エルヴィン! 後ろからもだ!』

「なんだと!?」

 

 左衛門佐の声にカメラを向ければ、反対側の崖の上にも新たに四機、こちらへと向けて攻撃してくる。

 

「ッッッ! 新たに四機、西岩壁にも出た!」

 

 転がるように、射撃を避けながら岩陰へと機体を滑りこませ、エルヴィンはみほへの通信を続けた。

 さらに無線機へと叫びながらも、自機の状況を確認する。

 どうやら敵弾は右肩のアーマー部に当たったらしい。距離のお陰か、破損はアーマーだけに留まっている。

 機体をデザートイエローに塗り直したことが、目眩ましになってくれたのだろうか。

 

『挟まれたぞ! 佐々木! ブロックだ! 反撃して攻撃を止める!』

『はい――って……攻撃が激しすぎて、身を晒せません!』

『そこは根性だ! 私から行くから続けー――っておわぁ!? ……』

『キャプテン!?』

『あ、危なかった~……ギリギリセーフ……』

 

 距離が近いため、他の分隊の通信もそのまま無線機から聞こえてくる。

 撃墜機こそ出ていないが、B分隊も挟み撃ち攻撃に動きがとれないらしい。

 盾にしている岩と岩の隙間から散発的に撃ち返しているのみで、敵の攻勢を止める役には立っていない。

 

『ええい! 反撃だ! とにかく撃て! 動くものは全部撃てー!』

『桃ちゃん今出たらあぶないんじゃ――きゃあああああ!?』

『小山!』

『柚ちゃん!?』

 

 我慢できず飛び出しそうなダイビングビートルを止めようと、手を伸ばしたトータスのほうが横転する。

 意識が敵から逸れた隙を、相手は見逃さなかったらしい。煙と白旗が倒れたトータスより上がる。

 

「……E分隊2番機撃破されました! 挟撃されて動くに動けません!」

『っ! ……副会長機の撃墜、こちらでも確認しました! とにかく持ちこたえて! 三分でそちらに到着します!』

「了解! みんな聞け! 隊長達は三分で来る! それまで何とか持ちこたえるんだ!」

 

 残存機全てへと通信を飛ばしながら、エルヴィン自身も反撃を開始する。

 今度の試合のために、エルヴィンが装備として選んだのは皮肉もシュトゥルムゲベールだった。

 この間合ならば、相手のエルドスピーネの持っているペンタトルーパーよりもこっちが有利な筈だ。

 単に名前がドイツ語だからと深い考えはなしに選んだコレが、こんな形で活きてくるとは。

 

「――よし!」

 

 カシャンと音を立てて、回るターレットは赤い精密照準カメラへと切り替わる。

 加えてベルゼルガ系に特徴的な、頭部の鶏冠状の部位に備わった追加センサーが、ターゲットロックをサポートする。ピピピと電子音が鳴り響き、スコープ越しの敵機へと射撃管制システムが照準を合わせていく。

 

「フォイアー!」

 

 エルヴィンがトリッガーを弾くのと、相手がこちらに気づいたのはほぼ同時だった。

 間一髪、敵は身を反らす形でクリーンヒットを避ける。

 

「外した!」

 

 セミオート射撃で連発するも、当たらない。惜しかった。気づかれなければ撃破できたものを。

 しかしこれが実戦というものだ。お返しとばかりの反撃より身を隠しながら、エルヴィンは奥歯を強く噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

「思ったよりも……やるようね」

 

 そう機中で漏らしたのはダージリンだった。

 デルタ、エコー両分隊からの集中砲火を浴びつつも、相手の囮部隊は未だ一機も脱落を許していない。

 隊長機のパープルベアーが殿に立ち、こちらの射線を見て指示を出しているらしい。

 塗る肩と色を間違えた偽レッドショルダーなど、動きの覚束無いATがまだ残存しているのがその証拠だろう。

 

『ミサイルランチャー持ちに追い越し射撃をさせますか?』

「必要ないわ。今回は予備弾も持ってきていないし、敵の本隊にたどり着くまで温存しておきなさい」

『了解です』

 

 オレンジペコからの進言をやんわりと退けつつ、ダージリンは味方の鉄の背中越しに僅かに見える、敵分隊へと眼をやった。

 ブラヴォー分隊、チャーリー分隊より奇襲攻撃成功の報告を受け、ダージリンら本隊も追撃速度を早めた。

 もう敵の囮作戦に乗ったふりをして、奇襲部隊到着までの時間をかせぐ必要はない。

 まず目の前の五機を蹂躙し、その余勢を駆って敵本隊を数の差そのまま押しつぶす。

 上下からの挟み撃ち、包囲殲滅戦。

 

「サンドイッチはね、パンよりも中のきゅうりが一番おいしいの」

『はい?』

 

 突然出てきた突拍子もない台詞にオレンジペコは思わず聞き返すが、ダージリンは構わず続けた。

 

「挟まれた部分が一番美味しいってことよ。さぁ、これからそこをひと掬いに頂きに参るとしましょうか。……ペコ。アルファ、デルタ、エコー全機に通達。全速前進。ここで一気にカタをつけるわよ」

『了解です。でも、追いつけるでしょうか?』

 

 ペコの懸念も解る。

 確かにカタログスペック上ならば、エルドスピーネではスコープドッグに追いつけない。

 限界速度はスコープドッグのほうが優っているからだ。

 しかし、ここは平らなテストコースではない。

 

「不整地ならばこちらが有利よ。それになにより、ペコ。私たちは聖グロリアーナだということを忘れないで」

『わかりました。全機に通達。全速前進で敵と間合いを詰め、一気に殲滅します!』

 

 先陣を務めるデルタ、エコー分隊がスピードを増していく。ダージリンらもそれに続き、一挙に間合いは詰められる。

 相手も気づいてスピードを上げたらしいが、思うように差は開かず、むしろジリジリと縮まる一方。

 

「この距離ならば問題無いわね。ペコ。全機に一斉攻撃を――」

 

 命じなさい――と続けて言う所、その言葉が止まる。

 理由は、逃げる敵から飛び出した、数発のロケット弾にある。

 例の偽レッドショルダーが撃ったようだが、しかし向かう先はダージリン達の方ではない。

 

「どこを狙って……っ!」

 

 ロケット弾の飛んでいった先は、崖の一部、突き出た岩の付け根の部分。

 ビキビキと音を立て、崖の一部が崩れる!

 

「全機停止!」

 

 ダージリンが言うまでもなく、先頭を進んでいたデルタ、エコーのATは進行方向に落ちてきた岩に驚いて急停止する。しかし全機全速力で進んでいたものだから、止まりきれなかった後続が次々と先鋒にぶつかって自動車の玉突き事故のようにすっ転び、横転し、将棋倒しになる。

 岩自体は実際はたいした大きさでもなかったが、落ちた衝撃で舞い上がった砂埃に、視界は完全に塞がれる。

 

「態勢を立てなおしてすぐに追撃!」

 

 ここは態勢を保ったままの自分がと、倒れた味方を追い越しダージリン自ら砂煙へと突っ込まんとする。

 

「!」

 

 その直前に、彼女は砂の煙幕の中に動く黒いかすかな影に気づき、機体を急停止させる。

 流石は歴戦のダージリンらしい、素晴らしい反応速度だったが、しかし彼女の後続は違った。

 

「アルファ4! アルファ5! 止まりなさい!」

 

 ダージリンからの制止に彼女たちが応答するよりも早く、煙を割って飛ぶ銃弾が二機のエルドスピーネに次々と炸裂! 二機とももんどり打って倒れ、頭より白旗を上げる。

 

「クッ!」

『撃て!』

 

 ダージリン、オレンジペコと砂向こうの影を狙い撃つが、影はまるで踊るように旋回を繰り返し、掠めすらせずにその場を走り去る。僅かに見えた横並び2つのレンズの反射光。敵の隊長機のパープルベアーだ。

 

『待て!』

「待ちなさいペコ。今追ったら相手の思うつぼよ」

 

 ペコを制止しつつ、背後を振り返る。流石は聖グロリアーナーの装甲騎兵乗りで、もう全機が立ち直り、隊形も立て直している。しかし敵との距離は完全に開いてしまっただろう。

 

「ペコ。ブラヴォー、チャーリーに繋ぎなさい」

『了解です』

「ルクリリ、ニルギリ。各分隊を率いて突入。敵の退路を封鎖しなさい!」

 

 先発隊に指示を出しつつも、今度は自ら隊の先鋒に位置取り、逃げ去ったみほ達への追撃を開始する。

 

「おやりになるようね。でもここまでよ」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

「みぽりん大丈夫かな……」

『西住殿ならやってくれますよ!』

 

 沙織が心配そうに漏らす言葉に、優花里は即座に大丈夫だと返した。

 一片も信頼に揺らぎのない、力強い返事だった。

 

『そうですね。みほさんならばタイマンはってシメてカツアゲだってしてくれる筈です』

『言い方に語弊はあるが概ね同意だ。それよりも私たちは私たちの仕事をするぞ』

 

 華や麻子の言葉に沙織はうんと頷いた。

 ――『時間を稼ぐから、先に本隊と合流して敵を抑えてください』

 というのが別れ際にみほが沙織たちへと出した命令だった。

 任された以上はなんとかしなけりゃ女がすたるというもの。

 

(大丈夫……さっきだって上手くいったから……)

 

 いきなりみほに「あの岩を撃ってください」と振られた時は、沙織も慌てふためいたものだった。

 しかしみほの出す指示通りに撃てば、ちゃんと標的に当てることができたのだ。

 

(何となくだけどATの使い方にも慣れてきたし……行ける。行ける筈!)

 

 みほ率いるA分隊では最大の火力を誇るのが沙織のレッドショルダーカスタムだ。

 敵の囲みを突破するための、与えられた役割は極めて大きい。

 

『もう少しで目的地につくぞ』

『見えました! あそこです!』

 

 麻子と優花里の言う通り、例の待ち伏せポイントの高台が見えてきた。

 狭い崖と崖の間を砲声が反響し、あちこちで砲火噴煙があがっている。

 

『沙織さん! 敵が崖から!』

「任せて!」

 

 沙織たちから見て右側に崖から相手が降下を始めようとしている。

 敵を止めなければ。沙織は右レバーの1番目と4番目のボタンを同時に押した。

 射撃管制システムが起動、ターレットレンズの照準機能が右肩のロケットポッドと同期する。

 

「……」

 

 この手の荒事にとんと縁のなかった沙織だけに、トリッガーを弾くのには恐ろしく緊張する。

 鼻の頭に汗をかくのを感じるが、それを拭っている余裕すらない。

 

「発射!」

 

 視界に覆い被さるように映った電子照準器が、赤く点灯し電子音が鳴り響く。

 右レバーの一番上、赤いボタンを親指で強く押しこめば、若干の衝撃と共に3発のロケットが煙の尾を引いて撃ち放たれた。

 

「外したぁ!」

『でも敵の動きが止まりました!』

 

 相手はこちらの攻撃に気づき、慌ててもといた岩陰へと舞い戻る。

 ロケット弾は岩壁の一部を削り飛ばしただけに留まった。

 しかし敵の突撃は止まった。結果オーライだ。

 

「左側からも来るよ!」

『五十鈴さんと秋山さんは左側。私と沙織が右側から』

『了解です!』

『解りました! 右側はお任せします!』

 

 例の高台への登り口は左右二路に分かれている。

 華と優花里が左側の坂を駆け登るのを尻目に、沙織と麻子は右側の坂を全力で走り登る。

 

『援軍だ!』

『騎兵隊が来たぞ!』

『奇兵隊……ならぬ力士隊の助太刀ぜよ!』

『みんな! 交代選手が駆けつけたぞ! 負けずに根性! ファイトだ!』

『そーれ!』『それ!』『それ!』

『遅いぞ! どこで道草食ってたぁ! ――うひぃ!?』

『かわしまぁー当たったぞ、大丈夫?』

『かかか肩を掠っただけってうぎゃあ!?』

 

 無線を通して聞こえるのは、他隊の皆の歓声だった。

 その嬉しげな声に応えるべく、沙織はさらにトリッガーを弾く。

 

「発射ー!」

『外したな。それに弾切れだ』

「大丈夫だもん! まだ腰にはみさいるもばるかんもあるもん!」

 

 弾切れになったロケットポッドをパージし、機体を身軽にする。

 ダイエット成功。足回りも動きが軽くなって、操縦しやすくなった気がする。

 

「それに麻子だって外してんじゃん!」

『銃は苦手だ。撃った後の弾が思い通りに動かん』

 

 麻子も右手のガトリングを撃ってはいるが、どうにも当たる様子がない。

 元々射程の長い兵装ではないが、なまじなんでも自分で出来る天才少女だけに、銃身から出た後は勝手に飛んで行くだけの銃は相性が悪いのだろうか。

 

『1機撃墜です』

『すごいです五十鈴殿! あの距離で当てるなんて!』

 

 言っている内に華は一機落としたらしい。自分と違って普通のヘビィマシンガンしか持っていない筈なのに。

 これは負けてはいられない。

 

「行くよ! ATも彼氏も百発百中なんだからぁ!」

『射止めたことありましたっけ?』

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 

(二機撃破……もっと行けたかも。でももう遅い)

 

 弾の切れたヘビィマシンガンのマガジンを交換しながら、みほは逆向きに隘路をひた走る。

 ゴーグルには地図を表示し、微妙な凹凸などをそれを頼りに避けながら、前すら見ずにみほは走り続ける。

 聖グロリアーナは全国大会で準優勝を獲ったこともある、伝統ある強豪校だ。

 AT乗りの練度は極めて高い。岩落とし程度の足止めは、すぐに乗り越えて追ってくる筈だ。

 

(弾幕を張って、少しでも侵攻を遅らせないと)

 

 今のところキルログに新たな味方の表示はなかった。

 沙織達は恐らく間に合ったのだろう。あとは自分も一刻も早く合流し、岩場から脱出する。

 

(退避先は市街地。敵も分散せざるを得ないし、地の利はこちらにあるはず……)

 

 みほは地図に視界前方に見えない進行方向に気を配りながらも、今後の作戦への思考も止めない。

 装甲騎兵道は動きの激しい競技だ。一度にふたつのことをこなせなければ、勝つことはできない。

 

(でもそれは相手も解っている筈……何か手を打ってくるかも)

 

 そうこう考えている内に、敵の上げる砂塵がみほにも見えてきた。

 態勢を立て直すまでの時間が短い。やはり相手は強豪。油断はできない。

 

『みぽりん! みぽりん聞こえる!』

「沙織さん! 聞こえています!」

 

 無線から突然聞こえてきたのは沙織の声だった。

 

『なんか崖の上の相手が移動し始めたんだけど!』

「! ……崖のどちら側ですか?」

『左側の人たちがなんか奥の方へ撃ちながら……あ! 右側も動き始めた!』

 

 退路を塞ぐ気だ! みほは即座に敵の意図を察知した。

 

「沙織さん! みんなをつれて早くそこから離れて!」

『みぽりんはどーするのよー!』

「私もすぐに合流するから! とにかく急いで!」

『……分かった! でもみぽりんも急いでね!』

 

 沙織よりの通信が切れると同時に、機体を前向きに直して両足を揃え、膝を曲げて重心を低くし、グランディングホイールを最大限に回転させる。もう振り向いたり旋回したりを考えない、最速の直進フォーム。追う相手が撃ってくる音が聞こえるが意に介さない。今はただ、走る、走る、走る。

 

(見えた!)

 

 例の高台が見えるや否や、みほのパープルベアーは高台の麓へと滑りこむ。

 ターンピックを打ち込み、無理やり方向転換。体勢が崩れるのを、ヘビィマシンガンで地面を撃ち、その反動で立て直す。『ブースタンド』と呼ばれる高等技法だった。

 

「沙織さん!」

『みぽりん!』

「行けます!」

『全員準備おっけーだって!』

 

 沙織のレッドショルダーカスタムの横を素通りし、みほは大洗全体の先鋒の位置に立つ。

 

「全機付いてきてください! ここから脱出します!」

 

 追撃隊が高台に近づく気配を背骨に感じながら、みほは大声で全隊に告げた。

 

『心得た!』

『解りました! みんな隊長に続け!』

『ここまで来たら西住ちゃんに任せるよ』

 

 みほの後には、沙織、華、優花里、麻子とA分隊の面々が、さらにその後には典子らB分隊、その後に杏のスタンディングトータスが続き、殿を務めるのはC分隊ベルゼルガ隊だった。

 

「河嶋先輩は!」

『あそこの岩場でひっくり返っちゃって!』

『直撃弾喰らってどーんと』

 

 みほの問には沙織と杏が答えたが、確かに見れば岩場の窪地に頭から倒れこみ、両足を宙に向けたダイビングビートルの姿が見える。キルログに名前を見た記憶がないが、切羽詰まった状況だけに、恐らくは見逃したのだろう。

 

(……)

 

 次いでみほが眼をやったのは崖上だ。敵は移動を完了したらしく、影も見えない。

 恐らく向かったのは大洗市街地に通ずる道だろう。

 待ち伏せる敵を突破するのは難しい。加えて背中には敵の本隊。

 前門の虎、後門の狼。ならばどうする?

 

「全機、右折します! 付いてきて!」

 

 二股に別れた道をみほは右折した。

 しかしその道は大洗に通ずる道ではない。

 

『そっち行ったら、元の原っぱに戻っちゃうよ!?』

『事前の作戦では市街地に行くと……』

『大洗は庭です! 任せて下さい!』

 

 沙織が戸惑いの声をあげ、エルヴィンや典子がそれに同意する。

 しかしみほは断固として市街戦案を退けた。

 

「市街地への道は相手がすでに押さえている筈です。私が相手の隊長だったら、きっとそうします。だから――」

 

  そして新たなる作戦を高らかに告げるのだった。

 

「『こそこそ作戦』改め、『どうどう作戦』です! 荒野に相手を誘導、敢えて正面から堂々と迎え撃ちます!」

 

 

 





周到なる地蜘蛛の策謀
絡め取らんと迫る糸を逃れ、みほ達は荒野を目指す
追うダージリンの前に立ちはだかったのは
決死の覚悟を秘めた五つの騎影
秩序唄う盾を目掛け、騎兵たちは鋼の槍を突き立てる

次回『会戦』堂々たる者が牙を剥く

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