ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第13話 『聖グロリアーナ』

 

 大洗の町はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 それも当然で、今日、この町を含めた周辺一帯が、装甲騎兵道練習試合の会場となるからである。

 たかが練習試合に何を大げさな――などと侮るなかれ。

 総勢数十機のAT同士が真っ向ぶつかり合う装甲騎兵道の試合は、例え練習試合であろうと見応えは充分だ。飛び交う銃火、ぶつかり合う鋼と鋼。閃光と硝煙。鉄の匂いとその軋み。響き渡るローラーダッシュ。鉄床打つアームパンチ。赤いインコの緑の眼、ぐるり回ってトットの眼……。

 AT同士が激突するのはバトリングも同様だが、しかし基本1対1のバトリングと異なり、多対多の装甲騎兵道はバトリングとはまた違ったダイナミズムと醍醐味を備えている。

 

 『大洗女子学園』対『聖グロリアーナ女学院』。

 突然の申し出にも先方は快く応じ、本日の開催の運びとなった。

 

 そして町民の興奮は、大洗女子学園装甲騎兵道チームが国道沿いに行進を始めたのを皮切りに一層の盛り上がりを見せていた。

 本来は試合開始地点まで『ビッグキャリー』で運ぶ予定が、会長の提案で急遽町中を行進することになったのである。

 大洗女子学園装甲騎兵道の知名度アップの為で、ゆくゆくの全国大会出場を見越して広く顔を売っておこうということだった。懐事情が決して豊かとは言えない大洗女子学園からすれば、これで義援金が少しでも増えるなら言うことなしだ。多少ポリマーリンゲル液の無駄遣いになるが、それでもお釣りが来る。

 

 さて、ウチのがっこーのAT達はどんなもんかと見物しに外に出てきた町民達は、やってきたパレードのようなきらびやかな戦列に更に盛り上がりを見せた。

 赤、青、黄、緑に紫。金色ピカピカに迷彩色。新選組カラーにデザートブラウン。中には幟旗を背中に差したり、表面をピカピカに磨いて赤マントまで背負わせたATまである。

 

『みぽりん、見て見て! みんな手を振ってるよ~やだもー私達モテモテじゃん!』

『嫌です~こんなの晒し者じゃないですか~』

『えーでも秋山さん、めっちゃ受けてるじゃん私達!』

『受けなんて狙わなくて良いんですよー! これじゃ地方巡業中の場末バトリング選手じゃないですか!』

 

 沙織は道行く人に鋼の手を振り返し、優花里は不本意であると異議を申し立てるが誰も聞いていない。

 他のチームもみんなノリノリの様子で、B分隊などはどこから持ち出したのか古びた応援旗を振り回している。よく見ると『大洗女子学園バレー部』と描いてあるのはご愛嬌だ。

 

『……眠い』

「冷泉さん、大丈夫?」

『問題ない。この程度で……操縦を誤ったりしない』

 

 みほは心配そうに麻子へと聞くが、一応返答はしっかりと返ってきた。

 背後にカメラを向ければ、隊列にもちゃんとついて来れている。

 今朝方、布団と一体化していた麻子を引き剥がしてここまで連れてくるのは大変だった。彼女の朝の弱さも大概なもので、最初今日の練習試合のために朝5時起きと聞いた時は、あらゆる報酬を投げ打ってでも装甲騎兵道を辞めると言い出したのだから説得に大慌てだった。沙織が彼女の祖母の名を出さなかったらどうなっていたことか。

 

『サイン頼まれたらどうしよー! 練習しとけば良かった! いやんもう告白されるよりドキドキするー! 』

『されたことありましたっけ?』

「……ふふふ」

 

 それにしてもこういう雰囲気は嫌いじゃないと、みほは一人微笑んだ。

 黒森峰に居た頃を思えば、試合を前にこんな愉快な気持ちになったことは一度も無かった筈だ。

 黒森峰という大いなる名前に、西住流という重い看板。同輩、先輩、そして母からの視線。

 試合の前はいつも緊迫感に押し潰されそうで、必死に乗り切ろうという気持ちしかなかった。

 

 ――『みほ! 解ってるの! (まこと)の選手とはどんな戦いにも勝たねばならないのよ!』 

 

 そう険しい口調と共に自分へと指先を突きつけたのは、同輩の逸見エリカだった。

 『完璧なる選手』を志向する彼女の姿は、自分などよりよほど西住流を体現していたのを良く覚えている。

 

『ああもう! こうなったら破れかぶれです! 恥ずかしいと思ったら負けです!』

『ちょっと秋山さん! ゆかりん! ATであんこう踊りなんてやめてよぉ!』

『燃やして♪ 焦がして♪ ゆーらゆら~♪』

『おーう良いじゃん秋山ちゃん! かーしま、一緒に踊るよ』

『会長!?』

 

 対するに、ここではある種の穏やかさすらみほには感じられる。

 エリカや母であればそれを『馴れ合い』と言って切って捨てるかもしれない。

 だが、みほにはそうは思えなかった。

 

(そうか……装甲騎兵道って楽しいモノだったんだなぁ……)

 

 久しぶりの感覚に、みほは心が何となく暖かくなるのを感じていた。

 装甲騎兵道を避けて流れ着いた先で、盗まれた筈の遠い過去の一部を見つけた気がする。

 

(でも……試合は試合)

 

 いざ戦うとなれば真剣にならねばならない。

 もうすぐにやってくるその時を思い、みほは頬を叩いて、気合を入れ直すのだった。

 

 

 

 

第13話『聖グロリアーナ』

 

 

 

 

 装甲騎兵道の試合は礼に始まり礼に終わる。

 それは公式戦だろうと練習試合だろうと変わりはない。

 故に、最初に審判員を挟んで、戦うチーム同士が列を組んで向かい合い、礼を交わすのが習いとなっている。

 果たして、大洗女子学園と聖グロリアーナ女学院、両校のチームはATを整列させ向かい合っていた。

 各分隊の隊長のみが自機を降り、直接向かい合っている。

 

「本日は急な申し出にも関わらず、試合を受けて頂き感謝する」

 

 最初に口を開いたのは河嶋桃だった。

 普段は横柄な口ぶりの多い彼女には珍しく、礼に則った言葉遣いである。

 

「構いませんことよ……それにしても」

 

 対する聖グロリアーナの隊長は笑顔で応じた。

 イギリスの近衛兵を思わせる赤い制服に身を包んだ、見るからに品の良さそうな少女である。

 金髪碧眼、肌は白くまるでビスクドールのようだとみほは思った。

 聖グロリアーナは一部の優秀な生徒のみコードネームのようなものを与えられるという。

 この隊長もそうした呼び名の持ち主であり、『ダージリン』という。

 

「『個性的』なATですわね」

 

 彼女は、どことなく(わら)うような調子で言った。

 桃は少し不機嫌そうに眉をひそめたが、みほとしては反論の余地はなかった。

 確かに聖グロリアーナ側の質実剛健といった砂色の戦列に比べると、大洗はまるでチンドン屋だ。

 

(……エルドスピーネ)

 

 事前の作戦会議で聞き知った通り、聖グロリアーナの主力は『エルドスピーネ』であった。

 隊長機を除く全機が、この機種で占められている。

 ――『X・ATH-11 エルドスピーネ』

 トータス系の流れを汲みつつ独自の進化を遂げた機種で、外見、装備ともに他のATとは一線を画するデザインをしている。イギリスのマチルダII歩兵戦車を思わせる無骨な見た目だが、スコープドッグ等よりも後に設計されただけあって機体の性能は高い。

 

(……ペンタトルーパー、ソリッドシューター、ショルダーミサイルガンポッド)

 

 ただ事前の情報と違うのは、各々の機体の装備だ。

 本来、エルドスピーネには『StG-3b シュトゥルムゲベール』という専用ATアサルトライフルは付属しているが、聖グロリアーナの機体はスコープドッグの装備からの流用が多く、バリエーションに富んでいる。

 

(……上手くいくかな)

 

 みほが思うのは、この練習試合の作戦会議についてだった。

 みほはその席で今回の試合における『隊長』を任され、作戦を遂行するに重要な役割を与えられていたのだ。

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 生徒会室に集まった各分隊長たちを前にして、今回の作戦参謀を任された河嶋桃は、その戦術について一席打っていた。

 

「良いか、相手の聖グロリアーナ女学院の主力を務めるのはH級のAT『エルドスピーネ』だ。装甲は頑丈、ゴムタイヤ製の大型グランディングホイールは特に不整地において優れた効果を発揮する。元々防衛迎撃用を想定して設計されただけあり、守りは極めて硬い。主力のStG-3b シュトゥルムゲベールは装弾数と連射速度は別にしても威力射程ともにこちらの主力、ヘビィマシンガンに優っている」

 

 ホワイトボードに貼り付けた、拡大コピーしたらしいエルドスピーネの仕様書を指揮杖の先で次々と指しながら話を桃は続ける。

 

「加えて相手は固い結束と、そこから来る優れた連携力を誇り、正面切っての撃ち合いは我々に不利だ。そこで!」

 

 次に桃が指したのは彼女力作の地形図と作戦図だった。

 

「一個分隊を囮にし、敵を誘導、隘路(あいろ)の奥にあるキルゾーンに敵を誘い込む。両側は切り立った崖、こちらは高台の上。『高きによりて低きを視みれば勢い、竹を裂くが如し』。高低差を活かした総攻撃で一気に叩く!」

 

 ホワイトボードを手のひらでバンと叩いて桃は力説する。彼女が勢い良く作戦を語れば、みほを除く他の分隊長達はみなおぉと感嘆の声をあげたり、うんうんと頷いたりして肯定の意を示した。

 唯一、うつむいたまま無言なのはみほだけであり、そこを目ざとく見つけて指摘したのは静観していた杏だった。

 

「西住ちゃんの意見は?」

「え?」

「何か言いたそうじゃん。良いから言ってみ」

 

 発言を求められ、みほはその場で立ち上がる。

 全員の視線がみほに集まるが、特に桃からの視線は強く鋭い。

 それでもみほは物怖じせずに自らの意見を述べる。

 

「作戦そのものに問題はありません。オーソドックスながら、成功すれば極めて高い効果が期待できます」

 

 これは本音だった。極めてオーソドックスな、教科書通りの戦術だ。

 

「うむ。カルラエの戦い、沖田畷の戦いの戦例にもあるように。囮による誘導と包囲殲滅は極めて有効な戦法だ」

 

 言って頷いたのはカエサルだった。挙がった戦例はいずれも誘導と包囲殲滅の華々しい成功例である。

 

「ですが問題は、オーソドックスなだけに読まれやすいということです。敵の聖グロリアーナは強豪校です。その隊長が、易々とこちらの作戦に乗ってくれるでしょうか」

 

 このみほからの指摘に対しても、各分隊長からなるほどという呟きや頷きといった肯定の意が出された。

 こちらが考えることは、当然相手も考えているはず。特に、それが普遍的な戦術であればあるほどに。

 

「では西住! 私の作戦に代わる有効な作戦でもあるというのか! あるなら言ってみろ!」

 

 対して桃の剣幕は相当なものだった。元々尖った目つきをした彼女だが、その表情はいよいよ険しく、怒気に頭から湯気が立っているようにも見える。彼女としては自分のできる範囲で最上の作戦を立てたつもりであり、しかもその中で自分自身が一番懸念していた部分をピタリと、真っ先に指摘されたのだ。怒るのも無理は無い。

 

「……河嶋先輩の作戦。その大筋については私も異論はありません」

 

 しかしみほは依然静かな口調で自らの意見を述べ続けた。

 

「ですが敵と戦う場所はココではありません」

 

 みほは机の上に置かれていた大洗周辺の地図へと身を乗り出し、当初の待ち伏せポイントに指先を置いた。

 杏も、カエサルも、典子も梓も、それに桃までもが地図をのぞきに集まってくる。

 みほは待ち伏せポイントの高台から指先をツツとまっすぐに動かし……向かった先は――。

 

「大洗……」

「はい。市街地に敵を誘導、ここでゲリラ戦を仕掛け、各個に撃破します」

 

 

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 

 結局、みほの提案は通ること無く、当初の予定通り桃の指定したポイントで敵を待ち伏せる作戦で決定した。

 これは「今の大洗では、ゲリラ戦を出来る技量に達していない」という桃の強硬な反対があったからだった。

 それについてはみほも懸念していたことでもあり、最終的には杏会長の「取り敢えず河嶋の作戦で行くけど、隊長は西住ちゃんに任せるから臨機応変にお願いね」という仲裁案で決着した。

 お陰でみほは、隊長という大役を任されることになってしまった訳だ。

 

「でも、わたくし達はどんな相手でも全力を尽くしますの。何故なら――」

 

 聖グロリアーナ隊長、ダージリンの声で、みほの意識は現実へと引き戻される。

 

「戦いに貴賎は無く、全ては己が成長の糧でありますから」

 

 そう言ってダージリンは眼をつむると、歌うように囁くように、聞き慣れぬ言葉を紡いだ。

 

「ドゥ・オステ・オワグーラ・クレ・ヤシディーロ……グラッツィ・ミト・モメンダーリ……」

 

 それにどう返していいか解らず、桃が「教えろ」と横目に傍らのみほを小突く。

 

「『神聖なる闘争の極まるところ、武なる光、照たらん』」

 

 その意味する所を説いたのはみほではなくカエサルだった。

 よもや意味を解する者が大洗にいるとは思わなかったのか、ダージリンは嬉しそうに眼を細める。

 

「そういうことです。互いがより高い次元に進歩できるよう、騎士道精神に則り全力を尽くして戦うとしましょう」

 

 ここで話はそれまでと、審判員の声が割って入る。

 

「それではこれより、聖グロリアーナ女学院対、大洗女子学園の試合を始める。一同、礼!」

「よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

 

 かくして大洗女子学園初の対他校試合が始まった。

 

「で、西住。あれは一体なんなんだ」

「マーティアルの祈りの言葉です。AT乗りにはマーティアルの信徒が結構いて――」

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 紅茶の芳醇たる香りを充分に楽しんだあと、軽くカップを掲げ、麾下(きか)の隊員達にダージリンは告げる。

 

「それではみなさん。『Today's Fox/今日の得物』に」

 

 一同揃って、その味わいに舌鼓を打つ。

 戦いの前の紅茶は格別だ。戦いの後の、特に勝利の後の一杯を除けばこれほどの味わいは他にない。

 

「……ペコ」

「はい」

 

 副官たるオレンジペコにティーセットを片付けさせると、彼女はハッチに手をかけ、ATの足につま先をかけ、勢いをつけてヒョイとコックピットに跳び込んだ。

 彼女のAT、というよりマーティアル謹製のATは降着機能を有さない。お陰で乗り降りはいささか不便だ。

 

「では、そろそろ行くとしましょうか」

 

 ゴーグルを内蔵した戦闘帽をかぶり、ラインをコンソールに繋ぐ。

 ハッチを閉じれば、ATの駆動系に火が入る。

 オーデルバックラー……『秩序の盾』の名を持つダージリンのATの、特徴的な複合センサーがブォンという電子音と共に、怪しい光を帯びた。

 

「全機前進」

 

 ダージリンは号令し、聖なる軍勢は戦場へと向けて一斉に進行を開始した。

 

 


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