ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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第11話 『参戦』

 

 

『――左40、射角マイナス15!』

「はいっ!」

 

 優花里はみほの指示そのまま、ソリッドシューターの照準を合わせトリッガーを弾いた。

 バズーカ、もしくは無反動砲によく似た見た目のこの武器は、電磁カタパルトとロケット推進を併用し弾丸を撃ち出す。故に、そのいかにも大砲といった見た目からの印象に反し、反動は驚くほど小さい。

 白い煙の尾を引き、砲弾は今度こそ標的を過つことなく命中する。

 左手のクローアームを振りかぶり、その鋼の鉤爪を自分へと叩きつけんとしていたファッティー。その緑の装甲に砲弾は触れるやいなや弾け、爆炎を上げた。衝撃に鋼の巨体はゆらぎ、地面へと倒れこむ。

 ――1機撃破! ファッティーの頭頂より揚がった撃破判定の白旗に、優花里はニヤリとほくそ笑んだ。

 標的を射止めた時のこの快感、じんじんと背骨を走るが如し。

 試合中でなければ最高だぜぇと大声で叫び出しそうな所を、努めて平静を保ち次の標的へと向かう。

 優花里は、口角を釣り上げ、あるいは獣のように静かに破顔した。

 

『右レバーを手前に倒しながら、左ペダルを軽く踏んでください! それからバルカンセレクターって叫んで!』

『え……はい! バルカン、セレクター!』

 

 華が叫ぶのが無線を通して聞こえてくる。

 ATの操縦システムには簡易ながら音声認識機能が組み込まれており、特定のワードに反応して機体をオートで動かすことが出来る。バルカンセレクターとはヘビィマシンガンのフルオート射撃をオンにする単語である。華機のヘビィマシンガンはハンディロケットガン持ちのファッティーの足元目掛けて怒涛と火を噴いた。

 地面がめくれ上がり、草の混じった土が跳びはねる。

 命中弾は少ない。だが問題はヒットした数ではなく場所だ。

 ファッティーは膝の辺りを撃たれて煙を噴き立膝を突いた。

 

(チャンス!)

 

 優花里は好機にすぐさま反応した。

 ソリッドシューターの砲口を、照準器を動きの止まったファッティーへと向ける。

 電子音が、センサーが標的を捉えたことを告げた。あとはトリッガーを弾くだけだ。

 

「もらった!」

『秋山さん右!?』

「え? うひゃぁ!?」

 

 ソリッドシューターを撃つよりも一瞬早く飛び込んできたみほからの警告。

 慌ててカメラをそっちに向ければ、予期せぬものが視界を覆ってしまって変な声がでた。

 例のハードブレッドガン持ちのファッティーが間近に迫っていたのだ。それも得物のハードブレッドガンを上下逆さまに、棍棒か何かのように大きく大上段に構えて。

 避ける間もなく、フルスイングで放たれた横殴りの一撃が頭部センサーに直撃する。

 

「きゅうっ!?」

 

 ぐわんと大きく機体が揺れたかと思えば、そのまま優花里の愛機は横倒しになり地面へと激突する。

 立て続けの衝撃に、優花里の体は揺さぶられ、操縦桿から手を放してしまう。

 カメラがいかれたのか、視界も砂嵐で外が見えない。見えない内に何やら良く解らない衝撃がもう一度来て、コンソール隣のモニターに、赤い文字でデカデカと嫌な表示が顔を出す。

 

 ――『撃破判定』

 

「……ゆ、油断大敵」

 

 勝ったと思った時には殺られていた。

 一瞬の気の緩みが命取り。やはり装甲騎兵道は容易い競技ではない。

 優花里はそのことを強く実感した。

 

 

 

 

第11話『参戦』

 

 

 

 

「秋山さん! 大丈夫!?」

 

 そうみほが声をかけるとすぐに、ハッチを開いて優花里がATから這い出してきた。

 

「西住殿、すみません~」

 

 煙にむせて咳き込んではいるが元気そうだ。

 

「まともにアタック喰らった」

「う~頭ががんがん揺れてる」

「キャプテンやられちゃいました~」

 

 今しがた撃破されたB分隊バレー部の面々も優花里同様にハッチを開いてATから這い出してくる。

 結局、優花里のゴールデンハーフスペシャルを撃破したあけびのファッティーは、みほがヘビィマシンガンを使って撃破した。

 

(秋山さん撃破で残り三機。でも沙織さんが帰って来るまでは華さんと二機で頑張らないと……)

 

 手持ち火器の残弾数を確認すれば、ヘビィマシンガンは弾切れで、後はアームパンチ用の弾薬が何発かある程度だった。

 

「華さん、ヘビィマシンガンの弾の残りはどれだけですか?」

『……ここの数字で良いんでしょうか。ええと……ゼロになってます』

 

 予備弾倉が無いためしかたのないことだが、この場の二機のうち二機とも残弾なしとは有り難くない。

 

「西住殿~五十鈴殿~私のソリッドシューターに弾が残っているので使ってください!」

 

 そう言ったのは優花里で、彼女が使っていたソリッドシューターはマニピュレータより離れて地面に転がっている。

 

「ありがとう秋山さん。華さん、秋山さんのソリッドシューターを使ってください」

『解りました。でも、みほさんは?』

「私はこれを使うから」

 

 みほはと妙子のファッティーが装備していたハンディロケットガンを拾う。

 残弾は僅かだが、何も無いよりは良いだろう。

 

『B分隊、全機撃破。B分隊が最初に脱落ね』

 

 そうこうしている内に、蝶野教官の判定が無線より届いた。

 続けて他の撃墜判定についても述べられていく。

 

『A分隊、4番機撃破。E分隊、隊長機、2番機撃破』

『D分隊、2番機、3番機、4番機撃破』

 

 どうやら他の場所でもドンドンパチパチ賑やかにやっているらしい。

 全機無傷なのはどうやらベルゼルガ系中心のC分隊だけのようだ。

 

『生徒会長や副会長も既に撃破されたみたいですね』

「うん。D分隊も半分に減ってるし、次に私達がぶつかるのはC分隊かな」

『沙織さんも合流すれば3対4ですか』

「ちょっと苦しいけど、何とかできない数じゃないかな……」

 

 それにしても遅いのは沙織の合流だ。

 もうそろそろ麻子を本部に届けて戻ってきても良い頃合いの筈だが。

 

「ちょっと待って華さん。今本部に連絡して沙織さんについて聞いてみる」

『お願いします』

「こちらA分隊隊長機、本部聞こえますか」

『聞こえるわ。どうしたのかしら?』

「例の迷い込んだ生徒を運んだ本隊2番機ですが、もう本部に到着しているでしょうか?」

『ええ。もうその娘は本部で休んでいるし、運んできた2番機も既に試合場に戻っているわ。E分隊の隊長機と2番機を撃破したのもその娘よ? 無線で聞いてないのかしら?』

「……え?」

 

 蝶野教官の口から飛び出した言葉に、みほは戸惑いを隠せなかった。

 沙織が単独で二機のATを撃破した? 今日ATに触れたばかりの沙織が?

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

 河嶋桃は必死にレバーを切り、ペダルを踏んで必殺の一撃をかろうじて避けた。

 

「うひぃっ!?」

 

 ダイビングビートルの丸っこい八方睨みのセンサーの真ん前を、パイルバンカーの槍が超高速で通り抜けていく。

 ATの視界はゴーグルを通してそのまま桃の視界となる。

 つまり桃の顔ぎりぎりの所を鋼鉄の槍が通り抜けていくのと、感覚的には殆ど同じと言う訳だ。

 

「おのれれれれれ!」

 

 最初に武器として選んだミッドマシンガンは、とうの昔に撃ち尽くしてしまっていた。

 代わりに拾ったヘビィマシンガンを、狙いもつけずに乱射する。

 これだけ弾をばら撒いていれば一発ぐらい当たっても良いものを、相手のベルゼルガ・イミテイトはシールドを巧みに使って全て防いでしまう。残弾は、心もとない。尽きる前に一発ぐらい当てなくては。

 

『D分隊、隊長機、5番機、撃破!』

 

 しかし蝶野教官の声が無情なる戦況を桃へと叩きつければ、既に先細り気味の闘志はいよいよもって掻き消える寸前となっていた。

 これで味方はD分隊の6番機のみ。彼我の戦力比は2対4。

 

「なぜだ!? 数では勝ってた筈だぞ!?」

 

 桃は絶叫するも現実は変わらない。

 唯一残った味方のD分隊6番機にも、ホイールドッグとベルゼルガプレトリオが迫っていた。

 

『眼鏡が割れた~!?』

 

 プレトリオのシールドタックルで体勢が崩れた所に、ホイールドッグがすかさず電撃ロッドを叩き込む。

 初心者同士という条件は同じ筈なのに、C分隊の連携のスムーズさはなんだろう。電磁ロッドの一撃に、D分隊最後のスタンディングトータスのてっぺんより白旗が揚がった。

 

『D分隊、全機撃破』

 

 ホイールドッグはスコープドッグのカスタム機で、主に警察の機動隊などで使用される機種だ。対AT戦を想定し左手にはスパイク付きのアームシールドを装備し、胸部にはロールバーによる補強が行われ、ドッグ系ながらかなり頑丈な造りになっている。最大の特徴である主武装の電撃ロッドは、先にスパイクのついた金属バットのような見た目だが、一撃でATを行動不能にする必殺武器だった。

 

「ぜ、全滅。そ、そんな馬鹿な」

 

 気づけば四方を塞がれ、完全に包囲されている。

 前右左の三方をシールド持ちに囲まれており、残りの後方もヘビィマシンガン持ちだ。

 対する桃の武器は残弾が既に3分の1を切ったヘビィマシンガンのみ。どうしようもない。

 

「待て待て待て、そんな一気に襲いかかってきて袋叩きみたいにするとかマジやめて会長柚ちゃん助けて」

 

 前方からパイルバンカーが、右から電磁ロッドが、左からパイルバンカー槍が、背後からはアームパンチが迫り、いよいよ桃は絶体絶命の窮地に陥った。

 だが、しかしである――。

 

「……?」

 

 思わず眼を瞑ってしまった桃だったが、いつまで経っても来ない衝撃に恐る恐るまぶたを開く。

 自分を取り囲んでいたC分隊の面々は、何か別のモノに気をとられたのか桃のビートルとは全然違う方へとカメラを向けている。

 桃もその方へとカメラを向けたが、果たして視線の先の木立の間から、赤いATが一機、薄暗がりを破って飛び出して来るのが見えた。

 A分隊のブルーティッシュ・レプリカだ!

 

「なんだ!?」

 

 飛び出してくるや否や、ブルーティッシュ・レプリカは右腕部のガトリングガンを出し抜けにぶっ放す。

 シールド持ちの三機は素早く盾を構え、バラ撒かれた弾丸の雨を凌ぐ。

 桃も三機の陰にいたので運良く流れ弾は免れたが、突然の乱入者は最初から銃撃で仕留めるつもりはなかったようだ。

 増設されたグランディングホイールから来る高速のローラーダッシュで、赤いATは瞬く間にC分隊へと肉薄、まず手近なホイールドッグへと襲いかかる。

 上段より振り下ろされる電磁ロッドを、ブルーティッシュ・レプリカはターンピックを使って避けたかと桃の眼には見えた。だが二機がすれ違った直後には、ホイールドッグの体が崩れ落ち、頭部から白旗が揚がる。まるで時代劇の、すれ違いざまに居合の一閃で敵を屠るが如く、すれ違いざまに鉤爪の一撃を食らわせていたのだ。だが桃の眼ではその動きは速すぎて捉えられない。

 

「え? あ? う?」

 

 続くプレトリオのパイルバンカー槍の刺突攻撃を最低限の動きで躱し、左手のマニピュレータで槍を掴み取る。槍を掴んだままローラーダッシュで機体を全速後退させ、その勢いでプレトリオの体勢を前のめりに崩させる。顕になった背中へと向けて、ブルーティッシュ・レプリカはガトリングの一撃をお見舞いした。

 プレトリオから揚がる白旗に目もくれず、射撃を継続したまま一転前方に全速力で突っ込んでいく。左手にはちゃっかり奪い取ったプレトリオのパイルバンカー槍が握られている。

 左衛門佐駆る赤備えのスコープドッグがヘビィマシンガンで応戦するのを物ともせず、機動力で射線を振り切った時には、投げ槍の一突きで撃破は済んでいた。

 残るは、桃を除けばエルヴィン駆るベルゼルガ・イミテイトの一機のみ。

 三機撃破するのに、要した時間はものの数秒。当然、桃の視力では追いかけることなどできない機動だった。

 

「!?!?!?」

 

 睨み合っていたのも一瞬、向い合って滑走し出した二機のATは、傍観する桃をよそに即座に間合いを縮める。

 先に仕掛けたのはベルゼルガ・イミテイトの方だった。パイルバンカーの射程にはまだ届かぬ内に、その尖った先端をブルーティッシュ・レプリカへと向け――たと見えたと同時に、鉄杭を銃弾のように打ち出したのだ!

 ――ベルゼルガ系AT最後の切り札、奥義パイルバンカー飛ばし!

 当たれば一撃必殺! 外せば武器がなくなる地獄!

 一か八かの一撃の賭け、制したのはブルーティッシュ・レプリカのほうだった。

 その赤い機体が沈む。足首の関節を動かし、機体は殆ど倒れる寸前まで下がり、そのままエルヴィン機の足元目掛けて突っ込んだ。足払い。古典的ながら有効な手段。体勢を崩したベルゼルガ・イミテイトが立ち上がるよりも、その背にブルーティッシュ・レプリカが足をかけるほうが先立った。

 背中を踏みつけ、動きを封じてから、ガトリングが火を噴いた。

 至近からの銃撃に、ベルゼルガ・イミテイトから白旗が揚がる。

 

『有効、C分隊全機撃破』

「……んな」

 

 蝶野教官が無線でそう告げるのを桃は呆然と聞いている内に、気づけば肉薄していたブルーティッシュ・レプリカの一撃で、ダイビングビートルは背中からぶっ倒れた。

 ついでとばかりの攻撃ながら、威力は充分。桃が正気に戻った時には、既に判定は下っていた。

 

『E分隊、全機撃破。A分隊を除く全分隊の全滅を確認』

『よって勝者、A分隊!』

 

 

 

 

 ――◆Girls und Armored trooper◆

 

 

 

 

『……いつのまにか勝ってしまいましたね』

「いつのまにか勝っちゃったね」

 

 みほも華も、狐につままれた気分だった。

 自分たちの見えない所で勝負が付き、気がつけば勝利の判定が出てしまっていたからである。

 

「沙織さんがやったのかなぁ……」

『沙織さんには悪いですが、ちょっと考えづらいんじゃないかと……』

 

 全機健在だったはずのC分隊四機が、瞬く間に全滅したのにはみほも驚く他ない。

 自分がやったのでもなければ、華がやったのでもない。だとすれば残った沙織の仕業以外ありえないが、彼女にコレほどの芸当出来るとも到底思えない。ラッキーヒットで一機落とした、などとは訳がちがう。相当の腕の差がなければできることではない。

 

「あ」

『あ』

 

 ――噂をすればなんとやら、話題のブルーティッシュ・レプリカが、ローラーダッシュでみほ達のもとへとやってきたのだ。赤いATはみほ達の前で止まると、そのハッチを開いた。

 コックピットに居たのは、沙織ではなかった。

 

「……あなたは!?」

『冷泉さん!?』

 

 

 


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