ガールズ&ボトムズ   作:せるじお

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stage21 『ソング』

 

 

 ――不可思議な光景だった。

 

 大人以上に大人びた、永久凍土の如き冷たさと揺るぎなさを備えた少女が、無邪気な声で歌っている。

 フランス人形のような、美しくも幼い容姿の上に、満面の笑みを浮かべて、少女は歌っているのだ。

 音程はとても洗練されているとは言い難く、力任せで感情そのままの調べは、まるで幼稚園児のお遊戯のようですらある。

 小さな人形を掲げ、無邪気な顔で歌う島田愛里寿の声は無線を通じて響き渡り、その姿は中継機のカメラを通じて観客席のモニタースクリーンに大きく映し出されている。彼女のことをよく知らない観客は一様に唖然として、天才少女の見せた奇妙な振る舞いに首をかしげ、あるいはざわめいた。愛里寿の急変に、戸惑い、困惑していた。

 全く真逆の反応を見せたのは、島田流側、あるいは大学選抜側の観客達。

 思わぬ苦戦に強張っていた表情は、愛里寿の唄を合図に一斉に緩み始める。安堵の空気が流れ、揃って余裕の笑みすら顔に浮かび始めていた。

 

「……」

「……」

 

 特別席からスクリーンに映されたものを視ていた、西住しほと島田千代の反応もまたそれぞれ真逆だった。

 しほは鋭い視線を一層鋭くし、口元には強い力がこもる。千代は笑みを深め、緩んだ口元を扇子で隠した。

 

「……これもまた筋書き通りというわけか?」

「まぁそんな所だ。予定よりは少々早いかもしれないがね」

 

 同様の姿を見せたのは、星の海を超えてやって来た間諜二人。

 キークはしかめっ面で紫煙を深く吸い込み、ロッチナは口元で手を組み、その下で微笑んだ。

 

「隊長が!」

「歌った!」

「ということは――!」

 

 最も顕著な反応を示したのは、バミューダ三人娘、アズミ、メグミ、ルミの三人。

 高校生相手のまさかの苦戦に、険しくなっていた彼女らの表情は一転、明るいものになっていた。

 否、三人は口の端を獣のように釣り上げ、ヘルメットの下で獣のような相貌をつくっている。

 募っていた苛立ちと不安は、尽く狂熱的な闘志と変わり、大洗への反撃の機を彼女らに窺わせる。

 今は耐えろ。攻めるべきは、我らが隊長がまさに駆けつけたその瞬間。さすれば、大洗の戦線は崩壊するだろう。――これは希望的観測などではなく、彼女らには確定した事実であった。あの、島田愛里寿が直接動いた以上は。

 

「――」

 

 一通り歌い終えた愛里寿は、ボコのぬいぐるみをしまいハッチを閉じた。

 いつもの、冷徹なる戦士の顔を取り戻し、少女はATを駆けさせる。

 自らを神の眼と嘯く男から贈られた、黒く、そして巨大なATを駆って、戦場へと一直線に走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――stage21

 『ソング』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分へと向けられる、無数のガラスの瞳。

 同数の、いやそれ以上の銃口砲口もまた同時に突きつけられるが、カチューシャは恐れない。

 いやむしろ彼女は獰猛に嘲笑った。

 相対した機械の眼々は無機質そのもので、当然泣きも笑いもしないが、カチューシャには解るのだ。その内側にいる、ボトムズ乗りたちが自分へと向ける恐れや慄きが。自分よりも年齢的にも経験的にも体格的にも上であろう相手を、自分は今圧倒している。その事実に、カチューシャは暴君らしく嘲笑を深くする。

 

Feuer(撃て)!』

 

 無線を通して聞こえる号令と共に、背後から黒鉄の肩を飛び越えて機銃弾が走る。

 カチューシャと共に攻撃を開始した、大洗ニワトリさん分隊からの援護射撃だ。

 自機の左右を飛び抜ける銃弾に合わせて、カチューシャのエクルビスはアスファルトを蹴り散らしながら走る。

 

 大学選抜チームを完全にパーク内へと誘い込み、逃げ場を無くした上で包囲殲滅する――より具体的に言えば、相手正面からは黒森峰、ウワバミ、そしてアンコウの三個分隊が、後方からはニワトリ、アリクイ、そしてカチューシャ率いるプラウダの三個分隊が、そしてパーク円壁上からは聖グロリアーナ、ヒバリの二個分隊が、時間差で攻撃をしかけ、波状包囲攻撃をしかける、みほ命名「どっきり作戦」は見事に発動した。

 

「流石はミホーシャね! ハラショーな作戦よ!」

 

 カチューシャは眼の前のスタンディングトータスをアイアンクローで殴り倒しながら快哉する。

 白旗あげて倒れる相手の向こうに見えた新手目掛けて牽制の機銃を放ちつつ、地面を強く蹴って機体を宙へと舞わす。脳波コントロール装置を外したところで、カチューシャが一流のボトムズ乗りであることに変わりはない。格闘戦に恐ろしく秀でたこのエクルビスならば、これぐらいの芸当は彼女としてはできて当然のことだった。

 だが、相手にとってはそうでなかったらしい。H級の巨体が宙返りを決める様に、驚いたかその動きを止めてしまっている。

 

「迂闊ね!」

 

 相手の背後に着地すると同時にグライディングホイールを起動、機体を急速回転させる勢いにあわせて、鋼の爪を横薙ぎに振るった。ちょうど相手の顔を掌で叩くような格好だが、しかしそれをなすのはAT、それも特機の振るうアイアンクローだ。相手トータスのカメラアイ部分に爪は直撃し、フレームのいち部をひしゃげさせ、レンズガラスを粉々に粉砕する。もしもカーボン加工がなければ、センサー部分を根こそぎ千切り取られているところだろう。当然のように撃破判定は下り、機能を停止させられた相手ATは吹き飛ばされるように横倒しになった。

 

「!」 

 

 立て続けの二機撃破。

 しかし相手も大学選抜チーム、やられっぱなしで終わる筈もなく、着地の隙を刈り取らんと一斉にエクルビスへと銃口を向けてくる。

 

「ニーナ! クラーラ!」

 

 だがプラウダの小さな暴君は単なる切れ味の良いだけのボトムズ乗りなどではない。

 相手の行動を読み取り、その裏をかくのもお手の物――例えて言うならば彼女は小さな毒蛇だ。その小ささに油断していると、気がつけば既に毒牙にかかっている。後はじわじわと縊り殺されるだけ。

 跳躍攻撃後の硬直程度、最初から計算済み。エクルビスを包囲していたトータスたちへと向けて、アイアンクローとパイルバンカーとが新たに襲いかかる。

 

『やったるだ!』

Отложитьr(仕留める)!』

 

 プラウダ謹製量産型エクルビスに、灰色に塗られたベルゼルガの攻撃だった。

 一年生にして特機を任された腕利きのニーナに、クエント人の血を引くと噂される長身銀髪の異邦人クラーラ。

 

「アリーナ!」

『は、はいです!』

 

 ミサイルランチャーを放つのは、やはり一年生のアリーナが操る陸戦型のファッティー。

 

「ノンナ!」

『はい』

 

 さらにその後方から、空気裂き走る稲妻のように、音すらも置き去りにしてライフル弾が飛ぶ。

 トリッガーを弾いたのは言うまでもなく、プラウダの赤い狙撃手、ブリザードのノンナだ。

 突撃するカチューシャ、ニーナ、クラーラの後方、彼女らを援護するアリーナよりさらに後ろから、スナイパーライフルを構え、狙い撃つ。

 血のように赤いチャビィーの姿は、人目を引いて狙撃手に似つかわしくないように見える。

 だが、それがノンナの狙いだ。想定外の方向から来た攻撃に大学選抜側はざわめき、否応なく、遠目にも姿が明らかな赤いATへと意識が向いてしまう。そこですかさず攻撃をしかけるのは二機のエクルビスにベルゼルガの近接三機に、中距離支援のファッティーだ。水が流れるような連携は、統率力を第一とするプラウダならではといえる。

 

『この戦いはバルジの戦いに似ている!』

 

 その傍らでシュトゥルムゲベールをバースト射撃しながら突撃するのは、大洗ニワトリさん分隊のエルヴィンだ。

 

『沖田畷の戦いだ!』

 

 左衛門佐はヘビィマシンガンに装着したパイルバンカー銃剣で手近な一機を撃破すると、そのままバルカンセレクターで弾幕を張る。

 

『池田屋に御用改ぜよ!』

 

 おりょうが駆る新選組カラーのタイプ20が左手で操るのは、AT用のスタンバトンだ。電撃でATをその内部機構から麻痺させる得物は、装甲騎兵道に用いるには余りにバトリング的であり、より正統派な選手こそこれに戸惑い、太刀筋を受けて白煙をあげる。

 

『それを言うならザマの戦いだ!』

 

 しかし派手揃いのニワトリ分隊4機にあって一番ひと目をひくのはカエサル駆るベルゼルガ・プレトリオだった。「黒いギロチン」とも呼ばれる厚さ200mmはある大型シールドを両手に装着し、攻防一体となったその姿はまともな装甲騎兵道に慣れた選手を驚かせ、情け容赦なく叩き潰していく。

 

『『『それだ!』』』

 

 ヒナちゃん――もとい、カルパッチョの仇討ちに燃えるカエサルは隊の先頭を駆け、残りの三人はカエサルのギロチン盾を目くらましにしながら積極的攻勢を仕掛ける。辛口評論家のカチューシャの眼からしても、実に優れた連携だ。

 

『ボクらはたわみにたわみ、そして、放たれた!』

『疾風とは、まさにこれピヨ!』

『怒涛とは、まさにこれナリ!』

 

 プラウダ分隊の左翼では、大洗アリクイさん分隊の三機も同時に猛攻撃をしかけていた。

 レイジングプリンス。

 ヘルミッショネル。

 トロピカルサルタン。

 往年の、伝説的バトリング選手達の愛機を模したレプリカ。

 かつてはその動きすらも、本物のボトムズ乗りたちの動きをミッションディスクで完璧に再現していたものだった。

 故に敗れた。所詮は偽物に過ぎぬが故に。

 だが今は違う。黒森峰との全国大会決勝戦での雪辱を果たすべく、彼女たちは腕を磨き、鍛え続けたのだ。

 MDのサポートは最低限、彼女らは彼女らの実力で、本物の乗り手たちを思わせる恐ろしい動きを見せていた。レイピアが、大鎌が、必殺の『アーム・ホイップ』が、次々と繰り出され、白旗をもぎ取っていく。

 

(順調! 順調過ぎて笑いがとまらないぐらいよ!)

 

 カチューシャはほくそ笑む。

 みほの作戦は今度こそ完璧に機能している。

 このまま自分たちとあんこう分隊、黒森峰分隊、ウワバミ分隊の6個分隊だけで、相手を包囲殲滅できるのでは? そんな気すらしてくる程に。

 

(――それが逆に気にかかるけど)

 

 快調の笑みは一転、冷静な思案に取って代わられる。

 調子に乗りやすい所は多々あれど、カチューシャの本質は策士だ。

 大学選抜の脆さが気にかかる。例の連中、相手の本命の本命、スコープドッグからなる精鋭達は何をしている?

 カチューシャが思うのは、赤い四角形、黄色のダイヤ、青の三角形のシンボルマークを掲げた大学選抜のコマンド部隊とでも言うべき選手たちだ。鮮やかな速攻を、見せた筈の彼女らは何をしている?

 

(冬眠中のクマみたいに動きがない……そうまるで)

 

 恐らくは自分と同じ懸念を、みほもまた抱いているのではなかろうか。

 そんな予感がカチューシャの脳裏を過る。

 

(何かを待っているかのように)

 

 ――残念ながら、カチューシャの予感は当たっている。

 

 戦場を急行し、地獄を運ぶべく進むのは、黒いAT。

 

 紅いカメラアイを炎のように燃えたぎらせながら、駆けるは島田愛里寿。

 

 聞こえるか、あの軽快なる歌が。

 

 ボコの歌が。

 

 来る。

 

 彼女がやって来る。

 





 ――予告

「条理不条理所詮は夢さ。東西南北、天と地の、サイコロしだいの転がりに、身託して戦場を渡る。勝ってあればの空と風。迫る悪鬼に愛機を駆って、風に任せて損を負う。鉄の背中が、捨て台詞かもね」

 次回『ブルー・ナイト』









 久方ぶりの更新です。最終章第2話の予定がようやく決まって嬉しい
 プラウダ戦記も実にいい感じですね


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