ロボットが来れば、さぞかし便利になるのだろうと思ってた。計算も一瞬で、正確で出来て。無駄な事をしないから効率的で。
何より。
こんな辛い社会に便利屋として放り込まれる事になっても、同情する事は無いだろうと思っていた。
何故なら、ロボットだから。心なんか持たず、いいや自分の意思すら持っていないと思っていたから。
「...今日も残業か」
壁に張り付いている時計を見ると、夜の8時。定時なんてとっくに過ぎているというのに、俺の机に積まれた資料だのタブレットだのは全然減っていない。
何でこんなご時世なのに未だに紙なんか使ってんだか。上の奴らはこれが経費の無駄だってことに気づいていないのか?馬鹿か。
はぁ、ため息を吐く。チェアに深く背中を沈め、デスクに置いてあるコーヒーに口を付ける。温い。何時間前に淹れたんだっけか。いや、淹れてくれたんだったか。
「...安堂さん、もうそろそろ帰っても大丈夫ですよ」
「いえ。まだ仕事が残っておりますので」
「でも定時過ぎてるし、もう他のも帰ってるから」
「いえ。まだ仕事が残っておりますので」
「あぁそう...」
一度もこっちを見ない。目に映るのはおびただしい数の文字列数字プログラムetc...マルチタスクにも程がある。何個並列して打ってんだ...。
キリッと真っ直ぐな背中、精巧な機械のように動かされる手。いや、本当に機械か。
「生田さんこそ、もう退社時刻を過ぎております。帰るべきは生田さんかと思いますが」
「いや入ったばかりの新人残して帰れないよ...」
安堂さん。うちの会社に導入された"アンドロイド"。最新式のコンピュータを内蔵した人型のロボット。コミュニケーションと同時に、効率的な仕事を受持ちより社会を循環させるために大量生産された仕事用ロボット。
うちの社長が俺らが貰えるはずの人件費をわざわざ割いて購入した、期待の新人。
その仕事ぶりは期待を超えていた。どんな仕事を任されても文句一つ言わない。納期を巻いて終わらせる。ミスや漏れも無く正確。安堂さん一人で仕事が全部終わるレベル。
故に、"人"は楽をし始める。面倒な仕事、多い仕事、うちの社員はどんどん安堂さんに任せ始めた。明らかにそれは自分でやれやみたいな仕事でも任せる。
それは仕方ない事かもしれないし、それが目的で安堂さんは導入されたのかもしれない。だけど、俺はどうしても癪に障って仕方なかった。
「...はぁ」
「コーヒーをお淹れいたします」
すっと立ち上がる彼女。デスクを見ると明らかに先ほどより進んでいる。人間では出せないスピードだ。だけど、多すぎる。
「いや、安堂さんも少し休んでくれ。コーヒーくらい自分で淹れる」
「しかし」
「休んでくれ。上司命令で出すぞ」
「...承知いたしました」
安堂さんは椅子に座り直し、一点を見つめ続けた。それ休むって言うのか...アンドロイド目線で言うならスリーブモードってところか。
何時の世も長い仕事にはコーヒーは付き物だ。これは恐らくこの先も変わらない気がする。
フィルターをコーヒードリッパーに取り付けお湯を注ぐ。良い匂いだ。何時嗅いでも、いくら嗅いでもコーヒーの良い匂いは色褪せない。コーヒー万歳。
...安堂さんは、コーヒー飲むのだろうか。というか飲食するのか?お昼も彼女が食事しているところを見た事が無い。
聞いてみるか。新人とのコミュニケーションは大事だ。
「...安堂さん?」
「はい」
「こ、コーヒー飲む?」
「いいえ」
「そうですか...」
飲まないのか...。
少ししょんぼりしながら、マグカップを持って机に戻る。少し口を付けてから、いつも常備しているチョコを手に取る。
「じゃあチョコは?」
「いいえ」
「そっかぁ...」
チョコもか。やはりしょんぼりだ。
俺は、小さい頃からロボットに憧れを持っていた。ロボットアニメは大好きだったし、プラモやゲームもよくやった。だからこそ、安堂さんを見るとしょんぼりせざるをえない。
ロボットとは、こんなにも暗いものか。
そこに、寂しさと悲しさを感じる。
「安堂さんは、何か食べたりとかしないの?」
「一応食事する機能はついています。コミュニケーションを円滑にするため、体内に食物を取り込みエネルギーに変える事も出来ますが、あまりに非効率です」
「あぁ出来るんだ。ロボット凄いな」
「そうでしょうか」
無表情だ。あまりに。人間の顔をしているのには間違いない。どこをどう見ても人間だ。だけど、そこに生気は感じられない。多分無表情100人用意しても、安堂さんは見分けられると思う。それくらい、彼女からは機械染みた物を感じる。
「味は?」
「と申しますと?」
「あー。これ甘いとか、苦いとか、美味しいとか感じるのかなって」
「はい。味覚を再現するプログラムは内蔵されています」
「へぇ!そうなんだ」
え、じゃあ食べたり飲んだりしてくれても良くない?
しょんぼりだ。
「じゃあチョコ食べない?甘いよ」
「いいえ」
ぐぬぅ。頑なな。それがロボットたらしめているのだろうけど。
「食物は私の身体に対して非効率です。エネルギーへ変えるためにエネルギーを使う必要があります。そして得られるエネルギーはあまりに少ないです。なので、今必要としているエネルギーを鑑みるに、チョコレートを食すのは効率的ではありません」
「そうですね。すみませんでした...」
ごもっとも過ぎる。
「...んー。そろそろ終わりで良いかな」
一応やっておこうと思った所までは終わった。くそが。本当はもう終わってるはずなんだよ3時間くらい前に。くそが。
「...作業行程終了いたしました。退勤いたします」
「ちょ、はやっ」
すすーっと椅子から立ちあがり流れる様に資料とタブレットを纏めてタイムカードを押しに行く。いや早すぎる。
「ちょっと!安堂さん!」
「何か?」
「...少し、時間貰えないかな」
「はい。承知いたしました」
決断もはえぇな。ロボットだ。
「...何故、ここに」
「今頃飲み屋に行く気にもならんし、何よりアンドロイド用のあるとこあんま無いからね」
会社を出てから少し。コンビニに安堂さんと立ち寄った。
アンドロイドは、アンドロイド用のエネルギードリンクがあるらしい。それが一番効率的にエネルギーを得る事が出来るらしい。あと充電。
「そうですが...家に戻り充電に入れば、翌朝には完了しているでしょう。エネルギードリンクを買うのは金銭的にも非効率です」
「良いんだよ。いつも同じ充電の味じゃつまんないだろう?」
「理解出来ませんが」
「まぁまぁ。お金は出すからさ」
冷やされた冷蔵室から酒とエナドリを取り、適当につまみを掴んでレジに持っていく。
「...何故そんなことを」
「一人で飲むのはつまんないからね」
「つまらない、というのが理解出来ません」
「良いから良いから」
パワハラだろうか。文句一つ言わない彼女が少し不服そうだ。新人を一人で飲むのがつまんないから誘う。傍から見れば完全にパワハラだな...。
まぁ少し目を瞑ってもらうことにしよう。
「近くに公園があるんだ。行こう」
「...承知いたしました」
「ここだ。ここ」
がらんとした少し狭い公園。ブランコやシーソー、砂場やジャングルジムと当たり障りない遊具が並んでいる。
ブランコに腰掛け、座るよう促す。やはり少し不服そうだが、しぶしぶと腰を降ろしてくれた。
「はい、安堂さんの」
「...」
エナドリと、さっき買った柿ピーを手渡す。完璧にフリーズしてるわ。
「...先ほど、食物は効率が悪いと申し上げましたが」
「でもエナドリの方が効率良いでしょ」
「...それは、そうですが」
アンドロイドは基本、エナドリの補給が一番エネルギーを得られるそうだ。一番手っ取り早いエナドリの補給だが、お金がかかる。
「遠慮なく飲んでくれ。感謝の気持ちだ」
「...承知いたしました」
エナドリの栓を開け、口を付ける。少しほっとした。完璧に迷惑かと思っていた。
「...!」
「ん?」
少し驚いた顔をした。初めて見た、無表情以外の彼女の顔。目を見開き、不思議そうにエナドリの缶を見つめる。
「...味覚プログラムが、今まで検知したことのない反応をしました」
「どんな?」
「...これは、美味。美味しいと、プログラムが反応しています」
「...そっか。そりゃ良かった」
同じく酒の缶を開け、一気に喉へ流し込む。かぁーーーーー、美味い。
「...俺さ、少し安堂さんと話がしたくてね」
「話、ですか?」
「うん。当たり障りない、普通の話」
俺は、アンドロイドが少し気に入った。
続きます!