あの日、あの時、あの人の短編集   作:鈴木シマエナガ

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前書いた奴隷の少女の後編です。

これから暫くは後編書こうかな...。


ご主人様、愛しています。

こんにちは。皆様お久しぶりです。覚えていらっしゃいますでしょうか? 私です。名前は...もうありません。奴隷だった頃の私と、今の私は...全くの別人になってしまいました。暗くて、痛くて、苦しかったあの頃では、考えられないくらい、幸せだから。

 

今は、明るくて、楽しくて...そして、何よりも大切な方がいますので。

箒を掃く手を止めて、赤くなった頬を撫でる。今の私は、みずぼらしい麻の衣じゃなくて、立派なメイド服をご主人様に頂きました。綺麗な濃紺のワンピースに、真っ白で可愛いフリルのついたエプロン。汚さないように大切に着させてもらっています。

 

「...良い匂い...」

 

ご主人様と一緒の匂いがします。柑橘類を使った、とても落ち着く匂い...。この匂いを感じるだけで、心があったかくなって、心臓がドキドキします。

いけない、ご主人様が帰ってくる前に、お掃除とお料理とお洗濯を終わらせておかないと。

私、ここに来てからいっぱいお勉強しました。お掃除の仕方、お料理の仕方、お洗濯の仕方。どれも最初は全然出来なくて。お皿は割っちゃうし、調味料の量は間違うし、汚れは全然取れないし。

 

でも、ご主人様は、少し困った笑顔をしながら私の頭を撫でてくれました。

だから、そんな優しいご主人様に恩返しがしたくて、いっぱい頑張りました。私に出来ることは、それくらいしかないから。

 

「...あれ?」

 

玄関から足音が。この音は...ご主人様...?

 

「そ、そんな...予定の時間より早いじゃないですかぁ...!!」

 

あうぅ...私の完璧な計画がぁ...

 

そんな事を思ってても、足は浮き足立つ。頬が熱くなり、心臓は早鐘を打つ。それでも、嬉しさで心がいっぱいになる。

 

だって、大好きな人に会えるんだから。

 

 

 

 

 

「ただいまー?」

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

「うん、ただいま。"ティナ"」

 

あ、言い忘れておりました。私、名前はないと言っていましたが...つい最近、名前をいただいたんです。大好きな、ご主人様に。私を、この名前で呼びたいと。

 

だから、今の私はティナ。ご主人様の、ティナです。

 

「随分と予定より早くお戻りになられましたが...?」

 

「あぁいや。商談が弾むように上手くいってね。早く終わったんだ」

 

「左様でございますか...申し訳ありません、まだお食事もお風呂の用意も終わっていませんので...」

 

「謝るのはこっちの方さ。連絡出来なくて悪かったね」

 

にこーっと優しい笑顔で頭を撫でてくれるご主人様。撫でやすいようにヘッドドレスは外しております。大きくて、優しい手で撫でられると頬がじんわり赤くなっていきます。

 

「...じゃあ久しぶりに一緒にやろうか。ティナのお手並みを拝見しよう」

 

「...え?」

 

「一緒にご飯作ろ?」

 

「...!?!?!? そ、そんな!? ご主人様の手を煩わせるなんて、ティナは...」

 

頭を撫でる手を止め、次は大きな手で私の両手を包み込む。心臓がとくんと高鳴り、顔の熱がより高くなって、ぼーっとしてしまう。ご主人様の手、温かくて、大きくて...優しくて...

 

「ご主人、様...」

 

「いつもティナ頑張ってくれてるからね。それに...あれだ。どれだけティナが上手になったか見てみたくてね。そんなに多くやる訳じゃないから、ね?」

 

「...そ、そういうことでしたら...」

 

あぅ...そんな笑顔で言うなんて卑怯です...逆らえなくなっちゃいます...。まるで、人格全てを掌握されてしまうかのように...。やっぱり、私の全てはご主人様の物、なんですね...。

 

「で、では...台所に行きましょう...今日は、ミートパスタと...えと...小松菜と玉ねぎのスープ...ですかね」

 

「良いね。じゃあ行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...それでは、ご主人様は火をお願いします。私、まだ上手く出来なくて...火が怖いんです...」

 

火は、私にとって嫌な思い出しかない。前の領主には火で炙られそうになったし、マッチの火を押し付けられたりもした。あのパチパチという音と、不安になるような熱さは、今でも怖い。

 

「...そっか。じゃあ俺がやるよ。...大丈夫?」

 

「は、はい。今は...もう"違う"から。これから克服したいです」

 

「...ティナは強い子だな」

 

「そんな...ご主人様のおかげです。ご主人様が、私を変えてくれたからです」

 

ご主人様がいなかったら、こうしてメイド服を着る事も、台所で料理する事も、名前も呼ばれる事もなかっただろうから。

 

「そう言われると、照れるな...うわっちちち!!」

 

「!! だ、大丈夫ですかご主人様!? お怪我は!?」

 

「あ、あはは。大丈夫大丈夫。これじゃあ手際はもうティナの方がいいね」

 

ご主人様の手が、少し赤くなっていて痛そう...私が、余計な事を言ったから...。

 

「ご主人様、手を」

 

「え? はい」

 

「...ん、ちゅ」

 

「...!?!?!?!?!?!???!?!!!!!?????」

 

私の種族は、回復魔法に優れたエルフという種族らしい。今はもう数が少なく希少なため、奴隷売買される事も多いそうで。私もその中の一人だった。

そして、エルフの体液には治癒効果があると、ご主人様から頂いた本に書いてありました。少しご主人様の手を舌で舐めると、赤くなった炎症が消えていく。

 

「あ、痛くない...」

 

「...ぷはっ。どう、でしょうか? 痛くありませんか?」

 

「う、うん...ティナ、積極的になったね...」

 

「...」

 

自分がやった事の恥ずかしさに気づいて、顔が真っ赤になってしまいました。恐らく、軽く湯気でも出てるかと。

 

 

 

 

 

 

 

「...ティナ、包丁上手くなったね」

 

「そ、そうですか? お料理では一番使うので、頑張って練習しました」

 

 

 

 

「小松菜はさっとお湯にかけて、ざく切りに...あ、玉ねぎは皮を剥いて四つ切りにしたら、一口大に切っていきまして...」

 

「...おー...」

 

 

 

 

 

「ご主人様は、パスタは固めの方がお好きらしいのでさっと茹でますね。ミートソースはホールトマトと塩コショウ...あと保存しておいた干し肉を使いましょう。塩コショウと東洋の珍しい調味料...ショーユ? と言うのでしょうか。それで漬け込んで保存しておいたんですよ」

 

「...何か、すごいなティナ。完全に俺を超えてるよ」

 

 

 

 

 

「出来ました!!」

 

「すげぇ美味そう...」

 

我ながら上手く出来たのではないでしょうか? ご主人様と一緒にやったから、少し舞い上がっているのかもしれません。固めに茹でたパスタに、干し肉を加えたミートソース。小松菜と玉ねぎ、余った干し肉を使ったコンソメスープ。そして、ご主人様の大好きな葡萄を使ったエール。エールというのは、ビールに近いワイン、でしょうか。果物とアルコールを使って醸造した、ご主人様の知り合いの商人さんから頂いた美味しいお酒です。

 

「ど、どうでしょうか?」

 

「...もう台所はティナに任せとけば間違いないね」

 

「...! ほんとですか!! 嬉しいです...」

 

褒められただけで、頬が緩んでしまう。にへらぁっと弛む頬を両手で抑えて、真っ赤っ赤な頬を隠す。

 

「美味しい...凄いよティナ。良いお嫁さんになりそうだ」

 

「へっ!?!?」

 

お、お嫁さん!? お嫁さんって...

 

お嫁さん...か。奴隷だった頃、領主の娘さん結婚式を見たことがある。真っ白いドレスを着て、両手一杯の花を持って、幸せそうな笑顔で...私とは、真逆の存在で、眩しすぎる世界。

自分には見れない夢、自分には相応しくない場所。考えるだけで罪になるような、許されない事だった。

 

でも、それでも憧れるのです。大好きな人と結ばれる事が、どれだけ素晴らしい事か。大好きな人と一緒にいるだけでこんなにも幸せなのに、結婚なんてしたら、きっと私は幸せで死んでしまう。

 

「...そんな、私には勿体ないです...お嫁さん、なんて」

 

「...ティナ」

 

「? っ、ふぁい!?」

 

いきなりご主人様に両方の頬っぺたを摘ままれる。

 

「...また昔の事考えたね?」

 

「...ふぁい...」

 

「いいかい? 君はティナ。奴隷だったあの頃は違う、君なんだ。夢を見たって良い、叶えたって誰も文句は言わないさ。君は自由だ。...本当は、誰にでもあるべき権利だ」

 

ご主人様は、辛い顔をする。ご主人様は、奴隷が嫌いだ。奴隷だって、種族は違えど同じ生きている存在。それを使役し、過酷な労働や辛い待遇を課す事を許せない。

こんな顔を、ご主人様にさせてしまうなんて。私は、メイド失格だ。

 

「...ごひゅひんひゃま...てふぉ...」

 

「...え? あーすまん」

 

「ふへっ...ご主人様、申し訳ありません...分かってはいるはずなんです。私は、奴隷じゃなくて...ご主人様のメイドだと。分かってはいるはずなんです...でも」

 

今でも、時々夢に見る。あの頃...奴隷だった時の夢。

 

「...今でも、怖いんです。これは、全て夢で...私の、都合の良い妄想なんだって考えが、止められないんです。そうじゃなくても...いつか、この幸せが消えてなくなってしまうんじゃないかって...」

 

奴隷である自分が、こんな幸せで良いはずがない。根底に根付く、奴隷としての自分が消え去らない。

 

「だから...幸せになり過ぎると...いつか後悔して...死ぬんだと思います」

 

その時、自分は命を絶つだろう。こんな...大好きなご主人様と一緒にいられる時間が消え去ってしまうのなら、命なんていらないから。

 

「...俺は、後悔していない」

 

「...え?」

 

「お前を、救った事だ。俺は...お前と、ティナと一緒にいられて幸せだ。自分が、今まで一番幸福の中にいると思う。勿論これからもだ。お前と一緒にいるだけで、幸せだ。こうして一緒にご飯を食べる時も、話す時も、仕事をしている時だって...ティナの事ずっと考えてる」

 

私の両肩を掴んで、真っ直ぐ私を見る。その瞳は、何よりも真っ直ぐで。少し赤くなっている頬が可愛らしい。

あぁ、やっぱり...私は...

 

「仕事だって、ティナに料理を作って貰えるって思えるから頑張れる。ティナが家で待っているから帰ってこれる。ティナに好きな物買ってあげられるから金だって稼げる。...全部ティナのためだ。だから...そんな悲しい事言わないでくれ。頑張ってる俺が馬鹿みたいじゃないか」

 

少し涙声になりながら、私をぎゅーっと抱き締めてくれます。暖かくて、優しくて...とっても、嬉しい。天に昇るくらい。こんな素敵な人が、私を一心に思ってくれているなんて。本当に...私には勿体ない幸せ。

 

だけど、今の私が自由なら。今の私が、幸せで良いのなら...一つだけ、一つだけ叶えたい願いがある。それは、さっきまで自分には相応しくない、自分は願ってはいけないと思っていた夢。

 

それを叶えてくれる人が、許してくださったのなら...私は、自分に正直になれる。

 

ご主人様の背中に手を回して、抱き締める。

 

「...私、は...一つだけ、叶えたい夢が出来ました」

 

「言ってごらん。俺が全部叶えてやる」

 

「...真っ白なドレスを着て、美味しいお料理とお酒と...ご主人様のご友人達に囲まれて...ご主人様と、結婚式をあげたいです。ご主人様の...お嫁さんになりたいです」

 

私の、奥底にあった願い。それはきっと、もっと昔からあって、ずっとずっと押し込んできた願い。

 

「大好きなご主人様の...奥さんになりたいです。メイドじゃなくて、妻になりたいです。ご主人様の家族になりたいんです。私は...ご主人様を愛しています。...自分には烏滸がましい願いなのは分かっているんです。ご主人様は素敵で、かっこよくて、優しくて...こんな私より相応しい人が沢山いるはずです」

 

少し、胸が痛くなる。自分は、他の人より劣っていて、ご主人様は何処かの貴族の令嬢とか、街で一番人気の女性とか...相応しい人が沢山いる事実が、私の胸を締め付ける。

 

許せない。そんな女性が全て滅べば良いとさえ思う。憎い、恨めしい...悔しい。

 

「でも、でも...それでも、私を選んでほしい、です。私が、ご主人様を一杯知っています。ご主人様の好きな料理、お酒、本、音楽、絵画や景色...全部、知ってます」

 

だからこそ、ご主人様に相応しい女性になろうと努力した。私は何もかもが足りなくて、劣っているから、誰よりもご主人様のために努力した。ご主人様を一番知っているのは私で、一番愛しているのは、私。

 

「大好きな人と、結ばれる事は...私にとって何よりも幸せで...何よりも譲れないんです...だから...ご主人様の、お嫁さんになりたいです...!!!」

 

私の、全てはご主人様の物。ご主人様のおかげで、私は今ここにいる。ならば、この生は全てご主人様に捧げ、この身体は、ご主人様のためにある。

 

 

 

 

 

「...ティナ」

 

「...は、ん...」

 

いきなり、ご主人様の顔が目の前にあった。と思ったら、いきなり唇を塞がれる。柔らかい感触が唇にあたり、少し経ってから、それがキスだという事に気づく。

 

「...良いんだな? 俺で」

 

「っはぁ...はい...私には...ティナには、ご主人様しかいません...」

 

「...俺もだ。俺も、ティナしかいない。俺が世界で一番愛しているのは、ティナだ。...でも、ティナは自由になりべきだと思った。俺に縛られず、自由に生きるべきだと思ったから。でも...お前がそう望むなら...俺も、もう我慢しない」

 

 

再び唇が塞がれる。先ほどよりも深く、強く...それでいて優しく。

 

 

「一目見た時...運命だと思った。救わなければいけないと思った。...全て、俺の物にしたいと思った。君と暮らせたらどんなに幸せか、ってね。下心丸出しだったよ。君は、奴隷だった時でさえ、誰よりも美しかったんだ。それを今...全て手に入れられる。...俺だって、幸せだ。幸せ過ぎて...おかしくなりそうなくらい」

 

 

 

 

 

 

 

「結婚しよう、ティナ。君の全てを、俺が貰う」

 

「...はい...私の、ティナの全てを...ご主人様に捧げます...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________________

 

 

 

 

「かーっ! 旦那最近見ないと思っていたら、まさかこんなべっぴんさんを嫁に貰うなんてねぇ!!」

 

「はは、すみませんね。...ティナ、お世話になっている商人さんだ」

 

「はははは、初めまして!! 私、えと...ティナと、申します...この度は、"式"に来てくださって...」

 

「はっはっは!! 何の何の!! 旦那のためなら何処にだって飛んでいきやすよ!! それにしたってええ娘さんですなぁ...こりゃあ、アレの方も捗るでしょうなぁ」

 

「あ、アレ...?」

 

「さぁーティナ次のお客さんだ!! 行くぞ行くぞぉ!!!」

 

 

 

 

 

「...旦那、良かったですなぁ...あっしも、頑張ったかいがありやした」

 

 

 

 

「ねぇ聞いた? ここの領主、馬車が崖崩れに巻き込まれて...」

 

「聞いた聞いた。それで財産の全てが領民に分け与えられるって...」

 

「そうそう。そして...あんなにいた奴隷が、全部施設に引き取られたって。ほら、今日来てるあのメイド服やら作業着着てる連中。何でも今ここに来てる商人や貴族が資金を出しあったってねぇ。世の中捨てたもんじゃないね」

 

「はぁー...流石、こんなでっかいパーティーを開くご主人様は格が違うわ」

 

 

 

 

 

 

「旦那、あんたが見たかったのは、これだったんですねぇ...」

 

 

 

 

 

 

「...ティナ、手を」

 

「はい、"あなた"...やっぱり、少し恥ずかしい、ですね」

 

「はは...俺だって緊張してるさ。まさか新領主決定と結婚式が重なるなんてね」

 

「...あなた、やっぱり...凄い人です。私が、まさか領主夫人になっちゃうなんて...」

 

「...夢、叶えてやれて良かったよ。そして...俺の夢も叶った」

 

 

 

 

「じゃあ、行こうティナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆様!! 今日はお集まりいただきありがとうございます。今日は...私の領主着任式並びに、結婚式に出席してくださりまして、改めて感謝を申し上げます。さぁ、ティナ」

 

「はひゃい!! え、えと...領主夫人となりました、ティナと申します...」

 

「...私は、奴隷の解放を目標に日々生きてきました。それを、今日この日に達成出来た事、嬉しく思います。これから...領主として、この領土を任された身として、皆さんを失望させないよう、日々努力していきます。...ティナ、俺は、いついかなる時も、苦しくて、辛い日も、健やかなる日も、君を愛し、君と共にいる事を誓う。だから...俺と結婚してください」

 

 

 

 

 

 

 

「...はい。私...今、幸せです...あなた...!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奴隷の少女と、商人の青年が紡ぐ、幸せの物語。

 

それは、何よりも幸せな1ページで綴られる。

 

これから始まるのは、家族になった、幸せのその先の物語。

 

この先もずっと、その幸せが続きますように。

 

 

 

 

「あなた...愛しています...!!」

 

 

 

 

ずっと、少女の笑顔が、幸せに包まれていますように。

 

 

 




こんな文章をこんな冴えない自分が書いていると思うと吐き気と羞恥心でどうにかなりそうです。

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