何よりもまずすべきだったのは、捕えられていた人達のメンタルケアであった。筆舌にしがたいことをされた者もおり、私ではどうにもならない部分も多い。
村を追われた形になるが、リリアナ達がいてくれたのは僥倖ともいえるだろう。彼らはまだ精神的に余裕が存在していて、奴らに捕まっていた人たちのケアを買って出てくれていた。
本来なら、自分たちの身を優先すべきだと考えるだろう……だが、捕えられている人の中にいたのだ。まだ幼い少女が、何も言わず、ただ座り続けているのを。体中のあざや、衣服もボロボロで男性が近づいたときにわずかだが反応を見せる少女を。もちろん、その反応は決して良い意味ではない。
そんな彼女を見たからこそ、一つ違えば自分たちも同じだったというのを理解したのだ。人というのはどこまでも利己的になれる生き物だ。しかし同時にどこまでも他人のために動けてしまうというのもまた人であった。
おかげでメンタル面で私がすべきことはほとんどなくなったのだが……もう一つ、問題が出てきたのである。
◇◇◇◇◇
「人数が思ったより多かった。当初の予定より物資が速く尽きそうだ」
「たしかにね……これは思ったより厄介だわ」
現在、私とリリアナは足りなくなった物資をどうしようかと考えているところであった。
誰かが襲ってくるとも限らないので、屋上で周りを見張りながらだが。
「やはり私が外に調達しに行くのが一番なのだろうが……守りが薄くなるのが難点か」
「いや、それよりも貴女は休息しなくていいのか疑問なんだけど」
「問題ない。なんなら今からフルマラソンでもするぞ」
「…………貴女、本当に人間?」
いや、人間はもう何年も前に辞めてしまったよ。しかし、それを言うわけにもいかずただごまかすのみだった。
「さてな。武者修行のし過ぎかもしれないが」
「本当、いつ休んでいることやら……食事をしているところも見たことないわよ」
「別に何も食べていないわけじゃないさ。そこまで大食いというわけでもない」
実際には、しばらくの間何も食べてはいないが。この体では、食事は栄養補給というより単なる娯楽的なものとなってしまうのである。栄養補給ができないわけでもないのだが、必要に迫られないとどうにも無頓着になって来てしまう。
しかし、そろそろ対策を講じないと怪しまれるか……私一人なら気にもしないのだが、やはり人目と言うのは少々面倒になる。
「仕方がない……行くか」
周辺の調査も進めるべきであるし、物資の調達もかねて少し外を回るか。
「何? いきなりどうしたのよ」
「少し外を回ってくる。何かあったらこいつを起動させろ」
スイカロックシード(自立型)をリリアナに渡して、私はめぼしい場所にあたりをつける。
この付近の村の位置は大体把握しているが……物資を調達できる場所となると、候補が絞られてしまう。
「えっと、これって何?」
「む、ロックシードを知らんのか?」
「聞いたことはあるけど……あの怪物を出すのって嫌よ私」
「ああそれなら大丈夫だ。そいつは自立型のロボを呼び出すものだ。ある程度は自己判断で動くから安心してくれ」
「……貴女、本当に何者よ」
「何……ただの旅人だよ」
◇◇◇◇◇
サクラハリケーンをとばしても周辺をまわるのには時間がかかる。
砂ぼこりがすさまじく、口の中がじゃりじゃりする。非常に不快だ。
「……む」
私の聴覚に何かが引っかかった。悲鳴のようでありながら、どこか恐怖を掻き立てるような音。
単なる鳴き声ともとれるが……これは間違いないか。
「インベスか」
騒がしくはないため、おそらくは徘徊インベス。あの事件後も世界各地には制御から外れて動き回っているインベスが存在している。積極的に誰かを襲うということはないため大きな被害が出ているわけではないのだが、それでも厄介なことには変わりない。
「……仕方がないか」
音の方へと進路を変え、アクセルを強く入れる。
速度を上げて突き進むと目標が見えてきた。眼前に入るのは三体のインベスと、一人の少年。
「――変身」
『ブラッドオレンジアームズ! 邪ノ道オンステージ!』
瞬時に私の体が鎧に包まれ、戦いに適した形へと構成される。
体内のオーバーロードの力とドライバーが接続され、アームズの性能を引き上げていく。世界はまるでスローモーションのように流れていき、私の太刀筋は確実にインベスたちへと引き込まれる。
一体、二体と切り伏せられた彼らはエネルギー体に還元され、消滅する。三体目は宙に飛び上り逃げようとするが――刀を投げつけ、三体目もすぐに消えることとなった。
断末魔すら残さずにインベスは消え、そこには少年と私のみが残された。
「……無事か、少年」
「――――え、今何が……」
「何、ちょっとした通りすがりだよ」
◇◇◇◇◇
少年、ジャックと言う名の彼はこのあたりの出身らしい。しかし、紛争に巻き込まれ両親を失ったそうだ。それで復讐のために自爆の特攻をしようとしていた矢先、インベスに襲われたそうだ。
「助けてくれたことには感謝するっす……でも、なんで俺は引きずられているんっすか!?」
「せっかく助けたのにそんなくだらないことで死なれたら寝覚めが悪い。黙ってついて来いバカガキ」
「お前俺と年齢変わらないぐらいなのに、なんでそんなに偉そうなんすか!? 正義のヒーロー的な人かと思ったのに!」
「生憎、そんなガラじゃない。それにお前は何歳なんだ? みたところ……小学生か?」
「失敬な! 確かに背は小さいっすけど、これでも16歳っす!」
なん、だと……その身長でか!? 一夏が16の時は私よりも大きかったぞ!? いや、今でも身長差は変わらないどころか差が開くばかりだが。
「なんでそんなに驚いているんすか失礼っすよ」
「ああスマン……それと、こんななりだが私は二十歳超えているぞ」
「うそ、だろ」
まあ成長というか老化止まっているからだが。この前元生徒会長に捕まりかけたとき、詐欺だって叫ばれた。まあ、その他の面子にもそのことを知られたときは怖い顔をされたが……一番怖かったのは鈴だな。「その大きさで垂れないとか、コロコロしてもいーい?」と可愛らしい笑みで言われたときは死ぬかと思った。半不老不死なのに。
「なんで遠い目をしているんすかアンタ」
「いや、ちょっと嫌なことを思い出してな」
「それにしては愉快な気がしなくもないんですけど……というわけで、俺はこれで失礼しますね」
「逃がすと思ったかバカ者が。無鉄砲に死ぬぐらいなら、命を助けた私に借りを返してからにしろ」
「暴君! 暴君がいるっす!」
なんとでも言うがいい。このバカを引き連れて、私は更に進むことにした。幸いなことにジャックはこのあたりの地理には詳しいため、道程はスムーズになった。
移動中、世間話もそこそこに会話をするが……やはりこのあたりの状況はよろしくない。一つ地域がうつれば紛争は起き、インベスが徘徊する。しかしインベスがどこかへ向かうように行動するなど新しい情報も手に入った。
「……なるほど、調査する必要があるな」
「そういえばアンタ、なんで捕まった人々を助けたりしているんすか? 本当にヒーローみたいなことをして」
「ただの自己満足だよ……知り合いに本当のヒーローがいてな、その人たちにまた会う時に恥ずかしい自分でいたくないだけさ」
「ふーん……」
それだけ言うと、ジャックは興味を失ったかのように話を遮らせる。しかし、少しうずうずしている様子を見るとまだ聞きたいことがあるらしい。
「なんだ? インベスの情報の例に聞きたいことがあれば教えてやるが?」
「そ、それじゃあ……そのベルトを使えば俺も強くなれたりは……」
「これか? まあ、体が耐えられるなら大丈夫だが……」
「じゃあ俺も使ってみたりなんてことは――」
まあ目的は親の仇うちのためだろうが……生憎と、それはできない。
「残念だが、こいつは最初の使用者を登録してしまうんだ。それ以外の人間は使えないんだよ」
「それじゃあ俺がそれをつけてもダメなんすか?」
「ああ。それに、もう製造はされていない代物だ。一応、新型の研究はされていると聞いているが……使用者は世界に一人しかいなかったな」
「誰っすかその人」
「織斑一夏。聞いたことはないか?」
「確か、何年か前に……ああ思い出した。世界初の男性IS操縦者!」
「数年前の事件の影響でISが男性にも反応するようになって操縦者が増えたから唯一ではなくなったがな……今は確か警察官だったか?」
「……なんか知り合いっぽい感じっすね」
「幼馴染なんだよ。それに、IS学園の同期だった」
「え、それじゃあアンタもISを?」
「結局ドロップアウトしたけどな」
「ええぇ……なんでエリート学校の生徒なのにそんなことを」
「同期は結構な人数辞めたんだがなぁ……あの事件の真っただ中だったわけだし」
「俺は詳しくは知らないんすけど、あの化け物との全面戦争があったらしいっすね。最後の方なんか凄いことになっていた事しか知りませんが」
「まあ、すごいことしか言いようがないか……そのせいで、月が小さい地球みたいになったわけだが」
あの時のこともあり、月は緑化してしまった。調査団も派遣されて、時折ニュースで見かけることがある。知り合いの顔もその度に映るためよくチェックしている。
さて、そんな無駄話もそこそこに物資の補給が出来そうな村についたわけだが……
「ジャック、廃墟に見えるんだが? 嘘を教えていないだろうな」
「いや、この前までは普通に栄えていたんすけど……変だな。攻撃を受けたとは聞いていないし、ここまでボロボロなら音でわかりそうなものなのに」
たしかに、爆撃でもされないとここまでの廃墟にはならないだろうが――しかし、この瓦礫の一つ一つをよく見てみると……黒ずんでいる?
廃墟を進んでみると、何かがある直前まで人々が普通に生活していたような痕が見受けられた。これはかなりきな臭い……
「なんといいますか、オカルトな雰囲気があるっすね」
「……まてジャック。人の気配がする」
「え――まさか、こんなにした犯人!?」
「…………いや、それにしては気配がおどろおどろしくない。それに、血の臭いもあまりしないな。悪いやつなら特有の空気があるんだが……そんな感じはしないぞ」
「そ、そこまでわかるんすか?」
「慣れだよ慣れ」
嫌ななれではあると自分でも思うが――二人で進んでみると、毛布にくるまった何かがいた。すぅすぅと寝息を立てており、短髪の男であるようだが……なぜ女ものの服を着ているのだろうか。それに、化粧もしているような?
「……うへぇ、オカマっす」
「ああ、それでか。そういえばオカマってこんな感じだったな」
「近づかない方が良いっす。オカマに食べられちゃうっすよ」
「私は平気じゃないか?」
「俺が危ないんっす!」
「――オカマオカマうるさいわよぉ……ふわぁ、あんたたち何者? アタシを食べようっての?」
「はんっ」
ジャックが鼻で笑った次の瞬間、一発の銃声と共に彼の足元に銃痕が残った。ジャックは顔を真っ白にしているが……この男? ただものではないな……
「あら、そちらのお嬢さん――いえ、お姉さんと言った方が良いかしら?」
「好きにしろ」
「じゃあお嬢さん、あなたただものじゃないわね」
「お前もな……何者だ? みたところ、この町とは関係のない人物みたいだが」
「少しはあるけど――そうね、武器商人よ。恋する武器商人、モーガン。それがアタシの名前。ちなみに、性別は非公開――可愛らしいお嬢さん」
すまないジャック。こいつ……男も女も見境ないタイプだ。
こうして、変な旅の道連れがまた一人増えてしまうのだが……今はただ、こいつのじっくりとなめまわすような視線をつぶせないかしか頭になかった。
晴れた七夕は久々なのではないでしょうか。
ダークな雰囲気で行こうと思っていたけど、アマゾンズみたいなことになりそうだったんでやめました(視聴してないけど)。
この外伝はちまちま進めていくので、更新頻度がアレなことになると思いますが、お願いします。