「おうおう、猫よ。聞いておくれ」
「どうしたの~、霧絵ちゃん」
私の親友を紹介しよう。
私、更識楯無のクラスメイトであり親友の狐村霧絵は、かなりの変わり者だ。
古めかしい喋り方に振る舞いで、妙な拘りとネーミングセンスを持つ。成績も学園上位に入り、IS の操縦技術は学園生徒最強と謳われる私でさえ、本気では戦いたくないと思わせる程だ。
彼女はかなり慕われている。同級生からは、霧絵稲荷や狐村稲荷、変わったところでは霧絵御前なんて呼ばれたりしている。それも、彼女が持つのらりくらりとした態度と浮世離れした雰囲気が、そうさせているのだろう。
「私の教え子が、鬼になってしもうたのだえ」
「鬼? 一夏君が?」
「そうぞえ、おぉ、何ということよ……」
ヨヨヨと袖で顔を隠しながら、嘘泣きで泣き崩れる彼女を尻目に私は、苦笑するしかなかった。彼女は何と言うか、教え子と呼ぶ織斑一夏君に甘い。厳しいところは確りと厳しいのだが、変なところで甘いのだ。その上、人をからかうのが大好きで、特に教え子の彼をからかう事が大好きだ。
今回も、彼女が彼をからかって度が過ぎたので、怒られでもしたのだろう。彼女も懲りないものだ。
「はいはい、霧絵ちゃん。嘘泣きは良いから、何があったの?」
「コココ、バレてしもうたか」
「バレバレよ、お狐様?」
「ココ、猫もやりよる」
「で、何があったの?一夏君が鬼になったとか、霧絵ちゃん何したの?」
「ひどいのぅ、何も無しに私を疑うのかえ?」
狐が何を今更
「まあ良い、これも狐の定めよ。猫よ、教え子が鬼になっただえ」
「うん、それは聞いたわ」
「コココ、そうだったのぅ。猫よ、教え子がひどいのだえ、私が楽しみにしていた水を、勝手に返しよったのだ」
水、これが彼女の妙な拘りだ。彼女は水に妙に拘る、~の天然水だとか、~山脈の湧水とか、何故にここまで水に拘るのか、一度聞いてみたが煙に巻かれて分からず仕舞いだ。
水の何が彼女をここまで駆り立てるのか、それは分からない。だが、これだけは言える。
「霧絵ちゃん、それは貴女が悪い」
「ほっ!?」
「霧絵ちゃん、貴女が一月に水に使うお金を、この紙に書いてみて」
「? 変な猫よの」
霧絵ちゃんが紙に書いた数字、それは
「霧絵ちゃん、これは流石に弁護出来ないわー」
「何故ぞえ?」
「この額は無いわー、引くわー」
「どこか、おかしいかや?」
だって、これは引くわー。幾らなんでも高校生、それも花の女子高生が使う金額じゃないもん。
「霧絵ちゃん、これは無理だわー」
「そこを頼むぞえ、これでは教え子が真の鬼になってしまう」
「無理だわー、私は一夏君に味方するわー」
「おぉ……、何ということよ、猫まで鬼になってしもうた……」
ヨヨヨと袖で顔を隠しながらまた泣き崩れる、勿論嘘泣きで。
水に拘り人をからかい人を化かし、何よりも教え子を愛する化け狐と呼ばれる変わり者、それが更識楯無の親友、狐村霧絵だ。
「ヨヨヨ、鬼よ、お主は鬼猫よ」
「誰が鬼猫よ!化け狐が!」
織斑一夏は悩んでいた。頭を抱え首を傾げ眉間に皺を寄せ、織斑一夏は悩んでいた。
師である狐村霧絵の拘りによる浪費、我が儘、からかい、それらも悩みの種だがそれらよりも彼の頭を悩ませる事柄が、頭に胸に渦巻いていた。
「あれ~? おりむーだ~」
「ホントだ、織斑君だ」
「狐村稲荷様と一緒じゃないなんて、珍しい」
「あれ?皆、どうしたんだ?」
悩む少年の前に現れたのは、布仏本音、鷹月静寐、相川清香の仲良し三人組であった。
「なあ、相川さん。俺、そんなに師匠と一緒にいるかな?」
「……気付いてないの?」
「ねえ、本音」
「おりむー、重症だ~」
少年の発言に驚愕を隠せない三人、それに対する少年はとんと検討がつかぬといった表情。
「え? 重症? どゆこと」
「良いかい、織斑君。君は、学園で子狐で通っているんだよ?」
「子狐? ダリル先輩か!」
「そうそう」
「あの人は、まったく」
「良いじゃない、子狐。可愛くて」
「鷹月さん、男は可愛いと言われても、嬉しくないんだ」
「おりむーは、カワイーね~」
「やめて! のほほんさん、頭を撫でないで!」
謎生物着ぐるみ娘に頭を撫でられ悶える少年、もとい、子狐。
「はいはい、本音もそこまで」
「それで、織斑君は何を悩んでたの?」
「あ、ああ、相川さん。実は、師匠の事なんだ」
「霧絵御前の事?」
少年は三人に胸の内に渦巻くものを伝える。
それを聞いた三人は、互いに顔を見合せ円陣を組む。
(ねえ、これって)
(まさか)
(おりむー、重症だ~!)
小声で話す三人に、更に首を傾げる少年。その顔は疑問の一色に染まっていた。
この場に狐が居れば、迷い無くからかいに行くであろう顔であった。
「なあ、皆。どうしたんだ?」
「ねえ、織斑君」
「私達の質問に」
「ちゃんと答えてね~」
「お、おう」
狐村稲荷様と居ると?
「何て言うか、温かい気持ち?になるかな」
霧絵御前と話すと?
「幸せな気分、かな? 少し違う気もするけど」
狐村稲荷様と笑っていると?
「純粋に嬉しい」
もしかして、一日の大半は一緒?
「うん、そうだな」
霧絵御前の側に居たい?
「うん」
「織斑君」
「な、なんでしょう?」
「君の悩みは、私達には解決出来ない」
「キリリン先輩の元へ、今すぐゴー!」
「え? え?」
「「「良いから! 行け(~)!」」」
「い、イエッサー!」
「て言う事があったんですよ」
「コココ、そうかえそうかえ。コココ」
ほんに愛しく可愛らしい子らよ、私の出来の悪い教え子の為に気を効かせてくれるとはの。
「それで師匠、これって?」
「それを私に説明させるかえ?ココ、女心が分からぬ教え子ぞえ」
「えぇ~」
まったく、女心が分からぬとは。まだ巣立ちは先かのぅ?
コココ、女心まで教えねばならぬとは、手の掛かる子ぞえ。
「教え子よ、ちと近う寄るが良い」
「は、はあ?」
ふむり、私の言葉に疑いもなく寄って来よった。誠に可愛らしい愛しい教え子ぞ。
「ほぉれ、二回目の狐のクッション」
「うむっふ?! し、師匠、ち、ちょっ!」
「コココ、丁度良くベッドに居るしの。慣れぬ考え事で疲れたであろう?師に抱かれて休むが良いぞ?」
「ね、寝れる訳が無いでしょう!」
ふむん? 教え子は狐のクッションは不満かえ?確かに、猫よりはちと小さいが、中々良いと自負しているのだがのぅ。
「ふむり、教え子は狼のクッションの方が好みかえ?」
「そ、そうじゃ、なくてですね!」
ふむーり、コココ、遊びは止めるかの。ふむりふむり、教え子の髪の感触は良いのぅ。サラリサラリと、指を抜けよる。
「師匠?」
「……教え子よ、今少しこのままで居させておくれ・・・」
「はあ? 構いませんけど、離してくださいよ?」
「コココ」
ほんに愛しい教え子よ、出来悪く要領も悪い。然れど、諦める事を知らぬ、前に進むしか出来ぬ、誠に不器用な子ぞえ。
「教え子よ」
「はい、師匠」
「……コココ、何でも無いぞえ」
「えぇ~、何スかそれ?」
誠に、誠に愛しい愛しい出来の悪い教え子よ。兎の薬で延びた時間、有効に使わねば。
私の全ての技と『尾』、私の全てはこやつの為に、教え子の先の為にあるぞえ。
あぁ……、それでも、終わると分かっていても、それでも望んでしまう。
「私の愛しい愛しい出来の悪い教え子よ、出来ることなら、お主と同じ時間を生きていきたいものぞ?」