「君が、狐村霧絵?」
「そうぞえ、悪戯兎」
「この私を兎扱いするような奴は、初めて見たよ」
「コココ、頭の耳は飾りかえ?」
珍しく時間の空いた猫に教え子を任せ、部屋でゆるりと過ごしておったら、兎が生えよったわ。
久方ぶりの客人、さてどの様にもてなそうかの?
「お茶か何か無いの?狐」
「ココ、教え子が淹れたほうじ茶があるぞえ?」
「いっくんが淹れたお茶!ちょうだい!」
「コココ、素直な兎よの」
ほんに素直な兎よ、教え子を出したら飛び付きよったわ。狼と言い兎と言い、教え子が好きよのぅ。コココ
どれ、その素直さに免じて一つ、良いものをやろうかの。
「兎よ、そこの戸棚に私の教え子手製の茶菓子があるぞえ?」
「ほっほーう!中々やるじゃないか。狐」
「ココ、礼は教え子ぞ?」
ココ、がっつきよるがっつきよる。兎の癖に健啖よのぅ。これ、ヨモギを避けるでないぞ。私は、好き嫌いしない者が好きぞ?
「して、兎よ。今日は何用ぞえ」
「ん~、いっくんの様子といっくんの師匠を見に来たんだよ」
「そうかえそうかえ、兎の目に狐はかなったかえ?」
「まあまあかな?」
「コココ、ほんに素直な兎よ」
「後は、ひっじょーに気に食わないけど、ゴミも見に来たんだよ」
「ゴミ?おうおう、駄犬のことかえ。して、兎に駄犬はどう映るぞえ」
「ゴミだね」
ばっさりいきよったわ、駄犬も兎にかかればゴミかえ。コココ、素直よのぅ。
では、兎よ。狐の問いぞ、しかと答えよ。
「では、狗共はどうぞえ?」
「狗共?まさかとは思うけど、箒ちゃんも入ってるのか、狐?」
「コココ、兎は妹が大事かえ?」
「当たり前だろ、あんなゴミに騙されて可哀想な箒ちゃん、お姉ちゃんが助けてあげるからね!」
妹の話になると目の色変えて騒ぎよる。良い良い、やはり素直な兎よ。しかし、ちと目があらぬ方向にイッテしまっておるわ。ほれほれ、早ように帰ってこい。
「その素直さに免じて、ぬしの妹には手を出さずに置こうぞ」
「何で上からなのか気に入らないけど、因みに私が嘘を吐いていたら?」
「狐は嘘を憑くのは好きぞ、だが嘘を憑かれるのは嫌いぞえ。狐を騙す嘘つきは、頭からバクリと喰らうが狐の流儀よ」
「このクソ狐、毛皮を剥いでやろうか?」
「コココ、悪戯兎の鍋はどの様な味かえ?」
兎が狐を睨みよるか、良い良い。誠に素直で良い兎ぞえ。
コココ
フフフ
「君、面白いね」
「お主も、の」
一頻り笑い合った狐と兎、その目には互いに対する興味があった。
狐と兎、本来は喰う者と喰われる者である両者の関係。だが、今この時は対等な関係として笑い合った。
「兎よ、あまり悪戯をしてくれるなや」
「え~、何でさ、きーちゃん」
「コココ、お主の悪戯は時折、度が過ぎる。私の愛しい教え子に何かあれば事ぞえ?」
「あのゴミが生き残るから、いけないんだよ?」
なら、あやつだけを狙えば良かろうに、融通の効かん兎ぞえ。まあ、こやつは興味のある者以外は判別が出来んと、狼が言っておったからの。駄犬と妹以外の狗共など、石ころと変わらぬと言ったところかや?
「でさでさ、きーちゃん。ゴミの話はもういいからさ、きーちゃんの話をしてよ」
「ココ、狐の話が聞きたいのかえ?」
「うん、正確にはきーちゃんといっくんの話、だけどね」
ほんに素直な兎よ、化かす間もなくズカズカ入り込んで来よる。
「私と教え子の話かえ、ただでは話せぬのぅ」
「え~、何かお礼を用意するからさ、おねがーい」
「コココ、狐はせがまれれば話すものぞえ」
「やったー!」
して、何が聞きたいのだえ兎?教え子との関係?コココ、皆それを聞きたがるのぅ。
同じ問いには同じ答えを返すのが、狐の流儀ぞえ。
私と教え子は、師と教え子。それだけよの、師弟の関係、それだけのものぞ?
コココ、兎が中々言いよるわ。確かに、あやつは良い男よ。細かなものに気付き、痒いところに手が届く。
誠に愛しい愛しい教え子よ、狐を嫁に貰うてはくれぬかのぅ。
兎の嫁?コココ、あやつは私の愛しい愛しい教え子ぞ、簡単にはやれぬよ。
狐のものに手を出さば、その者狐に祟られるが必定。狐は独占欲が強いぞえ、一度手にした者をそう易々とは手放さぬよ。
「くおぉぉ、予想以上に惚れ込んでるねー」
「コココ、狐は気に入った者には、とことん甘いのだえ」
「そっかー。ねぇ、きーちゃん」
「何ぞえ、兎」
「いっくんは大事?」
「先程の問答では、納得いかんかったかえ?」
「ううん、そっか、大事なんだ。きーちゃん」
「どうしたんだえ兎?饅頭なら先の戸棚の隣にあるぞえ」
「それは、お土産に貰うよ」
「コココ、誠に素直で目敏い兎よ」
あやつは大事ぞえ。私の愛しい愛しい出来の悪い教え子よ、目に入れても痛くはない程度にはの。それにしても、誠に目敏い兎よのぅ。
「きーちゃん、私はね、面白い事が好き」
「それは、私も同じ事よ」
「箒ちゃんが好き、いっくんが好き、ちーちゃんが好き」
「ココ、中々に欲張りな兎よ」
「それと同じ位に、好きな人の幸せが好き」
「コココ、兎は吉兆の印。狐は凶兆だがの」
だからね、兎は続ける。言の葉を吐息に乗せ、狐に届けと言の葉を続ける。
「だからね、きーちゃん。私は君の選択を……」
「そこから先は言うでないぞ、兎。鮫の背を渡りたくはなかろう?」
「……うん、ごめんね」
「愛しい愛しい出来の悪い教え子の為よ、親は巣立ちの日に子から離れるものぞえ」
「でも……」
「くどいぞ、兎?」
何べんも言わせてくれるな、私が一番分かっておる。
「分かったよ……、きーちゃん」
「コココ、私は素直な者が好きぞ?」
「それじゃ、帰るね。バイバイ!」
誠に騒がしく素直で目敏い兎よ、突然生えよったと思ったら、突然消えよったわ。
狐を化かす兎とは、ほんに面白い兎よ。次は、私が化かしてやらねば、のぅ。
私の愛しい愛しい出来の悪い教え子の為にもの。
「兎よ、兎、何見て跳ねる。月は出ておらぬぞえ。お主は何を見て跳ねるのだえ?」