私の愛しい愛しい出来の悪い教え子   作:ジト民逆脚屋

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おひさー


霧絵の授業参観

落ち着けと、そう言っても無理があるだろう。

元々、落ち着きといったものからは、程遠い年頃だ。

その事は、一夏もよく知っている。

だから、あまりいき過ぎない限りは、それを強く咎める事はしない。甘いと言われても、もし萎縮されたら、それはそれで問題があるのだ。

だから、一夏は授業に差し支え無ければ、一言二言の私語や雑談は見逃すし、生徒達もそれを理解していて、一夏が強く咎めなければならない程に、騒ぐ事は無い。

 

だが、今日は別だ。

 

「ねえ、なんで?」

「いや、私も聞いてないってば」

「でも、貴女の国の元代表よね?」

 

ざわつく教室に、一夏の講義が虚しい。

しかし、それも仕方ない。生徒達にとっては、憧れと言える存在が、二人も来ているのだ。

元アメリア代表、ダリル・ケイシー

元ギリシャ代表、フォルテ・サファイア

 

つい最近まで、代表として第一線に居た二人。その二人が、自分達のすぐ後ろに居る。中々、落ち着けるものではないだろう。

正直、一夏も内心では落ち着けていない。

その理由は、二人の他のもう一人にある。

 

「いや、もうこの際元代表二人はいいわ。……あの人、誰?」

 

着物を着た狐目の女が、余裕のある笑みを崩さず、ダリルとフォルテと並び、一夏の授業を聴いていた。

ダリルもフォルテも、一夏も知っている。だが、あの人物は誰だ。

何処の誰で、何故にこの場に居るのか。

選手ではない事は確かだ。なら、何れかの企業の人間かとも思うが、企業の人間が何故突然授業に、それも着物姿で来るのか。

生徒達は混乱しながらも、取り敢えずは一夏からの言葉を待った。

 

「以上の事で、ISコアの演算システムが解析されて、今は競技だけでなく、医療に関わる分野にまで業界は足を伸ばしている。……だから、単に技術者や選手だけじゃなくて、進路はもっと幅広く興味を持った方がいいぞ」

 

そう言って、一夏は時計を見る。

授業時間としては、まだ時間が残っているが、カリキュラムのノルマは終わっている。しかも、次の内容の講義に進むには、時間が中途半端だ。

それに、今日の授業はこれで最後だ。生徒達の集中力と忍耐も限界だろう。

一夏は覚悟を決めると、処刑台へと向かう様な気持ちで、教科書を閉じた。

 

「あー、これで今日の授業は全て終わりだ。……だが、まだ少し時間があるからな。軽く質問タイムといこう」

「はい! 今日は何があったんですか?」

 

まず最初は、カナダから来た娘。

頭の回転は早く、身体能力も高いのだが、見切り発車癖というか、よく考えずに行動する癖がある。

 

「何があったという事は無いな」

「いや、先生。それは無理ですって」

 

確かに、何も無かったは現状通用しないだろう。

現世界最強の授業に、嘗てのライバルが二人が来ていて、おまけに謎の美女まで居るのだ。

 

「あー、小娘共。オレ達は来日ついでに、ふらっと寄って、ついでに後輩の仕事ぶりを眺めに来ただけだ」

 

気にするなと、ダリルは言うが、憧れでもある元国家代表に言われても、そんな事は無理な話だ。

教室が更に騒がしさを増す中、一人の生徒が口火を切った。

 

「はい、元代表二人に関しては、来日ついでの見学という事で構いません。ですが、もう一人の方は一体?」

「ん、ああ、子狐。お前、言ってないのか?」

「いや、どう言えばいいすか。ってか、まだ子狐呼びですか……」

「当たり前だろ? オレらにとって、お前はいつまでも子狐のまんまだよ」

「あの、俺ももういい年なんで、子狐呼びは勘弁してくれませんか?」

「無理ッスね」

 

フォルテにばっさりと切り捨てられ、がっくりと項垂れる一夏だが、新たな燃料が投下された娘達は更に燃え上がる。

あのジークフリートの織斑一夏が、実は子狐呼ばわりされていた。

その事実に生徒達は沸くが、本人である一夏はそれどころではなかった。

恥ずかしいではなく、二人の横で黙ったまま立っている霧絵の機嫌が、どんどんと悪くなっているからだ。

 

――あ、これはまずい――

 

一夏の背に冷たいものが流れた。だが、何故に霧絵の機嫌が悪くなっているのか、一夏は分からない。

否、分かっているが分かりたくないが正しい。

 

「……教え子よ」

「はい、師匠……」

「随分と満喫しておる様で、師としては鼻が高いぞえ? して、教え子よ。教職とは、随分と気楽な職な様だのう」

「う……」

「小娘共も、己が志した世界の頭領と言える者に、教鞭を取ってもらえておる自覚が足りぬのう」

 

霧絵は一夏に甘いが、甘やかす事はしない。

嘗ての日々、甘くそして悪夢で終わってしまった日々、その中でも霧絵は緩める所は緩め、締める所は絞めていた。

では、今の現状はどうだろうか。

一夏は童顔で年齢より若く見られ、その実績と地位も確かなものだ。そして、この学園で一夏は憧れの的だ。

前人未到のモンドグロッソ三連覇を達成し、続く四連覇も確実とされ、各国が〝繋がり〟を求めている。

そして、その〝繋がり〟を得られる可能性があるのが、この学園なのだ。

だが、それよりも驚く言葉があった。

そう、この女性の事を一夏が師匠と呼んだのだ。

 

「まったく、私達の頃より遥かに緩いのう」

「そう言うなって、あの頃からは事情が変わってる」

「猟犬よ、分かっておるなら口を出すでない。……教え子よ」

「……はい、師匠」

「私は主を信じておる。私の教え子なのだからの。しかし、今の状態を見るに些か、慢心しておるようだえ?」

「それは……」

 

否定出来なかった。二度に渡る快挙、偉業と持て囃されていく内に、自分でも気付かない油断が生まれていた。

それに今気付くとは、不幸中の幸いと言うべきなのか。

いや、不幸中の不幸と言うべきだろう。

薄々、自分の中に違和感があった事は気付いていた。だから、この慢心は自分で気付くべきだった。

 

「教え子よ、ちと灸を据えてやろうぞ。そこな娘」

「え? あ、はい!」

「道場はまだあるかえ?」

「えっと、剣道部が使ってる道場なら……」

「重畳ぞ。教え子よ、久々に師が鍛え直してろうぞえ」

「いや、それはいいけど……、霧絵。体はいいの……か……」

 

一夏がそう問うた時、霧絵は細い目を見開いて、一夏を真っ直ぐに見ていた。

いや、観察していた。あれは見覚えがある。嘗て、あの男を狩った時の顔だ。ただ、じっと相手を見詰めて探り、狩り時を計算している。

まさか、今になってあの顔を向けられる事になるとは、一夏は己の未熟を恥じ、しかし師と再び相対出来る喜びも感じていた。

 

「さて、教え子よ。師足らんとするなら、それ相応の覚悟と実力を見せてみよ」

 

最早、凶相とも言える笑みを浮かべた霧絵が、そう言うと一夏の背に、久しく感じていなかった寒気が走った。




霧絵の不機嫌の理由?
若い娘に一夏がキャーキャー言われてたから、ちょっとイラッてした

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