私の愛しい愛しい出来の悪い教え子   作:ジト民逆脚屋

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狐の教え子

「さてさて、教え子よ。味は如何かえ?」

「いや、味も何も食堂じゃないッスか」

「師の手料理が食えると思うたかえ?甘い甘い、コココ」

 

俺、織斑一夏の師匠はかなり変わっている。狐の様なつり目気味の細い目、やけに古臭い喋り方や振る舞い、喉奥で笑う笑い、誰に対しても煙に巻いた様な態度を変えない。

因みに、鮭と油揚げや鶏料理が大好物で、よく分からないが水にも拘りがある。

かなりの変わり者だが、その実力は本物だ。なにせ、あの学園生徒最強の生徒会長の更識先輩が、何があっても絶対に戦いたくない相手と言うのだから、その実力の程はよく分かる。

戦い方も変わっている。薙刀を使い舞うように戦い、時折狐火の様なものを出し相手を翻弄する。しかし、それは付属に過ぎない。本当に恐ろしいのは、師匠が言う狐の化かしという技と師匠自慢の『尾』だ。狐の化かしは、IS のイメージインターフェース等の知覚系統に直接干渉して相手に幻を見せ自滅させるという、実際に体験してみなければ理解が出来ない技である。

もう一つの『尾』これが一番恐ろしい。訓練で一度だけ『三尾』まで体験したが、はっきり言って恐怖の何物でもない。師匠以外に見えない敵が三人増えるのだ。師匠一人でも、かなり厄介なのにそれと同等の敵が三人、しかもハイパーセンサーでも見えない敵が増える。これを恐怖と言わずして何と言うのだろう。

 

「どうした、教え子よ。物患いかえ?」

「あぁ、いえ。少し考え事を」

「コココ、それを物患いと言うのだえ、教え子よ」

 

喉奥で笑うこの人に、俺は救われた。あいつに井村謙吾に壊され殺されかけた心は、理想を諦めきれなかった。

どうしても諦めきれなかった、どんなに否定されても蔑まれても、一度決めた理想と目標を捨てる事は出来ずにいた。

自身の実力が低い、なんて事は分かっていた。ならばと、実力を伸ばそうとしたが、中々上手くいかない。

師も居らず、基礎すら不確かな状態では実力等伸びる訳がなかった。

悩みに悩んだ上で、姉に頼る事にした。世界最強であり教師でもある姉なら、直に見てもらわなくても何か掴めるかもしれない。姉の立場は複雑だ、どの立場にしても俺の専属指導などすれば、必ず顰蹙を買う。

だから、切っ掛けだけでも良い。何か、何かが、理想と目標を捨てずに居られると思える何かを得たい。そう思い、寮監室を訪ねた。

 

「ふむ、織斑、いや、一夏。明日、生徒会室を訪ねろ」

「生徒会室、なんで?」

「行けば分かる。一夏、お前は確かに何かを身に付けるのに人一倍時間がかかる」

「……うん」

「だがな、それが何だと言うのだ。お前はたとえ時間がかかっても諦めずに挑み続けた。私はそれを知っている」

 

だから、諦めるな。姉の言葉は俺を救ってくれた。そうだ、俺は何をしていたんだ。時間がかかるのが当たり前だったのに、少し打ちのめされたくらいで諦めかけるだなんて、俺らしくもない。

勝てなくて良い、負けても良い、俺には前に進むしか出来ないんだ。諦めて堪るか!

 

 

 

「やあ、いらっしゃい。織斑一夏君、話は聞いてるわ」

「あ、あの……?」

「私は更識楯無、生徒会長よ」

「は、はあ」

「でも、残念ながら私は時間が空けられないの」

「そう、です……「だから♪」……え?」

「君にぴったりの先生を紹介しよう!」

 

そこで俺は師匠に出会った。最初の印象は変な人だった。

 

「のぅ、猫よ。私が何故にこやつの面倒を見るのだえ?ぬしが見れば、良いだろうに」

「私は会長としての仕事と、簪ちゃんの機体があるから時間が無いのよ。だから、霧絵稲荷様、お願い致します!」

「狐に見返り無しかえ?その態度は高くつくぞ?」

「食堂のプレミア稲荷寿司と一夏君を好きに出来る権利で」

「コココ、猫は賢いのぅ。ほれ、何をしておるのだえ。早う挨拶でもせぬか、私は礼儀正しい者が好きぞ?」

「え、あ、初めまして、織斑一夏です!」

「ココ、狐村霧絵ぞ」

 

終始口を挟む隙すら無く、俺は師匠の管理下に置かれた。

一人部屋だったのが二人部屋になり、殆んど一人で過ごしていた時間が二人で過ごす様になった。

これだけだと、恋人の様だが実際は違う。訓練訓練また訓練の日々の始まりだった。

 

「教え子よ、ほんにぬしは出来が悪いのぅ」

「すみません!」

「良い良い、ぬしの話は聞いておる。出来るまで何度でも、やり直すが良いぞ」

「はい!」

 

「ほれ、教え子よ。軸がぶれておるぞ?それでは、転ぶぞえ」

「え?あ!うおぉっ!?」

「コココ、誠に出来の悪い教え子よ」

 

「ほれほれ、狐の正面に正直に立つ奴があるか。化かされるが落ちぞ」

「な!」

「コココ、出来が悪いのぅ」

 

はっきり言ってかなりキツかった。今まで身に付けた技術を全て否定され、一から始めたのだ。

師匠曰く、「随分、出鱈目を吹き込まれておるのぅ。教え子よ」だそうだ。

 

師匠との訓練の時に一度だけ、専用機持ち達が絡んできた。

彼女達は、何も変わっていなかった。口を開けば諦めろ、お前には無理だ、彼に勝てる訳が無いだろう、だ。

何故か可笑しかった。俺は井村に勝つ為に鍛えている訳ではない。諦められないから、捨てられないから、諦めずにいられるよう、捨てずにいられるように指導を受けているのだ。言ってしまえば、井村の事などどうでも良いのだ。

 

「コココ、狗畜生がよく吠えよるわ。して、貴様ら、誰の許可を得て、私の愛しい教え子を貶しておるのだえ?」

 

師匠の言葉のすぐ後に、篠ノ之がアリーナの壁にめり込んだ。次はオルコットと鳳、オルコットは放ったビットを全て師匠の『尾』に『喰われ』何も出来ずに倒れた。鳳は衝撃砲をオルコットと同じように『喰われ』、薙刀により倒れた。デュノアとボーデヴィッヒの二人も同じく師匠の『尾』により、一方的に蹂躙された。

 

「駄犬以下の狗畜生共には、似合いよの。ココココ」

 

あまりに圧倒的な景色だった。一年のトップ達が何も出来ずに倒れていく、ただそれだけの景色だった。

 

「教え子よ、師は不機嫌ぞ?早よう機嫌をとらぬか」

 

この日から、訓練の他に師匠の身の回りの世話も追加された。師匠は兎に角、味に細かい。その癖、大好物であれば味に文句をつけない。よく分からない変わった人だ。

そして、水に妙な拘りがある。授業後、部屋に帰ると通販の段ボール、中身は『最上の湧水 選りすぐり三点セット』とかあったりする。正直、またかと思う。値段を見て更に、何なんだろうとも思う。高が水に零が四つもある、まったくもって分からない変わった人だ。

それと……

 

 

 

 

 

「コココ、目は覚めたかえ?教え子よ」

「え?あれ、食堂に居たんじゃ」

「教え子が呆けておったからの、連れて帰って来たのよ」

「それは、すみま……」

「私の袖を掴み、後を着いて来る様は中々に愛らしかったぞえ。コココ」

「だーっ!師匠!」

「ココココ」

 

本当に変わった人だ。けど、俺はこの人に助けられた。

喉奥で笑う学園に棲まう狐稲荷様に俺は助けられたんだ。

明日の訓練は朝だけだし、放課後は少し出掛けてみよう。

 

 

「コココ、愛しい愛しい出来の悪い私の教え子よ。明日も早い、ゆるりと寝るが良いぞ」

 

おやすみなさい、師匠。


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