私の愛しい愛しい出来の悪い教え子   作:ジト民逆脚屋

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お久し振りです。
今回は、ちょっとした準備回かな?


霧絵の煙草

ふと、織斑一夏は考えた。

 

――霧絵って、狐っぽい――

 

まあ、学生時代から稲荷様やら御前様やら呼ばれていて、身近に居たのに何を今更という気分にもなるが、一夏は考える。

 

――霧絵は油揚げが好きだ――

 

鮭も鶏も好きだけど、特に油揚げが好きだ。霧絵自身も健啖だから作り置きは、それらを考えて多目にしてある。

鮭は皮が好きで、夕飯で鮭が出てきたら態々皮を残して後で焼き直したりしている。

鶏は素揚げしたものに、たっぷりの大根おろしとわけぎを乗せて醤油やポン酢を掛けて食べるのが好きだ。

 

……これがどうして狐っぽいのかは分からないが、織斑一夏にはこれが狐っぽいらしい。

 

それからまた、織斑一夏は考えた。

 

――霧絵の目は細い――

 

だからどうしたと、知らぬ者が居たら言いたいだろうが、実際に狐村霧絵(こむら きりえ)の目は細い。

細く切れ長で、皆が皆想像する狐のイメージに直結する細目だ。

よく着ている赤い着物と黒く艶やかな髪も相俟って、神社や祠といった神秘的で何処か閉鎖的な場所がよく似合う。

 

――桜、いや、紅葉か?――

 

何故、織斑一夏がこの様な事を考えているのか?

それは、つい先日届いた手紙にある。

 

 

 

『(*´∀`)ノやあやあ、いっくん久し振り。どうかな? 新婚生活は楽しんでるかな? ん、まだ結婚してない? おいおい、いっくんよ。You can Do it だぜ? Youがcan出来るならdoしちゃいなよ! 据え膳食わぬは男の恥だぜ? 

まあまあ、そんな事はいいとして。いっくんいっくん、きーちゃんとどう? 良い感じ? まあ、良い感じだよね。いっくんったら、きーちゃんが居なくなってもきーちゃん一筋だったもんね!

そんなきーちゃん一筋のいっくんにお知らせです!

きーちゃんの弱点的なsomethingについてなのだよ。

んン? なんで束さんがきーちゃんの弱点的なsomethingを知ってるのかって?

そんなの簡単! きーちゃんを治療したのは、この私! 篠ノ之束さんだからさ!

フッフーン、驚いた? まあまあ、良いとしようじゃあないか。きーちゃんの弱点的なsomethingについてだけど、きーちゃんは「尾」と「耳」が弱いぜ! さあ、この不思議なお酒を呑ませるんだ! 

やったね、いっくん! 今夜はハッスルだ! よーし、パパ頑張っちゃうぞぅ! パオーン!

おっと、今のはぞぅと象をかけた……』

 

一夏はそっと手紙を閉じた。ただの手紙の筈なのに内側から開こうとする抵抗を感じたが、そっと力一杯閉じて同梱されていた小瓶を見る。

 

――酒か、どうしよう?――

 

霧絵は酒も好きだ。特に日本酒を好むし、自分も嫌いではない。

なので、この贈り物は正直嬉しい。嬉しいのだが、今回の場合は送り主が問題なのだ。

 

――束さんの不思議なお酒とか、何があるか――

 

正直怖い。

処分してしまおうかとも考えるが、送り主が送り主なので、また送ってきそうな気がする。

一夏は考えた。

霧絵は〆切が近い為に書斎にカンヅメになっている。何時もであれば、〆切の一ヵ月か半月前には脱稿しているが、今作は中々に苦戦している様だ。

編集の峰岸も心配して、差し入れや資料を何時もより多く持ってきたりしている。

 

だから、霧絵に見付かる事無くこの酒を隠してしまおう。

一夏はそう決め、霧絵が触らないであろう台所の棚の一番奥に、件の小瓶を押し込み一夏は夕餉の仕度を始めた。

 

今晩は霧絵の好きなもの尽くしにしよう。

多分、今日辺りに原稿が仕上がる筈だから。

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

「コココ、ようやっと片が付きよったわ」

「御疲れ、霧絵」

 

夕餉の仕度が終わった頃、若干疲れ気味の霧絵が肩を回しながら、書斎から出てきた。

やはりと言うか、顔には疲れが見える。

 

「ふむり、『らいとのべる』というやつは中々に書き辛いのぅ」

「ライトノベルだったんだ」

「うむ、昨今の流行りというやつよの」

 

峰岸の奴も面倒な仕事を持ってきおって。

 

霧絵が呟き、伸びをする。どうやら、かなり面倒な作品に仕上がったらしい。

 

「まあ、よい。続きを書けとも言われてもおらぬし、これっきりの話ぞえ」

「そうなんだ」

「その様な話の運びにしたしの」

 

聞けば、大昔のとある英雄譚を元にしたお話らしい。

何処か懐かしそうに霧絵が語った。

 

「それはそれは昔の話ぞ」

 

 

ある寒村に一人の男子(おのこ)が居った。

その男子は金の髪に蒼い目、尋常ならざる膂力を持っておった。

人はその男子を鬼の子と忌み嫌い、山に棄ててしもうた。

尋常ならざる膂力を持っても、所詮は子供に過ぎぬ。

直ぐに力尽き、山の土塊になる。

その筈だった。

 

その山には、子を喪った山姥が住み着いておった。

本来であれば、その男子も山姥の腹に収まる。しかし、子を喪った山姥は、その男子を己が子として育て始めた。

 

幾年月が経ったある日、山姥と男子の元に都からの使者が現れた。

使者は山姥を一息に斬り捨て、男子すらも斬り捨てようとしたが、その使者に人の子を斬る事は出来なんだ。

 

使者はその男子を育てる事にした。

男子はその使者を恨めど、山姥が人を獲って食っておった事を知っておった。

その罪滅ぼしとして、山姥が遺した鉞を振るい人を守る事を決めた。

 

 

「それで、その子はどうなったの?」

「ココ、気になるかえ?」

「うん、気になる」

「良い良い、夜咄(よばなし)として語ってやろうかの」

 

霧絵が煙草盆から煙管を取り出し、火口(ほくち)に葉を詰め火を着ける。

ゆるゆると紫煙が昇り、暗くなった空に月を目指して消えていく。

 

 

その男子(おのこ)は強かった。

都に蔓延る怪異を次々とその鉞で下し、一躍有名となった。

鬼を魔を伏せ、時には山を七巻きする大蛇すらも斬り伏せた。

人は噂した。

あれは雷神様の化身だと、雷神様が人を憐れと思い遣わせたと。

 

そして、男子にある怪異の話が飛び込んだ。

都に人を惑わす大狐が現れた。

男子は駆け、その大狐と対峙した。

その大狐は強かった。男子が調伏したどの怪異よりも強かった。

九本の尾を持ち、病を毒を振り撒いた。

男子はその全てを鉞で斬り祓い、遂に大狐の首に刃を振り下ろした。

 

しかし、その刃も大狐の首を断つには至らず、金毛の幾つかを落とすに留まった。

男子は死を覚悟したが、金毛を幾つか絶たれた大狐は命惜しさに都から逃げ出した。

 

大狐を追い出し、都を救った男子は英雄として奉られる事になった。

 

 

「こんなところかの」

 

霧絵の吐いた紫煙がゆらりゆらりと月を目指して消えていく。

雁首を灰入れの縁に軽く当て、灰を落とす。

 

「…………」

「おや、一夏。どうしたのだえ?」

「いや、なんて言うか。聞いた事があるような無いような」

「コココ、古今東西英雄譚というのは似ておるものぞえ」

「それもそうか」

「そうぞえ。して、一夏」

「どうしたの? 霧絵」

 

煙管を煙草盆に置き、目を細めて軽く笑む。

 

「煙草臭い狐は嫌いかえ?」

「煙草の臭いは嫌いだけど、霧絵なら良いよ」

「それはそれは」

 

善哉善哉と霧絵が笑い、煙草盆を端へと押しやった。

 

「と、夕飯の仕度をしないと」

「今宵はどの様なものぞ?」

「親子巾着に鶏の(みぞれ)和えと鮭の幽庵焼き、鮭の皮は別で焼いてあるよ」

「今宵は祝い事でもあったかえ?」

「霧絵の御仕事御疲れ様、かな?」

 

霧絵の喉奥の笑いを後ろに、一夏はふと考えた。

 

――あの話の大狐って、霧絵だったりして――

 

いやまさかと、頭を振り親子巾着を鍋から器へと移していく。

鶏も切って、後は大根おろしとタレと和えるだけ。鮭は少し冷めてしまったが、まだ湯気が立っている。

 

「まだかえ? 一夏」

「今行くよ、霧絵」

 

――いくら霧絵が狐っぽいからって、そんな大昔の話に出てくる狐な訳がないよな――

 

考えを頭の隅に追いやり、一夏は居間に待つ霧絵の元へと、料理を運んで行った。


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