私の愛しい愛しい出来の悪い教え子   作:ジト民逆脚屋

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後日談
霧絵の謎?


霧絵が帰って来てから、俺達はすぐに同棲を始めた。

周囲の皆は納得してくれたし、千冬姉に至っては結婚資金まで工面すると言って聞かなかった。

まだ気が早いと言って断ったが、千冬姉は舞い上がっていたのか銀行に駆け出し、楯無さんまで式場の手配を始めていた。

アリーシャさんやナターシャさんのお陰で、その騒ぎは事なきを得たけど。

 

だけど、霧絵には謎がある。何の仕事をしているのかまるで解らないのだ。

俺、織斑一夏はIS学園で教員をしている。収入もそれなり、俺と霧絵とあと一人位なら問題無く余裕をもって養えるだけの収入がある。

 

だけど、霧絵が謎だ。

今現在、二人で住んでいる家は霧絵の家だ。

……初めて見た時の衝撃は忘れられない。

日本でも名家である更識家並の日本家屋が、霧絵の家だった。

聞けば、一人で暮らしていると言っていたが、学生時代にあんな事になり、俺が卒業してからの数年間であの豪邸を建てる事が出来る程の収入を得ている。

俺が出勤している間に外出している気配は無いし、携帯電話すら持っていない。

 

宝くじでも当てたのかと思ったが、霧絵が券売所に並んでいる姿は想像出来ない。

と言うか、外出している姿が想像出来ない。

謎だらけだ。

 

「おや? 一夏よ。どうかしたのかえ?」

「え? あ、いや」

 

声が聞こえて目を向けると、霧絵の顔がすぐ近くにあった。

ああ、そうだった。霧絵に耳掃除をしてもらっていたんだった。

 

「ふむり、私の膝枕で微睡むとは、余程寝心地が良かったのだのう」

「ん、あまりに良かったから、つい」

「コココ、良い良い。誠に愛い奴(ういやつ)よ」

 

袖で顔を隠して喉奥で笑う。少し解りづらいけど、耳が赤い。照れているみたいだ。

目だけじゃなく、体を回して仰向けになり、霧絵の顔に手を添えてみる。

するするとした頬の手触りが嬉しい。さらりと手を擽る髪が心地良い。霧絵が此処に居ると、暖かな体温と柔らかさが教えてくれる。

 

「ココ、首筋に手を這わすとは、大胆よの」

「そう?」

「おうおう、日もまだ沈んでおらぬのに、女の首筋に手を這わす。これを大胆と言わずに、何と言うのだえ?」

 

霧絵の価値観からすれば大胆なんだろうなぁ。

俺からすれば、霧絵に触れたいだけなんだけど。

 

「ねえ、霧絵。次の休みは、何処かへ出掛けようか?」

「そうだの。そろそろ、紅葉も散り始めぞえ。紅葉狩りも良いかもしれぬな」

 

細い目を笑みにして、霧絵がこちらの頭を撫でてくる。

それが心地良くて、思わず目を細めてしまう。こうして、触れ合っていると学生時代を思い出す。

良い思い出と悪い思い出が、一気に噴き出してくるけど、霧絵の微笑みを見れば、それらは消えてしまう。

 

「霧絵」

「私の仕事の事かえ?」

 

聞こうと思った事をぴたりと言い当てられて、思わずギョッとして霧絵を見てみれば、相変わらず細目を弓にした霧絵が袖で口元を隠して笑っていた。

何だ、バレてたのか。

 

「コココ、お主の考えなどお見通しよの」

「霧絵には敵わないな」

「私を誰と心得る。お主の伴侶ぞえ?」

 

さてと、少し乱れた着物の襟を正して、霧絵が俺を起こすと、玄関で来客の鐘が鳴った。

この家に来客なんて、珍しい事もあると思っていたら、霧絵が指で玄関を指していた。

ああ、出ろと言う事か。

 

「私は少し仕度があるでな、お主に頼む」

「分かった」

 

言われるがままに、玄関に向かう。

その少し手前で、もう一度鐘が控え目に鳴らされる。この家は広いから、珠に聞こえない時がある。間が開くともう一度鳴らされる。

だけど、それを知っているのは、千冬姉や楯無さん達に弾位だ。

一体、誰だろう?

 

「はい、今出ますよ」

「先生、作品の方は……、って、え?」

「え、……先生?」

 

確かに、俺は教員で先生だけど、作品なんて何も無い。

知らぬ内に何か頼まれていたかと、目の前のスーツの男性と固まっていると、奥からすとすとと静かな足音を立てて、分厚い紙束を持った霧絵が出てきた。

 

「ココ、男二人で何を呆けておる」

「霧絵」

「先生」

「「へ?」」

「コココ、けっ、は!」

 

あ、噎せた。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、まさか、先生がご結婚されていたとは……。しかも、御相手があの大会三連覇のジークフリート織斑一夏選手……」

「気の早い奴よ。まだ、籍も入れておらぬし式も挙げておらぬわ」

 

霧絵の仕事は小説家だった。それも、今をときめく売れっ子覆面作家。俺も読んだ事は無いけれど、名前は知っている作家が、まさか霧絵だったなんて思ってもみなかった。

 

しかも、先生とか呼ばれてほんの少しだけ御機嫌になって、特に言う必要の無い事まで言っている。

ちょっと、嫉妬に似た感情が鎌首をもたげてくるけど、霧絵は気に入った相手には甘いし、霧絵が気に入っているんだから、この編集者は良い人なのだろう。

 

「さて、どうだえ?」

「ええ、問題無しです。では、私はこれで」

 

編集者が原稿の束を封筒に入れて、部屋を出る。

霧絵は肩の荷が下りたといった顔で、焙じ茶を飲んでいる。

少し肩を回し首を鳴らして一息吐いたところで、俺に凭れ掛かってきた。

 

「あぁ、疲れたぞえ」

「霧絵、小説家だったんだね」

「コココ、兎の許に居ると暇で仕方無くての。暇潰しに話を書いておったら、兎が勝手にの」

「ああ、そう言う事」

 

束さんが切っ掛けか。あの人、いつの間に霧絵と知り合ったのか解らないけど、時々手紙でやり取りをしているらしい。

ん?あれ?

 

「霧絵、メールとかはしないの?」

「私は、『ぱそこん』は解らぬ」

「あ、あはは」

 

ああ、成る程。やり取りが手紙なのも原稿が紙の手書きなのも、全て霧絵の『ぱそこんが解らない』が原因だったのか。

 

「パソコンなら、俺が教えるけど」

「ふむり、なら頼もうかの」

 

こうして、俺は霧絵にパソコンを教える事になった。

って、あれ?

 

「そう言えば、霧絵。パソコンが苦手なら、機体の整備とかどうしてたの?」

「コココ、良い女には秘密が多いと相場が決まっているものぞえ?一夏」

 

俺の腕の中で、夕日に照らされて笑う霧絵は本当に綺麗だった。

良い女には秘密が多いというのにも納得がいく。




霧村夕狐

狐村霧絵の筆名
数年前にフラッと現れ、数々の賞を獲得している話題の覆面作家。

愛い奴(ういやつ)

可愛い奴の少し昔の言い方です。

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