私の愛しい愛しい出来の悪い教え子   作:ジト民逆脚屋

15 / 37
ボツエンドの一部です。活動報告に載せてありましたが、此方に移動させます。


閑話
狐の悲嘆


その日、病院は喧騒と悲嘆に包まれた。

織斑一夏、彼が突如として牙を剥いてきた二人目、井村健吾により重傷を負い運び込まれた。

 

「何故……、何故ぞ、私が居ながら……、何故」

「霧絵ちゃん……」

 

IS コアは半壊し辛うじて、生命維持が為されている状態であり、極めて危険な容態であった。

自分の時間、その問題が解決し、後は教え子の巣立ちを見届ける。それだけだった筈なのに。

全ては教え子の成長に現を抜かし、油断した己の責任として、霧絵は駄犬と歯向かった狗共を喰い殺した。

 

「頼む……、頼むぞえ……」

 

彼を救う為に、世界でも有数の名医が執刀を行っている。だが、それでも霧絵の不安は拭えない。

どれだけの時間が経っただろうか、手術室のランプの色が変わり、手術の終わりを告げる。

霧絵は祈った、どうか、どうか教え子が無事にいることを。

 

「後生ぞ……、教え子よ……、どうか……」

 

しかし、現実は非情である。手術室から出てきたのは、唇を食い縛り、悲痛な表情の医者であった。

 

「……この度は……「教え子は……」…!」

「私の教え子は……、どうなったのだ……私の全ては! ……私の愛しい教え子は! どうなったのだ! 答えよ!」

「霧絵ちゃん、落ち着いて!」

「頼む……、頼むから……、何の事はないと……、直に、目を醒ますと……、答えておくれ……」

 

狐の激昂を猫が諫めるが、医者の胸ぐらを掴む手の力は緩む事無く、医者を絞め続けた。

ややあって、医者は告げた。

 

「彼の容態は……、運び込まれた時には、既に手遅れの状態でした……」

 

その響きは冷たく重く響き、狐は悲嘆の中に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

暗く静かな部屋には、沈黙が満たされていた。そこには、狐と物言わぬ教え子の二人だけがいた。

楯無の采配により、霧絵は教え子との最後の語らいをしていた。

 

「のう、教え子よ。目を、開けておくれ……。私の名を呼んでおくれ……。あの優しい声で私を、呼んでおくれ……」

 

問い掛けに、答える声は無い。ただ、狐の悲嘆の聲が消えていく。

 

「教え子よ、私はお主のその様な顔は好かぬぞ?私は……、お主の笑顔が、あの綺麗な笑顔が好きぞ?」

 

狐は理解した。したくなかった分かりたくなかった、自分の全て、自分が愛する者は死んだのだと。

己の油断で、死んだのだと、理解した。

 

「のう、教え子よ。私はお主が居たから、幸せだった。お主が笑ってくれたから、嬉しかった。私はただ、お主が側に居てくれる、ただ、それだけで良かった……」

 

なのに……

 

「なのに……、お主は、もう、ここに居らぬ」

 

 

「お主が居らぬ世界など何の意味があると言うのだ。頼む……、頼むから……、私を、一人に、せんでおくれ…………一夏……」

 

「私を置いて逝かないでおくれ……、一夏よ。私も連れて逝っておくれ……」

 

 

その日を境に、二人の姿はこの世界から消えた。二人と親しき者達は、九本の尾を持つ美しい狐と白く気高い狐が天に昇って行くのを見たと言うが、今となっては定かではない。

 

確かな事は、もうここには狐は居ない。ただそれだけ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。