私の愛しい愛しい出来の悪い教え子   作:ジト民逆脚屋

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霧絵と一夏

『決まったー! 第五回モンド・グロッソ覇者は織斑一夏選手! そして、前人未到の三連覇達成!!』

 

「いやぁー、負けたわ、一夏君」

「そっちこそ、何度か危なかったですよ。楯無さん」

 

あの日、全てが終わり全てが変わった。

霧絵が死んで、俺は死んだ様に生きていた。

この世の何よりも誰よりも愛した人を喪い、全てを諦めかけた。

でも、それは出来なかった。

諦める事が出来たら、どれだけ楽だっただろう。

 

「もう、先生面出来そうにないわね」

「楯無さん達は、何時までも俺の先生ですよ」

 

俺が全てを諦めかけた時、白式が修理から帰ってきて、俺は習慣として、訓練をしていた。

身が入らない一人での剣舞、そうなる筈だった。

 

「それは兎も角、三連覇おめでとう。一夏君」

「ありがとうございます。楯無さん」

 

白式に異変が起きていた。折れた雪片が、俺の目の前で変わっていった。

雪片だけじゃない。白式が変わった。

 

「それで、今年も行くの?」

「ええ、楯無さんは?」

「勿論、私もダリルもフォルテも行くわ」

 

雪片の柄が伸び薙刀になり、白式に紅い蒔絵が入り、九本の尾が俺に従っていた。

 

『私は此処に居るぞえ、一夏』

 

霧絵の声が聞こえた気がした。

此処に居るよと、白式の中から聞こえた気がした。

 

今思えば、霧絵は不思議だらけだった。

霧絵の死後、遺体はいつの間にか消えて、機体も消えていた。

なにも遺さず消えた。

そう思っていた。けど、それは違った。

 

詳しく精査した結果、白式に霧絵の機体が同一化している事が解った。

霧絵は居なくなってなんていなかった。

霧絵は、ちゃんと此処に居る。

 

「では、勝利者インタビューです! 織斑選手、優勝と三連覇おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「いやー、凄かったですね。〝白式・九天〟による八本の尾による連撃、実況するのを忘れましたよ!」

「更識選手相手に手を抜く事は出来ませんから」

 

ねえ、霧絵。俺は強くなったかな?

 

「ずばり、勝利の秘訣とは何でしょう?」

「そう、ですね。勝利の秘訣は……」

 

ねえ、霧絵。俺は強くなったかな?

霧絵が自慢出来る弟子かな?

ねえ、霧絵。聞こえる?

 

「織斑選手、この後の御予定は?」

「少し休んでから、日本に帰ります。報告したい人が居ますので」

「それは、まさか!!」

「はは、それはどうでしょう」

 

霧絵、今年も会いに行くよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、子狐」

「久しぶりッスね」 

「ダリル先輩、フォルテ先輩」

 

ダリル・ケイシー、フォルテ・サファイア。二人は、第三回モンド・グロッソで引退して、今はアメリカで国家代表候補生の教導員をしている。

鬼教官として有名みたいだ。

 

「そう言えば、楯無は?」

「仕事で少し遅れるみたいですよ」

「それで、先ずは何処に行く?」

「……アリーナに行きましょう」

 

彼処で、全てが終わり変わった。

ある意味で、全てが始まった場所。

 

「いいのか?」

「ええ、行きましょう……」

「分かった、行くか」

 

結局、あの百足が何者だったのかは、解らず仕舞いだった。

あれが何だったにせよ、俺はあれを赦す事は無い。

だけど、憎まないし恨まない。そう、決めた。

憎んだところで、恨んだところで、霧絵が帰ってくる訳じゃない。

 

「着いたぜ」

「はい」

 

『教え子よ、誠に出来が悪いのう』

 

此処で、何度も叱られ

 

『良い良い、お主の話は聞いておる。出来るまで、何度でも試すが良いぞ』

 

何度も挑んだ。

 

そして

 

『俺に、何か出来る事はある?』

『簡単な事よの、私を想っていておくれ』

 

全てが終った。

 

『のう、一夏。……私は……』

 

霧絵。霧絵が何を言おうとしていたのか、それはもう解らない。

だけど、俺は進むよ。俺は不器用だから、それしか出来ない。

だけど、もし、もし、解るなら、聞きたいよ。

 

あの時、霧絵が何を言おうとしていたのか。

 

「そう言えば、あの、ほら」

「フォルテ、まさかと思うが」

「大丈夫、大丈夫ッスよ。ほら、井村達の事ッスよ」

「ああ、アイツらか。アイツらなら井村以外全員、ISから離れてるって話だ」

 

井村健吾は、学園を卒業せずに死んだ。

あの事件の後に起きた『亡国機業討伐』で亡国機業の中枢に突入、隠されていた爆弾を抱えて衛星軌道まで上がったところで爆弾が爆発し、奴の機体と体の一部が発見された。

爆発の規模から、あれが地上で爆発していれば甚大な被害が出ていた事から、井村は英雄として弔われた。

 

……聞く話によると、井村は誰かのヒーローになりたいと事あることに呟いていたらしい。

誰かのヒーローになりたかった者が大衆の英雄として散った。何とも残酷な話だ。

 

他の専用機持ち達も同じだ。

凰鈴音、ラウラ・ボーデヴィッヒ、シャルロット・デュノアはあの事件で行方不明に、セシリア・オルコットは重傷を負い学園を退学、今はイギリスで当主として生きているらしい。

篠ノ乃箒は、一人生き残り卒業後は実家の神社を継いだようだ。

井村が死んだ後、彼女から訳の分からない謝罪の様な何かを言われた。井村がどうこう言っていたが、あの頃の俺は霧絵を喪い死んだ様に生きていた頃だった。

だから、よく覚えていないし彼女ともそれっきりだ。

 

「……行きましょう」

「……ああ」

「……ッスね」

 

霧絵との思い出の場所を回る。それが、俺が決めた霧絵の墓参りの代わり。

霧絵の遺体は結局見付かっていない。

忽然と消えた遺体、もしかしたら霧絵はまだ何処かで生きていて、ひょっこり喉奥の笑いと共に飄々と現れるんじゃないか。

そう思うと、墓に行けなくなった。だから、霧絵との思い出が詰まった学園に毎年来て、霧絵と居た場所を回っている。

 

「次は、食堂か?」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

「遅れてごめんなさい!」

「遅いッスよ、楯無」

「ごめん、簪ちゃんを空港まで送ってたの」

 

更識簪、彼女は選手にならずに技術者としての道を選んだ。今は技術者として忙しく世界中を飛び回っている。

学生時代は、俺の薙刀の先生でもあった。

どうやら、今年は忙しく来れそうにないから、先に来ていたらしい。

 

「うわぁ、私達の時と全然変わってないわね!」

「静かにしろ、楯無。今年は休日じゃないんだぞ」

「先輩こそ、静かにするッスよ」

 

俺達が居た頃と殆んど変わってない。

入って右側の最奥の席、そこが俺達の定位置だった。

 

『さて、教え子よ。味は如何かえ?』

『味もなにも、食堂じゃないッスか』

『師の手料理が、そう簡単に食べられると思うたかえ?コココ』

 

此処で笑って

 

『師匠、どうしたんですか?』

『コココ、お主の綺麗な顔に見惚れたかのぅ』

『なっ?!』

 

此処でからかわれてきた。

それが楽しくて嬉しくて、ずっと、ずっとこの時間が続けば良い。そんな事も考えていた。

そんな事、有り得る筈が無いのに

 

「しかし、懐かしいな」

「一年が賑やかだったッスね」

「ははは、そうだったな」

 

霧絵、俺は今笑えているかな?

 

 

 

 

 

 

「これから先は、一人で行くのか?」

「はい、今年は三連覇の事を報告したいので」

「それじゃ、私達は食堂で待ってましょ」

「ちゃんと報告するッスよ」

「はい」

 

皆と別れて嘗ての自分達の部屋に向かう廊下、此処でも色々な事があった。

霧絵と話し、皆と笑って、楽しかった。

ただの廊下、目的地までの通路なのに、まだ部屋に着いてないのに思い出が多過ぎる。

 

ねえ、霧絵。

霧絵はまだ、何処かに居るのかな?

 

 

『おや?どうしたのだえ、教え子よ』

 

何処かに居て、笑っているのかな?

 

『コココ、近こう寄るが良いぞ』

 

ねえ、霧絵。会いたいよ。

 

 

『            』

 

 

 

 

 

 

何か聞こえた気がした。

有り得る筈が無い、こんな事有り得る筈が無いのに、霧絵の声が聞こえた気がした。

廊下?違う。部屋も違う。

だとすると、後は

 

「ここ、生徒会室」

 

何故だろう?手が震える、動悸が激しい。

走ったから?違う。

 

「失礼します」

 

室内は誰も居ない。無人だ。部屋のレイアウトは殆んど変わってない。少し、変わっている所はあるけれど、俺と霧絵が出会ったあの時のままだ。

此処から、全ては始まったんだ。

此処で、霧絵と初めて出会い

此処で、霧絵と初めて話した

 

「あ……」

 

窓から夕日が差し込む。夕暮れ時の今が、霧絵が一番綺麗な時だった。

夕日を背にし、夜の様な黒髪を靡かせていたこの時間が、一番綺麗な霧絵が見られる時間。

 

「……霧絵、会いたいよ」

 

解っていた。声が聞こえたの気がしたのは、本当に気のせいだって、解っていた。

解っていた筈なのに、胸が裂けそうな程に辛い。

零れる涙を抑えられない。

嗚咽が喉から止まらない。

 

「霧絵、居るなら返事をして……!」

 

届け届けと叫んでも、返事はない。

居ない相手から届く返事など、ある筈がない。

ある筈がないんだ。

 

ねえ、霧絵。ありがとう。俺は、一人で歩いて行くよ。

霧絵との思い出と霧絵がくれた尾と共に、歩いて行くよ。

 

だから、霧絵。おやすみ……

 

「コココ、相も変わらず、情けなく出来の悪い教え子よのぅ」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「束、答え合わせをしようか」

「そうだね、ちーちゃん」

 

学園の屋上に二人の女が居た。一人は不思議の国のアリス、一人はスーツ姿の女だ。

不思議のアリスにスーツの女が問う。

 

「例えばの話だ。ある天才は全ての悲劇を知っていた。だから、全ての悲劇を無かった事にする為に、要所要所で手を加えた」

「…………」

 

アリスはスーツの女に答えない。

ただ、嬉しそうに、屋上から見える皆を見ていた。

誰もが、驚き固まっている。

 

「そうだな、出来すぎた話だが、未来予知でもしていたかのように、悲劇を先回りした」

「でもさ、ちーちゃん。束さんが知る限りで、死者を甦らせるなんて事が出来る者なんて居ないよ? 勿論、束さんも死者甦生は無理」

 

束は親友の目を見て言った。

それに千冬は、鼻で笑い答えた。

 

「簡単な話だ。狐村は死んでいなかった。否、死んでいたが死んでいなかった。所謂、仮死状態と言うやつだな」

「……正解だよ、ちーちゃん。きーちゃんは死んでいなかった。仮死状態で束さんが留めた」

「そして、お前が奴を連れ去り治療した」

「うん、流石の束さんでも、きーちゃんの体を元通りに治療するのに、こんなに時間が掛かっちゃったけどね」

 

束は笑顔で千冬に向き直り、言った。

 

「ちーちゃん、後はお願いね」

「ああ、任せろ」

 

束は、千冬が見ている前で消えた。跡形も無く、影一つ残さず消えた。

それを見た千冬は、空を見た。夕暮れ時、紅く沈む夕日の横に薄く浮かぶ月を見ながら呟いた。

 

「兎よ兎、何見て跳ねる。月を見て跳ねる器じゃなかろうに」

 

『私は私、月見て跳ねない。幸せ見て跳ねる幸せ兎』

 

誰にも聞こえない兎の声が夕日に融けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「霧絵、なの?」

「おうおう、呆けた面よ。のう? 一夏」

 

夕日を背にして狐が笑う。細めた目で、笑う。

その背に、九の尾は無く、尾無しの狐が夕日の紅の中に佇んでいた。

 

「夢、じゃないよね?」

「ヨヨヨ、なんと酷い男よ。愛する男を想うあまりに黄泉から戻ってきた女に、夢と申すかえ」

 

袖で顔を隠し、芝居掛かった仕草で狐が泣けば、男が慌てて否定する。

 

「霧絵、本当に霧絵なんだな」

「コココ、私以外の女が居るのかえ?」

「霧絵以外に居る訳が無い」

 

ああ、本当に霧絵だ。二度と会えないと思っていた、

終わってしまったと思っていた。

けど、それは違った。

 

「ねえ、霧絵。一体どうやって」

「コココ、悪戯好きの兎が居ってのう」

 

霧絵が俺の腕の中で、笑う。嘗てと変わらぬ喉奥の笑いで笑う。

ああ、そうか。狐と兎、両方共に人を化かす。

終わってしまったと思っていたのは人で、事実は違った。

なら、もう一度

 

「初めまして、織斑一夏です」

「ココ、狐村霧絵ぞ」

 

もう一度、此処から始めよう。




これにて、狐の化かしは御仕舞いで御座います。
今まで、拙作にお付き合い頂きました事、誠に有難う御座います。

思えば、ニ、三話で終わる予定だった拙作、気付けばこの程に話を重ねる事になっていました。
これも、皆様の応援あっての事、御礼申し上げます。


ではでは、これにて、狐の化かしは御仕舞いで御座います。
狐の化かしにお付き合い頂きました事、重ねて御礼申し上げます。

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