私の愛しい愛しい出来の悪い教え子   作:ジト民逆脚屋

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狐と別れ

曰く、それは異常であった。それは自己を認識した時から、異常であった。否、もしかすると自己を認識する前から異常であったかもしれない。

他者を傷付け、他者から奪い、他者を殺す。それは、それらの行為に無上の悦楽を得ていた。

 

何時の頃からだろうか、それらの悦楽に物足りなさを感じ始めたのは。

どの様に傷付けても、奪っても、殺しても、物足りない。

それは次第に、物足りなさを埋める為に縄張りを広げ始めた。

そして、それは見付けた。己の物足りなさを満たす方法を。

 

それは異状にして異常。

それは曰く、狂いの極地。

それは曰く、狂気の落とし子

それは曰く

曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

その日、アリーナに赤い紅い花が咲いた。

九天の狐、その教え子の巣立ちの日。

白狐の背で、紅い赤い花が花弁を散らし咲いた。

 

「あああああははははははははははは! ひぃいああははぁ!」

 

咲き誇る花弁に笑うのは、深紅の百足。

その身を捩らせ、歓喜に打震えていた。

笑い笑い笑う

 

「な、あ?!」

 

白狐が、紅く染まる。

只、呆然と花が咲いた背を見ていた。

 

「師匠!」

 

九天の狐の背が紅く咲いていた。

一夏には、何が起きたのか、一瞬解らなかった。

だが、百足の身に付いた土塊を見て理解した。

奴は地中からやって来た。

倒れ行く狐を受け止め、百足から離れる。

白式のセンサーが、空中で警戒していた三人の接近を報せてくる。

血が止まらない。狐村の背から流れる血が止まらない。

シールドエネルギーで護られている筈なのに、裂かれた背から血が溢れ続ける。

 

百足が二人に迫る。

長い身をくねらせ、顎を鳴らし、定めた獲物目掛けて真っ直ぐに迫る。

間に合わない。一夏は直感した。

 

今の崩れた体勢では、百足の顎を避けられない。

二人纏めて、顎に食い千切られる。

ならばと、一夏は身を回し、失血で気を失っている狐村を庇う様にして、百足に背を向けた。

自分と白式なら、背にあるウイングスラスターと装甲を犠牲にすれば耐えられる。もし駄目でも、狐村だけは助かる。

 

自分が愛する女性だけでも

 

不器用で愚直な、出来の悪い男の精一杯の抵抗だった。

しかし、それを嘲笑うかの如く、百足の顎は易々と白式の翼を噛み千切った。

 

「ぐぅ!」

 

背に鋭い痛みが走る。一夏はバランスを崩しながらも、雪片二型で百足を斬り付ける。

百足の顎、その付け根に向けて真っ直ぐに走る刃。

だがそれも、どういう関節をしているのか、おおよそ人間には不可能な角度にくねり、刃を噛み砕いた。

 

「いひいひいひひひはあははははははは!」

 

百足の装甲の隙間から、狂った笑いが漏れ聞こえる。

翼を失い、刃を半ばから断たれた。一夏に抗する術は残されていない。

だがそれでも、まだ身を守る装甲は残っている。翼は無くとも空を飛べる。刃も半分は残っている。

ならば、諦めない。諦める理由にはならない。

 

狐の教え子は、出来が悪くとも諦める事を知らない。

今自分は、愛する女性を抱えている。何よりも誰よりも愛しい女性。

 

俺の愛しい愛しい大事な師匠。

 

一夏に、百足の顎が迫る。

 

生きてください

 

一夏には、解っている。

 

笑ってください

 

自分の抵抗は、何の意味も無い。何もなく、自分はあの顎に噛み砕かれるだろう。

それだけの時間を稼げば、自分の三人の先生が間に合う。

そうすれば、霧絵だけは助かる。

 

愛しています霧絵。

 

一夏は、自分の腕の中で気を失っている霧絵を見て、迫り来る狂った百足の顎を睨み付けた。

その睨みに構わず、百足は二人の狐を、その顎に掛けようとした。

 

「あはああははあああひいいはああああ! いたただきまあああすうううああ!」

 

百足の大顎が眼前に迫り二人に届く瞬間、水と炎の壁が顎を阻み、氷の槍が百足を弾いた。

 

「一夏君!」

「楯無さん!」

 

壁に阻まれ槍に弾かれた百足が、悶える。その悶えに油断せず、ダリルとフォルテが炎と氷の連撃を浴びせている。

狐村の血はまだ止まらない。

 

「くっそ! どうなってんだ!?」

「絶対防御が機能してないッスよ!」

 

フォルテが狐村の容態を確認する為に、機体にアクセスすると、絶対防御を始めとした防御関連に軒並みerrorが出ていた。

 

「ちょっと待って、一夏君。白式にもerrorが出てる!」

 

狐村だけではない。一夏の白式にも僅かだがerrorが出ている。

何故と、三人は思案するも、答えを出す暇は無かった。

 

「ああああつつついいいい! つめめめめたたたいいいい! ああつつつたたたいいい!」

 

百足が炎と氷の二重壁を破り、突進してきた。

狙いは一夏と狐村の二人、ダリルとフォルテがそれを阻もうと前に出るが、容易く突破されてしまう。

 

「んな!」

 

楯無は向かってくる百足に違和感を覚えていた。

正確には、百足を阻む際に使った己の水に違和感があった。

 

――反応が鈍い?――

 

先程、百足の顎を防ぐ為に使った水の反応が鈍い。

ナノマシンの反応はある。精査しようと、水を一部戻す。それすらも、鈍い。否、鈍さが増している。

 

――何、これは?――

 

見ればダリルとフォルテの動きも、何時になく鈍い。

手足に枷を付けているかのようだ。

二人も違和感を覚えている。

 

戻ってきた水を精査しようとした瞬間、楯無の目が見開かれた。

 

――鈍化が伝播した?!――

 

水だけではない。機体の機能が全て鈍化し始めている。

防御関連を始めスラスターに展開速度、機体の機能が鈍化し、止まり始めている。

まさかと思い、二人を見る。

 

「何なんだよ?! お前!」

「先輩! 後ろ!」

「このっ!?」

 

ダリルの動きが明らかに鈍い。フォルテもだが、彼女はまだマシだ。

恐らく、自分のミステリアス・レディと同じくナノマシンを使用する機体だからだろう。

 

あの百足は、何らかの方法で機体を鈍化させる毒性ナノマシンを相手に打つ事が出来る。

顎で打ち込む。若しくは、自分と同じ様に空気中にナノマシンを散布し、機体にナノマシンを感染させているのだろう。

 

楯無は、そう結論つけた。

だが、楯無に一つの疑問が生じる。

 

――どうして、一夏君の白式はerrorが少ないの?――

 

白式に表示されているerrorの数は、楯無達のそれよりも明らかに少なかった。

どうしてと、調べてみれば、その原因はすぐに解った。

 

Unknown、八つのその文字が百足の毒性ナノマシンの浸食を防いでいた。

 

――霧絵ちゃん、貴女……――

 

何時か言っていた。自分の尾を全て受け継がせると、あれは比喩だと思っていた。

だが、それは違った。

本当の意味で九天の狐の尾、九本全てを白狐に受け継がせる。

思えば、彼が尾を一つ乗り越える度に、その尾を使う事が無くなっていた。例え使っても、以前の様な鋭さや優美さは無く、何処か精彩に欠けていた。

 

「師匠! 目を、目を開けてください!」

「一夏君、一先ず霧絵ちゃんを連れて逃げなさい」

「楯無さん! でも!」

「良いから! 早く!」

 

一夏に狐村を連れて逃げろと、楯無は急かすが

 

「が!」

「楯無! そっち行ったッスよ!」

 

百足が猟犬と雪娘の防壁を突破し、三人に迫り来る。

間に合わない。楯無の勘が告げる。

百足の顎は、自分達三人を容易く噛み砕く。

水の防壁を張ろうとしても、百足の毒に犯された水は僅かに震えるだけで、形にならない。

 

せめて、二人だけでも

 

楯無は必死の抵抗として、槍を突き出すが水を纏っていない槍では百足を止めるには至らず、半ば砕かれる。

 

楯無が二人を庇い、ダリルとフォルテが急ぎ百足を止めようとする。

 

百足はそれに構わず、その大顎を開き

 

「コココ、蟲如きが」

 

砕かれた。

 

「し、しょう?」

「おうおう、どうしたのだえ?教え子よ。その様な、呆けた面をしおって」

「師匠……、血が……」

 

血を滴らせ、普段と変わらぬ様子で笑う狐村だが、その顔に力は無い。

立っているだけでやっとの状態だ。

 

「のう、教え子よ」

 

狐村が一夏に語り掛ける。片顎を砕かれた百足が、再度向かってくるが、水に阻まれ炎に焼かれ氷に打撃される。

その中で、狐が教え子に語る。

 

「教え子よ、最後の尾を見せておらなんだな」

 

今、見せよう。狐が語り教え子が首を振る。

 

「師匠、無理ですよ。その傷じゃ……、逃げましょう、それで、千冬姉や山田先生達を呼んで……」

 

教え子は、今にも泣きそうな声と顔で師に懇願する。

しかし、師である狐はゆっくりと教え子の頬を撫で、告げる。

 

「それは不可よの。今、この時を逃せば、私はお主の師としての役目を果たせぬ」

「師匠……、でも……!」

「教え子よ」

 

三人の防壁も長くは保たない。徐々に押され始めている。

 

――赦しておくれ――

 

「師匠?」

「教え子よ、笑っておくれ。私はお主の笑顔が好きぞ?」

 

そろりそろりと、壊れぬよう傷付けぬよう、狐は教え子を撫でる。

 

――赦しておくれ、一夏――

 

別れを惜しむ様に、狐が教え子を見詰める。

 

「教え子よ、全てが終われば私の名を呼んでおくれ」

「あの、師匠。どう、したんですか?」

 

――これじゃあ、まるで……――

 

「教え子よ」

「師匠……!」

 

――まるで、遺言じゃないか!――

 

「教え子よ、全てが終われば、お主の温もりで私を迎えておくれ」

「…………」

 

決意は固い。解りたくない。でも、自分ではどうする事も出来ない。

一夏は零れそうな涙を堪え、精一杯の笑顔を見せる。

それが、師の、愛する人の、霧絵の願いだから

 

「おうおう、そうよ。それが私の好きなお主の笑顔ぞえ」

 

狐が笑い、その細い目に儚げな喜色を浮かべる。

教え子が、震える歯を抑え嗚咽を飲み、狐を見る。

固い決意はどうする事も出来ない。

だから

 

「…………霧絵、俺に何か出来る事はある?」

 

だからこそ、聞いた。この時が、後の楔になっても構わない。

この人と、共に在りたい。その一心で、教え子は霧絵に聞いた。

 

――赦しておくれ、一夏。この狡い狐を赦しておくれ――

 

別れの涙を見られぬ様に、教え子から離れ背を向ける。

悟られぬ様に、目を閉じ告げる。

 

「簡単な事よの」

 

――すまぬ、すまぬ、一夏。どうか、この卑怯な狐を赦しておくれ――

 

「私を、想っていておくれ」

 

一夏

 

「よく見ておくのだえ?これが、最後の尾。九尾ぞ」

 

狐が纏う鎧が解け、大鈴の音が鳴り響いた。

 

――すまぬ、一夏。そして、さようなら一夏――

 

 

 

「いいいいいいいあああははははへははははひああ! おおお俺俺俺俺僕僕僕私私私私は誰れれれれ?!」

「知るか! このクソ野郎!」

「ダリル! フォルテ!」

「ああ? 楯無!」

 

支離滅裂な言葉を吐き散らし、三人を圧倒する百足。

三人の機体は既に、限界近くまで毒に犯されていた。

まともな機能は殆んど無く、三人は己の技量をもって、この鉄火場を凌いでいた。

 

耳鳴りがする。目が霞む。三人は極度の疲労の中駆けるが、既に限界を超えていたフォルテの動きが止まる。

 

「あ……」

「フォルテ!」

 

それを逃す百足ではなかった。弱った獲物を仕留めようと、残った片顎を鎌の如くフォルテへ降り下ろす。

 

誰もが止まる、その瞬間、降り下ろされる筈だった片顎は、鳴り響いた大鈴の音と共に消えた。

 

「は?」

 

片顎だけではない。蠢く手足が貫かれ、硬い外殻が砕かれ溶かされる。

長い体が、締め上げられ苦悶の音を鳴らす。

まだ動く尾殻が斬り落とされる。

 

「コココ、まさか、この私が俵藤太の真似事をする事になるとはのう」

 

紅い蒔絵を散りばめた着物を纏い、九つの尾を従えた金毛の狐が笑っていた。

凄惨に美しく、笑っていた。

 

「ああああああああああああ!」

 

百足が悶え、締め上げから逃れようとするが、百足を締め上げる尾はそれを許さない。

一層の力で、百足を締め上げ砕ききる。

砕かれた破片すら、別の尾に潰される。

割れた部位から、百足の体が腐り廃される。

 

「蟲が、貴様如きが、私の宝に傷を付けたのだ。楽に逝けると思うでないぞ!」

 

迫る死の恐怖、それに百足は堪らず本能的に逃げ出そうとするも、百の足全てを奪われ這いつくばる事しか出来なくなっていた。

意味が解らない。まともな思考など、等の昔に出来なくなった頭で考える。

答えなど、一つしか無いと言うのに

 

「百足は勝ち虫。その勝ち虫が這いつくばり逃げ惑うかえ。愉快よ愉快」

 

哄笑し、這いつくばる百足に宣告する。

 

「狐の宝に傷を付けた罰ぞ。疾く消えよ」

 

百足の片顎を消した尾の先端が裂け、暗い洞穴の様な口を開く。

恐怖の感情に支配された百足は無駄と解りつつも、身を捩り逃れようとするが、大口の尾はそれを逃さず百足を飲み消した。

 

「終った……?」

「なんだ、いまの」

 

あまりの光景に唖然とするしかなかった。

自分達が知る限りで、あの様なモノは存在しない。

 

「霧絵!」

 

唖然としていた三人だが、一夏の叫びに我に返ると、先程の着物ではなく学園の制服を纏った霧絵が一夏に抱き止められていた。

 

「霧絵、霧絵! しっかりしてくれ!」

 

繰り返し名を呼ぶ一夏。その腕に抱かれた霧絵の身には力は無く、その身を任せ垂れ下がっていた。

 

「霧絵ちゃん!」

「フォルテ! 救護を呼べ!早く!」

「呼んでるッスよ! 早く、早く出ろよ!」

 

蒼白の顔色、冷たい体。

背の傷からは、何も流れていない。

 

誰よりも一夏が解っていた。

 

  

解りたくないのに、解ってしまった。

堪えていた涙が溢れ出る。歯の鳴りを止められない。喉を昇ってくる嗚咽を抑えきれない。

 

「一夏君! しっかりして! もうすぐ、救護が来るから!」

「あ、ああああ……!」

 

慟哭の嗚咽を漏らす一夏は、力の限り霧絵を抱き締めた。

約束したから、全てが終わったら名を呼び温もりで迎えると。

しかし

 

「笑えない、笑えないよ、霧絵。ごめん、ごめんなさい……」

 

笑う事が出来なかった。

約束した。霧絵が好きだと言ってくれた笑顔を浮かべる事が出来なかった。

一夏は震え、謝り続けた。

必死に笑顔を浮かべようとするも、涙と嗚咽が溢れるだけだった。

その涙に濡れた頬に、冷たい手が触れた。

 

「ココ、教え子よ……」

「霧絵! 今、救護が来るから!」

「教え子よ、よく顔を見せておくれ」

「霧絵?」

 

細い目を弱々しく開き、一夏の顔を眺める。

嬉しそうに、淋しそうに、申し訳なさそうに

 

「教え子よ……、私は幸せだったぞえ……」

「霧絵、大丈夫! 大丈夫だから……!」

「教え子よ……、一夏よ。幸せになるのだえ」

「やだ、やだよ、霧絵! 一緒に幸せになろう!」

「のう、一夏……、私は……」

「霧絵? ねえ、聞こえないよ……、霧絵」

 

一夏の呼び掛けも虚しく、狐村霧絵はその生涯に幕を閉じた。

遺された白狐は、冷たい体を抱き締め、力の限り慟哭の叫びをあげた。

 

――……すまぬ、一夏。だが、これでよかったのだ――




………………………………………………………………………………………












……本当に?

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