私の愛しい愛しい出来の悪い教え子   作:ジト民逆脚屋

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狐と巣立ち

私は、この子に何を遺してやれるのだろう?

何かしてやれただろうか?

愛してやれただろうか?

分からぬ

 

この子の才能は、類い稀なものだ

きっと、あの狼すら越えるだろう

私ごとき、化け狐ごとき

容易く、越えて行くのだろう

 

「師匠?」

 

ああ……、そうか……

 

「何でもないぞえ、教え子よ」

 

ただ……

ただ、伝えれば良いのか……

 

この子は、天才だ。

多少、至らぬ所はあれども

けして、曲がらず

けして、諦めず

けして、折れない

愚かに、愚直に、真っ直ぐに、前に進んで行くのだろう。

 

「コココ、教え子よ。準備は良いか?」

「何時でも!」

「ココ、それでは……、往こうかえ」

 

おお、見よ。私の薙刀の一撃をいなしよったわ。

私の衰えを抜きにしても、やるようになったものぞ。

誠に……

 

「ならば、これはどうだえ?」

「なんのぉ!」

「コココ、狐は舞いに付き合うてくれる者が好きぞ」

 

さて、今日の狐の舞いは少しばかり荒いぞえ。

見事、剣戟の間を乗り越えて見せよ。

 

「あ、ああぁぁぁぁ!」

「ココ、良いものぞ?」

 

コココ、私の薙刀の柄を狙うとは、見違えたのぅ。

しかし

 

「甘いぞえ」

「まだ、まだぁ!」

 

ああ……、本当に良き子よ。あの有り様から、よくぞここまで届いたものよ。

誠に、愛しいのぅ、一夏。

だが、早々簡単には越えられぬが狐の舞いよ。

 

「ほうれ、隙有りぞ」

「うあっ!」

「狐の舞いは、刃だけでは無いのだえ」

 

さあ、教え子よ、愛し子よ、越えて見せよ。

私に見せておくれ。

お主の、未来を。

私の愛しい愛しい出来の悪い教え子よ。

私を越えて行けると、私に教えておくれ。

 

「さあ、刃が舞うぞ狐火が舞うぞ。狐の舞いよ、人は如何に付き合うてくれるのだえ?」

 

人よ、狐を越えて先に行け。

狐が見せる幻から醒めて、現に行け。

狐が見せる幻など、所詮は夢に過ぎぬ。

 

「師匠!」

「コココ」

 

見せておくれ、教えておくれ、一夏よ。

もう、大丈夫だと

もう、一人で大丈夫だと

もう、私が居なくても大丈夫だと

もう、私が居なくても一人で歩いて行けると

 

「狐の舞いは終わらぬよ。人よ、教え子よ、この狐を見事越えて見せよ」

「はあぁぁぁっ!」

 

そして、私はお主を見送って逝くのだ。

私の教え子よ

愛しい教え子よ

私の愛しい愛しい出来の悪い教え子よ

私の愛し子よ

私の出来の悪い愛し子よ

私だけの愛しい一夏よ

 

どうか、巣立ちが終われば笑っておくれ

どうか、巣立ちが終われば名を呼んでおくれ

私の名を笑って呼んでおくれ

 

愛しているよ、一夏。どうか、この不甲斐ない狐を許しておくれ

 

 

 

 

「師匠!」

 

届かない、手を伸ばしても、羽を広げても届かない。

本当に師匠は凄い、俺も以前よりかは幾らか出来る様になったと思ってたけど、まだまだだ。

この嵐の様な連撃の中に、化かしで偽物を混ぜてくる。

しかも、ただの連撃じゃない。師匠が言う様に舞いを踊っているかの様な連撃、思わず見入ってしまう程に綺麗な太刀筋、これが師匠の薙刀なんだ。

 

「はあぁぁぁっ!」

 

師匠、俺は貴女を越える。越えて見せる。

俺の未来を

俺の想いを

貴女に届かせる

 

師匠、俺は貴女に見せる、貴女に伝える。

もう、一人で大丈夫だと

もう、貴女に守られてばかりじゃないと

もう、貴女の後ろに居なくても大丈夫だと

貴女の隣で、一緒に歩いて行けると

 

そして、俺は貴女に想いを伝える

師匠

俺の凄い師匠

俺の好きな凄い師匠

俺だけの好きな凄い師匠

俺が好きな大切な霧絵

 

どうか、俺の巣立ちが終わったら笑っていて

どうか、俺の巣立ちが終わったら名前を呼んで

俺の名前を笑って呼んで

 

愛しています、霧絵。どうか、この情けない俺の隣に居て欲しいんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始まったな」

「そうッスね」

「二人共、気を弛めないで。何が起こるか分からないから」

 

一夏君の巣立ち、それは霧絵ちゃんが彼を一人前として、自分の元から彼が離れる事を認めたという事。

本来なら、私もダリルもフォルテもあのアリーナで、彼の巣立ちを見届ける筈だった。

だけど

 

「そう言えば、二人目はどうしたよ? 絶対、ちょっかいかけてくると思ってたんだが」

「ん~、確か入院したとか何とか聞いてるッスね」

「ふ~ん、入院かぁ」

「なんでも、部屋で妙な譫言呟きながら倒れてたとか、暴れてたとか、何とか」

「なんだそりゃ?」

 

だけど、二人が言っている井村謙吾。彼が入院し、何故か彼の取り巻きの専用機持ち達も秘密裏に治療を受ける事になっていた。

関係無いだろう。私もそう思う。だけど、タイミングが良すぎるし、何か胸騒ぎがする。

だから、二人にお願いをして、一緒にアリーナの上空、何かあれば直ぐに駆け付けられる距離にて監視と警護を行っている。

何故か、何故かあの連続殺人事件の犯人が頭をよぎる。

 

あれは関係無い、関係無い筈なのに。

頭から、あの事件が離れない。

 

「お! 狐村が狐火まで出したぞ」

「おぉ~、子狐君もやるようになったッスね」

「もう、近接戦じゃ勝てねぇかもな」

「かもッスね」

 

確かに、一夏君は本当に強くなった。単純な近接戦に関しては、学園でも勝てる者は居ないと言える程に。

あの霧絵ちゃんが、舞いの中に狐火を併せている。私の時でも、使わなかったのに今は惜し気もなく使っている。

 

私も、彼の師の一人として誇らしくなってくる。

以前の状態から、よくぞここまで来たと。僅か半年足らずで、ここまで来たんだ。彼は間違いなく天才なのだろう。

 

「二人共、異常は?」

「ねぇな」

「無いッス」

 

ミステリアスレディ、ヘルハウンド、コールドブラッド、学園でもトップクラスの機体とパイロットによる3重の広域索敵、世界でも類を見ない程に豪華な警戒網ね。

でも、これでも不安を拭い切れない。

お願いします、何も起こらないで。

あの二人を、見届けて。

 

 

 

 

 

 

狐と人の刃が、幾度となく交差しぶつかり合った。

それは、勇壮で美麗な剣戟の応酬。

見る者が居れば、何が起こっているのか分からずとも、ずっと見ていたいと思える程に美しかった。

 

だが、それも終わりが近付いてきていた。

 

「舞い、狐火、化かし、どれもを越えよるか。やるようになったものぞ、教え子よ」

「まだですよ、師匠。まだまだです」

「良い、良いのぅ」

 

本当に良き子よ、よくぞここまで、狐の喉元まで刃を届かせた。

ああ……、出来る事なら、もっとこの子の成長を見ていたい、感じていたい。

だが、それは出来ぬ相談よの。

 

さあ、往こうか教え子よ。見事、この化け狐を越えて見せよ。

 

「さあ、教え子よ。いよいよ大詰めぞ?見事、狐の尾を越えて見せよ」

「はい!」

 

これが最期の尾よ、教え子よ、愛し子よ、一夏よ。

 

「教え子よ」

 

この私、九天の狐を越えて

 

「これが最後の尾、九尾ぞ?」

 

私の全てを受け継ぎ、先に、未来に歩むが良い。

私はお主との思い出を胸に、お主を見送ろう。

 

狐と人の最後の応酬、遺す者遺される者の最後の会話が、晴天にしとりしとりと降る雨の中始まり

 

「一夏!」

 

 

 

 

赤い紅い華が咲いた……

 

 


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