私は今日、お嬢様を殺した   作:ikayaki

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初めに言っておきます。今回は難しいです。弾幕で言うところのルナティックですね。
今までは皆様に解いてもらうことを意識して書きましたが、今回は如何にして皆様に解かれないようにするのかを意識して書きました。なので、解けなくてもそれは読者様の所為ではありません。殆ど私の所為です。

それともう一つ。なんと今回、ジョースター様にプロット作りを手伝っていただきました! ですので、これまでとはまた違った難易度、内容になっていると思います。この場を借りてもう一度お礼を言わせていただきます。ジョースター様、本当にありがとうございました!

ということで、謎解きスタートです。


朝日が空を照らすまで

天狗の朝は早い。

 

小鳥の囀りが日の出を知らせると同時に、天狗たちは各々の仕事を始める。別に大した理由はないのだが、早起きは三文の徳というくらいだから、まあそこそこの意味はあるのだろう。

 

クローゼットからいつもの取材服を引っ張り出す。そそくさと着替えて、机の上に山積みにされた、刷れたてほやほやの新聞を右手で掴む。それから、鏡の前でにっこりと微笑み、自分の営業スマイルを確認する。……今日もいい笑顔だわ、私。

 

扉を開けて、外に出る。まだ西の空には深い青色が残っており、東の山から差す黄色い日差しと合わさって綺麗なグラデーションを彩っていた。眼下に広がる、黄金色に染められた、幻想郷を一望する景色。見慣れた光景とはいえ、やはり少しの胸の高揚感を覚える。……なんたって、私はこの空を誰よりも速く翔る、射命丸文なのだから。

 

……漆黒の翼をバサッと大きく広げて、私は空へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眩い太陽は、既に頭上近くまで達しており、今は朝とお昼の間くらいの時刻だ。早朝には誰もいなく静寂に包まれていた人里の大通りも、今はたくさんの人々の喧騒で賑わっていた。

 

……新聞の減りが少ない。最近は異変も少なく、正直言って記事にするほどのいいネタがない。あのネタの宝庫である博麗神社でさえも、近頃は何の収穫もないのだから尚更だ。足を延ばしてみても、紅白の巫女が夏の暑さにうなだれながら、ただただお茶を啜っているだけだった。

 

朝と全く変わらない厚さの新聞の束を抱えて、人里の通りを歩いていると、不意に聞き覚えのあるラッパの甲高い音が耳に入った。よく聞くと「トーフー」と言っているようにも聞こえなくはないそれは、間違いなく豆腐屋のラッパだ。しばらくすると、ラッパの音は徐々に大きくなっていき、やがて大きな天秤棒を担いだ豆腐屋の少女が、人々の喧騒の中から姿を現した。

 

「お久しぶりですね、葵ちゃん」

 

私は業務用ではない方の笑顔を浮かべながら、少女の名を呼んだ。少女は私の声を聞いて、一瞬だけ戸惑った様子を見せ、

 

「……えっ、……ああ、えっと、文さんですね」

 

まるで初対面のようなその態度に、私は少しだけ違和感を感じた。

 

「もしや葵ちゃん、私の顔を忘れていたのですか?」

 

「いえいえ、まさかそんなことないですよ。文さんは私の大切な親友です」

 

慌てて反論する葵ちゃん。可愛い。ちょっと意地悪したくなります。

 

「あやしいですねぇ……。では、明日の約束、覚えてますか?」

 

「ええ、勿論ですよ。楽しみに待っていますからね。文さんこそ、忘れないでくださいよ?」

 

「天狗……じゃなくて、ブン屋は物忘れなんてしませんよ。ましてや親友との約束を忘れるわけがありません。

………………体の方、良くなったみたいですね」

 

私がまじめな顔をして問いかけると、葵ちゃんはにっこりと笑みを作って、

 

「はい! お蔭さまで、こうしてまた仕事ができるほどには回復しました。もう大丈夫です」

 

「そうですか。それなら、よかったです」

 

私はホッとため息を漏らす。実はというと、葵ちゃんのことが心配で、最近はろくに記事が書けなかったのだ。ネタが少ないのもあるが、新聞が売れないのはそれが原因である。

 

私と葵ちゃんはお互いに別れを言い、それぞれの仕事に戻る。本当はもっとおしゃべりしたかったけど、手にある新聞の束からしてあまり悠長に喋っている時間はない。

 

……「大丈夫」、葵ちゃんはそう言ったけど、何故だかその言葉を言った葵ちゃんの笑顔が、私にはどうしても偽りだったように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局夕方になっても、新聞の束が薄くなることはなかった。別にこれが売れないと食っていけないというわけではないが、それでも折角刷った新聞が半分以上売れ残ることは私としても避けたいものだ。

 

何か、購読者を増やす面白いネタはないかしらね……。

 

そんなことを考えながら、人里の上空を飛んでいると、茜色に染まった屋根瓦の上で日向ぼっこをしている少女が目に入った。忘れようがない、如何にも命を刈り取ってきそうなその大鎌。……死神だ。本来なら三途の川で死者の魂を運んでいるはずなのだが、またまたサボタージュしているのかしら?

 

……と、その様子を眺めていると、私の脳裏に一つのアイデアが浮かび上がった。私はその死神、小野塚小町の方へと降下する。

 

小町さんは私の姿を瞳に捉えると、大口を開けてあからさまに面倒くさそうな表情を見せてきた。その顔を写真に撮って、そっくりそのまま上司に見せつけてやりたいものだ。

 

「なんだなんだ? 天狗が死神なんかに何の用だ?」

 

「久しぶりですね、小町さん。大した用ではありませんよ。ちょっと協力してもらいたいことがありまして」

 

「…………悪い予感しかしないな」

 

「小町さんの死神の目を使って、私に明日死ぬ人間の名前を教えてくれませんか? それを新聞にのっければ、購読者が増えること間違いなしですよー」

 

前回の死人占いはなかなか不評だったが、流石に明日死ぬ人間となると話は違うはずだ。

 

小町さんは私の顔をまじまじと見つめる。それからおもむろに口を開き、

 

「そんなことをして、何の意味がある?」

 

「意味、ですか? ……ほら、流石に明日死ぬと言われれば、その人だって幾分か死なないように注意するわけですし…………、もしかしたらその人の死期が延びるかもしれないじゃないですか」

 

「お前さんは死を甘く見過ぎている。人間の死は、そんなつまらない娯楽に使っていいものではない。……それに、死は強いんだ。それこそ不老不死にでもならない限り、死神を追い払うことはできないよ」

 

「ですが……、やってみないと分からないですよ。私だって、何度か死にそうになりましたが、なんとかここまで生きてきたわけですし」

 

私がそう言うと、小町さんは諦めたように「はぁ」とため息を吐いた。それから、その緋色の瞳で私の姿を捉え、言葉を紡いだ。

 

「なら、試してみるかい?

…………明日、豆腐屋の少女が死ぬ。確か、名前は葵だったかな? まあ何でもいいさ。もしお前さんがその子の死を止めることができたら、少しは考えてあげるよ」

 

「………えっ? ……葵? そんな、まさか…………?」

 

確かに葵ちゃんは一時期、病に倒れていたが、今日見た時はあれだけ元気だったのだ。それが明日死ぬなんて、…………考えられるはずがない。

 

「その様子だと、どうやら知り合いだったみたいだな。私じゃあ何もできないが、お前さんの幸運ぐらいは祈っておいてやるよ」

 

小町さんは何も表情を変えないまま、のそのそとその場を後にした。その場に立ち尽くした私だけが、夕焼けの赤色に染められたまま屋根瓦の上に取り残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

翌日、私は夜が明けると同時に、人里の葵ちゃんの家に向かって羽ばたいた。昨日の小町さんの言葉が、私の頭の中をぐるぐると何度も渦巻く。

 

……確かに葵ちゃんは病弱だった。

 

一時期は一人で立つことができないほど衰弱し、いつ死んでもおかしくない状態だったようだ。よく双子の妹が永遠亭の兎から沢山薬を貰っていた。その薬の効果もあってか、昨日はあんなにも元気な様子だったのに………、なんで…………。

 

風を切り、空を翔ける。葵ちゃんの夢は、空を飛ぶことだ。私からすれば何の変哲もない行為だが、人間からすればそれは憧れとなって瞳に映るらしい。私も翼を持っていなかったら、そう感じていたのかもしれない。

 

……私と葵ちゃんとの約束とは、一緒に幻想郷の空を飛ぶことだ。それは葵ちゃんの夢であり、……いつしか私の夢ともなっていた。

 

人里につく。家の前では、葵ちゃんが私のことを待っていた。私の姿を見ると、葵ちゃんは両手いっぱいに手を振ってくれた。元気そうなその様子に、私は思わず安堵の息を漏らす。

 

「お待たせしました。……体調は問題ないみたいですね」

 

「はい! この通り元気ですよ」

 

そう言って、葵ちゃんは私の前でぴょんぴょんとジャンプしてみせる。首にかけてある、紅い宝石のペンダントが揺れる度にキラキラと煌めいた。綺麗に半分に欠けた宝石、外の世界から流れ込んできたものだろうか?

 

「では、早速出発しましょうか。幻想郷は広いですからね」

 

私はその場にしゃがみ込む。葵ちゃんは、最初は少しだけ戸惑いながらも、私の背中にぎゅっと捕まった。葵ちゃんの早まる胸の鼓動が、そのまま背中に伝わってくる。

 

「落ちない……、ですよね?」

 

「落っこちても拾いに行きますので、大丈夫ですよ」

 

「……それ、大丈夫じゃないです」

 

「さあ、しっかり捕まっていてくださいね」

 

私は翼を広げて、バサッバサッと大きく羽ばたかせる。すぐに地上は遠くなり、やがて人里の家屋は米粒のように小さくなった。

 

朝焼けに染められた、茜色の大空。見慣れた光景だったはずのそれは、何故だか今日はとても美しく、だけど何処か脆く今にも壊れてしまいそうに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通り幻想郷中の空を翔け回った後で、私達は再び人里の空に戻ってきた。日は既に暮れていて、夜の帳の中に青白い満月が浮かんでいる。

 

私は常に葵ちゃんの容態に注意を払っていたが、特に体調が悪くなるなどの変化はなかった。終始元気なままで、上空からの景色を、まるで夢の世界を見ているかのように、瞳をキラキラと輝かせて見つめていた。

 

不意に、葵ちゃんがポツリと呟いた。

 

「文さん、人って死んだら何処に行くのでしょうか?」

 

「…………急にどうしたのですか?」

 

「いえ、その……。少し気になっただけです」

 

私は、まさか葵ちゃんが自殺しようとしてるんじゃないかって、一瞬不安になったが、葵ちゃんの答えを聞いてそうではないと分かった。少しの間、沈黙を作ってから、質問に答える。

 

「そうですね……。三途の川を渡って、死後の世界に行くのでしょう。そこが地獄か天国かは分かりませんけどね。勿論、この世に何か未練がある場合は、幽霊になって留まることもありますけど」

 

「そうですか…………」

 

葵ちゃんが妙に悲しそうな顔を見せる。私は辛気くさくなった空気を吹き飛ばそうと、人里の上空を指差して、

 

「見てください! 花火が上がってますよ」

 

そこには、地上から打ち上げられた色とりどりの花火が、夜空の巨大なスクリーンの中でキラキラと瞬いていた。どっかーんと、大きな音を奏でながら、幾つもの盛大な花火が打ち上げられていく。一瞬の間に咲き誇っては消えていくその光景は、まさに輪廻転生の中に生きる儚き人間の命のようだった。

 

「…………綺麗」

 

葵ちゃんはポツリと、そう呟いた。

 

…………何故か、その白い肌には、一筋の冷たい涙が流れていた。まるで、花火ではなく別の何かが写っているような、その瞳で………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

私は葵ちゃんを家に帰した後、小町さんに会うために無縁塚に向かった。頭上に上がった満月が、薄っすらを、白い雲を淡い青色に染めている。

 

夏の夜だとは思えないほど、冷えた空気が辺りを漂うこの場所で、小町さんは私を待っていた。

 

「小町さん、どうやら私の勝ちみたいですね。約束は守ってもらいますよ」

 

私は得意げな様子でそう語りかけた。

 

しかし、小町さんは返事をせず、ただじっと黙っていた。……何かがおかしい。私はそう感じた。

 

やがて、小町さんが、紅色に煌めく何かを私に投げ渡した。キャッチして、手のひらを広げる。…………それは、半分に割れた紅い宝石の飾られた、ペンダントだった。

 

さっきまで沈黙を守っていた小町さんが、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。

 

「お前さんに渡せって頼まれたんだ。それと……、遺言もある。

 

 

__『ありがとう』、だってさ」

 

 

 

 

 

 

……全てを知った私は、その場に泣き崩れた。声が枯れて出なくなるまで、ずっとずっと泣き喚いた。

 

満月が沈み、再び朝日が空を照らすまで…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




物語の真相、分かりましたか?

解説は一週間後、もしくは正解者が出次第、投稿します。また、今回から、返信にて正解不正解を発表しません。徐々にヒントは出していきますが、正解の解答が出ても頑張ってはぐらかします。

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