生い茂る木の葉の隙間から漏れた光が、ガラスの窓をすり抜けて、テーブルの上を薄っすらと白く染める。私はただ、その淡い光の軌跡をぼーっと見つめていた。……退屈だ。思考が働かない。いや、正確には、頭は動くのだが、何も考えることがない。まるで脳味噌の中が空っぽになってしまったみたいだ。
「魔理沙、どうしたの? そんなつまんない顔をして」
キッチンの方からコンコンと足音を響かせてきたのは、私の親友にして同じく魔法使いである、アリス・マーガトロイドだ。私は目線を窓の方へ向けたまま、質問に答える。
「…………別に。ちょっと考え事をしていただけだぜ」
「嘘だわ」
「……なんでだよ?」
私がチラリとアリスの顔を伺うと、アリスは何故かにっこりと満足げな笑みを浮かべていた。さっきの即答といい、ちょっと気味が悪い。
「考えることなんて、ないんでしょ?」
まるで全てを見透かしているかのように、アリスがそう反問した。私は答えを返さずに、プイッと顔を背ける。別に怒っているわけではないが、アリスの思惑通りに会話が進んでいくのはいまいち気に食わない。
私のそんな態度を見てか、アリスは話題を変えるように、妙に声色を高くして、
「紅茶を入れてきたの。この前、咲夜から貰ったとっておきの茶葉よ。セカンドフラッシュだとか何とか言ってたわね」
そう言われて、私は目を向ける。確かに、アリスはトレーを持っていて、その上にはティーポットと二つのソーサー、ティーカップが乗せられていた。アリスは私の前にティーカップを置き、更にその向かいにも同じようにティーカップを並べた。
ポットを両手で持って、紅茶をそれぞれのカップの中にゆっくりと流し込む。緋色の水面からは、白い湯気が上がっていた。
アリスは私の向かいに座り、にっこりと微笑んで、
「さあ、いただきましょうか。……確かに、いい香りがするわね」
私は鼻から空気を吸い上げてみるが、特に何も匂わなかった。ティーカップのハンドルを右手で摘み、おもむろにそれを口元に近づける。……薄い。というより、まるでただのお湯のように、何も味が感じられない。本当にとっておきの茶葉を使ったのだろうか? それとも、これが最近の流行りなのか……。
「どう、美味しい?」
アリスが問いかける。私は少し戸惑ったが、すぐに「ああ、美味しい」と相槌を打った。アリスはまた満足げな笑みを浮かべる。その様子を見て、私は若干奇妙に感じながらも、ホッとため息を吐いた。これで機嫌が取れたのなら容易いものだ。
暫く紅茶を啜り合う私とアリス。半分ほど飲み切り、少し紅茶がぬるくなってきたところで、再びアリスが口を開いて話題を切り出した。
「ねえ、魔理沙は人間と人形、どっちが好き?」
あまりにも唐突な質問に、私は少しの間呆気に取られてしまった。人間と人形……比べるものがあまりにも違いすぎる。私が答えに迷っていると、アリスが言葉を継いで言った。
「人間は愚かだと思わない? 自分の利益を求めるがあまり、他人を傷つけ、憎しみ、果てには殺してしまう。博愛や自己犠牲や幸福なんて言って悟った気になってる奴も、結局は自分の自己中心的な愉悦の為に過ぎないのよ」
興奮気味に言葉を捲したてるアリス。私はその流れを塞き止めるように言葉を挟んだ。
「偽善で何が悪いんだ? アリスはまだしも、私達は所詮人間。どっかの神様のような、完璧人間……人形にはなれないぜ」
「なれるわ。人間は人形になれないけど、人形は人間になれる。正確には、何処までも人間に近づけることができる。人形だけの世界なら、誰しもが幸せになれるでしょ? だって、人形は人形を壊さないから」
アリスの完全自立型人形への狂愛とも言える執着は知っていたが、流石に度が過ぎているとしか思えない。人形だけの世界……考えただけで背筋がゾッとした。
私は飲みかけの紅茶が入ったティーカップをテーブルに残したまま、椅子から立ち上がった。アリスが目を丸くしてそんな私を見つめている。……気味が悪いくらい蒼く澄んだその瞳。陶磁のように白く生気の無い肌と合わさって、その姿はまるで本物の人形のようだった。
「……私は人間を選ぶぜ。人形がいくら人間の振りをしても所詮は人形、そこには感情もなければ愛も無いだろ?」
「………………それが貴方の答えかしら?」
アリスは死神の如く冷たい、残酷な瞳を私に向ける。自分の思い描いた答え以外を認めない、それこそ人間らしい強い意志が感じられた。
「ああ。それが私の答えだ」
私はそう言い残し、居間を後にしようとする…………、その時だ。
「…………難しいわね」
アリスは耳を澄まさないと聞こえないような細い声で、けれどはっきりとそう言った。それが何を意味するのかは私には分からない。ただ、足元からゾッと這い上がるかのような、耐え難い恐怖を感じた。
「……………………えっ?」
何かを思考する時間さえも与えられずに、私の意識は深い闇の底へと落ちていった。
◇ ◇ ◇ ◇
朧げな意識。何か状況を確かめる情報を求めるが、手足の感覚は無くなっていた。暗い部屋の中、何かの残骸のようなものが無造作に積み重ねられている、……分かることはそれだけだ。
__不意に、声が聞こえた。この部屋からではない、何処か遠くからだ。
それは、アリスの声ともう一つ、
紛れもない、自分自身の声だった…………。
どうしても5月中にもう一話上げたかったので、サッと思いついたものを書き上げました。……正直に言いますと、今回の話は中継ぎのようなものです。なので、探偵の皆様には簡単だと思います。サクッと推理してみてください。
解説は気が向いたら投稿します。また、次回はもっと難しくなります(挑戦状)。