私は今日、お嬢様を殺した   作:ikayaki

7 / 26
Limit 人形 → 人間

生い茂る木の葉の隙間から漏れた光が、ガラスの窓をすり抜けて、テーブルの上を薄っすらと白く染める。私はただ、その淡い光の軌跡をぼーっと見つめていた。……退屈だ。思考が働かない。いや、正確には、頭は動くのだが、何も考えることがない。まるで脳味噌の中が空っぽになってしまったみたいだ。

 

「魔理沙、どうしたの? そんなつまんない顔をして」

 

キッチンの方からコンコンと足音を響かせてきたのは、私の親友にして同じく魔法使いである、アリス・マーガトロイドだ。私は目線を窓の方へ向けたまま、質問に答える。

 

「…………別に。ちょっと考え事をしていただけだぜ」

 

「嘘だわ」

 

「……なんでだよ?」

 

私がチラリとアリスの顔を伺うと、アリスは何故かにっこりと満足げな笑みを浮かべていた。さっきの即答といい、ちょっと気味が悪い。

 

「考えることなんて、ないんでしょ?」

 

まるで全てを見透かしているかのように、アリスがそう反問した。私は答えを返さずに、プイッと顔を背ける。別に怒っているわけではないが、アリスの思惑通りに会話が進んでいくのはいまいち気に食わない。

 

私のそんな態度を見てか、アリスは話題を変えるように、妙に声色を高くして、

 

「紅茶を入れてきたの。この前、咲夜から貰ったとっておきの茶葉よ。セカンドフラッシュだとか何とか言ってたわね」

 

そう言われて、私は目を向ける。確かに、アリスはトレーを持っていて、その上にはティーポットと二つのソーサー、ティーカップが乗せられていた。アリスは私の前にティーカップを置き、更にその向かいにも同じようにティーカップを並べた。

 

ポットを両手で持って、紅茶をそれぞれのカップの中にゆっくりと流し込む。緋色の水面からは、白い湯気が上がっていた。

 

アリスは私の向かいに座り、にっこりと微笑んで、

 

「さあ、いただきましょうか。……確かに、いい香りがするわね」

 

私は鼻から空気を吸い上げてみるが、特に何も匂わなかった。ティーカップのハンドルを右手で摘み、おもむろにそれを口元に近づける。……薄い。というより、まるでただのお湯のように、何も味が感じられない。本当にとっておきの茶葉を使ったのだろうか? それとも、これが最近の流行りなのか……。

 

「どう、美味しい?」

 

アリスが問いかける。私は少し戸惑ったが、すぐに「ああ、美味しい」と相槌を打った。アリスはまた満足げな笑みを浮かべる。その様子を見て、私は若干奇妙に感じながらも、ホッとため息を吐いた。これで機嫌が取れたのなら容易いものだ。

 

暫く紅茶を啜り合う私とアリス。半分ほど飲み切り、少し紅茶がぬるくなってきたところで、再びアリスが口を開いて話題を切り出した。

 

「ねえ、魔理沙は人間と人形、どっちが好き?」

 

あまりにも唐突な質問に、私は少しの間呆気に取られてしまった。人間と人形……比べるものがあまりにも違いすぎる。私が答えに迷っていると、アリスが言葉を継いで言った。

 

「人間は愚かだと思わない? 自分の利益を求めるがあまり、他人を傷つけ、憎しみ、果てには殺してしまう。博愛や自己犠牲や幸福なんて言って悟った気になってる奴も、結局は自分の自己中心的な愉悦の為に過ぎないのよ」

 

興奮気味に言葉を捲したてるアリス。私はその流れを塞き止めるように言葉を挟んだ。

 

「偽善で何が悪いんだ? アリスはまだしも、私達は所詮人間。どっかの神様のような、完璧人間……人形にはなれないぜ」

 

「なれるわ。人間は人形になれないけど、人形は人間になれる。正確には、何処までも人間に近づけることができる。人形だけの世界なら、誰しもが幸せになれるでしょ? だって、人形は人形を壊さないから」

 

アリスの完全自立型人形への狂愛とも言える執着は知っていたが、流石に度が過ぎているとしか思えない。人形だけの世界……考えただけで背筋がゾッとした。

 

私は飲みかけの紅茶が入ったティーカップをテーブルに残したまま、椅子から立ち上がった。アリスが目を丸くしてそんな私を見つめている。……気味が悪いくらい蒼く澄んだその瞳。陶磁のように白く生気の無い肌と合わさって、その姿はまるで本物の人形のようだった。

 

「……私は人間を選ぶぜ。人形がいくら人間の振りをしても所詮は人形、そこには感情もなければ愛も無いだろ?」

 

「………………それが貴方の答えかしら?」

 

アリスは死神の如く冷たい、残酷な瞳を私に向ける。自分の思い描いた答え以外を認めない、それこそ人間らしい強い意志が感じられた。

 

「ああ。それが私の答えだ」

 

私はそう言い残し、居間を後にしようとする…………、その時だ。

 

 

 

「…………難しいわね」

 

 

 

アリスは耳を澄まさないと聞こえないような細い声で、けれどはっきりとそう言った。それが何を意味するのかは私には分からない。ただ、足元からゾッと這い上がるかのような、耐え難い恐怖を感じた。

 

「……………………えっ?」

 

何かを思考する時間さえも与えられずに、私の意識は深い闇の底へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

朧げな意識。何か状況を確かめる情報を求めるが、手足の感覚は無くなっていた。暗い部屋の中、何かの残骸のようなものが無造作に積み重ねられている、……分かることはそれだけだ。

 

 

 

__不意に、声が聞こえた。この部屋からではない、何処か遠くからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、アリスの声ともう一つ、

 

紛れもない、自分自身の声だった…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうしても5月中にもう一話上げたかったので、サッと思いついたものを書き上げました。……正直に言いますと、今回の話は中継ぎのようなものです。なので、探偵の皆様には簡単だと思います。サクッと推理してみてください。




解説は気が向いたら投稿します。また、次回はもっと難しくなります(挑戦状)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。