◇◇注意◇◇
・前回と文章、世界観ともに大きく異なっています。注意してください。
・『東方深秘録』の、古明地こいしのエンディングを元にした話です。未プレイの方には少し難しいかもしれません。
「ねえ、『こいしちゃん』って知ってる?」
そう問いかけてきたのは、私を見つめて悪戯っぽく笑みを浮かべる親友、
「最近ネットなんかでよく流行っている都市伝説よ。『こいしちゃん』っていう女の子が、電話をかけてくるんだって。なんでも、『今貴方の後ろ』にいるそうよ」
早口で言葉を捲し立てる茜。私は眠気がまだ覚めていなかったので、早くこの会話を終わらせようと、興奮気味の茜を宥めるように言った。
「……それ、聞いたことあるわよ。『こいしちゃん』じゃなくて、『メリーさん』じゃないの?」
私がそう問うと、茜はより一層嬉しそうな表情を作った。……どうやらこの質問も茜の予想通りだったようだ。茜はご機嫌な様子で、得意げに答えを返す。
「ふふっ、それが違うのよ。『こいしちゃん』には続きがあってね…………、」
……茜が何か喋ろうとしたその時だ。
キーンコーン、カーンコーン、と、授業開始の5分前を告げる予鈴が、唐突にその声を遮った。それを耳にして、茜は「いけない!」と慌てた表情で声を上げた。
「私、次の科目、移動教室だったわ。ゆっくりしてる場合じゃない! またね、ゆり」
私の名前を言い残して、茜は嵐のように、駆け足で教室を後にした。私は軽く手を振って走り去る親友を見送った後、気が抜けたように「はぁー」と大きな欠伸を漏らした。
……眠い。再び顔を俯けて睡眠態勢に入る。次は数学、どうせ起きていても何も分からないのだろう。
意識が深い闇へと沈む前、何故だか私の脳裏では、茜の言った『こいしちゃん』という言葉が浮かんでは消えてを繰り返していた。
◇ ◇ ◇ ◇
学校の帰り道。クラブ活動を終えて、ちょうど時刻は7時くらいだろうか? さっきまで鮮やかなオレンジ色に染まっていた空には、もうすっかり夜の帳が下りていた。青白い上弦の月が、漆黒の空から地上を見下ろしている。
「それじゃあ、また明日ね。バイバーイ」
「うん。バイバイ」
茜の家は踏切の向こう側。対して私は手前側だ。私は一緒に帰っていた茜に別れを告げて、踏切に背を向け闇の中へと歩を進める。
坂道を下り、古びた商店街……と言うよりかは、シャッター街を通り抜ける。淡い黄色の明かりを放つ電灯が、ジーンと不快な音を奏でている。虚空に響く足音はやけに鮮明に聞こえた。
慣れているとはいえ、やはり駅から自宅までの道はあまり好きじゃない。特に夜は、まるで異世界に迷い込んでいるんじゃないかって錯覚してしまうほど、その帰路は異様な雰囲気に包まれていた。ちょっとした肝試しができてしまいそうだ。
プルルルル、プルルルル。
突然、奇妙な電子音がシャッター街の中に響き渡った。私はビクッと肩を震わせる。……電話?
ポケットから携帯電話を摘まみ出す。液晶画面に映る受話器のマーク。電話がかかっているみたいだ。見たこともない番号から。
私は少しの間、その電子音が止まるのを待つ。しかし、それは一向に鳴り止まない。
徐々に不安になってきた私。意を決して通話ボタンを押した。
恐る恐る携帯電話を耳に近づけると、
「わたしはこいしちゃん」
と、幼い少女の声が聞こえてきた。足元から何か冷たいものが這い上がってくるのを感じる。全身の力が抜け、思わずその場に崩れ落ちそうになった。『こいしちゃん』って……、まさか……。
「今、貴方の
その言葉を最後に、プツリ、と、通話が切れた。
首を左右に振ってみるが、近くに誰かがいる気配はない。目に映るのは電灯の淡い光と、それを飲み込む漆黒の闇だけだ。
私は我慢できなくなって、脱兎のようにその場から駆け出した。
◇ ◇ ◇ ◇
玄関の扉を勢いよく押し開け、お母さんの待つリビングへとは向かわずに、一目散に自分の部屋に駆け込んだ。制服を着替えることもせず、そのままベッドの中に身体を沈みこませる。まだ、頭の中では、あの幼い少女の声が、何度も何度も鮮明に反覆し続けていた。私は布団に身を包み、ギュッと目を瞑る。
そうして、ようやく少し落ち着いた私は、ポケットから携帯電話を取り出し、インターネットで『こいしちゃん』について調べてみることにした。
検索すると、すぐに幾つかのサイトが候補に上がった。一番上のものをタップして開いてみる。
……そこには、『こいしちゃん』についての考案や、噂話が書かれていた。他のサイトと照らし合わせながら、内容をまとめると、
・『こいしちゃん』は幼い少女の声をしている。
・『こいしちゃん』は同じ人物に二度電話をかける。一度目は「近くにいる」と言い、二度目は「後ろにいる」と言う。
・『こいしちゃん』に電話をかけられた人物は、二度目の電話の後に殺される。『こいしちゃん』はその人物に親しい友達に憑依(?)して、殺す。
・一度目と二度目の電話には一日の間隔があり、電話をかけられた人物はその間に、『こいしちゃん』が憑依した友達を殺さなければならない。
些細な違いはあったものの、大筋としてはどれも同じ内容だった。とても信じられるような内容ではないけど、実際に私の携帯電話には、『こいしちゃん』から電話がかかってきたのだ。
机の上に置いてある目覚まし時計、その隣のカレンダーを確認する。今日は5月14日。明日の15日のメモ欄には、イチゴの乗っかったショートケーキの絵が描かれてあった。
……私はさっきの電話を悪戯電話と結論付けた。ネットで流行っている『こいしちゃん』という噂に便乗して誰かがやったのだろう。そうに違いない。
心の隅に蔓延る蟠りを感じながらも、私はその電話番号に電話をかけることができなかった。着信履歴からその番号を消すと、私は何もかもを忘れるために、ベッドの中で固く目を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇
5月15日、私はいつも通り学校に行って、退屈な授業を受けていた。昨日の電話のことはまだ忘れることはできないけど、それでもなんとか心の平静を保つことはできた。きっと、タチの悪い悪戯電話だったんだ。そう、自分自身を信じ込ませることによって……。
けれど、それでも、私の脳裏からあの少女の声が消えることはなかった。
茜の様子が変だったからだ。
いつもは嫌になる程話しかけてくるのに、今日はまだ一度も言葉を交わしていない。私から近づこうとすると、まるで何かを隠しているかのように、遠ざかってしまう。私は昨日調べた『こいしちゃん』についての情報を思い出した。
……もしかしたら、茜は『こいしちゃん』に取り憑かれてしまっているのかも…………。
憑依なんてそんなオカルトチックな話を信じたことないけど、今の現状を考えると、あまりに話が上手く出来すぎている。もしあの噂が本当だとすれば、茜は『こいしちゃん』に憑依されていて、今日私は茜に殺される……。
いいえ、これ以上はやめておこう。茜は私の友達、『こいしちゃん』ではない。
何故だか目をパッチリと開けて授業を受けている私を、数学の先生は摩訶不思議そうに見つめていた。
午後6時。クラブ活動を終えた後、友達の一人が、門扉の前で帰路に着こうとする私を呼び込めた。彼女は私に、「茜ちゃんがゆりに渡したいものがあるんだって。教室で待ってるから早く来てって、言ってたよ」と告げ、そそくさとその場を離れた。
私は暫くの間迷ったが、結局教室に向かうことにした。あんな悪戯電話に惑わされて、大切な親友を見捨てるのは馬鹿らしいと思ったからだ。もしかしたら、また茜が何か悪ふざけをしていたのかもしれないし……。
……けど、もしあの電話が本物だったら? 茜は私を待ち構えて、殺そうとしているのだろうか?
無人の廊下を歩く。窓からは、夕焼けの眩い日差しが、廊下を燃えるようなオレンジ色に染め上げていた。胸に募っていく不安を押し殺しながら、私はゆっくりと歩を進めていった。
3-1、茜の教室の番号が目に映る。
ガラガラっと、立て付けの悪い扉を開ける。茜が黒板の前で立っていた。こちらに気がついたようで、ニコッと笑みを浮かべた。
「来てくれたのね、ゆり……」
私は「ええ」と返事をして、茜に近づく。茜は両腕を後ろに回して、…………何かを私から見えないように隠していた。その笑みが、私にはだんだんと悪魔のように思えてくる。……悪魔? 友達なのに、なんで……?
「茜、なんで今日私と話してくれなかったの? まるで私を避けていたみたいに……。ねえ、もしかして、茜って…………」
私の問いを聞いても、茜は不気味な笑みを浮かべたままだ。……やっぱり、茜は……、
「『こいしちゃん』なんでしょ?」
そう問うと、茜は「……えっ?」と、大きく目を見開いた。明らかに動揺している。その顔から徐々に血の気がなくなっていくのを見て、私は確信した。
「貴方は茜に憑依して、私を殺そうとしてるんでしょ?」
「ちょっと待って、ゆり。そんなわけ…………」
茜が私に迫り来る。……その手に隠した凶器で、私を殺そうとしているんだ!
「やめてっ! 近寄らないで!」
「……え? ちょっと、……ゆり!!?」
気がつけば、私は茜を押し倒し、その華奢な身体の上に覆い被さっていた。両腕はしっかりと、茜の首元を締め付けている。茜は唖然とした表情で、そんな私を見つめていた。その顔が、私にはどうしても憎らしく思えた。だって、親友を騙して、私を殺そうとするなんて……。
「やめて…………、ゆり……。苦しいよ………………」
私の意識に残っていた最後の茜の言葉だ。
そこからは、何も覚えていなかった。ただ、茜の瞳から流れる涙が、いつまでも私の脳裏に焼き付いて離れなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
私はトイレの個室に蹲って、一人嗚咽を漏らしていた。涙を必死に押さえるこの両手には、まだ茜の柔らかい首元の感触が鮮明に残っている。……そう、殺してしまったのだ。この手で、私が、親友だった茜を…………。
ピクリとも動かなくなった茜の亡骸を見て、私は怖くなってその場から逃げ出した。まだ死体は教室に残されたままだ。誰かに見つかってしまうのも時間の問題だろう。
けど、私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない。…………仕方が無かったんだ。茜は私を殺そうとしていた。だから、私は茜を殺した。正当防衛だ。私が咎められることなんて何一つない。そうだ、悪いのは全部全部茜なんだ。茜が昨日、『こいしちゃん』の噂話なんてしなければ…………。
プルルルル。
「……えっ?」
思わず声を上げた。個室に響く、携帯電話の着信音。茜は殺したはずだ。一体、何故……?
プルルルル、プルルルル。
スカートのポケットから携帯電話を乱暴に掴み取る。受話器のマーク、それに、何処か見覚えのある電話番号。
私は通話ボタンを押す。早まる鼓動。全身の毛穴から吹き出す冷や汗。
それを耳に近づけた。
……聞こえてきたのは、昨日と全く同じ、幼い少女の声。透き通るように鮮明で、純真で、それでいて何処か残酷な、その声が言った。
「わたしはこいしちゃん。
……今、貴方の後ろにいるの」
◇ ◇ ◇ ◇
二つの結界によって、外の世界から隔離された妖怪達の楽園、幻想郷。
その地下深くに存在する地下都市、旧都。さらにその中央に聳える、忌み嫌われた者達の館、地霊殿。
館の主、古明地さとりは、薄ピンク色の癖毛をボサボサと手で掻き毟ると、口を大きく開けて、「はぁー」と長い溜息を吐いた。……また厄介事が一つ増えた。さとりにとって、外の世界のことなど別にどうだっていいのだが、流石に自分の妹が関わっているとなると話が違う。しかもあのスキマ妖怪がわざわざ地底に訪れて、警告までしてきたのだ。放ってくわけにはいかないだろう。
扉を開けると、こいしはいつもどおり携帯電話……、外の世界の通信機器を手に持って、それを弄って遊んでいた。一体そんなもの、どこで手に入れたのだろうか? 不思議で仕方ない。
「あんた、あんまりそれで遊ばないで。さっきスキマ妖怪が私のところに来て、あんたを止めるように注意してきたわ」
私がそう告げると、こいしが不満そうに頬を膨らませる。
「ええー。せっかく面白いこと思いついたところなのに……」
「それで外の世界に死人が出たの。最近はここよりも外の世界の方が、あんたの名前が有名になってるらしいわよ」
こいしはその言葉を聞いて、一瞬だけ、不思議そうに首を傾げた。それから、口角を吊り上げて、まるで悪魔のような笑みを浮かべる。どこまでも無垢で、だからこそ残酷な笑みだ。
「死人? それはおかしいわ。だって…………、
___私は
今回は前回のようなトリッキーな仕掛け、明確な犯人がいるわけではありません。物語に隠された、真実を推理してみてください。
解答は一週間後あたりに投稿します。
-追記-
感想欄はネタバレになっています。自分で考えたいという方はご注意を。