私は今日、お嬢様を殺した   作:ikayaki

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Extra Stage.

難易度はルナティックです。多分。


Who Was U.N.Owen?

 地底に舞う怨霊さながら、蝋燭の灯りは薄い闇の中でゆらゆらとその姿を震わし、長テーブルに集う少女たちの肌を橙色に照らした。特別寒さを感じるような気温ではないのだが、それでも空気を凍てつかせるような闇の深さが、少女たちの躰から温かさを搾り取る。幾度も幻想郷の冬を乗り越えてきた魔理沙でさえ、マフラーに首を忍ばせ小さく身震いするのであった。

 各々が静寂の中で目のやり場を模索していたとき、古木がしなり響く音と共に、食堂の奥の大きな扉が押し開けられた。少女たちの目線の先、そこには、六つの――つまり探索者の人数分のカップをトレイに乗せて運ぶ小悪魔の姿があった。

 

「スープをお持ちしました」

 

 小悪魔は小さく頭を下げ、テーブルにスープを並べた。水面から白い湯気が魂のように緩慢に浮かび上がり、少女たちを包んでいた闇を緩やかに溶かし始めた。

 

「これ、飲めるの?」

 

 目を細くして怪訝そうな表情を作り、霊夢は言った。その隣で今にもスープに口をつけようとしていた霊華――現博麗の巫女は、慌ててカップをテーブルの上に戻した。

 

「台所とか、長い間誰も使ってなかったのでしょ? それに、食材だって何十年前のものなのよ」

 

「大丈夫です。キッチンや食料庫はまだ時間が止められていますので」

 

 本質をはぐらかせた小悪魔の言い方に霊華だけが疑問を感じたが、その他の者は一瞬だけ目線を落とし、やがてゆっくりとスープを啜り始めた。その様子を見て安心したのか、霊華も再びカップを持ち上げ、何日も水にありつけなかった子鹿のように、ズルズルと温かい液体を喉に通した。

 

「……本当にいるのかしらね。仮に噂が本当だとしても、それってこの屋敷に住み着いた妖怪とか、そういった奴らなんじゃないの?」

 

 空になったカップを手の中で弄びながら、鈴仙はため息混じりに言った。萎れた大きな兎の耳が、眉にかかりそうな程だらりと垂れ下がっている。長い眉毛の下では、赤い月よりも紅い二つの瞳が退屈そうに瞬いていた。

 

「今更何を言ってるのですか。それを確かめに来たのでしょ、私たちは」

 

 陰湿な雰囲気が纏う他の少女たちと違い、一人溌剌とした声色で文が答えた。彼女は長い指の間でペンを器用にくるくる回し、鈴仙はその仕草が酷く目障りに見えた。

 

「でもねえ、……人の気配がしないのよ。波長ともいうべきかな。何というか、私たち以外誰もいないような」

 

 少女は薄い紫の髪を左手で撫で、ふうと小さくため息を吐いた。

 

「あ、あの……、噂って何ですか? 私、悪い妖怪を退治するとしか聞いてないのですけど」

 

 今にも掠れて消えてしまいそうな声で言ったのは、霊華だった。彼女は確かに、紅い館の噂はおろか、かつてそこに蔓延っていた妖怪たちでさえも知らなかった。

 

「紫のやつ、何の説明もなしに霊華をここに送り込んだのね」

 

 霊夢は呆れながら対面の席に目線をやったが、そこに座っている少女は未だ口を閉ざし顔を俯けていたので、仕方なく息を吸って言葉の準備をした。

 

「噂っていうのはね、ここに来た人たちがみんな、誰も生きて帰ってこない……っていうの。狂った吸血鬼に喰われて、みんな死んじゃったって。でもおかしな話じゃない? 誰も生きて帰ってこないなら、そもそも噂にならないでしょ」

 

 霊夢は冗談混じりに言ったが、霊華は酷く怖くなったようで、また躰を小刻みに震わせ始めた。

 その姿を見て気の毒に思った魔理沙は、先ほどまで固く噤んでいた口を開けた。

 

「なに、心配することはない。ここにいる奴らはみんな簡単に死ぬような奴らじゃないからな。例え噂が本当だろうが、私がそいつをやっつけてやるぜ。……いつかの、あのときみたいにな」

 

 霊華は心の奥底に蔓延る恐怖に怯えて、歯が震えて上手く言葉を出せなかったが、それでも魔理沙の言葉に大きく首を縦に振った。

 最後の一人、魔理沙がすっかり冷めてしまったスープを飲み干し、再び紅い館の陰鬱な食堂に静寂が舞い降りようとしているそのとき、霊夢ははっと何かを思い出したかのような顔を作った。

 

「そういえば、霊華。貴女、まだ知らなかったわよね?」

 

 霊夢は確認するように訊ねたが、霊華の方は自分が何を知らないのかでさえ不明確であった。ここに集った探索者でさえ、顔と名前が一致するのは霊夢と魔理沙くらいであったからだ。他には、薬屋の人と、新聞記者の人と、それから――?

 困惑して首を傾げる霊華を見て、霊夢はそれを勝手に解釈し、言葉を紡いだ。

 

「紅魔館――かつてこの館はそう呼ばれていたの。ここには幾人かの妖怪と、吸血鬼の姉妹が住んでいた。妹の名はフランドール・スカーレッド、そして、この館の主でもあった姉の名は――」

 

「レミリア・スカーレット。妹の暴走を止められず、部下を置き去りにして館から逃げ出した、愚かな吸血鬼よ」

 

 霊夢の声を退け、紅い目の少女は吐き出すように言った。

 その瞬間、息を吸うのでさえ億劫になるかのような、重苦しい静寂が少女たちの口を噤む。

 

「見捨てられた部下はみんな殺されたのよね? そのフランドールに」

 

 鈴仙は握った拳を小さく震わせながら、言葉を紡いだ。

 

「仕方なかったのです。誰も妹様を止めることはできなかった……。お嬢様は悪くないです。だから、そんな言い方をしないで!」

 

 目の縁を赤く染めて、小悪魔は掠れた声を最大限に震わせて言った。

 鈴仙は大きく見開いていた瞳を閉じ、しばらく沈黙を作ったあと、やがて息を吸って「ごめんなさい」と呟いた。

 

「……それで、生き残ったのはレミリアと小悪魔だけってこと。二人とも命からがら紅魔館から逃げ出して、館は結界によって閉鎖された。偶に物好きの妖怪や人間たちが面白がって結界を破るのだけど、誰も生きて帰ってこなかった。おっかないわね、ほんと」

 

 霊夢は微笑を加えて言ったが、隣に座っている霊華はその瞳が全く笑っていなく、曇天の下の大地のような影を宿していることに気が付いていた。

 

「私たちは、そのフランドールっていう人をやっつけるためにここに来たのですか?」

 

「……まあ、そうなるわね。けど、館に結界が張られたのはもう何十年も昔の話。まだフランドールがこの館に残っているかなんて分からないわ。何度か紫が館を調査したみたいだけど、結局誰もいなかったそうよ」

 

「もうそろそろ探索を始めませんか? 私は昔話の記事を書きにここに来たのではないですからね」

 

 眠気に襲われつつ、まだ左手でペンを握ったままの文が、退屈を噛み潰したかのような声色で言った。その対面に座っていた魔理沙も「そうだな。さっさと片付けて、夜は宴会と行こうぜ」と背伸びがてら椅子から立ち上がった。

 

「確か、二階は魔理沙、一階は文と鈴仙、そして地下は霊夢と霊華だったよね?」

 

「小悪魔はどうするんだ? お前は探索しなくていいのか」

 

「私は案内役なので。ここで皆様をお待ちしております」

 

 小悪魔は薄い笑みを唇に浮かべて、くるりと振り返りキッチンの闇に姿を溶かせて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は最初から気づいておりました。貴女が、妹様であるということに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔理沙は走っていた。

 上下に激しく揺れる肩、肺に染み込む空気、伸縮を繰り返す心臓、それらの感覚が妙にリアルで、何か恐ろしいことが起きようとしている……いや、もうすでに起こっていることに、魔理沙は気がついていた。

 下の階、一階から聞こえた、異常な音。それ以外に形容のしようがない、異質で不快で何か、肉が勢いよく弾けたかのような、音だ。

 血で染まったかのような真っ赤な絨毯を走り抜る。鮮烈な赤は酷く目障りで、感覚が麻痺しそうだ。足が絨毯の毛に埋もれ走りにくくて仕方がなかった。

 窓から刺す日光は既に紫がかった茜色に変わり、空は夜の帳が下りようとしていた。

 半回転する螺旋階段を飛ぶように降り、音の発信源らしき場所――食堂の、古びた両開きの扉を躰で押し開ける。

 金切声のような、はたまた悪魔の笑い声のような、扉の開く音。

 赤。

 目に映った色、それが赤だった。

 血だ。

 肉塊だった。

 人の形を何とか維持しつつ、しかし全く原型を留めていない、二つの肉塊が、床にあった。

 誰の屍体であるのかはもうその肉塊からは判断できないが、おそらく鈴仙と文だろう。千切れた服がそれらしかった。

 床に飛び散った内臓。

 それが二人の殺され方の悲惨さを物語っていた。

 間違いない……フランドールだ!

 

「……来るんじゃなかったな」

 

 魔理沙は一人後悔の言葉を口にした。それは死んだ二人への言葉であり、自分に対しての言葉でもあった。

 食堂の奥には、もう一つ、屍体があった。今度はそれが誰のものであるかすぐに分かった。背中に黒い悪魔の翼が生えていたからだ。

 小悪魔だった。

 三人が殺されたのだ。

 魔理沙は思考を働かせる――フランドールは二十年もの間、この館で一人狂ったまま生き続けていた。吸血鬼からすれば、二十年など刹那に過ぎないのだろうが。

 ここで鈴仙、文、小悪魔を殺し、そしてどこにいった?

 二階にはいない。

 ――地下だ。

 まずい。

 魔理沙は息を切らせつつ、しかしまた鉛のように重い足を必死に動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ。躰が鈍ってやがる。アリスの言ったとおり、もう引退しときゃよかったぜ」

 

 暗澹とした空間に、吐いた弱音が虚しく響き渡った。闇が深い方へ、闇に引き寄せられるように、魔理沙は階段を下っていく。手に握るランプの淡い光など、足元に纏う自らの影でさえ払拭することができず、ただ絶対的な闇の前では光など無力であると物語っていた。

 最奥には、扉があった。

 ボロボロに朽ち果てた、小さな扉。

 肺に送られる空気が一気に冷たくなる。

 足が震える。歯の根元が合わず、ガクガクと音がなる。

 静寂。

 何も聞こえない。

 割れ物に触れるかのように、手のひらを扉の側面に添え、そっと力を込める。

 扉を開けた。

 まただ。

 また、赤。血。肉塊。

 部屋の隅で寄り添い合うように佇む、二つの肉塊。霊夢と霊華だろう。躰の内側から破裂し、どす黒い内臓や黄色い滑りを纏った脂肪が辺りに飛び散っている。

 魔理沙は魂の抜けた息を吐き、倒れこむように壁に寄りかかった。

 そのとき、あることに気が付いた。

 屍体とロープ。

 足元に、もう一つ屍体が転がっていた。

 背中に生えるボロボロに朽ちた吸血鬼の翼。レミリアだ。彼女も、この部屋で殺されていたのだ。

 屍体の真上で、ロープが天井から垂れ下がっていた。誰かがそこに吊るされるのを待っているかのようだ。

 魔理沙はレミリアの屍体にある違和感を感じる。

 しかし、正常な思考が働かないまま、気がつけばその音に耳を澄ませていた。

 

 コツン、コツン。

 

 誰かが階段を下っている。

 ……誰だ?

 フランドールか?

 本当に、何年もこの館に潜んでいたのか。

 誰もいないはずの、この館に。

 

 魔理沙は、ある奇妙な小説を思い出した。

 孤島に集められた人間たちが、一人ずつ消えていき、最後には誰もいなくなる。

 

 正に、その小説通りではないか。

 

 もうこの館には、魔理沙の他には誰も生き残ってないはずなのに。六人の探索者は、魔理沙を残しみんな殺された。

 

 やはりフランドールなのか。

 

 音が消える。

 

 誰かが闇の中に立っている。

 

 私はランプを持ち上げた。

 

 微かな光の中で見えた、その顔は――

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、最後の一人はお前だったか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想欄への返信はおそらくしません。また、私から解答を明かしません。おそらく誰かが解いてくれます。

どうしても答えが知りたい、という方はお手数ですがメッセージをお送りください。ヒント、もしくは解答を提示します。

追記

前回の解説。実はこいしはいませんでした。以上。

感想くれた方ありがとうございました。全部しっかり読ませてもらっています。最終回詐欺ばかりですいません!

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