私は今日、お嬢様を殺した   作:ikayaki

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おまけです。

それでは、どうぞ。


楽園

私は『楽園』に住んでいる。

 

終わりなく無限に続く大空の下、青々と茂った草木、可憐に咲き誇る花々に囲まれ、私は『楽園』の中に生きている。この二本の足は、しっかりと『楽園』の大地を踏みしめている。喉から肺に運ぶ柔らかな空気、仄かに香る甘い蜜の匂い、そう、全て、紛れもなく『楽園』のものだ。

 

私は『楽園』の中で、お母さんと二人で暮らしている。私はお母さんが大好きだ。お母さんは優しいし、とっても強い。だから、誰かが私を傷つけようとしても、お母さんが私を守ってくれる。いつも、どんな時も……。

 

そう、『悪い妖精』はみんなお母さんに殺されるんだ。……本当に殺されているのかは分からないけど、肉が避ける音と、後、悲鳴が聞こえるから。

 

でも、『悪い妖精』は私をお母さんの元から連れ去ろうと、いつもその両目をギラギラと光らせている。『悪い妖精』は嫉ましく思っているんだ。『楽園』の中に住んでいる私がとっても羨ましくて、嫉ましくて、だから私を『地獄』へ引きずり込もうとしている。私は『地獄』が怖い。お母さんによると、そこには『悪い妖精』がいっぱいいて、みんな争い合っているそうだ。憎み合い、歪み合い、そして殺し合う。誰も争うことのない『楽園』とは大違いだ。

 

私は、いつまでもずっと『楽園』での日々が続けばいいのに……、と願っている。例え盲目であっても、ここには大好きなお母さんがいる。それだけで、私は幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

朝、……多分、朝のはずだ。

 

『楽園』の中心には、巨大な大木がある。すっごく大きな木で、どんな強い風、雨にもピクリともしない。雷が落ちたってへっちゃらだ。幹の中には大きな空洞があり、私達はその中にベッドやテーブルなどを置いて暮らしている。

 

「朝だよ、起きて。ヒピィ」

 

お母さんが私の背中を優しくさすった。……『ヒピィ』とは私の名前だ。本当は『ヒペリカ』って云うんだけど、お母さんは『ヒピィ』って呼んでいる。

 

「……起きてるよ、お母さん」

 

ふかふかのベッドの中で、私は小さくあくびをしながら答えた。

 

「どこか痛いところとかない? お薬ならいっぱい貰ってきたから」

 

「ありがとう。けど、大丈夫だよ」

 

お母さんの小さなため息が聞こえた。……お母さんは心配性なのだ。それでいて、何処か私よりも幼いような印象を受ける。私はそんなお母さんが大好きなんだけどね。

 

「それより、お母さん。ちょっとお腹が空いたかな。何か食べたい」

 

「……ああ、ごめんね。今何もないの。すぐに取ってくるわ」

 

お母さんがその場を離れようとしたので、私は裾を引っ張ってその足を止めた。

 

「すぐに戻ってきてね。一人は怖いから……」

 

私の声を聞いて、お母さんはそっと私の頬を撫でてくれた。温かいお母さんの指、私はその指をぎゅっと握った。

 

「大丈夫、すぐに帰ってくるわ。約束する」

 

「……約束だよ?」

 

「うん、約束。ヒピィも絶対に家の外には出ちゃダメよ。『悪い妖精』が襲ってくるかもしれないから」

 

「分かった」

 

私はそっとお母さんの指を離した。暫くして、扉の閉じる音が、部屋の中に響いた。お母さんが家を後にしたのだろう。私は再び、ベッドの中に身体を沈み込ませた。

 

 

 

……ちょうど、意識が深い闇の底に落ちかけた、その時だった。

 

 

 

足音が聞こえてきた。私は耳がいい。だから、すぐに分かった。足音が、居間の方から徐々に私のいる寝室へと近づいてきている。

 

お母さんだろうか? けど、帰ってくるには少し早過ぎる。まだ10分も経っていないからだ。……まさか、『悪い妖精』? お母さんがいなくなったのを見計らって、私を拐いに来たのだろうか?

 

徐々に速く激しくなっていく鼓動。私は息を殺し、ジッと寝室の扉の方に耳を傾けた。

 

……やがて、木の軋む嫌な音が部屋の中に木霊した。

 

「久しぶりね。ヒペリカ、だったかしら」

 

その声が、聞き覚えのある声だったので、私はそっと胸を撫で下ろした。

 

本人曰く、彼女は『良い妖精』だそうだ。それ以上は知らない。ただ、私に害を加える存在でないことは知っている。偶に、お母さんのいない時を見計らって、私に会いに来るのだ。

 

「……驚かさないでよ。『悪い妖精』が襲ってきたのかと思ったじゃない」

 

「ごめんなさい。なるべく驚かさないように忍び込んだつもりなのだけど」

 

忍び込んだのがいけないのだと思う。一度くらいは普通に部屋に入ってきて欲しいものだ。

 

ベッドが大きく上下に波打った。『良い妖精』が私の隣に座ったのだ。

 

「それで、この前の話。覚えてくれているかしら?」

 

『良い妖精』が、真剣な声色で云った。勿論覚えているけど、私はそのことについてあまり話したくはなかった。少しの間返答に迷った末、私は仕方なく口を開いた。

 

「私は外の世界なんかに興味はないよ。ここでお母さんと一緒に住んでいるだけで、私は幸せだから」

 

「ルーミアと、この閉ざされた世界の中に住んでいて?」

 

『ルーミア』とは、『良い妖精』が呼ぶお母さんの名前だ。本当にお母さんがそんな名前なのかは知らないけど。

 

「うん。お母さんは優しいから」

 

きっぱりとした私の答えを聞いて、『良い妖精』は失望したように小さなため息を吐いた。

 

「本当にそれでいいの? 外には貴方の想像のつかないような、とっても素敵なものが沢山あるわよ。色とりどりの花々に、青々と茂った草木、どこまでも終わることのない蒼い空と満天の星々。……見てみたいとは思わないかしら? 私ならそれを、貴方に見せてあげることができるわ」

 

「…………思わない。それでお母さんと会えなくなるのなら、私はそんなの見たくないよ」

 

私ははっきりとそう答えた。

 

……もう何度目だろうか。『良い妖精』はいつも私に『楽園』の外の世界の話をして、そちら側に私を引き込もうとしている。けど、その度に私は断ってきた。……本当は『良い妖精』の語る世界を見てみたいけど、私にはそれが叶わない。私自身が、一番よくそれを知っていた。

 

「そう、残念だわ。それが貴方の意思なら……仕方がないわね」

 

『良い妖精』はベッドから腰を上げた。「けど、覚えておきなさい。

 

 

貴方は、本当は…………、」

 

 

「黙って!!!」

 

 

私は叫んだ。その先に云わんとした言葉が聞こえないように……。

 

『良い妖精』は黙って去っていった。足音も残さず、何処かに消えてしまったように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

『良い妖精』が姿を消してから、暫くの時が経って、再び部屋の扉が開かれた。

 

「ただいま、ヒピィ」

 

お母さんの声だ。私はベッドから起き上がって、お母さんを迎えるため玄関に向かった。部屋の間取りは完璧に覚えている。……時どき何か硬いものが足に引っかかったけど、私は気にしないことにした。

 

「おかえり、お母さん」

 

私はお母さんの身体をぎゅっと抱擁した。何かベットリしたものが手に付いたけど、私はそれも気にしなかった。お母さんは困ったようにちょっと後退りしたけど、すぐに私の背中に手を回してくれた。

 

「どうしたの、ヒピィ? そんなに寂しかったの?」

 

「ううん。けど、お母さんが帰ってきてくれたから、それが嬉しくて」

 

「そうなの、か。ありがとう、ヒピィ。私も嬉しい」

 

お母さんはそう云ってから、手を伸ばして、私の口元に『何か』を運んだ。私はそれをパクリと口に含む。込み上げる吐き気を我慢して、私はモグモグとその『何か』を咀嚼した。

 

「どう、美味しい?」

 

お母さんが問いかけた。私はゴクリとその『何か』を喉の奥に押し込んで、「美味しい」と云った。

 

「良かった。今日はいっぱい取ってきたから、一緒に食べようね」

 

私は「うん」と云った。本当は聞きたいことがあったけど、それは聞いてはいけないことだと分かっていた。その『何か』は、本当は『悪い妖精』の……ではないの? けど、私は何も知らない。知らなくて良いのだ。

 

私とお母さんは隣同士の椅子に腰掛けた。

 

目の前のテーブルには、『何か』が沢山乗っているのだろう。お母さんが『何か』を食べやすい形に千切って、私の口元に丁寧に運んでくれた。私はそれらを残さず綺麗に平らげた。

 

幸せな時間だった。そう、信じ込んでいた。

 

 

 

 

 

____そうじゃなかったら、私もその『何か』の一欠片になるって、知っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

食事が終わり、私は再びベッドの中に横になった。

 

……夢を見た。

 

夢の中にお母さんは一度も出てこない。お母さんが夢の中に出てきたらどんなに幸せだろう、って、ずっと願っているのに……。

 

代わりに夢の中に出てくるのは、私の記憶に残っている最後の光景だ。

 

その光景が何を意味しているのかは分からない。私には記憶がないのだ。『楽園』に住む前の記憶がすっぽりと消えてなくなっている。別に思い出したいとは思わないし、思い出すことはもう手遅れだった。

 

 

 

そこには、沢山の死体があった。誰のものなのかは分からない。ただ、とても大切な人のものだったことは覚えている。

 

……それと、目の前に少女が立っていた。鮮やかな紅色のリボンを付けた、人形のようにしなやかで美しい金髪の少女だった。

 

 

 

 

 

 

____少女はにっこりと笑って、私を見ていた。悪魔のような笑みだった。

 

私にはその少女が、『悪い妖精』に見えてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実はこの話、投稿する予定はなかったのです。ただ、メモ帳に残したままなのもなんだか勿体無い気がしたので、意を決して投稿してみました。

まあ、真相は簡単ですよね。解説は気が向いたら投稿します。

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