とりあえず、Gasshow様、プロット本当にありがとうございました。上手く書けたかどうかは不安ですが、まあ私ではこれが限界です(笑)。
それでは、謎解きの時間です。ぜひ楽しんでください。
森全体を揺るがすような凄まじい雷鳴が、私の意識を深い闇の底から覚醒させた。
「__はっ!? ……………はぁ、………はぁ」
ベッドから飛び起き、自分の両手をまじまじと見つめる。朧げな視界には、いつもと変わらない自分の寝室が映っていた。私は小さく安堵の息を漏らす。
降り頻る雨の音を頼りに、私はゆっくりと、荒れた呼吸を元のペースに戻す。それから、ポツリと呟いた。
「…………夢、か」
また同じ夢。一体、あの家を出て行ってから何度目だろうか?
……いいや、夢を見ることは当然だ。それは、思い出したくもない、けれど忘れることなんて出来るはずのない記憶。私が一生背負わなくてはならない、罪の十字架だからだ。
寝巻きにびっしょりと染み込んだ脂汗。私は何とも言い難い不快感を感じた。ただ、ベッドから立ち上がって着替える程の気力はなかった。そのまま布団の中に身を沈み込ませ、再び目を閉じる。窓をガタガタと叩きつける雷雨に耳を澄ませ、徐々に意識を手放していく。
__今度こそは、お母さん、お父さんとの、幸せだった日々の夢を見ることを信じて。
例えそれが、もう二度と叶うことのない『夢』であったとしても……。
◇ ◇ ◇ ◇
「おいっ! 待て!!」
背後から聞こえる、本屋の主人の怒号。私はさっき盗んできたばかりの怪しげな大判本を胸に抱え、そのまま裏の路地に逃げ込んだ。すぐさま身を隠し、じっと息を殺す。暫くして、ドタドタと、主人のもつれた足音が聞こえてきた。
「…………くそ、どこに行きやがった? あの泥棒共め!」
誰もいない路地を見つめ、悔しそうに敗北を宣言する本屋の主人。勿論、その目の前にある汚らしいゴミ袋の中に、私達が身を潜めているなんて思いつきさえもしないで。
ぐちぐちと情けない言葉を連ねながら、本屋の主人がこの場から遠ざかっていったのを確認して、私達はゴミ袋から顔を出す。それから、肺の中を空気を入れ替えるために、「ふぅー」と長いため息を吐いた。
「流石魔理沙、何の躊躇もなくゴミ袋の中に突っ込むなんて。おかげで服がゴミ臭くてしょうがないけど」
私の隣で、爽やかな金髪を携えた少女が、その可愛らしい顔を風船のように膨らませて言った。
彼女の名前はこゆず。私の唯一の友達であり、更に泥棒仲間でもある。
「仕方がないだろ? もし捕まったらタダでは済まないぜ。何たって、これで彼此10回目ぐらいだからな」
「13回目。10回目の時は田んぼに突っ込んで泥の中に隠れたわ」
「……ああ! そう言えばそうだった。あの時は流石の私も焦ったぜ。泥から足が抜けなくなったからな」
「ふふっ。あれは面白かったわね」
会話に花を咲かせ、幼い子供のように笑い合う私とこゆず。
……これまでにも何度もこうやって、二人で沢山の物を盗んできた。怪しげな魔導書や、疑惑付きのマジックアイテム……、兎に角、いろいろな物だ。そのせいか、人里では私達二人の存在が結構有名になっていたりする。私もこゆずも人里では滅多に見ない鮮やかな金髪だったので、すぐに顔を覚えられた。今や人里で私達のことを知らない人はほとんどいない。
しかし、それでも、今まで捕まらなかったのは、私達の逃げ足が速いこともあるが、私のお父さんが「霧雨店」という大きな道具屋を経営しているからだと思う。人里の中で「霧雨店」を知らない人間はいないと言うほど、私の家は有名な道具屋で、その主人の一人娘である私にはあまり手を出しにくいというのも理由の一つだったのだろう。
人気の少ない路地を選びながら歩を進める。瓦屋根の隙間から、燃えるように赤く染まった空が私達を見下ろしていた。もうすぐ日が暮れる……、そろそろ帰らないと。
「どうしたの? そんな辛気臭い顔しちゃって」
突然、こゆずが足を止めて言った。煽るような口調だが、それでも私のことを心配しての言葉なのだろう。
「何でもないよ」
「…………ならいいんだけど。でも、……私には隠して欲しくないかな」
こゆずは一番の友達。お互いに隠し事をするような仲ではないけど……。
「……こゆずには分かんない」
私はポツリと呟いた。こゆずは私と同じく蒐集癖があり、またこゆずのお母さんも同じ趣味を持っているらしい。私のお父さんも、道具屋を商っているくらいだから、そうと言えばそうなのだけど……。
さっきの私の一言で、こゆずはあからさまに不機嫌になっていた。これまでになかった、重苦しい沈黙が私達を取り囲む。
別れ道まで無言で歩き、私はただ小さく「ごめん」と呟いた。
人里一番の大通り。昼間は沢山の人々でごった返しているこの通りも、今はからっきし誰もいなかった。日が暮れると妖怪に襲われる危険があるため、大概の人間はそうなる前に帰路につくからだ。
その大通りの一角にそびえる、一際大きな一軒家。「霧雨店」と記された看板が目に付き、私は思わずため息を吐いた。
暖簾を潜り、ガラガラっと引き扉を開ける。玄関では、お母さんが私の帰りを持っていた。
「………………ただいま」
私は弱々しくそう呟いた。勿論、お母さんの答えは「おかえり」なんかじゃない。その凍えるような冷たい目線が、私の胸を貫いていた。
「魔理沙、それ。また何処かから盗んできたの?」
「…………」
「そうなのね……。全く、あんたって子は。一体幾つになったら分かってくれるの? その年で恥ずかしくないわけ? 魔法、魔法、魔法って、そんなつまらないことしてる暇があったら、学校にでも行ってまともな事の一つくらい覚えてきなさいよ」
……つまらない。反抗するつもりはなかったけど、その言葉に、私は思わず口を開いてしまった。
「つまらなくなんかないよ。お母さんに、……私の何が分かるって言うんだよ!!」
「魔理沙……、お母さんにそんな口を利くなんて……。さては、あのこゆずって子に毒されたのね。そうよ、魔理沙がおかしくなったのも、あの子に会ったせいなのよ。とんだ厄病神だわ。魔理沙、もうあの子には会わないでちょうだい」
「毒された……? 厄病神……? やめてよ。私の友達をそんなふうに言わないで!! こゆずは、私のたった一人の友達なんだよ……?」
私の言葉を聞いて、お母さんが何か言い返そうとしたその時だ。階段から誰かが降りてくる音がした。……お父さんだろう。
お父さんは私達の顔色をまじまじと見つめた後、私の涙で潤った瞳を見つめて、
「そこまでにしておきなさい。……魔理沙、お母さんはお前のために言ってるんだ。それをそんな言葉で返すのじゃないよ。部屋に戻って、頭を冷やしてきなさい」
私はもう言い返す気力も残っていなく、階段の方にへと、黙ってその場を後にした。
階段を登り、自室の扉を乱暴に開ける。……私だけじゃなくて、こゆずにまであんな言葉を言うだなんて、絶対に許せない。けど……、私じゃあ言い返すことしかできなかった。それがどうしようもなく腹立たしくて、辛かった。
部屋の中は夥しい数の、盗んできた、もしくは拾ってきた魔法関係のもので埋め尽くされていた。日用的なものといえば、色あせたベッドとクローゼット、後使い古されてボロボロになった机だけだ。
……今日は疲れた。寝よう。
そう心に決めて、ベッドの中に飛び込もうとしたその時、一冊の魔導書が私の目に入った。机の上にポツリと置いてある……、しまい忘れたのだろうか?
私はそれをおもむろに手に取る。それは私が今まで盗んできたものの中で、一番のお気に入りだった。まだ少ししか読解することができていないため、詳しくは分からないが、本の中には幾つもの本格的な魔術が掲載されている。おそらく本物の魔法使いが書いたものだろう。
ページを捲っていると、突然、ふわっと一枚の紙が床に舞い落ちた。……どうやら、この魔導書の中に挟まれていたようだ。私はそれを拾い上げて、確認してみる。
「呪いの儀式」、そう記されていた。更に深く目を通していく。……「呪いをかけた人物には、近々不幸が訪れる」、それがこの儀式の効果らしい。
私は我を忘れて、その紙に書かれた詠唱の文を必死に読み解いた。幸い、詠唱自体はそこまで難しくはなく、儀式に必要なものも全てこの部屋の中にあった。
私は早速、儀式に取り掛かった。紙を片手に、右手で魔法陣を作り出す。勿論、お母さんのあの冷たい眼差しを頭に思い浮かべながら…………。
__それがどのような結末を生んだのか、この時はまだ知りもしないで。
私が呪いの儀式を行ってから、しばらくの日にちが経った。……特にお母さんに何か不幸が訪れたわけでもなく、結局何も変わらないままだった。強いて言うなら、お母さんとお父さんの仲が最近悪くなった気がする。……と言っても、私自身その二人にはあれから殆ど口を利いていないので、単なる気のせいなのかもしれないけど。
儀式の書いてあった紙は、何だか馬鹿らしくなってゴミ箱に捨てた。私の実力不足か、それとも儀式自体が間違っていたのかは知らない。けど、家族との喧嘩をあんな呪いで済ませようとするなんて、あの時の私は本当に馬鹿だったと思う。
いつもと変わらない青空。その下で、私はこゆずに自分の悩みを打ち明けた。まだあの時のことを根に持っている様子で、初めは口を利いてくれなかったけど、何度か謝ると次第にいつもの上機嫌なこゆずに戻ってくれた。
「家族と喧嘩ねー……。私はあんまりそういった経験がないから、ちょっと分からないかな。……って、これじゃあ魔理沙の言う通りだね」
私はその言葉を聞いて、また少し肩を落とす。こゆずが慌ててそんな私を励ましてくれた。
「冗談、冗談だってば。全く、魔理沙はすぐに落ち込むんだから。もっと気楽に生きなさいよ」
「……こゆずみたいにはなれないよ。だって、自分の親に呪いをかけようとしたんだぜ。ホント、私って馬鹿だよ」
「確かに、馬鹿だけど。けど、魔理沙は私と違って、まだやり直せるじゃない」
「…………?」
私が不思議そうな顔をすると、こゆずは少しだけ悲しげな瞳を浮かべて、言葉を紡ぎ始めた。
「ああ、言ってなかったわね。私のお父さんは、小さい時に私とお母さんを残して死んだの。もう顔も思い出せない。……だから、お母さんは今まで一人で私を育ててくれたわ」
私は黙ったまま、小さく相槌を打つ。こゆずは、……私なんかよりもずっと苦しんでいたのかもしれない。
「まあ、……その、だからさあ、家族とは話せるうちに話しておいたほうがいいよ。いなくなってからじゃ、遅いから」
こゆずはそう言って、私を置いて少しだけ前に駆け出した。……ぽた、ぽた、と、その瞳から涙が溢れていたけど、私は気づいていないふりをした。
「…………………ありがとう」
私はこゆずの小さな背中に、そう呟いた。
それは、余りにも突然の出来事だった。
その日、私はいつも通り帰路につき、家の扉を開けた。……そこには彼方此方に飛び散った鮮烈な赤色があった。吐き気を催すような、生臭い血の匂いが鼻腔を貫く。
私は一体、何が起こったのか分からなかった。
…………血? なんで? 誰の…………?
商品棚の間を通り抜けると、真っ赤な血だまりの中に、お母さんとお父さんの姿があった。今も噴水のように真っ赤な血を吹き出し続けるお母さんと、それを涙ながらに抱きしめるお父さん。
私はその場に立ち尽くした。理解できない。脳が理解することを拒んでいた。……そんな、まさか、私のせいで………………?
ああ、呪いは本物だったんだ。私は一体、なんてことを……。
目から涙が溢れ、視界が朧になっていく。悲しみ、怒り、焦り、兎に角いろいろな感情が渦巻いていき、私は意識を保つので精一杯だった。
「………………あっ」
喉から出てきた、乾いた声。
____一瞬だけ、窓の外で、こゆずの顔が見えたような気がした。私と同じ、涙に濡れた、その瞳が……。
◇ ◇ ◇ ◇
お母さんが死んだあの日、私はお父さんに家を追い出された。お父さんは、私がお母さんに呪いをかけたことを知っていたらしい。お母さんは道具屋を襲った強盗によって殺されたのだが、実際には、お父さんの言う通り私がお母さんを殺したも当然だ。私自身、自分の家に居場所を失い、お父さんに言われるがまま家を後にした。
あれから何年も経つが、お父さんとも、こゆずともまだ一度も顔を合わせていない。一体どんな顔をして会いに行けばいいのか、分からなかった。
魔法の森に降り頻る雨。暗くて冷たいこの場所こそが、私のたった一つの居場所。
私の罪が消えることはない。だから、今日もまた、あの夢を見る。
……意識が深い闇へと落ちる直前。
何故だか、こゆずの流したあの冷たい涙が、私の脳裏にぽっと浮かんで、そして幻のように消えた。
答え自体は簡単だと思います。ただ、物語の真相に辿り着けるかどうか……。
解説は正解者が現れ次第書き始めます。お楽しみに。