「アイヤーそこのおふたりサン、これ見ていくよろし」
通り沿いは屋台や露店で溢れていた。あちこちで、客引きの声の張り上げられるのが聞こえる。そんな中を並んで歩く男女二人は、商売人にとって格好のターゲットであるようだ。
「へえ、首飾り……あっ、これは結構キレイだね」
「カノジョお目が高いあるね、その青い石は――」
手作り風のアクセサリーを売る露店商に引き止められてしまった。私は少し離れたところから、彼女の耳がひょこひょこするのを眺めていた。
その時ちらりと見えてしまった、所狭しと並ぶ値札――
(……た、高い!)
観光地でもあるのだから致し方ない面はある、それにしてもぼったくりが過ぎる。私は浪費をする旅をしに来たのではない。
「もうそろそろいいだろう、人探しに戻っ」
「お気に入りならそこのカレに買ってもらうよろし、これを逃したら次はないあるよ!」
予想しうる最も最悪の展開が望めそうだ。胡散臭い笑顔を振りまく商人、私を見つめる彼女のきらきらした目を……。
「――見てはいけない!」
気づけば彼女の手をとり、走り出していた。
~
「いやあ、ごめんごめん。完全に乗せられちゃってたね」
「観光地っていうのはこういう場所なんだ、気をつけたほうがいい……それより」
「うん?」
「人探しをするんじゃなかったのか?」
彼女の瞳が少し揺らめいたのち、
「ああ、そうだった」
耳がぴょこんと立った。実に分かりやすい。
彼女は苦笑いを浮かべたが、すぐに真面目な表情になった。
私はWP技師だが、探偵ではない。そもそも人探しなどというのは専門外だし、まして手がかりがあるわけでもない。彼女の探しているその人について、少し尋ねてみる必要がありそうだ。
「ウルグラーダはテベリスの人だよ、上の名前は分からないんだけど……白髪の、老紳士って感じだった。観光で来ていたらしくてね」
彼女の出身であるパニャルはイェテザルと県境は接していないものの、ごく近くにある。そして、イェテザルに住むのは主にセベリス人だ。
「なるほど、ウルグラーダはテベリスの苗字だったのか。……まあ、それが絞れるのは大きいな」
連邦とテベリス人が交流を持って久しい。
聞いた話によれば、テベリス人とは主に3つの民族の総称であるらしい。そのうち、ケートニアーである一民族が、主にイェテザルに移住して暮らしている。ウルグラーダはケートニアーであろうか。
「いや、違うと思う。テベリス人ケートニアーは目の色が少しだけ黄色がかっているからすぐ分かるんだけど……彼の瞳はそうじゃなかったよ」
「……テベリス系デュイン人なら観光を終えてイェテザルに戻るだろうが、そうでないならWPで直帰するかもしれない。何にせよ、早く見つけないとな」
「あ、それからもう一つ」
彼女は空の一点をぼんやりと見つめている。何かを思い出そうとしているようだった。私もしばらくそれに気をとられていたが、しばらくして彼女が口を開いた。
「……レスタ。レスタって人の所に、戻るって言ってたんだ」
~
立ち止まっているとすぐに客引きに捕まってしまうので、歩きながら考えることにした。
当然だが、明らかにアロアイェーレームではない。テベリス系の名なのだろう。
あたりを見回すと、にぎわう街の中にちらほらと、黄色い目をした人が混じっているのが見える。
「それなら、テベリス人に聞くのがいいかもしれない。」
私は近くにいた女性に近づいた。彼女によれば、この黄色い瞳はテベリス人のものであるはずだ。
女性は一人きりで街を歩いていた。辺りをきょろきょろとして何かを探しているようにも見えるが、通りにある店にも目をくれない。私は意を決し、リパライン語で語りかけてみた。
「すみません。貴女はテベリス人ですか?」
「Fe?」
女性はこちらに気づくと変な声をあげ、しばらく黄色い目を泳がせていた。少しの間、何かを考えているようだった。
「……est、テベリス人です、私。リパライン、上手じゃない、あまり」
片言のリパライン語で答えてくれた。ある程度の意志の疎通は出来るだろう。
できるだけ簡単な言葉遣いをするのがいいだろう。私はできるだけはっきりした発音で、ゆっくりと尋ねた。
「貴女は、ウルグラーダという人を知っていますか?」
「ウルグラーダ……んぅ、知らない、です、wisol……」
女性は申し訳なさそうにうつむいて、セベリス交じりに謝った。
仕方ない。私が他の人をあたろうとしたとき、隣で黙っていた彼女が口を開いた。
「それじゃあ、レスタという名前は知らない?」
「レスタ、王女様……です、テベリスの、私たちの」
その名を聞いた時、女性ははっとしたように顔をあげた。隣には満面のドヤ顔をした彼女がいた。
テベリス人の国は今では民主国家であるが、かつてはいくつかの王国があったそうだ。その王家の一部は今でも残っており、民衆に親しまれているのだとか。
「王女……だとするとウルグラーダは王女の元に戻った、と?」
「じゃあ、王家に近い人かもしれないね。確かに、品のある人だったし」
「探しています、……私も。王女様が、旅行すると聞いて、会いたい、です。」
かなり重要な手がかりを見つけることができた。
この女性はイェテザル在住のセベリス人で、レスタとはテベリスの現王女なのだそうだ。どうやら王女が現在PMCFへ旅行中であるという噂を聞きつけ、ひと目見ようとやって来たらしい。
そしておそらく、ウルグラーダもそこにいるはずだ。
「それなら、私たちと一緒に探しませんか?」
「人が多いほうが効率はいいんじゃないかな?」
女性は黙ってしまった。二人からいっぺんにまくし立てられてしまったので、混乱しているのかもしれない。私としたことが、申し訳ないことをしてしまった。
そう思ったのもつかの間、女性は私達の方に向き直って、端整な表情を引きしめた。
「行きます、私、貴方達と一緒に」
「……そうか、良かった。それならこれからよろしく頼む」
「……私の、名前です……Þeplono Irugeši」
まったく耳に馴染まない響きだ。セプロノ……イルケシ?
ここに至ってようやく、名乗ることすらしていなかったことに気づいた。名乗られたからには私も名乗らなければならないだろう。
「私の名前はヴァレス・ユアフィス・フォン・ヴァイユ。それとなく覚えていてくれればそれでいい」
「それで、アタイが……って、ああっ!」
彼女が急に素っ頓狂な声をあげた。私も、セプロノと名乗った目の前の女性もびっくりしたように目を丸くしている。
「アタイのときには名乗ってくれなかったのに!」
「……ああ、すまなかった。私の名前は」
「もう良いって! ……それで、アタイがレシェール・フミーヤ・ユヤファ・フォン・レフミーユだよ。長いから適当に呼んでくれても大丈夫だけどね」
「うー、Cueget……ありがとうございます」
chyget、おそらく感謝の言葉なのだろう。どうやら、私も少しテベリスの言葉に触れてみる必要がありそうだ。
「――chugetって、ありがとうってことかな? じゃあ誰かに会ったときはなんて言うの?」
「ぬぅ、 leupurae……でしょうか?」
「lurpre! chuget! こうかな?」
……そうか、私はもっと積極的であるべきということか。
このあてのない旅のその先など、分かるわけがない。しかし今、思うことがある。
この旅は決して、
「無駄にはならない……か」
「うん? 何か言った?」
いつの間にか私は、一人事などを漏らしていたようだ。二人が不思議そうにこちらを見ている。
「……いや、何でもない。それより先を急ごう、君達には探すべき人がいるんだろう?」
――これで一つ、旅の目的ができた。
合同小説「悠久なる郷里にて」の3番打者、らいしゅです。
今回のお話にはテベリスという言葉が登場します。これは私の創作物に由来するものですので、興味がある方はぜひ調べてみてほしいと思います。
また、私の稚拙さ故にやや冗長で読みにくい物になってしまったことをお許しください。