目を開いている――つもりだがどうにも暗い。
あれからどうなったんだっけ?
青蘭さんにぶち抜かれてどこぞの馬鹿には足をぶち抜かれて視界がゼロになって……とりあえず波の音がする方に駆け込んでダイブして……
誰かに担ぎあげられた所までは覚えてるんだけどそっから先が……
そうやって考え込んでいくうちに、だんだん視界が開けていく。
これは……病院か? ただ、俺の知っている病院じゃあないようだ。
俺が知っている病院ならば、鍵をかけた所で意味がないような扉ではない。
窓もただの窓ガラスでセンサーの類が掛けられていないし、うかつに触ると電流が流れる仕掛けもない。
監視カメラもないし……ちくしょう、カメラが仕掛けられていたらその仕掛け方で自分がどこの病院に押し込まれたのかすぐ把握出来るんだが……。
「浅見さん! 大丈夫ですか!?」
明らかに血が足らなくて手足に力が入らない事を確認したあたりで、聞き覚えのある声が響いた。
「……瑛祐君?」
「そっか、ここ大阪の病院か……」
話を聞いたところ、ここは瑛祐君の知り合いがやっている病院らしい。
「その……姉さんの事、やっぱり詳しく知りたくて……それで、昔僕がいた大阪で知り合い達に聞いて廻ろうとしてた時に……」
視界の端で、瑛祐君がどこか申し訳なさそうな顔でそう言う。
そしてそれホント危ないから止めてくれ。
百歩譲ってFBIやCIAの人間に見つかるならマシなほうだけど、それが組織の人間に情報廻ったらさすがにヤバイです。
瑛祐君連れて一時失踪する必要とか出てくるんで……。
「それで、知り合いの病院に行く途中に……その、自分も良く分からないんですけど気が付いたら目の前に浅見さんが血まみれで倒れていて……」
「んー。気が付いたら?」
「はい」
あれだろうか。ひょっとしてキッドが助けてくれたんだろうか?
いやまぁ、キッドがメインとなっている事件っぽいし……
となると、今頃キッドは……誰かに化けてコナンの傍にいるんだろうなぁ。
まぁそれはいいや。普通の流れに戻ったということだし。
誰に化けているかとかはコナンに任せよう。
そもそもその前に青蘭さんどうにかしないと……
「あの……それで、浅見さん」
「ん?」
「その……貴方の目の事なんですけど」
「あぁ」
さっきからずっと、視界が妙に狭いのはまだ完全に回復していないからかと思っていた。
けどこれは――
「潰れたか」
「……はい」
あっちゃ。
「銃弾自体は、浅見さんの特殊なサングラスのおかげで直撃はしなかったようですけど……その、破片が眼球に……それに足も酷い怪我を――」
やっぱり右目はもう駄目か。
ま、しゃーなししゃーなし。鉄火場に立ってるんだからこういう事もあるわ。
命があって、しかも五体が残っているのならやっすいやっすい。
手足が残って片目があれば十分やれるんだから問題あるまい。
「足の事はともかく、眼の方はこれ……コナン達には内緒な」
怪我をした事は隠せないだろうが、さすがに片目が失明だって事は伏せておいた方がいいだろう。
いらんショックを受けかねないし……
今回は布か何か巻いて誤魔化すとしても、急いで口の硬い医者に義眼作ってもらおう。
「足も銃創で酷い事になっているってお医者さんが言ってましたけど……」
「あぁ、ダンスに水を差してくれやがった奴がいてな。ちっくしょう、どこのどいつか知らねーが文字通りぶち抜いていきやがった」
目よりも正直足をやられた事の方が痛い。
ギプスで固定されているようだけど……病院抜け出したら割っておくか。
いざって時はなんか細長くて硬い物を骨にそってぶっ刺せば歩けはすんだろ。
「ライフルの様な物で撃たれたらしいですけど……」
「あぁ。せ――
まぁ、そのおかげで青蘭さんが撃った弾の入射角が僅かにずれて頭ぱーんになる事態だけは防げたわけであって……あれ? 実はあのスナイパーってば命の恩人だったりするのか?
(ともあれ、さっさと動かないと……この流れじゃあもう一件二件くらい殺人が起こってもおかしくねぇ……)
起きたばかりでまだ確認できていないが、恐らくは事前の打ち合わせ通り夏美さんに張り付いているだろうメアリーから状況の報告が来ているハズだ。
……携帯大丈夫かな? 一応阿笠博士に水対策も含めて改造はかなりしてもらったが、いざというときにはちゃんと壊せるレベルの改造に留めてもらったし……
雨なんかの対策は万全と言えるが、なにせ海にダイブしたしなぁ……。
「じゃ、ま、とりあえず行くか」
スコーピオンなんて言う大層な名前がついた相手。
普通ならばコナンに任せる所だけど、今回は駄目だ。
今回だけは俺が相手をしなきゃいけない。
かといって、スナイプなんて手段を持っている相手にコナンや真純、平次君をぶつける訳にもいかない。
最悪メアリーなら……いやいや、あからさまにヤバい所に彼女ぶつけるわけにもいかんし……。
「い――行くってどこにですか!?」
「いやぁ、ちょっとこのままやられっぱなしって訳にもいかないからね」
それに、あの三つ巴の戦闘でいくつか気付いた事もある。
これが当たっていたら正直洒落にならない。大至急瑛海さん――怜奈さんに調べてもらわなきゃ。
(一定間隔の銃撃。ワンブレスのトップとボトムの呼吸が止まる瞬間に撃つ、訓練された狙撃手の射法……)
例のコクーンを用いたVR訓練の中で、沖矢さん――赤井さんから狙撃を教えてもらっているのは遠野さんだけではない。俺も一応知識として定期的に訓練を受けている。
(前に俺の腕ぶち抜いたカルバドスの射法と酷似していて、しかし狙いは少々不安定……だけどスナイピングは奴より……なんつーか老獪?)
どうにも人物像が安定しない。しないが――
(とりあえず、怜奈さん経由でアメリカサイドに問い合わせよう。あの狙撃方法は多分間違いない)
アメリカ合衆国海軍特殊部隊ネイビーシールズ。
その退役軍人や行方不明者を当たれば……多分、ヒットするハズだ。狙撃手の方は。
問題はやっぱり青蘭さんだ。
あの人とは俺がケリをつけるべきなんだが……
「聞いてますか浅見さん?! 今貴方は体中に穴が空いているんですよ!!?」
「いつものことじゃん」
「浅見さん!!?」
あぁ、その前に瑛祐君どうしよう……。
――トン、トン。
そんな事を考えている時に、唐突にドアがノックされた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ママ、それでボスから連絡は入った?」
コナン君と瑞紀さんが見つけ出した、エッグに隠された魔鏡。
その魔鏡を使って壁に映し出された光景が、かつての依頼人だったらしい香坂さんのおばあさんが所有していた横須賀の屋敷――というかお城だということが判明。
今こうして、船でそこに向かっている訳だ。
眠っているかもしれない、対となるエッグを狙うハイエナ達と共に。
「いや、まだだ。アンドレ=キャメルが説明した状況からみるに、おそらく海に逃げたのだろう」
「さすがにあの携帯も駄目だったか……」
「おそらくな」
ボスの行方は未だに分からない。
越水さんは、今も会社の人間を使って探しているようだがまだアンテナには引っかからないようだ。
今も同じ船に乗っているが、ふなちと一緒にパソコンや携帯でひたすら部下に指示を出したり、情報をまとめたりしている。
キャメルさんはもちろんコナン君や服部君、それに青蘭さんもそれを手伝っているようだ。
やっぱり、あの人も浅見さんの事は気になっているんだろう。
「問題は、現場の方だな」
瀬戸さんとほぼ同じタイミングで合流した沖矢さんは、ボスがスコーピオンと交戦していた現場を調べてからこっちに来ていたらしい。
その沖矢さんの調べでは、現場に多数の銃痕とライフル弾が残されていたそうだ。
「狙撃手……前にボスの腕を撃ち抜いたっていう奴かな?」
僕達にとっても逃がすわけにはいかない相手。特にママにとっては。
「カルバドス、だったか。もしそうなら、奴は未だに浅見透を付け狙っている事になるが……」
「ママはどう思うの?」
「……おそらく、違うと思う」
ママにとって、カルバドスと呼ばれていた男は一度接触するべき存在と見ているみたいだ。
奴らの情報を引き出すのと同時に、なんとか味方に引き込めないかと考えているんだろう。
奴らと――そして万が一ボスが敵になった時の味方として。
(やっぱりママは、ボスを一番警戒してるんだね………)
目の敵にしている――というわけではない。
むしろ、今まで見てきた中で一番ママとうまくやっている人間だと思う。
あのママをちょっととはいえ笑わせたり呆れさせたりする人なんて、家族以外ではあんまり記憶にない。
だというのに、ママはやっぱりボスに対して強い一線を引く。
「まぁ、そこら辺に関してはあとで考えよう。私はちょっと出かける」
「え、船の中を!? ……下手に動くと見つかるんじゃない?」
この船に入る時も、誰にも見つからないようにこっそりと入ったんだ。
陸路では城に着くのが大分遅れるという事で
「やることがあってな」
ママは服を脱いで、その下に着込んでいたボスが博士とやらに特注したという潜入用の特殊スーツの様子を確かめる。
「さっきのカメラを持っていた男の様子が妙だ」
指紋を残さず、かつ手指の動きを阻害しないよう薄い素材で作られた手袋をギュッと嵌め直し、ママはそう言う。
「カメラマンって……あぁ、映像作家の
つい先ほど、ノックされたドアを開けたらカメラを構えられていてちょっとビビったのを思い出す。
「あぁ。念のためこの船の何箇所かにこっそりと盗聴器をしかけていたのだが……あの男、なぜか先ほどからロマノフ絡みのアイテム――指輪を見せびらかしている」
多分、内密に動いて寒川さんの周りを見張るつもりなのだろう。
あるいはなにかが起こるかもしれないと。
でも――
「ママ、寒川さんの周りは止めておいた方がいいと思うよ」
「……なぜだ?」
「瀬戸さんと沖矢さんが船内を固めているから」
「……なに?」
沖矢さんはいつも通りに、瀬戸さんは――表向きはいつも通りに、だけどどこか凄味を利かせてこう言っていた。
「もう、妙な事は絶対に起こさせないって」
「滅茶苦茶気合い入ってたよ。今の瀬戸さん――迂闊に近づいたら不味いよ。多分」