『また昔のビデオを? 快斗坊ちゃま』
『その坊ちゃまはもう止めてくれよ……』
その店の店主、寺井黄之助の住居となっているスペースで、黒羽快斗は自らの父親の活動を残した映像記録を漁っていた。
そう。『怪盗キッド』ではなく、『マジシャン』としての黒羽盗一の記録を。
『ふと、親父の事が気になってさ』
『……盗一様は、マジシャンとしても立派な方でした』
再生しているテレビ画面に映っているのは多くの子供に囲まれている一人の紳士の姿だ。
彼はステージの上ではなく、観客である子供達の本当に目の前でマジックを演じていた。
『施設の子供達のためのショーか』
『えぇ。盗一様は、よくこういったチャリティー関連のお仕事を引き受けておられました』
どうやらマジックショーはもう終わり、今度は子供達に簡単な手品を教える時間となった。
子供たちが次々に、あれを教えてこれを教えてをはしゃぎたてている。
『手品師さん! あのコインが浮かぶ奴教えて!』
一人の少女がそう言うと、盗一は苦笑し、
『あれは、もう少し君達が大きくなってからだね。……ふむ、まずは簡単な――』
一瞬、盗一の言葉が途切れる。
快斗の目も、恐らくその理由だろう一人の少年へと固定される。
多くの子供がいる中、その中の一人の少年が、ポケットから取り出した500円玉を手の平に押し付け、そして親指の付け根に上手く引っかけてから手の平を窄める。
コインを扱うマジックの基本中の基本にして特に習得の難しい技術。マッスルパス。
成功すれば、手の平に置いたコインが独りでに飛び上がる様に見えるのだ。
この少年は上手くいかず、コインがパタンと倒れるだけだったが――手の動きは大体合っていた。後はタイミングと微調整で一応は成功するだろう。
恐らくは、一度見ただけでこの少年は、それを真似て見せたのだ。
まだまだ小さい手の平で。
『ほう』
画面の中の盗一も、それに気付いている。
『……そうだね。せっかくだから、助手を付けさせてもらおう。そこの坊や。君、名前は?』
そして、その少年に声をかけて呼び寄せる。
その少年は、マイペースなのか落ちついているのかよく分かっていないのかはしゃいだ様子は全く見せず、静かに名乗った。
『……浅見 透』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『止めておきなさい』
友人で、そして今では同僚でもある『自称:魔女』とのやり取りを思い出しながら。
『エッグの件からは手を引きなさい』
『……なんの事だよ』
『いいから聞きなさい。貴方、キッドとして動いたら今度はなにがどう動くか分からないわよ?』
魔女の忠告に、怪盗は耳を貸さなかった。
いや。正確には、ある程度とはいえ信じているからこそ、彼女の言うとおりにしなかった。
『お前がそう言うって事は、事務所メンバーでも大変な事になるって言うんだろ?』
『…………あの老人が、何か仕掛けてくる可能性もあるわ。だから』
『だったら――』
――だったら、尚更引けねーよ。今回のヤマからは。
キッドは、瀬戸瑞紀としての活動を通して枡山憲三を知っている。
自分達のボスへの執着も。
だから、引くわけにはいかなかった。
『もし、事務所総動員なんて事になったら、かえってあの人は前線に立とうとするだろ』
自分が自分の才能を示す場所を――本当にやりたかった事を全力でサポートしてくれた恩人で、そして一応は尊敬できる上司である。
女好きである所とか紳士なのかセクハラ親父なのか微妙な所とか駄目駄目な所も
『もうこれ以上、あの人をボロボロにはさせられねーよ。本当に死んじまう』
そう言った時の、魔女のため息が忘れられない。
(しゃーねーだろ。ホントにあの人、眼を離したら腕とか足とかポロッと取れてそうなんだから……)
あの老人――枡山憲三と対決した事件から、所長の様子が変化しているのは分かっていた。
瀬戸瑞紀として安室透に相談もしていたのだが、事務所の中で一番頼りになる常識人の安室さんですら頭を抱えていた。
『どうにも透はね……。死にたがっているわけではないと思うんだが……』
仕事の時は所長と呼び、プライベートでは透と呼ぶ安室は、男の中ではおそらくもっとも所長に近い所にいる人間だろう。
共有している秘密の数という意味では沖矢の方に軍配が上がるだろうが、安室透も伊達に事務所立ち上げから一緒にいる訳ではない。
伊達に、あの狂気と棺桶に片足突っ込んでいる男と『
比較的、あの男を御せる男なのだ。……比較的。
『焦り……いや、何かへの悪い執着のような物がある気がするんだ』
そして、これまでの活動である程度の安室の信頼を勝ち得た『瀬戸瑞紀』は、たまに彼から愚痴と言う名の雑談をよく振られていた。
(そうだ、もうあの人だけに任せちゃいけねぇ。こっから先、
その時、キッドの視界の端に赤い光がチラ付いた。
そして――銃声が鳴り響く。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さ――――っせるかぁぁぁぁあぁぁっ!!」
人影が見えた。
見覚えのある
あの闇の中でうっすら見えた奴だ。
気が付けば、車から飛び降りながら、手の平に滑り込ませた500円玉を思いっきりソイツの手の銃――正確には銃口目がけて投げつけていた。
間に合うかかどうか微妙な所だったが、どうやらギリギリのタイミングで先手を勝ち取ったようだ。
発砲する本当に直前、俺の投げたコインは狙った所に狙った速度で狙った角度でブチ当たり、射角をずらした。
少し離れた上空から、何かが空を切る音がする。落下音だ。
(エッグか? いや、そうだろうな!)
キッドの事件は基本的にお宝は必ず返ってくる。
こう言う風に複数に狙われるというパターンは知る限り初めてだが、恐らく宝は最終的に次郎吉の爺さんが守り切るか、あるいは本来の持ち主の所に帰る流れのハズだ。
前者のパターンでも後者のパターンでも、キッドがコナンに追い詰められずに一度宝を手放したって事は次の舞台があるはずだ。
(つまり、今回はとにかくコイツを撃退させればオッケー!)
「キャメルさん! エッグの回収お願いします!」
俺と一緒に蠍と思わしき黒尽くめに飛びかかろうとしているキャメルさんを制して、そう叫ぶ。
一瞬躊躇う気配が後ろからするが、即座に『了解』と言う叫びと共に気配が遠ざかっていく。
俺の相手は……コイツだ。
「あの時は焦っていて気付かなかったけど……そうか、女だったのか」
まるでスパイ映画に出てきそうな真っ黒いライダースーツ――いや、ラバースーツとでもいう物を身に付けている目の前の人影には、女性特有の膨らみがある。
サラシとかそういうので締め付けているようだが、それでも隠しきれるものではない。
伊達に何人もの女にちょっかい出しては振られ続けてきた訳ではない。
「素顔を見せて欲しい所だが……それどころじゃないよな」
武器は500円玉と六角ナットのみ。防具はサングラスのみ。撃たれる覚悟はいつも済ませている。
上空を飛んでるだろうキッドの安否も気になるが、目の前の女が物騒な物を持っている以上目を離すわけにはいかない。
泣けるぜ。
「来いよ、
銃口を示す