次からいくつか事件やって登場人物少しキープしながらフリーザ様編に入ろうと思います。
008:今後の先行き、動く影(副題:乱立する死亡フラグ)
「――ええ、貴方と少年が、爆弾を川に向かって投げたという目撃情報が多く寄せられ、噂されている工藤新一の助手とは、貴方ではないかと」
わっはぁ。さすがにあの時の人の目とかは全然気にしてなかったわ~。そんな余裕なかったし。
さぁ、どうしよう。
というかね、水無さんこわい。マジ怖い。
なんだろう、この人から越水とか江戸川に近い怖さを感じる。切れ者の気配と言えばいいのだろうか。
適当に否定しながら雑談だけして終わらせようと思っていたのだが、気が付いたらもう結構な時間喋ってしまっている。話し上手、聞き上手と言うのだろうか。
で、こっちの隙をついて核心を放り込んでくるから性質が悪い。
正直、言葉にこそしていないがいくつかの情報を取られている気がする……。
やっべぇ。なにがと言われれば全てがヤバイ……気がする。病院とはいえ庭という人が集まる所にいるわけだし、すっげぇ見られている気もする。やっぱり人目を集めているか?
「どうでしょう、水無さん。とりあえず私の――と言うのもおかしいですけど、病室に入ってお話しませんか?」
「あら、女性を部屋の中に連れ込む気ですか?」
これだよ。この人、懐に入り込むのが上手い。ふとした時の冗談で、言葉を選んでいる自分の緊張を解いて口を軽くさせる。汚いな、さすがマスコミ汚い。
「いえいえ、待たせている人がいるでしょうし……せっかくなら、御一緒にと思ったんですが……」
「…………」
「あれ? お一人でしたか?」
雑誌の記者ならともかく、アナウンサーなんだ。カメラマンとか、一緒に来たスタッフがいるんじゃないかと思ったんだが……。
「え、ええ。今日は私の個人的な興味もあって来ていたので……」
あー、なるほど。今言いづらそうにしたのも、この取材(?)がいわゆる先走りだったからかもしれないな。
「私、実は工藤君のファンでして、助手の貴方ならと思ってつい……」
「あぁ、ついでに私の事も調べたかったと」
この人はまだ話が通じそうな人だったからよかったが、このままだと強引な手段で情報を手に入れようとする奴も出るだろう。……ここで水無さんと会っておいてよかったかもしれん。越水やふなちはもちろん、爆弾捨てる所を見られていたと言うのならば江戸川に向かう好奇心をどうにか遮る必要がある。
これが原因で江戸川の動きが鈍るようなことがあれば、『本当の意味での来年』がまた遠のいてしまう。
……一計、案じておくか。
「でも、よかったです。水無さんが話しやすい方で。正直な所、マスメディアに携わる方ってもっと強引な方ばかりという偏見を持っていまして……」
「あぁ、ええ。お恥ずかしい話ですが、確かにそういう人もいます。どうしても情報を扱う人間には、早い者勝ちという意識が強くてですね」
「なるほど……。このままだとやはり私の周りの人間に強引な取材をする人間も出るでしょうか」
「……そうですね。可能性は十分にあると思います……」
よぉし、マスコミ関係者からそれ聞けりゃ十分だ。
「そこなんですよね。正直の所、私はともかく友人に迷惑がかかるのだけはどうにか避けたくて……」
ここで少し考える振りをする。まるで今、真剣に悩んでいるようにだ。そして――
「水無さん、もしよかったら報道関係者や、それに詳しい人を紹介していただけないでしょうか?」
「えぇ?」
水無さんは、ほんの少しだけ考える素振りを見せ、その後すぐに納得したように、
「――なるほど、報道関係の人間と親しくなって牽制か、もしくは強引な取材の気配を感じたら事前に教えてもらおうと? ちょっと分が悪い手じゃないかしら?」
「素人の浅知恵でも、打てる手は打っておこうと思いまして……」
限りなく本音でもある。ぶっちゃけマスコミとか報道関係の相手にどう立ち回ればいいのか分からないし、やり過ごすのにも、どこまで周りの人間に聞こうとするのかとかいった、マスコミ側のやり方やルールを知らないと対策がたてられない。
「私が、素人の浅知恵を逆手に取るとは思わなかったの?」
「貴方はしないでしょう? するにしても、それをするにはまだ早いでしょうし」
仮にも大手のアナウンサー。わざわざそんな小細工する必要があるとは思えないし、俺にそんな価値があるとも思えない。やるなら、自分がなんらかの形でもっと名前が売れてからだろうさ。
あれ? 水無さん、どうかしました? なんかじーっとこっち見て……俺、なんかまずいこと言った?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……どうだった? キール」
キール――水無怜奈が車に戻ると、中で待っていた二人組みの男のうち一人が声をかけてきた。
水無は、無言のまま運転席のドアを開けてそのまま乗り込み、
「タダ者じゃないっていうのは確かかしら。……気付かれていたかもしれないわよ、あなた達」
「へぇ……それはよかった」
「? よかったってどういうことかしら?」
怪訝な顔で、後部座席に座っている男に水無が問いかけると、男は薄笑いを浮かべながら顔の皮を剥ぎだした。いや、よく見るとそれは皮ではなく――
「仮にも、名探偵とよばれる人間の助手だもの、張り合いがなくてはつまらないでしょう?」
「……相変わらずね……ベルモット」
それはとても薄く、だがよく出来ているマスクだった。そのマスクの下から現れた白人の美女――ベルモットは、男の扮装をしていた時と変わらない薄笑いを浮かべている。
「しかし、そう……。まさか、私たちの正体までは知らないでしょうけど……」
「…………ベルモット」
助手席に座っているもう一人の男――こちらは間違いなく男だ。サングラスで顔を隠しているその男は、ベルモットの方に顔をやりながら……
「気になるのか、その男が」
呟くようにそう言う。もともと寡黙な男だ、口を開くのは珍しい。仕事の事か……惚れた女に関わること以外では、
「えぇ、気になるわ。敵になり得る人間としても……男としても、ね」
「…………」
(この女……よくもまぁ白々しい事を)
男――カルバドスがベルモットに惚れているというのは公然の秘密である。本人は気付かれていないと思っているだろうし、一部の勘の悪い連中は実際気付いていないだろうが……残念な事にベルモットはそういうタイプではない。むしろ、かなり勘がいい方だ。
(分かっていてこんな事言って……焚きつける気ね)
カルバドスもプロだ。こんな言葉で仕事を間違う様な男ではない。だが、もし決断を迫られた時――彼を害するかどうかの選択を迫られた時、彼の引き金はわずかだが軽くなったはず。
(あの子に恨みはないけど……)
今、水無の立場でどうこうすることはできない。
当面は自分が彼に付く事になるだろうが、万が一浅見 透という男が本当に『こちら』と敵対しうる人間だったのならば……その時は、
(彼の能力と……悪運に賭けるしかないわね。今は……まだ)
せめて祈ろう。ほんの気休めにしかならないが彼が平穏無事に過ごせる可能性があることを。
一人そんなことを思い浮かべながら、水無はため息とともに、エンジンをかけるのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
とある病院の個室。そこが俺に与えられた部屋だ。
備え付けてあるのは、ベッド以外にはサイドテーブルと、その上に置いてあるテレビくらいしかない。まぁ、ぶっちゃけ差し入れとかもあるから退屈しないし、どうせあと一日の検査入院なんだ。
「ねぇ江戸川。これ、どうしたらいいと思う?」
「ハ、ハハ……」
奴の眼前に、水戸のご老公が如く突き付けたのは、ふなちが買ってきた例の雑誌だ。
それを見た江戸川は、顔を引きつらせて、これまた引きつった声をあげている。
「まぁ、バレるのはしゃーないけどな。あのエクストリーム不法投棄の現場見られてたっぽいし」
この週刊誌がどうやって情報を入手したかというのは確かに気になるが、とりあえずは直接乗り込んできた日売テレビの水無玲奈をどうにかしないといけない。
「もう取材とか受けたの?」
「正式には受けてない。カメラマンもいなかったし……雰囲気からしても様子見っぽかったな。ただ、どちらにせよ接触する必要はあるだろうから、連絡先は交換しておいた」
「……その、本当にごめんなさい」
「いいっていいって、直接的な命の危険に晒されてるわけじゃないし、安い安い」
「………………」
おい、なんで黙る。なんで目をそらす。こっち見ろやオルァ。
「……江戸川?」
「いや、大丈夫。工藤新一とは音信不通ってところの矛盾さえなければ大丈夫」
なんで大丈夫を二回言った。
というか、お前この間思いっきり電話で工藤新一の名前だしとったやん(絶望)
おうこら、一方的にフラグ立てんな。え、何、思った以上にヤバいん? や、ある程度の覚悟はあるつもりだけどさ。
とりあえず俺の友達には被害がいかないようになんか策打っといてくれよ主人公。そこさえ安心できたら、できる限り全力で手伝うぞ。
もう、自分が異物だと感じながら続ける日常生活は嫌なんです。嫌なんです!
「まぁ、とりあえずの共闘体制があるってだけでよしとしよう。問題は、俺の立場をどう使うかだ」
厄介事も多い、『工藤新一の助手』という立場だが、使いようによってはかなり面白いことになるだろう。
……訂正、『使いこなせれば』、だが。
「なぁホームズ、虎の威を借る狐の気分なんだが……報道メディアへの露出を少し考えている。そっちの役に立ちそうか?」
「……どこまで読んでんだ、ワトソン君」
「……ホームズが情報を引き出す窓口を一つでも多く求めているってことくらいしか」
たぶん物語の大筋は、主人公が元の体を取り戻すのが大筋だろう。そして主人公は見た目が小学生、個人では動くに動けないという設定。で、毛利探偵が主人公に代わり……代わり……操られ? なんか黒幕っぽいな。とにかく、情報入手の窓口のために毛利という探偵を持ち上げているんだろう。
とはいえ、どうしたって窓口は一つ。今では警察にある程度顔が利くようだが、どう考えたって手数が足りないだろう。ここで使える窓が増えれば、例えばだがストーリー上間に合わなかったり、零れ落ちた事案だって救い上げることができるかもしれない。あるいは、物語が終了するまでの『年数』を大幅に短縮できる可能性だってある。
もっとも、俺は本来は探偵じゃないし、毛利探偵のように刑事の経験もないから、万が一に備えていろいろ江戸川から手ほどきを受ける必要はあるだろう。
「まぁ、それに……さっきも話題に出たけど、このままだと俺とお前の両方に余計な注目を集めることになるだろう? 両方動きにくくなるんだったら、片方に全部寄せればいい」
「……かなり負担かかってしまうよ?」
「だから?」
挑んでくるような目で聞いてくる江戸川に、俺はそう返す。
お前……こっち側の住人になってみろ。文字通り先が見えないんだぞ。マジで。打ち崩す手段っぽいのが目の前に転がってるんならとりあえず試したくもなるわ。
「まぁ、なんだ……」
利害関係は完全に一致している。具体的にどういう事件かはわからないが、絵にかいたようなヤバい奴らがいるんだろう。それも複数。だから迂闊に少年探偵は情報を出せない。けど――
「これからよろしくな、ホームズ」
俺がそういうと、江戸川は観念したようにため息をつき、そして今度は森谷を追い詰めた時と同じ不敵な笑みを浮かべて、こう返した。
「こちらこそ……ワトソン君」