平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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085:当事務所は、出張費を多めに出すのが特徴です

「よう志保、おかえり……って言っていいのか? まぁいいや、ここの様子はどう?」

 

 実質、私専用の個人研究室に唯一入ってこれる人間である浅見透が、おざなりに作った応接スペースのソファにいる。……というか、ダラけている。

 

「アナタねぇ……」

「ん?」

「例のFBIはどうしたのよ? 尾行されていたんでしょ? 私とアナタ」

「あぁ、そっちは対処した」

「対処したって……」

「出元偽装して情報撹乱を仕掛けた。今頃、俺たちどころじゃないはずだ」

「…………」

 

 思わず、頭を抱えてしまう。

 これだ。

 この男、正直な感想を言えば誰よりも頼もしいが、同時に誰よりも予想がつかなくてどう反応していいか分からなくなってしまう。

 

「偽装した先は、いくつか枝分かれした先にダミー仕込んだ上で例の組織に関連していると思われる所にしといた。上手くいけば先にFBIが奴らとやり合ってくれるかもな」

「仮に組織とFBIが戦闘になったら、アナタどうするつもり?」

「横っ面殴り飛ばして美味しいとこ持ってくつもりだけど……」

 

 それがなにか? とでも言うような表情であっさりそう言う姿は、やはりあの組織に恐れられる男なのだと改めて思い知らされる。

 

「問題はそっちよりもこっち。機密性高くしたのはいいけど、おかげで改装なんかがやりづらくなってな。問題点は見つかり次第言ってくれ。改装やら搬入を計画する時は念入りにしねーと」

「ねぇ」

「ん?」

「なんだか私、組織を抜け出した気がしなくなってきたんだけど……」

「なに言ってんだい、警察に追われる立場じゃなくて警察使う――間違えた、協力する立場なんだから」

 

 なんでこの男は逮捕されないんだろうか。

 この家に来てからある意味で最大の疑問である。

 

「で、薬の方はどう?」

「今の所、とりあえず工藤君が元に戻ったって言う例のお酒――パイカルの成分を分析している所よ。一応種類も揃えて調べさせているけど……以前のデータが消えてしまっているから、どうしても手探りになるわ」

「時間がかかる?」

「ええ」

「まぁ、分かっちゃいたけど……とりあえずレポート作製しておいてくれるか?」

 

 自分もまだ顔を見ていないのだが、私と工藤君の他にもあの薬を飲まされ、身体が縮んだ人間がいるらしい。

 できれば一目会っておきたいのだが、本人の意向もあって隠しておきたいという事だ。

 

(……まぁ、この男だから私を騙してデータをどこかに売りさばく訳ではないと思うし)

 

 胡散臭い男であるには違いないが、自分を守ろうとしてくれているのは十分以上に分かる。

 自分に対してのセキュリティの厳重さや、万が一の時の備えの豊富さを見れば一目瞭然だ。

 

(唯一不満があるとすれば、お姉ちゃんと自由に会えない事だけど)

 

 それも、姉を守るために全力を尽くしているからだというのがよく分かる。

 

(本当に……面倒な男ね)

 

 下手に覗き込んだら――引きずり込まれそうになる程に。

 

「あ、志保。さっき、ちょっと面白い茶葉買ったんだ。良かったら淹れるけどどう?」

 

 その男は、無邪気な笑みを浮かべて紅茶の茶葉が入った缶をどこからか取り出し、軽く私に振って見せる。

 やっぱり、この男だけは掴めない。

 

「えぇ、お願いするわ。アナタの事だから、お茶菓子も用意しているんでしょう?」

「もちろん。モロゾフのモンブラン」

「いただくわ」

 

 本当に、この男だけは……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 2月10日

 

 FBIの方々、本気でこっちどころじゃないみたいですね。

 まぁ、どうにも変な連中から攻撃受けてちゃそれどころじゃないよね。ごめん、それ最初の頃は俺も入っているけど、今はそれ以外なんだよ。

 

 こっちもこっちでそちらの防諜を陰ながら手伝ってるけど、数半端なくてちょっと対処しきれてないんだよ。

 というか日本にこっそり来るんならもうちょい態勢整えてくれませんかね。

 

 気になって沖矢さんと一緒に調べてみたけど、どうも枡山さんの手の人間……っぽい?

 CIAかと思ってたけど、色々辿っていくとロシアとかドイツとかなんだよなぁ、昨日は中国回線経由でカナダ。

 

 メアリーが通信網調べてくれてて助かった。そして素直に報告してくれて助かった。

 だから病院に忍び込んで志保と接触しようとした事は厳重注意だけで勘弁してやろう。ノアズアーク本当にありがとう。

 でも、俺いつ病院の方のセキュリティにまでコイツ使ってたっけ?

 

 

 2月15日

 

 例のジョディ先生とコナンがようやく顔を合わせた。

 というか、俺がセッティングした。

 やっぱり警戒されてるけど、こちら側にまったく踏み込んでこないのはどういうことだろう。

 そちらの情報どこから手に入れたかくらいは聞かれると思ったけど……。

 

 しかもやっぱり事件発生。バレンタインだから絶対何かあると思ったらやっぱりだったよ。

 蘭ちゃんの近くに張り付いててよかった。

 

 

 キャメルさんにどこまで話したか聞くのもアレだし、まぁこのままでも良いだろう。コナンがいるならば話は進むハズだ。

 

 問題はそれよりも枡山さんだ。

 CIAの動きが鈍いと思って大使館経由で大統領に問い合わせてた内容の返信がようやく来た。

 どうも、今はロシア内部の方に力を入れているらしい。

 

 例の謎の攻撃も含めて、外交問題にする前に上手い事FBIと殴り合わせようと思った計画がオジャンである。

 

 やっぱり人間、楽をしようとしたらダメか。

 

 仕方ない、俺が動こう。

 

 

 2月17日

 

 メアリーを投入、FBIが何を目的としてどう情報を集めているのか丸裸にする所から始めよう。

 

 本来は多分コナンの役なんだろうけど、止むをえまい。

 

 FBIの拠点に関してはもう目星がついている。FBIがいるという前提で探せば、あっさりと拠点になり得る場所が見つかった。

 それが病院関連なら、今の俺ならば大抵の情報は揃えられる。

 

 どうも拠点を移している真っ最中のようだが、一度足を見せたのならば追跡できる。

 FBIが俺を疑っているのならば、ある意味で真正面から堂々と探りを入れられる。

 この機会にFBI内部の膿全部炙り出しません? って沖矢さんに話したら滅茶苦茶ノリノリで協力してくれるとの答えをいただいた。

 

 どうしよう、個人的に沖矢さん――赤井さんとはここ最近特に波長が合うから、俺の切り札についても教えておこうかなとも思うんだけど……。

 メアリーと赤井さん会わせたら正直どうなるか分からねぇ。

 

 大人しそうに見えてアグレッシブなメアリーだ、赤井さんの正体に気付いたら面倒な事になりそうだ。

 だけど、能力的にスタンドプレイ特化の二人に協力体制を取らせるのも、いざって時の予備戦力というかここぞという時の切り札になってくれそうで捨てがたい。

 

 せめてジョドーさんが頷いてくれれば……。

 

 

 2月20日

 

 FBIは、どうやら病院の方を攻めるのは諦めたようだ。

 まぁ、情報が狙われていてそれどころではないのだろう。メアリーがFBIの拠点を監視している間に、他にもいくつか監視している連中を見つけたらしい。

 おかげでメアリーから、FBIへの監視任務の続行を拒否られた。まぁ、自分が見つかる可能性が増えるのならばそうだよなぁ。

 

 とはいえ、沖矢さんは現在新潟に出張中。こういう時に機転の利く初穂も同行。

 恩田先輩はとある企業の内部調査で瑞紀ちゃんと共に隠密活動中。ついさっき、海外への不正なデータ送信を止めてダミーとすり替えてきたという報告が来たから、後処理とかも含めて……多分一週間近くはかかるだろう。

 

 仕方ない、俺が見張るか。

 

 

 2月25日

 

 コナンから、FBIが俺の事を遠回しに色々聞きまわっているという話を聞いた。

 少年探偵団の面々から色々と聞いていたようだ。いい度胸である。加えて灰原哀の事も。

 

 FBIは、早くも志保に目を付けている。

 写真とかがあったかもしれないとはいえ、小学生に目を付けるにしては早すぎる気がする。

 

 物語の重要人物、あるいは流れという点でいえばあり得る話だが、それ以外に要素があるとすれば、実年齢よりもはるかに若い人間が敵にいたのかな?

 

 物語的に考えるとボス候補か、あるいはそれにもっとも近い幹部だろうけど。

 

 志保にちょっと聞いてみようか。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、さすがにこの時期は寒いねぇ」

「スキーの時期ですからねぇ」

 

 元看護婦として、そして犯罪計画を立てていた人間としての観察眼を持つ女、鳥羽初穂。

 自らの死を偽装し、所属するFBIとも距離を置いて独自の捜査を続ける男、赤井秀一。

 

 二人は、本拠となる東京を離れ、この新潟へと足を運んでいた。

 

「で、沖矢さん? 今回の依頼主ってのはどこかね」

「こちらではありませんよ。ここからレンタカーを借りてちょっと走らせる必要がありますね」

「やれやれ、田舎かい?」

「えぇ、まぁ。とはいえ、冬の時期には面白いお祭り等をやっているそうですよ」

「ふぅん……」

 

 どこまでも興味が無さそうな初穂に、沖矢は苦笑を零す。

 

「まぁ、つい先日イギリスを見て回った鳥羽さんには、少々退屈かもしれませんね」

「仕事以外の頼まれ事が多くて忙しかっただけさ。爆弾解体に誘拐事件。それ以外だと……坊やには写真とかおみやげ山ほど頼まれていたし」

「写真?」

「坊や、アンタと一緒でシャーロキアンだろ?」

「……あぁ」

 

 それで納得したのか、沖矢は額に指を当てて苦笑を続ける。

 

「所長、江戸川君のクリスマスプレゼントにホームズの初版本を買ったそうですよ」

「そりゃあ、あの坊やなら本気で大喜びしただろうさ」

「えぇ。古書店で見つけた時にこれしかないと思ったそうで……実際コナン君、珍しく年相応にはしゃいでいましたよ」

「――兄弟みたいだねぇ、あの二人は」

 

 先日、ゲームが苦手だという少年の特訓に嬉々として付き合っていた自分達のボスの姿を思い出して、鳥羽はこめかみを指で押さえた。

 実際の所、鳥羽の脳裏をよぎったのは自分の殺人計画に入っていた姉の顔だったりするが……。

 

「ま、いいさ。で、どこに行くんだっけ? 昔の交通事故を調べ直すっていう依頼内容は覚えてるけどさ」

「えぇ、山の中なのでスキーや温泉、トレッキングなどのレジャーには事欠かない村だそうです。名前は、えぇと――」

 

 

 

 

 

 

「――北ノ沢村、でしたね」

 

 

 


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