平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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007:時計の針が止まる時。(副題:心がやすりで削られていくその前日)

 シンメトリー。完全な左右対称を美とする英国の古風建築用法のひとつ。

 まさにそれを体現したような庭、そして玄関をくぐり抜ける。

 玄関を抜け、扉を開け、廊下をまっすぐ歩き応接間へ、そこには――

 

「ようこそ、刑事さん。それに――久しぶりだね。浅見君――」

「えぇ、お久しぶりです。――森谷教授」

 

 糞野郎がソファにふんぞり返って、待ち構えてやがる。

 英国紳士が客を座って招き入れるのはマナー違反だろ? あぁ、客ではなく敵だと。大正解だよ糞野郎。

 

「警察の方々も、さ、どうぞ腰をかけてください。それで、話があるという事でしたが?」

「え、ええ……」

 

 目暮警部が対面のソファに腰をかけ、「実はですね――」と切り出して始める。

 

「おや、どうしたのかね浅見君。くつろいでくれて構わないんだよ?」

「えぇ……お言葉に甘えて」

 

 江戸川頼むぞ、こいつのにやけヅラに泥――いや、汚物塗りたくる勢いでけなしてくれ。

 時間はなんとか稼いでみるさ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 いくらなんでも、早すぎたかな。

 とはいえ、久しぶりに――本当に久しぶりに幼馴染に会うのだ、少し気持ちが浮ついているのも仕方ない。

 友人の園子と別れてから、米花シティビル内のカフェでもう一度時間を潰している。

 9時を過ぎたら映画館の前に行こう。映画を見て、日が変わって……そしたら、アイツに誕生日を思い出させてやろう。

 

――あれ? なんか、騒がしい?

 

 辺りを見回すと、急にパトカーが何台も止まりだした。

 なにがあったんだろう? もっとよく見てみよう。そう思って立ち上がってみると、ちょうどパトカーから、私服姿の誰かが降りてくる所だった。

 あれ? どこかで見たような……

 

「いたっ! 蘭さん!」

 

 パンツルックのボーイッシュな格好にセミロングの髪、最近知り合った大学生の

 

「な、七槻さん? どうしてここに?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なるほど……確かに、全て私が設計したものですな」

「えぇ、森谷教授。何か、心当たりはありませんか?」

「さぁ……心当たりと言っても。特にありませんなぁ……」

 

 相も変わらず胡散臭い笑みを浮かべたまま、森谷教授は目暮警部と応対をしている。

 

「しかし恨みというなら、例の工藤君はどうしたのでしょう?」

「工藤君……ですか?」

「えぇ、先ほど聞いた話では、事の始まりは工藤新一君への挑戦から始まったとか……。ならば、私の恨みもそうですが、彼の周囲――過去の事件などを調べた方がよろしいのでは?」

 

 白々しい顔しやがって……。

 事件の詳細を聞いた時から感じていたが、犯人――もうほとんど確信しているが、目の前にいる男はヒントを出すのが大好きな男だ。もちろん、親切心からではないだろう。

 想像以外の何物でもないが、二番目の爆弾しかり、その次の予告電話の時もそうだったが、あのヒントを出す癖はあの男の中にある無意識な防衛反応の表れではないかと思う。

 ヒントを出すという行為は、言い方を変えればハンデをやるという事、つまりは自分の方が立場は上だと言うアピールと言えなくもないだろうか。そして同時にヒントがあるから解けたのだという逃げ道の作成なのではないか。

 まぁ、こういうタイプは追いつめられた時はやっかいなのだが……。常に追いつめられた時の事も思考のどこかで考えているはず。

 

つまり、隠し札は必ずあると見ていい。それも、恐らく二つ以上。

 

 この考えは江戸川にも伝えてある。彼も彼で、盗まれたオクトーゲンの量からまだどこかに仕掛けられている可能性は十分以上にあると推理していた。

 

「えぇ、もちろん私の相棒――工藤新一が関わった事件に関しては、知人に頼んで洗い直してもらっています」

 

 ウソです。すでに見切りをつけて全部片付けちゃいました。

 これが『物語』の世界であるという仮定の下での当てずっぽうだが――今回の事件は今日中に終わるものと考えている。

 なにせ明日が工藤新一の誕生日。そんじょそこらにありふれた誰かの誕生日じゃない。主人公の誕生日だ。おまけに普通で考えたら、今は絶対に会えない二人――いや、実際には毎日会っている訳だが――まぁ、その二人がオールナイトの映画の約束をしている。この時点で、いわゆるイベントフラグは全部立っているといっていい。

 これだけならば恋愛方面のハートフルストーリーのフラグだが、ふなちと越水に調べさせた所その映画館がある米花シティビル。ここ、森谷帝二の設計したビルである。

 

 爆発するね。どう考えても爆発するわ。役満どころの話じゃねぇ。

 

 ヒロインと思わしき蘭さんがそこにいるのにこれでピンチにならないとか……フラグ全無視? 読者がブチ切れるわ!!

 

 以上の理由で適当な理由をつけて越水たち経由で警察にはもう動いてもらっている。先ほど、目暮警部にも確認したが、爆発物処理班も念のため動いてもらっているらしい。遠隔で爆破される可能性もあるので、最低限の人員以外には口止めもしているらしいし、大丈夫だろう。

 

「ほう、君の知人……あの二人のお嬢さんかね?」

「さぁ? 探偵という生き物は隠し札をいくつも持っている者なんですよ。工藤君が、このギリギリまで自分を隠していたように」

「ほう…………」

 

 互いに腹を探り合う。どこまで気が付いているのか、気が付いていないのか。ただ嫌悪しているだけか、確信を持ってここにいるのか。

 

(越水からも連絡はないし、江戸川からもまだ……。やっぱりないのか、証拠は……)

 

 そうとなれば、仕掛けるタイミングは必ず来る。

 そっと、自分の服の襟の裏に付いている小型スピーカーを静かに撫でる。

 

 こっちはいつでもいいぞ、――ホームズ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 目暮から見て、浅見 透という青年はやはり変わった男に見える。

 今も頭に包帯を巻き、身体の所々に擦り傷や打身を手当てした後が垣間見える。正直に言えば痛々しい。弱弱しい。だが、そんな外見とは裏腹に、その目は爛々と輝いている。

 目暮は、この目をよく知っていた。懐かしさすら覚える目だ。

 

(ぱっと見は似とらんのに、こういう時は本当に彼にそっくりだ――)

 

 今、浅見は森谷教授と話している。恨みを買う心当たりについてだが、思いつく人物に心当たりはないと言う森谷教授に、彼は「そうですか……」と納得した様子を示した後、話を変えて雑談を始めている。雑談の中から探るつもりなのだろうか?

 

(彼や越水君の言うとおり、爆弾は見つかったからとりあえずは一安心か)

 

 浅見と共に捜査をしている女子大生の探偵――越水七槻が、浅見が不審に思った点を元に意見をまとめ上げ、次に爆弾が仕掛けられているだろう建物を特定してくれた。民間人の避難も終わり、爆弾を発見したと言う情報もついさっき入ってきた。今頃は処理班による作業が始まっているだろう。

 

(浅見君と越水君の意見が正しければ、爆弾の設置個所もすぐに分かるはずだが……)

 

 二人の意見で共通しているのはもう一つ。相手は建築や設計に関係の深い人物である可能性が高いということだ。

 まぁ、分からない意見ではない。森谷教授の作品と言える場所が連続して狙われているのだから、相手もまたそういった関係者である可能性は十二分にある。そのため、タワーを破壊するのにもっとも最適な箇所に設置されているだろうというのは分からんでもない。

 気になるのは、その後に浅見が口にした追加注文だ。

 

(映画館と、その周りの階層は徹底的に洗ってくれとは、一体どういう事なんだ?)

 

 内心首をひねる目暮をよそに、浅見は話題を変えて会話を続けている。

 

(そもそも、例の建物――米花シティビルの爆弾に関しては森谷教授に伏せておいてくれだとか……)

 

 こういう、ギリギリまで何も言わず、我々が結論を出しかけた時に限ってちゃぶ台をひっくり返すが如く口を開くのが、工藤や毛利の様な探偵という人種だ。少なくとも、目暮の周りにいる探偵は。

 そして浅見 透――本人は探偵ではなく助手だと言ってはいるが、この浅見という男もそうではないか。なにせ、頼りにはなるが最も目暮をヤキモキさせる、あの『工藤新一』の助手なのだから。

 

「――さて、長々とお話をしてしまって申し訳ありません、森谷教授」

「いやいや、パーティーの時にも話したが才能を感じる若者との会話ほど面白い事はない。次は是非、工藤君も交えて話をしたいものだ」

 

 森谷教授が残念そうにそう言うと、浅見君は軽く耳を押さえ、そして軽くため息を吐いた。よく見ると、その耳にはイヤホンの様なものが付いている。

 

「工藤君ですか。……残念ですが、それは難しいですね」

「ふむ? それはまたどうして?」

「それはもちろん――」

 

 その瞬間、目暮にも分かった。雰囲気が――変わった。

 

 

「あなたがここで、『私達』に敗北するからですよ、森谷教授……いや、連続爆弾魔――森谷帝二」

 

 やっぱり、彼と同じだ。

 この、犯人を追いつめる時の顔、目つき、そして自信に満ち溢れた声。

 本当によく似ている。

 

「ほう……」

 

 一方で、森谷教授の雰囲気も一変した。先ほどまでの紳士然とした雰囲気は消え、どこか不敵な様子でパイプに火をつけた。

 

「えぇ、最初は私も目暮警部達と同じ考えでした。この事件は貴方に恨みを持つ者の犯行だと――」

「だが、そうではないと君は言うわけだ。なるほどなるほど……」

 

 自分が犯人だと言われているのに、教授はまったく余裕を崩さない。

 それは予想済みなのか、あるいは、実は内心癇に障っているのか、浅見は口を開く。

 

「余裕ですね、森谷教授」

「いやいや、これでも私は焦っているのだよ? 君が優秀な人間であるというのはよく知っているからねぇ」

 

 さて、と教授は切り出す。

 

「聞かせてもらおうじゃないか、名探偵君。なぜ、私が犯人なのか……ね」

「……私は、探偵ではなく助手なのですが……」

 

 浅見は、そこで軽く咳払いをし、

 

『そう、森谷教授。なぜ貴方が工藤新一に挑戦し、かつ自らの作品を破壊しようとしたのか。それは――貴方が完璧主義者だからです』

「あ、浅見君。それが一体どう関係するのかね……っ!?」

『事の発端はいつなのかは分かりません。ですが、もっとも大きな理由としては、西多摩市前市長――岡本氏の逮捕の時から、貴方は工藤新一を憎んでいた。違いますか?』

 

 思わず声を挟んでしまうが、二人とも自分の事など目に入っていないかのように互いの目をそらさない。

 

『調べるのに苦労しましたよ。工藤新一とのつながりを持つ人間は多い。恨む人間も当然。今回の事件で一番引っかかったのは、あの児童公園の近辺で一度爆弾が止まった事でした。犯人はなぜ爆破をわざわざ止めたのか。その理由こそが、犯人の動機につながると……』

「なるほど、確かにあそこは――」

『えぇ、西多摩市の再開発計画……設計担当は貴方でしたね? 都市開発計画ともなれば、長い時間を費やしたでしょう。その計画が立ち消えになった。……工藤新一が、計画を主導していた岡本市長の犯罪を暴いたからです』

 

 そうか、工藤君が解決した偽装事件か!

 

「ほう……。よく調べ上げたね、さすがは工藤新一の助手だ」

『……貴方が長い時間をかけて組み立てた都市計画は、あの事件で白紙になってしまった』

「…………」

『そして、爆破しようとした米花駅、あの東都環状線の石橋、放火の被害があった屋敷の数々。全て貴方が建てた建物です……。今となっては――いや、ひょっとしたら当時からかもしれませんが……貴方にとって不本意な建築物だった。そうですね?』

「……君にはギャラリーを見せていたから、ね」

『全ての建築物を、建築に造詣の深い白鳥刑事に調べてもらいました。被害にあった建築物の全ては、貴方がもっとも美しいとする完全なシンメトリーではないと』

「それで、それが許せずに自分の作品を潰して廻ったと? ふっふっ、まるで、自分の作品を気に入らずに割ってしまうという、ステレオタイプの陶芸家のようだね」

『貴方はガーデンパーティで言っていたじゃないですか。……建築家は、自分の作品に責任を持たなければならない、と』

 

 森谷教授は、完全に纏う雰囲気を変えていた。

 彼は懐から、やけに大きく、派手な装飾のライターを取り出した。パイプにまた火をつけるのかと思ったがそうせず、ただ手の中でいじっているだけだ。

 

『そう、犯人は高いプライドを持ち、かつ証拠を残さない慎重さを持っている。――そして、いちいちヒントを付け加える大胆さも』

「ほう、証拠を残さないのならば捕まえるのは難しいのではないかね?」

『いいえ、そうでもないんですよ。慎重な犯人は、常に確実性を求めます。そうなると、証拠をどのように処分するかも想像しやすいんですよ。例えば――変装などに使った道具を一体どう処分するか、なんてね?』

「なに?」

 

 ここで初めて、教授は眉をひそめた。

 そして、ほとんど同じタイミングで、いつの間にか姿を消していたコナン君が、両手に何かを持って飛び出してきた。

 

「透にーちゃん! 言われた通りの場所を探ったらこれが出て来たよっ!」

 

 それは、サングラスに付けひげ、それにぼろ布……いや、あれはかつらか?

 

「ば、馬鹿なっ! それは金庫に――」

「へぇ……金庫に、ねぇ……」

「――っ! 小僧共……貴様らっ!!」

 

 もはや教授に、先ほどまでの余裕は残されていなかった。

 逆に、浅見くんは緊張を解いたように、肩の力を抜いている。タバコか何かを取り出そうと言うのか、ジャケットの内側を探りながら――

 

「そう、貴方は完璧主義者にして慎重な性格。単純にゴミに出すハズがない。となると、絶対に俺たちが手を出せず、かつ貴方の近くに置いているだろうと思ってましたよ」

「それに、僕の友達がラジコンを渡してきたおじさんから、甘い匂いがしたって言ってたのもやっと分かったよ――あれって、パイプの臭いだったんだね!」

 

 教授は、今まさに手にしているパイプに目をやり、憎々しげにコナン君を睨みつける。

 もう、間違いない。情けない事だが……自分がする仕事は最後の仕上げだけだ。

 

「森谷教授、署まで御同行――」

「動くな!!」

 

 がたっ!

 ソファや机を倒さんばかりの勢いで教授が立ち上がった。その右手にあるのは、先ほどいじっていたライターだ。

 

「動くとスイッチを押すぞ! この屋敷に仕掛けた爆弾のなっ!」

「ば、爆弾!?」

 

 まだ残っていたのか!

 反射的に立ち上がっていたが、足が止まってしまう。

 とっさに口から「落ちつきなさい!」といういつもの言葉が出そうになるが、

 

 

―――バキンっ!!

 

「ぐあっ!!!」

 

 その時突然、森谷教授の持っているライター……起爆装置が吹き飛び、教授は思わずといった様子で右手を押さえる。

 何が起こった!?

 咄嗟に辺りを見回すと、そこには、何かを突き出すように右手を前に上げている浅見君と、それを唖然と見上げているコナン君がいた。

 それと同時に、チャリンッという音がする。机の上を見てみると――

 

「これは……鍵?」

 

 そこに落ちたのは、何の変哲もない民家の鍵だ。

 まさか……これを投げつけて起爆装置を吹き飛ばしたと言うのか?

 

「……身に付けた技術って、どこで役に立つかわかんねぇもんだな……」

 

 平然と、素に戻っている浅見君は右手を握ったり開いたりしてから鍵を拾い、そして森谷教授に不敵な笑みを浮かべる。

 

「チェックメイトです、森谷教授。米花シティビルの爆弾もすでに発見しています。恐らく、そろそろ処理が終わる頃じゃないでしょうか」

 

 浅見君がそう言った後に、私の携帯電話が鳴り始める。ディスプレイに映っているのは……白鳥君。無事だったか。

 

「貴様……っ……なぜ、ビルに爆弾を設置していると分かった!」

 

 森谷教授の言葉に、浅見君は苦笑し、少し経ってから口を開いた。

 

「繰り返すようですが、貴方は完璧主義者だ。その貴方が、一応は恨みを持つ工藤新一に挑戦状を送りつけたとはいえ……。前回のパーティーの時も欠席した彼だ。万が一を考えたんじゃないですか? だから、思ったんです。工藤新一と確実に対決するには、彼が確実に行く場所――あの日、蘭さんが話していた彼との約束の場所。米花シティビルの映画館に仕掛けるしかないんじゃないか、と。調べたら、あのビルも貴方の設計でしたしね」

 

 違いますか? 教授?

 

 目でそう語る浅見君に対し、教授はついに崩れ落ち、その場に膝をついてしまった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 5月5日

 

 どうにか全部終わった。

 江戸川の推理を聞きながらただドヤ顔浮かべて口パクしてただけだが、どうにかなってなによりだ……。いやマジで。

 森谷教授はあの後、全ての犯行を認めて目暮警部に逮捕された。

 米花シティビルの爆弾も、ギリギリ爆発する前に全て処理され、恐らくはクライマックスだったのだろう大規模な爆発は阻止できた。

 気になるのは、映画館にひとつだけあった大きな爆弾。それだけが時刻が0時3分に設定されており、また、他の爆弾と違いダミーまで用意されていたそうだ。……流れからして、多分江戸川と蘭さんが解体する奴だったんだろう。

 なんにせよ、一つの大きな事件を乗り越えた。恐らく、これでこの世界の時計の針も少しは進むことになるだろう。

 今自分は病院の庭でこれを書いている。

 病室にいても暇だし……。

 森谷を逮捕した後、米花シティビルに向かった俺を待っていたのは、越水からの凄まじい説教だった。

 いやもう本当にすみませんでした。でも、なんでお前も現場に向かっちゃったのさ。待っとけって言ったのに。

 その後、あれよあれよと病院に叩きこまれ、今は精密検査のための検査入院をしている。

 無茶をやった自覚はあるけど、今回ばかりは許してほしい。これからもするだろうけど手加減くらいはしてほしい。

 ……書いてて思ったけど、この日記、絶対に見られないようにしないと俺の寿命が縮む気がしてきた。肌身離さず持っている事にしよう。

 

 何にせよ、とりあえずこの入院が終われば色々忙しくなるだろう。今の内にゆっくりしておくとしよう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 日記を書き終え……もうこれ手記だな。

 これからは肌身離さず持ち歩くことになるだろうし……。こんなん見られたら頭おかしいと思われるし、無茶します宣言など越水に見られたら、説教フルコース2本分くらいはされそうだ。

 やっぱり女は怖ぇよな……。江戸川も昨日は変声機で、電話越しに蘭さんに色々事情の説明したり謝り倒したりイチャイチャしたり……爆発しても良かったんじゃねーかな、やっぱ。

 まぁいい。問題はそっちじゃない。

 

「さて……これどうするかなぁ……」

 

 俺が手にしているには今日の発売の週刊誌。先ほどふなちが持ってきた物だ。多分、あとで越水も来るだろう……江戸川も……。というか、今日は朝から毛利探偵が来るわ目暮警部が来るわ白鳥刑事が来るわ……とにかく訪問者の数が半端じゃなかった。

 目暮警部は純粋に事件のより詳細な質問。毛利探偵からは爆弾に気がついて、娘の蘭さんを危険から遠ざけた事に対するお礼――ちょっと罪悪感で胃が痛かった。白鳥刑事からは半ば尊敬の目で見られていた……すっごく胃が痛くなった。

 そんな感じで半ば悶えながらベッドでゴロゴロしていた時にふなちが顔を見せに来てくれた。その手土産が週刊誌だった。

 その表紙の一部には、大きな文字でこう書かれている。

 

『名建築家、森谷帝二、まさかの連続爆弾魔』

 

 うん、ここまではいい。まごうごとなき事実だ。問題はその見出しの横だ。少し小さな文字――だが、人目を引くには十分な大きさでこう書かれている。

 

『新たなる名探偵登場! 正体は、あの高校生探偵の助手か!?』

 

 目暮警部達に俺の事は黙っておくように念を押したんだが……どっから漏れたんだちくしょう。

 昨日見舞いに来た江戸川と色々話したが、とりあえず俺と工藤新一の関係は公に認める事はやめておこうという話になった。相変わらず、事の全ては聞いていないが、やはりデカイ訳ありなのだろう。

 とにかく、警察の人に口止めを頼んだのにこうなるとは……。

 

「面倒事になる気がするなぁ……」

 

 売店で買った缶コーヒーのプルタブを開けて、少し口に含んで一息吐く。

 

「あの、少しよろしいですか?」

「……はい?」

 

 そして週刊誌の記事にもう一度目を通そうとした時に、いきなり声をかけられた。女性の声だ。

 誰だと思い振りかえると、スーツ姿の女性が立っていた。誰だ? いや……どこかでみたような?

 

「私、日売テレビの水無怜奈と申します」

「」

 

 なんで? なんでもう?

 ってか、水無怜奈? 有名なレポーターじゃねぇか!

 

「浅見 透さんですよね? よろしければちょっとお話を伺ってもよろしいですか?」

 

 ちょっと特定するのが早すぎませんかねぇ……

 俺に向けてニッコリと笑う水無さんの笑顔に少し見とれながらも、同時になにかげんなりとしてきた俺の気持ちを、完全に察せる奴はいるだろうか?

 そんな事を考えながら、何か答えようと頭を必死に回転させる自分がいる。

 

 

 

――ほんとにどうしよう……。

 

 

 

 


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