平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

77 / 163
076:epilogue:The sniper in your pupil

 遊園地のゲート付近が、回転するいくつもの赤色灯で彩られている。

 ようやく到着した警察が、犯人――風戸京介を逮捕しに来たのだ。

 もっとも、既にその男は自分達で確保していたが……。

 

(あ、浅見のキャンプに参加しておいてよかった……)

 

 前に――今のトップ(ボス)がまだただの後輩だった時に、アイツが二週間に一度ほど一人でアウトドアを楽しんでいるという話は聞いていた事があったから、一緒に行くかと聞かれた時にそこまで違和感はなかった。

 だから、ちょっと前に荷物は実質水と毛布だけでいいと言われた時も『全部浅見が準備していくのかぁ』と思っていた。

 まさか向こうも手ぶらだとは思わなかった。

 まさか狩猟生活が始まるとは思わなった。

 浄水剤ってなんだ。そんなもの今まで生活してきて一度も聞いた事がない。

 本人いわく、完全に何も持っていない状態から必要な物を探しだして使えるようにするのがとてつもなく楽しいし落ちつくらしい。

 変態である。

 とりあえずそこらの鳥や蛇を食べないでもらいたい。

 

「どうやら、君達の方が早かったようだな」

 

 パトカーに乗せられ連行されていくかつての名医を見送っていると、声をかけられた。

 

「小田切部長」

「見事だったな。恩田君」

 

 鳥羽さん曰く堅物。浅見曰く、筋を通す男――小田切刑事部長が立っていた。

 

「いえ、こちらこそ早まった真似を……」

「それを言うなら、捜査網を混乱させたままの状態にしてしまった我々の責任が大きい」

 

 小田切部長は、周囲を駆けまわっている――おそらく、この遊園地での出来事を把握しようとしているのだろう警察官達を目で少し追って、改めてこちらを見る。

 

「確か、君は浅見透の事務所には非正規という形で入っているのだったな」

「えぇ……その所長と同じくですが、まだ自分は学生の身分を捨てていませんので」

「そうか……」

 

 小田切部長は、直立したまま真っ直ぐこっちを見ている。

 

「大学を卒業したら、警察試験を受ける気はないかね?」

「……はっ……自分が、ですか?」

「そうだ」

 

 何度か食事を共にしている浅見から、小田切刑事部長は居合いの達人だと聞いていた。

 そのせいだろう、自然と威圧感を受けながら聞き返すと、刑事部長はあっさり肯定した。

 

「あの時、守るべき者のために恐怖を抑えこんで一歩も引こうとしなかった君の姿勢を、私は高く評価している」

 

 淡々と、だが力強い言葉が耳に入ってくる。

 

「今すぐに答えは出せんだろう。が、考えておいて欲しい」

 

 

 

 

「――我々警察は、君の様な男を必要としている」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 事件は終わった。

 世界の理から外れた男が今はいないこの日本。この街での事件は。

 

(向こうも大丈夫そう……まぁ、一人あいも変わらず死にかかっている男がいるようだけど……)

 

 浅見透の姿が見えない程の死線に覆われているのはもはやいつもの事だ。

 それこそ、世界が殺しに来ていると思うほどに。

 だからこそ浅見透が日本を発つその直前に少しでも足しになればと、誰に対してかの気休め程度にそれを薄めておいた。

 

(どこまで役に立ったのか、あるいは私の力がなくても自力で死を跳ねのけられるのか)

 

 酷い時にはただの黒い靄の集まりにしか見えない男の顔を思い浮かべ、深いため息を吐く。

 

(まったく……私、本当に役に立っているのかしらね)

 

 新調したばかりの事務所員用のスーツ。日本にふさわしくない物騒な機能で溢れている服を軽く直しながら、他の仲間――いや、同僚と合流する道を歩いている。

 

「……枡山憲三……か」

 

 先ほどまで一緒にいた老人。

 話してみてよく理解した。

 あれこそまさに、最悪の犯罪者。

 そして、まさしく浅見透の宿敵。

 

(……彼、大丈夫かしら?)

 

 今回――まだ暴れているのかもしれないが――浅見透は世界に名前を売った。

 それは彼の力を大きくするだろうが、同時に敵も増えるだろう。

 鈴木次郎吉の無茶ぶりに完全に応えきれる位には有能で、だが抜けている所が多そうな彼だ。

 対策はしてあるのだろうが、変な所で転びそうな所が怖い。

 

(彼の場合、周りの人間関係が複雑なせいで転んだ時に被害が出るのが彼自身じゃないという場合が一番怖いのだけれど)

 

 例えば警察関係者だったり、例えばマスコミだったりメディアだったり学者だったり医者だったりなどなどなど。

 よくもまぁここまで揃えたモノだと前から感心してしまう。

 

 ともあれ、あの老人に対抗するには必要な面々であるには違いない。

 おそらく、これから先あの老人はあの手この手で浅見透の周りの火種に火を付けていくだろう。

 

 彼自身や彼の家の人間には直接手を出さないだろうという妙な確信があるあたり、最高に性質が悪い。

 

(問題は、あの老人がいう火種の一つだけれど……)

 

 宣戦布告が終わり、別れようとした時の老人の言葉がフラッシュバックする。

 

 

 

 

――そうそう、一つだけ警告しておくことがあるのだが……

 

 

 

――なにかしら?

 

 

 

――いやなに。彼の周りに一つだけ、彼ですら乗り切れるかどうか少々危うい火種があってだね……

 

 

 

――……女、かしら?

 

 

 

――まぁ、分かりやすい彼の弱点だからねぇ。一応、君から彼に警告しておいてくれんかね。

 

 

 

――……伝えるだけよ

 

 

 

――それで構わん。伝えてくれ。

 

 

 

 

 そして老人はある人物の名前を告げた。 

 

 

 

 

 

 

「香坂夏美、ね……」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

――やはり、彼らは凄い。

 

 犯人、風戸京介を連行しながら、高木渉はそう思っていた。

 

――彼らは凄い。

 

 浅見探偵事務所の面々とは何度か事件を共に追ったり、あるいは共に飲みに出かけたりした事がある。

 そうして何度か話をして、下手な刑事よりも刑事らしい人間の集まりだと常々感じていた。

 

 所員は全員それぞれの視点からの高い観察力を持ち、民間であるがゆえのフットワークの軽さを武器にそれぞれの武器を活かして事件を解決する。

 

(今回、自分は何をしたんだろうか……)

 

 自分は、警察組織の歯車の一つであって、無論事件解決に向けて出来る事をしようとした――つもりだ。

 だが、具体的になにかを成し遂げたかと聞かれると答えられるかは――

 

(駄目だ、何を考えているんだ。俺は彼らと違うんだ)

 

 羨望なのか、あるいは嫉妬なのか。とにかく高木自身が好ましくないと思うそれらを、頭を振って追い払う。

 運転席や、容疑者の左右を固める制服警官の怪訝な目線が気になる。

 

(でもよかった……。佐藤さんが助かって……)

 

 つい先ほど、白鳥刑事が教えてくれた。佐藤さんが意識を取り戻したそうだ。

 同僚が次々にこんな形になって、正直素直にただただ喜ぶ事は出来ない。

 でも――そう。でも、良かった。

 最悪の形にならなくて、本当に良かった。

 

 目の前の信号が青から赤に変わり、運転席の警官がゆっくりとブレーキをかけていく。

 最短となるルートはどうも混んでいるらしく、今は少し迂回した道だ。

 

「ん……?」

 

 その時、それまでずっと俯いていた風戸が声をあげた。

 バックミラーで確認すると、どうも前を見ているようだ。

 

「……あんた、確か……」

「おい、ちゃんと座っていろ!」

 

 少し前に乗り出そうとしていた風戸を、両側にいた警官が押さえつける。

 

「どうしたんだ?」

 

 佐藤刑事を撃った相手だ。正直、憎しみはある。

 だが、今はそれを抑え、振りかえって観察してみる。

 

 風戸は、良く見えない物を見ようとするかのように目を細めている。

 そもそも、あの世良という高校生がボコボコにしたらしくて目元や所々が腫れ上がっている。

 本当によく見えないのだろう。

 

「なぁ、あんた……」

 

 どこを向いているのか少し分かりづらいが、どうやら運転席の警官を見ているようだ。

 

「あんた、ひょっとしてこの間の――」

 

 突如、ビッ! と、鋭い音がした。

 自分の真後ろ――振りむいている現状ではちょうどフロントガラスの辺りから。

 

 パンッ! と、何かが弾ける音がした。

 自分の真正面――風戸京介の眉間から。

 

「……ぁ……?」

 

 口から、変な言葉が出る。

 言葉と言うより、ひょっとしたらただ空気が漏れる音だったかもしれない。

 

 何が起こったのか確認しようと、一度瞬きをして目の前の光景を整理する。

 簡単だ。

 目の前の被疑者の額に穴が空いて、そしてもう何も喋る事は無い。

 

「――く、車をすぐに脇に寄せて! それと応援を!」

「は、はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高木は気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 運転席の警官も、風戸の左右を押さえていた警官も、一瞬笑った事を。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『ピスコ、男の始末は終わりました。スナイパー、無事撤収完了です』

「目撃者は?」

『おりません。監視カメラも大丈夫です』

「なるほど……例の工作の方はどうかね?」

『しかるべく』

「うん、御苦労。そうだ、彼らにはそのまま警察内部での勢力拡大に努めるように頼む」

『はっ』

 

 自らを実の父のように慕ってくれる男――今もアイリッシュと名乗り続けている男の報告に、老人は満足そうに頷く。

 今日はいい日だ。

 あの男の部下の働きをこの目で見れた。

 そして、あの男を支える女の一人と話せた。

 今後の布石も打てた。

 いい日だ。実にいい日だ。

 

 明日は市場に出回らせる銃や火薬の値段をいつも以上に大幅に下げてやってもいい。

 老人はそんな事を考えていた。

 

「さて、それで……君はこれからどうするかね?」

 

 後部シートには、一人の女が手に包帯を巻き付けている。

 丁寧にマニキュアで飾り付けられた爪は、今は血で染まっている。

 銃による傷――ではない。

 まるで礼拝のように組んである手、それが強く握りしめられ、爪がその美しい手に突き刺さっている。

 

「ねぇ、おじ様。あの男の事は知っているのかしら?」

「カルバドスかね」

 

 老人にとって、もっとも予想外で、もっとも喜ばしいのはあの男の参戦だった。

 ただ組織から逃げ隠れ、そのうちどこかでのたれ死ぬと思っていたが……まさか立ち向かってくるとは思っていなかった。

 

「まぁ、君も体験した通り……ではないか。少々彼も方向性が変わりつつあるが……彼は兵士だよ」

 

 女は、痛む手を押さえているが、顔にそれは出ていない。

 今の彼女の顔は、静を思わせる無表情だ。

 怒りと言う感情を抑えているがゆえの。

 

「あらゆる火器のエキスパート。そして優れた狙撃手。派手な戦果は出さないが、堅実な仕事をする男だった」

「……彼、誰かに執着してたりするのかしら?」

「ふむ?」

「――あの男、私に目もくれなかったわ……」

「なるほど。幾人か思いつく人間はいるが……」

 

 老人は知っていた。カルバドスと呼ばれていた男が、同じく酒の名を与えられた存在を。――ベルモットという女に惚れている事を。

 そして友と呼び、互いが互いを強く信頼している狙撃仲間が二人いる事を。

 

「今、彼の眼に焼き付いているのはただ一人だろう」

 

 老人は気付いていた。

 今、あの兵士がもっとも注視している存在を――

 

「浅見透」

 

 だから告げる。その名前を。

 

「彼を超える事にこそ、カルバドスは全力を注ぐだろう」

「そう……貴方と同じなのね」

 

 何も知らないはずの女の断言に、老人は目を丸くする。

 

「おや? どうしてかね?」

「女には分かるのよ。声の抑揚、仕草、瞬きのタイミングの変化、その他諸々……女の勘っていうのは結局、無意識の観察の事なのよ」

「ほう……」

 

 女は、一応巻いていた包帯を解き、その包帯で血に濡れた自分の指を拭う。

 

「貴方、あの浅見透相手に暴れるつもりでしょう」

「無論」

 

 老人は肯定する。

 否定する理由も意味もない。

 

「私も一枚噛ませてちょうだい」

「おや、キッドの事はいいのかね?」

「どうせ私は死んだ事になっているわ。キッドを狙うのは念のため。諦めるわけじゃないけど、優先順位が変わっただけよ」

 

 女は、弾き飛ばされた二丁の拳銃を引き抜く。

 

「あの男がもっとも執着している男を、私が殺す……いいえ、超える……っ」

「――ほう」

 

 徐々に感情が高ぶって来たのか、顔を赤くし始める女。

 最初から機嫌の良い枡山は、さらに機嫌を良くしてポケットからタバコを取り出す。

 

「なら、君に条件があるな」

「なにかしら?」

 

 あるいは身体を要求されると思ったのか、わずかに身体を固くする女。

 彼女に、老人は告げる。

 

「君の左右にいる男を殺したまえ」

 

 今まで話に加わらず、女の左右で完全に背景と化していた男達が、ガバッと跳ねあがる。

 何か大きな声で言おうとするのを、女は手で制した。

 

「……なるほど、ね」

「理解したかね?」

「えぇ、貴方がどういう人か良く分かったわ」

 

 老人が、懐の銃に手を当てる。

 

 

 そして次の瞬間――二発の銃声が響く。

 

 

 どちらも、女性の手元からだ。

 

 片方にはワルサーPPK、片方にはデリンジャーが握られ、そして両手をクロスさせるようにして、引き金を引き絞っていた。

 

 

 当然――男達は死んでいる。

 

 

 どちらも狙いは雑だが頭を撃ち抜かれ、息絶えている。

 

 

「――く、」

 

 老人の口から、空気が漏れる。

 

「くひ、ひ」

 

 戸惑いなどではもちろんない。

 

「ひっ――ひっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!!!!!!」

 

 歓喜の声だ。

 恐らくは使いこなせない、だが間違いなく自分と意を共にする人間を見つけたという、ある意味では何よりも純粋な喜びの歓声だ。

 

「あぁ、いい! いいよ素晴らしい! 気に入ったよ!!」

 

 老人は片手で携帯を操り、メールを打つ。

 後ろでためらいなく、行動を共にしていた二人を殺した女への教育の命令だ。

 今のままでは、浅見透やカルバドスには届かないだろう。そう、今は。

 だから、だからこそ――

 

「歓迎しよう。清水麗子君」

 

 そして老人は女の名前を呼ぶ。

 共に高き壁に挑戦する――同志の名を。

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ……我々の夜へ」

 

 

 

 

 

 

 




≪簡単に分かるカリオストロのその後≫
・浅見、水に流され死体になりかかる所をキッドが回収
・水無、原版回収

・ルパン、クラリスと別れ次元達と共にカリオストロを去――ろうとしたら不二子が次元と五右衛門をぶん殴りに来た



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



マイルールでは次は『男である事の~』の更新なんですが、今回は短く薄味のエピローグだったために、浅見君が帰って来てからのスキップモード後半の一話目の投稿を挟みたいと思います。


【登場人物紹介】

 『瞳の中の暗殺者』より


○仁野 環(27歳)

 数年前に殺された最悪のヤブ医者 仁野保の妹さん。フリーライター。
 コナンに聞き腕の事を尋ねられた時にあからさまにうろたえていたのを見て、子供心に「あ、この人違うな」と思ったモノです。

 予定ではありますが、おそらく本作で何気に出番が増えるでしょうw


○風戸京介(36歳)

 米花薬師野病院心療科医師。
 
 かつては腕の立つ外科医として知られていたが、嫉妬した仁野保に事故にみせかけて腕を斬られてしまう人。

 14番目の沢木さん同様、そりゃ殺したくなるよなぁと心から思った方。
 仁野保がゲスすぎる。
 この人にも言える事ですが、コナンワールドには『いやお前それどっから手に入れたん??!!』っていう犯人が多くいますが、この人もその一人ですね。
 ナイトスコープ……は……ガチのサバゲーショップとかに売ってんのかなぁ……
 そして拳銃がホイホイ手に入るという……まぁ、きっと893さん達が活発だったんでしょう。
 本作ではその役割は枡山一派が請け負う事になりますがw

○小田切 敏也
 
 本作でちょくちょく出てくる小田切刑事部長の息子。ロックシンガー。
 でも遊園地での仕事を受け持つってバンドとしては上手くいっている方なのでは??

 仁野保の薬の横流しを知り恐喝していたようですが、なぜわざわざライター奪ったし。


○友成 真(25歳)

 殉職した刑事の息子さん。
 警察が信じられないのは分からなくもないが、もうちょっと何か案が出なかったのかお前。

 割と映画では目立つ立ち位置にいたんですが、そこまで印象に残っていない不思議。
 とりあえず少年探偵団にボコられた人。




そして、かなり早い登場ですが……

 清水 麗子
『探偵たちの鎮魂歌』

 只今PCのDVDプレイヤーがお釈迦になっているため詳しく確認できませんが、少しカールを懸けたロングヘアーの美人さん。
 前髪がクリンッてなっているのが工藤有希子に似ていて、『悪堕ちしたコナンママ』ってイメージでした。

 年齢については触れられてませんでしたけどこの人何歳なんだろう。作中で語られていたかもしれませんが、事件の流れは覚えていても時間の間隔は覚えていなくて……30位?

 詳しくは彼女が本格的に活躍を始めてから、改めてご説明したいと思います


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。