俺は、ループが起こったのはこの数年の間の話だと思っていた。
卒業式や入学式が消え、ただの始業式、終業式となったあの日から、この終わらない一年が始まったのだ、と。
だが、今ここにきて、その考えを改めざるを得なくなっていた。きっと、もっと前にループはあったのではないかと。なにせ――
中学最後の一年を含めたとしても2.3年の間にあの男が解いた事件の資料が膨大な量となって目の前に現れているのだから。
え、たった2・3年でお前こんなに事件関わってたの? は? これ死人が出てる奴だけ? じゃあ出てないのは? あ、まだまだあるんですかそうですか。
「これをどうやって捌けと……」
読みが甘かった。俺はループが起こったのは奴が高校生になってから江戸川コナンになるまでの、およそ2年くらいの間の資料だと思っていた。確かに今こうやってアイツと関わって事件に巻き込まれているわけだが、黒川邸の事件からは少々時間が経っている。一月に多くて3件として、一年で36件。トータルで60件もないだろう。そこからあからさまに関係なさそうな物を抜けば、多くても30がせいぜいじゃないか。そう考えていた。
――なに、この山? あいつが高校生探偵の時もループ実は起こってたんじゃねーだろうな? どっちかが本編で、もう片方が外伝的な感じで。
「本当にこの量をひとりで捌くのかい?」
えぇ、正気の沙汰じゃありませんよね。いやマジで。
資料を運んできてくれたぽっちゃりした刑事――千葉さんが、何も言わずに缶コーヒーを差し入れてくれた。ヤバイ、涙出そう。
「えぇ、まぁ。探偵の期待に応えるのが助手の役目なんで」
出来るなら人手を借りたい所だが、さすがにそこまで図々しいお願いは出来ない。さっき聞いた情報だと、例の爆弾は位置こそまだ分かっていないが、環状線内の列車は全て他の路線に切り替え、無事に乗客を全員下ろす事が出来たそうだ。今は目暮警部が陣頭指揮をとって、残された爆弾を探しているらしい。
日没までまだまだ余裕はある。恐らく問題はないだろうが、当然今、署内の人手はかなり少ないだろう。
「まぁ、なにかあったら近くの人を呼んでくれよ。僕も目暮警部から言われている事があってね。そっちの調べ物をするから」
「えぇ、何から何まですみません」
「なぁに、事件に関係がある事なんだろう? 本当なら僕達警察がしっかりしなきゃいけないのに、君たちの様な若い探偵さんにこんな仕事を押しつけちゃう方が問題だよ」
じゃあ、頑張って。千葉さんはそう言いながら、軽く手を振って会議室から出て行った。
まじでいい人だなぁ……。
「さて。そんじゃこっちも始めるか」
調べるのは新しい方から。注目すべきは『アイツ』の名前が出ていないか、あるいはなんらかの『特別な建築物』などが事件を通して何か変化したか。
そう、多分犯人は―――あの糞野郎だ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「こうして見るとただの公園じゃのう」
「だよなぁ。公園じゃなくて、周りの方か?」
児童公園で車を止めてもらい、阿笠博士と共に児童公園の近隣に何か手掛かりはないかと調べているが、特に成果は出ていない。
「その時、この公園に誰かいたとかじゃないかのぅ。ほれ、例えば、犯人の子供か孫が公園で遊んでおって――」
「いや、確かに子供は何人かいたけど、もしそうなら犯人は俺たちの姿を常に確認していた事になる。……いや、その前に、死なせたくないような人間がいるのなら、現場には近づかせないんじゃねぇかな」
「まぁ、死なせたくない人がいるのならばそもそもその近くで爆弾騒ぎなど起こさんと思うが……」
博士がそうぼやく。確かにその通りなのだが、人間、何が原因でタガが外れるなんて分からないのだ。
「でも、もしずっと監視していたんなら一体どうやって? 途中までは高い場所から双眼鏡なんかで追えるかもしれないけどそれ以上は無理。この住宅街にある高い建物はアパートがあるけど、こっち側だと逆に米花駅周辺は当然見えない。加えて、爆弾を捨てに行ってる時、近づく車や人がいないか後ろを何度か確認してたけど、そんな怪しい車やバイク、人影もなかった」
「なら、どうして……」
「一番可能性が高いのは……元々、特定の場所に近づいた時にタイマーが止まるように設定されていた場合だ」
そう、それならばタイマーに作用するセンサーのような仕掛けがあるハズだ。そう思ってこの近辺を探してたんだが……。もう回収されたか?
「なんにせよ、ここが壊されたくない理由が分かれば犯人に近づくという事じゃな?」
「あぁ。まぁな」
正確には、犯人を追いつめる手段の一つになる。だが……
期待していた手掛かりが見つからなかったんなら……。次の策に移るしかねぇか。
「博士、ちょっと付いてきてくれ。大人がいた方が話は早く済むだろうし……」
「あ~、それは構わんが、何をする気じゃ?」
「何って……捜査の基本」
「聞きこみさ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――ぷるる、ぷるる、ぷるる
大量の捜査資料と、それに添付されている無数の遺体の写真に半ばグロッキーになりながら紙をめくっていた時に、ズボンのポケットに入れていた携帯が鳴り響く。
「――っ、どうした? なにかわかったか?」
電話の主は分かっている。携帯のディスプレイに表示されていたのは――
『あぁ、大至急調べてもらいたい事がある。もう本庁で資料漁ってるんだよな!?』
――『江戸川コナン』。何らかの理由で子供の体になってしまった……高校生探偵、工藤新一!!
「後ろから始めて60くらいまで終わったかな。で、怪しいのとそうでないのとは全部仕分け終わった所だ。そっちが手に入れた情報は!?」
『結論から言えば、何も分からなかった』
「はい!?」
『だから、視点を変えてみることにした。もし犯人と工藤新一につながりがあるとした場合、犯人はこの場所と繋がりがある人間じゃないかってね』
「あの場所……西多摩市か」
『そうなんだ。それで今すぐ、調べてもらいたい事件がある。元市長の件だ』
「元市長……元市長……岡本とかいう人の事件か!」
それだったら、仕分けたファイルの中にあったはず。
『そう、それ!』
「だったらちょっと待ってろ。ちょうどさっき触ったファイルに……あった!」
元西多摩市市長の岡本さんが起こした事件。というより、事故を息子さんが罪を被ろうとした事件だった。あ、西多摩って事は……
「江戸川、確かあれ、市長がつかまって再開発計画とやらが中止になったんじゃねーか!?」
『あぁ。やっぱりチェックしてくれてたか』
「それらしいワード拾った奴は全部メモしておいたからな。……まさか、計画していたのがアイツだったのか?」
『断定はできない。ただ工藤新一とこの場所を繋ぐ線としてソコを思いついたんだ。急いで調べてほしい』
「わかった、こっちで詳しい情報を集めよう」
電話を切って、とりあえず一息吐く。
情報はちょっとずつ集まっている。問題は、それを繋ぐピース。動機の面がよく見えてない。この調べ物でなにか分かればいいが……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「高木刑事、放火があった物件はこれらで間違いないんですね?」
「あ、うん。間違いないけど……本当、探偵って子達に縁があるなぁ、俺……」
「すみません高木刑事、顎で使うような真似をして……」
「あぁ、いやいや! 気にしないで大丈夫だから!!」
問答無用で浅見君を確保しに行こうとも思ったけど、きっと浅見君はあの少年と一緒に事件を追っている。あの阿笠という人と子供が一緒ならば、多分無茶はしない……はず。
「黒川邸、早川邸……連続している放火事件、そして爆弾予告のあった米花駅……」
「全て森谷教授が設計された建物ですわね」
病院側の御厚意で、浅見君がいた病室をそのまま借りた私たちは、高木刑事から情報提供を受けて推理を始めていた。
少々癪ではあるが、浅見君に力を貸すのが一番浅見君の負担を減らす形になるんだ。
……お話は事件を終えてからにしよう。いや、その前に病院にもう一度叩きこんで精密検査を受けさせないと……。爆風で地面に叩きつけられて、転がされて、頭打ったっていうのにそんなの知った事かとばかりに浅見君ときたら本当に――!
「ふなちさん、早く捕まえようね」
「え、えぇと……犯人ですよね? 犯人の事をおっしゃっているんですよね?」
「…………」
「こ、越水様~~~~っ」
大丈夫大丈夫、ちょっとお説教するだけだから。
「とにかく、今はこれについて考えよう」
「そ、そうですわね。しかし、どうして森谷教授に?」
「今は勘としか……。ただ、犯人は工藤新一に恨みがあるのは間違いないと思う。何らかの形でね。思い出して、毛利さん達がパーティーに来たのはどうして?」
「えーっと……。あっ! 工藤様の代理で!!」
「そう。そこなんだよ。森谷教授は名探偵と呼ばれた彼を招待したって言うけど、それなら毛利探偵を呼ばなかったのはどうして? いや、まぁ、ただ単に毛利探偵の方には興味がわかなかったってだけかもしれないけど……」
ただ、あの爆破予告の時の反応。あれは浅見君に思わず反応したって感じだ。
工藤新一と浅見君。探偵と助手って関係が本当だったらいくらでも心当たりはあるんだろうけど、正直僕は信じていない。これまでメディアへの露出が多かった工藤新一に対して、浅見君が一度も出ていなかったのはおかしい。
現状、その関係を無視して考えると、二人に共通する人物となると森谷教授しか思いつかない。
あくまで仮説だけど、多分……
「放火されている建築物は全て森谷教授の設計。そして駅も……。でも、東都環状線は……」
「そこなんだよねぇ……」
そこがピンと来ない。今回の火災と爆弾は全て森谷教授の建築物に関係している。僕はそう推理したんだけど……。
「……越水様」
「ん? なに、ふなちさん?」
「あのガーデンパーティーの折に、森谷教授のギャラリーの写真を見たの覚えていらっしゃいますか?」
「あ、うん。覚えているけど……」
「その写真の中にございませんでしたっけ? 橋が」
――あっ!
「あの中で、唯一、塔や家ではない建築物だったので印象に残っていたのですが……」
「ちょっと待って」
ふなちさんの携帯でネット機能を使って橋について調べてみる。昭和58年に完成した墨田運河をまたぐ橋で、当時主流だった鉄橋ではなく、英国風の石造りだったために話題となった。この建築で建築新人賞を取ったのが――森谷帝二!
「……繋がりましたわね、越水様!」
「あぁ、すぐに浅見君に連絡を――っ」
ブラウザ画面を消して、電話帳を開く。彼は電話帳の一番最初、すぐに通話ボタンを押して――
『ただいま、電話に出ることはできません。ピーという発信音の後に――』
――ブツッ
「………………」
「………………」
「………………ふーん」
「め、メール! メールならばきっと届きますわ! わ、私が打ちますので! 越水様は警察の方に電話をですね!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「森谷教授の建築物ばかりが狙われているのは間違いないのかね、白鳥君!?」
「えぇ、私の方でも確認しましたが、――越水さんでしたか。彼女の言うとおり、全ての建築物は森谷教授のものでした」
「……となると、森谷教授への恨みの線もあるということか……」
無事に環状線内の爆弾解除を確認し、東都線のコントロールルームでとりあえず安心していた目暮警部は、いきなり鳴りだした携帯に安穏を奪われた。
「まったく、工藤君といい毛利君といい、あの娘といい……探偵というのは心強いんだかやっかいなんだか……」
「探偵と言えば、目暮警部。彼はどうなんでしょう?」
「彼? 誰の事かね、白鳥君」
「浅見君ですよ。浅見 透。子供を連れていたのは褒められませんが、二つの爆弾を無事に処理した行動力は大したものじゃないですか」
「あぁ……工藤君の助手という。私は彼を見たことないんだがなぁ……」
「? そうなんですか?」
白鳥刑事の疑問に、目暮警部は首をひねって、
「うむ、彼の性格からしてそんな人物がいれば現場に呼ぶか、私に顔くらいは見せていると思うのだが……」
目暮の記憶の中に浅見透という男はいない。だが、あの黒川邸で披露した推理は、確かに工藤新一のそれに似ていた。いや、似ているどころか、あの自信満々の口調、論理、まさしく目暮の記憶に残る工藤新一そのもの――
――ぷるる! ぷるる! ぷるる!
「って、またかね……まったく」
再び鳴りだした携帯をポケットから取り出す。ディスプレイは確認せずに通話を押しながら耳に当て――
「はい、目暮だが……?」
『目暮警部、遅くなりました。工藤です』
電話から聞こえてきたのは、長い間顔を見ていない高校生探偵―工藤新一の声だ。
「おぉーっ、工藤君! 待っておったぞ!」
『事情は全て私の助手から聞いています。警部、今回の爆弾事件、全てのカギは森谷教授にあります』
「うむ、今君とは違う探偵からもそう言われてな。これから森谷教授の自宅に向かう所だ」
あの越水という探偵と、傍で事件を解決する様をよく見ていたなじみの工藤が同じ答えにたどり着いた。
他力本願的な考えであることに目暮警部は悔しさを感じるが、恥じるよりも行動しなければ刑事ではない。
『すみません、本来ならば私が向かう所なんですが、どうしても伺う事が出来ないんです』
「そ、そうなのかね……」
『えぇ、ですが、代わりに彼を今森谷教授の所に向かわせています。ぶしつけなお願いで申し訳ありませんが、彼の同行を許していただけないでしょうか?』
「か、彼と言うのは……やはり」
『えぇ、……私の頼れる、助手です』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅ…………」
「お前、元の体に戻った時大丈夫なのか? 電話を切る直前、毛利探偵なんかお前に向けて怒鳴ってたけど」
「ははっは……」
江戸川が蝶ネクタイ型の変声機を元の位置に戻すのを見ながら、俺はアイツの手から受け取った公衆電話の受話器を元に戻す。
外では阿笠博士が、止めたビートルの運転席で缶コーヒーをすすっている。
「しかし、結局証拠が見当たらなかったな」
「出たとこ勝負のハッタリでも仕掛けるか?」
「あー、まぁ……確かにアイツすぐに引っかかりそうだけど」
なにせ、あの状況下で感情抑えきれずにヘマやらかした男だ。予想外の展開にはかなり弱いと見るが……。
「まさか、ここまで来て運頼みか。本当にこれ探偵のやり方か?」
「しゃーねーだろ、他にいい手段をおもいつかねーし」
どうしよう、主人公だから大丈夫だと思うけど不安で不安でしゃーない。
……越水に協力を頼んだ方がいいかな。あとで土下座する事前提で。
携帯を開いて、メール画面を開く。先ほどふなちが送ってくれたメール。全ての事件に森谷帝二の建築物が関係しているという事を知らせてくれたメールだ。
まぁ、問題はメールの本文よりも、題名か……
『sub:お覚悟を』
うん、たった一言でこんな不安な気持ちにさせられたことないよ。
や、本当に悪かったって。越水には謝るから、死ぬほど謝るから。
「伏線、敷いておくか……」
「あん?」
江戸川が上げた疑問の声はさておき、とりあえずふなちの携帯を鳴らす。
多分出て来るのは――
『浅見君! 今どこにいるの!!』
ですよねー。うん、出ると思ったよ。うん。
いかんいかん、焦ってはいかん。表情という一番大事なパーツを見られないで済むのだ。堂々と――
「越水、心配掛けまくって悪い! けど、悪いが頼みごとがある!」
『……本気は5割、罪悪感2割、残りはやっぱり時間稼ぎって言った所?』
…………なぜ分かるんですか。
『ま、きちんと観念して電話をかけてきたことは評価してあげる。で、何?』
「あぁ、実はな――」
とりあえず、やれることは全部やった。あとは――乗り込むだけ。
……死ななきゃいいなぁ、俺。いや、大丈夫、例え手足が吹っ飛んでも命があれば安い安い。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ジンの兄貴。ちょっと妙な情報が入っているんですが……」
「妙?」
町並みには似合わない、黒い高級車の中に、同じく黒い衣装でつま先から頭まで固めた男が二人がいた。
「へい、警察の中に紛れ込ませている野郎からの情報なんですが……工藤新一って覚えてやすかい?」
ジンと呼ばれた男は、咥えたばかりのタバコに火をつけ、一度煙を肺に取り込み、吐き出してから口を開いた。
「いや、覚えてねぇな。誰だ?」
「以前、兄貴が例の毒薬を飲ませた若い探偵です。まぁ、こいつは死んだようなんですが……」
「死んだ奴に……何ができる?」
ジンと呼ばれた男が不機嫌になったのが分かったのだろう、がっしりした体格の男は慌てた様子で、
「あぁいえ、ソイツはいいんですが……今起こっている爆弾事件。どうやらその工藤って奴の助手が動いているそうでして……」
「助手……だと? そいつが気にかかるのか、ウォッカ」
「へい」
ウォッカは、ジンの機嫌が少なくとも先程より下降していない事に安堵の息を一度吐く。
「工藤新一は、確か死体は見つかっていないはず。あの毒を飲んだんなら死んだのは間違いないでしょうが……ひょっとして、死ぬ間際に何か聞いたんじゃないでしょうか」
「なるほど……死体が見つからないのは、薬がすぐに効かず、どこかに移動してのたれ死んだ、と?」
「へい」
「……ふん、なるほどな」
「どうしやす、兄貴。消しますかい?」
ジンはすぐには答えず、もう一度紫煙をくゆらせる。
「ほっておけ。今は恐らく警察の近くで動いているだろう。あの時も取引現場を見られただけだったか? その工藤新一とやらが何かを知っていた訳でもねぇ」
それでいいのか? 口には出さずとも表情に出ているウォッカをあざ笑うかのように、ジンは口の端を吊り上げ、言葉を続けた。
「――まぁ、保険は必要だが、な」
すみません、ちょっと感想返信はまた後日。ちょっと今追いついてないです(汗)
感想には全て目を通しておりますので、これからもよろしくお願いいたしますm(__)m