ようやく落ち着いてくれたのか、志保は肩でぜいぜい息をしながら涙目でこっちを見ている。……や、睨んでいる。ごめんて。ごめんて。
「で! お姉ちゃんは貴方達が助け出して! 今は隠れているってことでいいのね! ――っいいのね!!?」
はい、その通りでございます。だから襟から手を離してくれませんかね。
「俺はついこの間まで意識不明でしたので報告しか聞いておりませんが、信頼できる人間――あの、ようするに一緒に明美さんを助けた面子で君を探していたんだ……です、はい」
最初に、恐らくあの時枡山さんが言っていたんだろう、前に別件で俺が調べた製薬会社を当たろうとしたがすでに炎上。
その子会社や関連会社を虱潰しに当たったがやはり収穫なし。
近々海外に行かなきゃいけなかったし、最悪強硬手段として枡山さんの自宅から見つかった書類の中で怪しい所を、また仮面付けた状態で瑞紀ちゃんと沖矢さん引き連れて片っぱしから潜入、強襲、場合によっては法律とか蹴飛ばして破壊工作しようと思ってたけど。
っていうことを首絞められながら頑張って説明した俺は偉いと思うんだ。ねぇ? ねぇ?
「ふぅ……、一応お礼は言っておくわ」
「一応?」
「文句あるの?」
「ありません」
志保は、今度こそ落ちついたのか大きく深呼吸をしてスープを一口すする。
「正直……もう、お姉ちゃんには会えないと思ってたから」
さっき本人も言っていたが、死を覚悟していたというのは本当だったのだろう。
「今は、俺の部下の所に隠れ住んでいる」
先日、秘密会議をおこなったあのプールバーだ。どうもあそこには従業員用の部屋もあるらしい。
今は瑞紀ちゃんがしばらく仕事を休んで、明美さんに変装術と声帯模写を叩きこんでいる真っ最中だ。
沖矢さんもあの近くに住居を移して護衛にあたると言っていた。赤井さんはどこいった。
瑞紀ちゃんの話だと近くにいるらしいが……。
……いや、沖矢さんが赤井さんか? 変装の達人の瑞紀ちゃんの紹介で来たし、いつも狙撃されやすいポイントからはチェックしてそこに立たないようにしてるし。
だとするとその上で俺に正体明かさないって事は、可能な限り知る人間を減らしたいって事か。
でも……ちょっと分かりやす過ぎる?
よし、間違っていたりミスリードの可能性もあるし知らんぷり。
「さっき暗号通信を送っておいたから、周辺の安全を再確認してから合流する事になっている。俺達から出向くことになるけどいいか?」
「私達から?」
「子供の姿になってるってのはある意味最大の武器だ。仮に顔を見られたとしても、「そんな馬鹿な」ってブレーキがかかる。常識ほど都合のいい武器は無い」
コナンが、顔を良く知る蘭ちゃんのそばにいてここまで気付かれていないのだから大丈夫だろう。
服部君? まぁ、そんなこともあるよね。
というか、気付かれる時は気付かれるだろうからなぁ。
いざって時は盾になっても守るから信用してほしい。大丈夫大丈夫、君も俺も死なない死なない。
「とりあえず現状を説明しておこう。俺の周りに例の組織の人間が三人いるんだけど」
「……なんですって?」
「まぁ、内一人は協力関係にあるし、もう一人も大丈夫で――」
「待ちなさい」
待ちません。
「問題の一人は……」
「次の仕事を最後に俺の傍から離れちゃうからなぁ……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「浅見透への懐柔工作、及び調査任務から私を外すと?」
『そうです、キュラソー。貴女には違う任務をやってもらいます』
先日の一件、本堂瑛祐の件は特に収穫はなかった。
どうやら浅見透は、本堂瑛祐をキール――水無怜奈の血縁関係かと考え裏取りを進めていたようだ。
だが、結局は血液型が決め手となり、二人は別人という事だった。まぁ、そんなところだろう。
恐らくCIAも似たような事だったのだろう。その証拠に、私がCIAの人員を襲ったにも関わらず人員の増加は見られない。減少も見られないというのが気になるが……。
(本命は別件だったか?)
あそこにいた重要人物となると――鈴木園子が考えられる。いや、浅見透に近い人間とすれば、毛利蘭の可能性も捨てがたい。
いや、それはいい。今は仕事の話だ。
「…………ピスコ、ですか?」
各方面への人脈、影響力。精鋭を使いこなし、また精鋭に育て上げる手腕。射撃や投擲術といった類稀なる実戦能力。
私の任務は、浅見透を『組織』に引き入れる布石だった。
バーボンはどういう目的で動いているのか、少々不明だが……。
組織に取って、優秀な人材は喉から手が出るほど欲しい存在だ。それが、優秀な人材を生み出す存在ともなれば尚更。
それよりも大事な事となると、裏切ったというアイツの事しか思い浮かばない。
『そうです。本人は表立って我々を裏切るつもりはないと言っていますが……とても信用できたものではない』
「……分かります」
いつ頃からか、浅見透への執着――いや、そんな言葉すら生温い、もっとドロッとした物を感じさせていた。
(皆変わっていく。あの男に関わった者は、皆)
ピスコも、バーボンも、ひょっとしたら……自分も。
「では、私の任務は彼らの捜索を?」
『……そして見つけたら……分かっていますね?』
当たり前だ。裏切った者に、裏切る者に、敵対する者には……死を。それが私達のルール。
「……カルバドスは?」
『放っておいていいです。それよりももう一人……』
「もう一人?」
『シェリー』
シェリー。確か……例の宮野明美の妹だったか。薬学に関して類まれな知識を持つと聞いている。
つい先日、ストライキによる反抗を起こしたために監禁した所を逃げられたとか……。
『彼女が隠れていた施設、そのほとんどに何者かが潜入、調査を行っています。恐らく、彼女の救出のために』
「…………」
『恐らく、例の存在でしょう』
「……
ピスコを相手に戦い、カルバドスと共にジンとウォッカを無力化した仮面の男。――いや、性別は不詳か。
『その名乗っている名前からして、我々に敵対する者であるのは間違いないでしょう。――あの薬のコードネームを知るのですから』
「つまり、組織の内部を良く知る者……ですか」
『そう見ています』
その場を見ていたキャンティ、コルン。実際に無力化されたジンとウォッカの話を聞く限り、恐るべき脅威だ。
『あるいは、シェリーの脱走を手伝ったのもシェリングフォードの可能性があります。いや、むしろ高い』
少なくとも、あの薬に興味がある存在なのは間違いない。
それなら、その薬の最重要関係者であるシェリーに注目しないハズがない。
『できることならば浅見透を――あの方が注目している彼をこちらに引き込みたかったのですが……組織の引き締めを優先せざるを得ません』
「一つ、私とバーボン、それと報告した瀬戸瑞紀での大きな仕事が残っている。それが終わってから戻ります」
『分かりました。健闘を』
携帯電話の通話が切れた。
緊張の糸が切れ、深いため息を吐く。
「……あの事務所の面々とも、お別れか」
例の事件の直後から浅見透の勧誘、その切り口。不可能な場合は彼の周囲に自分とバーボンで組織の人間を引き込み、事務所の動きを把握、コントロールする計画だった。
それを通して――鈴木財閥にも。
「ようやく、慣れてきたのだがな……」
双子のメイドや越水七槻のおせっかいにも、小沼博士とふなちの飛んだ発言にも、沖矢昴のギクリとするような質問にも、なぜか妙に上機嫌に茶化してくるバーボン……安室透にも、おろおろするアンドレ=キャメルにも…………あの奇妙な所長にも。
「マリーお姉さん、どうしたの?」
後ろから、吉田歩美が服を僅かに引っ張る。
「あ、うぅん。ごめんね歩美ちゃん、ちょっと電話がかかってきてね」
「歩美……邪魔だった?」
「大丈夫よ、もう電話終わったから」
今日は少年探偵団の面子と、ショッピングに来ていた。
明日行く人形劇の練習合宿と新学期の準備、――ついでに小嶋元太のリクエストで、米花デパートのレストランフロアで食事をするために。
(そうか……この子達ともお別れ……か)
明日には我々は出立する。内容は知らされていないが大きい仕事らしい。それが終わり、またこの国に戻ったら私はまたどこかへ――
(……どこにあるんだろうな。私の居場所は)
「お姉さん?」
「あ……っ、ううん、なんでもないわ。ほら、レストランフロアは……7階ね。きっと元太君達、お腹ペコペコにして待ってるわ」
「あはは! 元太君はい~っつもお腹空かせてるよ!」
吉田歩美が、その小さな温かい手で私の手を握って引っ張る。
幾度も血で汚れた、私の手を――ギュッと、
「行こっ! お姉さん!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「アメリカに、ですか?」
「そうです、キャメルさん。所長の浅見、副所長の僕、調査員の安室、瀬戸、マリー、沖矢の計六名を向こうに送り込みます。その間は皆さんに任せる事になりますので、今日はその通達を」
赤井さんが炎に包まれるのをこの目で見てから、どれだけの日々が経っただろうか。日の感覚が曖昧だ。
「キャメルさんは……大丈夫ですか? 先日から調子が良くないですけど」
「えぇ、大丈夫です。御心配をおかけして申し訳ありません。もう、大丈夫です」
そう、大丈夫だ。身体は。だが動揺は止まらない。
FBIの人員が本格的に日本に来る。
あの組織の捜査のために、赤井さんの仇打ちのために。そして、その最重要ターゲットに挙げられているのが……
――浅見 透。
「あの、副所長」
「なんです?」
「あぁ、いえ……えぇと……しょ、所長が今度向かう仕事ってどういう依頼なんでしょうか?」
「それが、良く分からないんですよね。どういうわけか、アナウンサーの水無怜奈さんも同行するらしくて、依頼主を契約で伏せるって言って……」
分かっている中で、組織の人員と推定されている存在――水無怜奈。彼女と共に、依頼主不明、詳細不明の任務に……。
上からの資料では、安室透、マリー=グラン、それに……あの瀬戸さんもいくつか不審な点があると言う事だ。当然、彼女に紹介された沖矢昴も。
――『いやキャメルさん本当にありがとうございました。安室さんとかに頼むとその場で確保されそうだったんで……』
――『どうしようキャメルさん。なんか俺、この事件が終わったら正座どころかボッコボコにされる予感がしてきました。色んな人に』
――『ごめんキャメルさん、今日耳日曜、何言ってるかわかんない』
(今更……今更あの人を疑えと、そう言うんですか……)
誇りある連邦捜査官として失格だろう。
だが、何度も命を懸けて犯罪者を相手に――いや、違う。弱者のために身体を張り続けているあの人を疑うなんて。
(だから……証明してみせる)
浅見透という男が、あの組織の人間ではないと言う事を。
あの人が、ただの女好きで、お人よしで、でもとても優秀な――味方にするべき人間だと言う事を。
「あ、でも浅見君がちょっとだけ何か零してたな……」
「依頼に関してですか?」
「うん、なんか……会社からの依頼とか言ってたけど」
「……アメリカの、ですかね?」
「多分」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
8月30日
灰原哀。例の子はそう呼ぶ事になった。命名者は阿笠博士だ。
話を聞けば薬学の専門家で、例の薬の開発者というドンピシャな子だった。
色々詳しく話を聞きたい所だが、まだ気持ちが落ち着かないようだ。
まぁ、だろうなぁ……死んだと思ってた姉さんが普通に生きてんだから。
お姉さんの方は、先日会議を開いたあのお店で働いている。
一応この事を知っているのは、俺と赤井さん、コナン、そして瑞紀ちゃんと明美さん本人だけだ。あっと、あのお店の
さて、とりあえずコナンに説明しないといけないんだけど、肝心のコナンは少年探偵団と一緒に霧ヶ丘高原のペンションにお泊まりだ、なんだっけ、人形劇の練習合宿かなんかだっけ?
電話で説明するのもなんだし、なにより口にはしないが例の薬を作ってしまったことに責任を感じてるらしい。ちょっと一拍置いたほうがいいだろう。
問題は住む場所だが……とりあえずは俺の家に置くことにした。
防犯、防衛には最適だし、桜子ちゃんとふなちがいるから問題ない。楓もしばらくは紅葉御殿にいたいらしいしちょうどいい。
とりあえず、俺が帰ってくるまでだな。明日からちょっと日本出るし……。
そうだ、安室さんとマリーさんも同行させるから問題ないだろう。
っていうか、事務所はちょっと閉めて、主要メンバーほぼ連れていくからなぁ。
日本に残るのは恩田、初穂、キャメル、それに双子メイドとふなち、小沼博士か。
志保とコナンの事は、阿笠博士が対処してくれるそうだ。
正直、コナンと古くから付き合いのある阿笠博士に手伝ってもらえると非常に助かる。
どう切り出せばいいか悩んでいたからだ。
あぁ、そろそろ俺も荷物の準備しなきゃ、明日は早いんだ。
そもそも、この依頼探偵にするものじゃねぇ……
武器も貸してくれるって、怜奈さんもえらい仕事を引っ張ってきたもんだ。
(次のページへと続いている)
多分ちょっと主人公グループお休み。
暗殺者編どうしよう
※ 居残り組にキャメルさん追加。ていうか抜けてた(汗)