その後の話をしよう。
俺が明美さんと諸星さんの二人と話した計画は、例のカルバドスという男と明美さんが建てた計画に便乗することだった。
当初の予定では、カルバドスという俺の腕ぶち抜いてくれたあの男が敵の目を引いている間に明美さんが上から幾度か援護、十分に目を引き付けた上でセットしていた爆弾を起動。塔の半身を敵の方へ倒壊させるのと同時に敵の目を欺いて――まぁ、しっかり確認している暇もないだろうが……傍目には死亡確実という状況を作って身を隠す。それが作戦だった。
そこに、諸星――いや、赤井さんが乗った。
赤井さんはあのジンとかウォッカとかいう連中にえらく目を付けられているらしく、後の作戦のためにどこかで連中の目を撒く必要があると考えていたようだ。
そのため、一緒に死ぬ事にした。
あの時源之助が離そうとしなかった白い仕切り布。別れた時に持って行かせたままだったが、あれが非常に役に立ったらしい。
闇夜の中、白い布を纏った状態からそれを取っ払って黒っぽい衣装に突如として変われば、まるでその場から消えたように見える。
どうやらマジシャンにとってはよく使う手らしく、後で瑞紀ちゃんが源之助を凄い褒めながら撫でていた。
ちなみに俺は身体を大事にするということを延々説教されながら、後ろからホールドしたまま顳顬グリグリされた。
もうね、むっちゃ痛かった。
ついでに分かっちゃったけど瑞紀ちゃんパッドなのね。
や、前々からそうじゃないかと思ってたけどあれだけ密着されれば分かるわ。
でも、あの厚さのパッドなら実際のサイズはほとんど――いや、これ以上はよそう。殺される。間違いなく殺される。これ以上ないくらい無残に殺される。
ともあれ、予定通り爆弾が爆発した。
思っていた以上に赤井さん達は役者だったようで、黒く塗装したボートで待機していたキャメルさんが動揺しながらも報告してくれた。
爆炎の中に消えた二人の姿を。――まぁ、実際は爆発する少し前に、瑞紀ちゃんがよく使うグライダーを使って脱出、近くに着水したみたいだけど。
次の日の朝には源之助は家に戻ってたらしいし。
枡山の爺さんにフルボッコにされた後、立つことにも不自由だった俺は瑞紀ちゃんに支えられながら外壁を伝って安全な所から避難しようとした所、カルバドスと呼ばれている男が他の仲間から切り抜けようとしているところに出くわした。
例の金髪男にグラサン男に監視カメラでみた白髪の男、離れた所にもう一人いたようだけどそっちは確認できず。
ちくしょう、なんとなく女の予感がしたから一目見てみたかったのに。
白髪の方もグラサンの男も撃つかどうか迷っている様子だったが、金髪ロンゲは速攻でカルバドスに向けて銃を向けていた。
こっちには弾丸一発だけの拳銃、敵は三人。内一人は躊躇いがあり、内一人はここぞという時に弱そう。あの中心的な一人さえやればどうにかなると思って、大きな声で『撃て!!』って叫んだのにあのカルバドス野郎なぜか俺に向けて発砲しやがった。まぁどうにかしたけどさ。
そのタイミングで警察も到着。連中はさっさと逃げ出してしまった。せめて枡山さんだけは押さえておきたかったけど……まぁ、逃走する時にあの人とカルバドスだけは警察に見られたらしく、現在手配中らしい。
こっちはキャメルさんのボートで脱出し、安室さん達と合流。
初穂からは「アンタやっぱりやらかしたね」と呆れられ、安室さんはなぜかキャメルさん同様に動揺していた。あ、俺上手い。
そこら辺で意識が限界だった俺は――実際、瑞紀ちゃんに運ばれていた時も罅が入った骨と抉られた痛みで気を失ってたし……なんか涙ぐんでいた人の声で目を覚ましたけど……多分瑞紀ちゃんだったのかな。良くわかんなかったけど。
で、今俺は――窓が完全に鉄格子に覆われ、センサー類が強化され、出入り口や壁が妙に分厚くなった部屋にいる。
ご存じ、俺の病室……病室? うん、病室。俺の。完全に俺専用の。
すぐ外に警察官および警備員の待機室まで作りやがって越水と次郎吉の爺さんの奴……
しかも設備に関しては瑞紀ちゃんが念入りに仕掛けたおかげで脱出が前以上に難しい。
頭の中でシミュレートしているけど……駄目だ、最低限の部分をごまかすのに20秒はかかる。その間に他のセンサーに捕まって御用だ。別のルートか方法を見つけねーと。
「どうしてこうなったんだ」
「むしろ、どうしてこうならないと思っていたのかしら?」
ミイラ男のごとくギプスと包帯で真っ白になってベッドに放置されている俺の横で、紅子ちゃんがリンゴを摩り下ろして、買って来たヨーグルトと混ぜてくれている。
「ほら、口開けなさい」
「なんかもうホントにごめんね、紅子ちゃん」
「ちゃん付けは止めなさい。紅子でいいわ」
あの後病院に担ぎ込まれた時、すでに病院に来ていたらしい。
なんで担ぎ込まれるって分かってたのさって聞いたら、なんでも『お告げ』があったらしい。さいですか。
それから俺はまた完全に寝ていたんだが、その間もちょくちょく来てくれていたらしい。
「わかったよ紅子。てか、面倒かけてホントにすまん」
「いいのよ、今日は暇だったし。それに、越水七槻と瀬戸瑞紀から貴方の監視を頼まれているしね……ほらっ」
紅子に急かされて、あーっと口を開けると、程良い温さの陶器の匙が舌の上に乗せられる。
あ、少し蜂蜜かかってて美味しい。いつの間にかけたんだ。
「それにしても、無茶をしたものね」
俺がコナン達と水無さんを尾行している間に起こった殺人事件を、なぜかウチの事務所員と一緒に解決した紅子。
日売テレビの八川さんも一緒にいたらしく、先日から紅子への取材依頼が殺到しているとの事。
あくまで善意の協力者だったとして穂奈美さん達が断ってくれているが、先走った週刊誌なんかは『美人女子高生探偵』とか『新メンバーはオカルト探偵』とかいったタイトルでページを割いている。どうにか写真掲載は阻止したし、隠し撮りしようとした連中は越水と安室さんに指示して潰してもらった。
「骨折、刃物による刺傷、おまけに呼吸器官にもダメージ。貴方にしてはボロ負けだったんじゃない?」
「んー、あぁ、まぁ得られるものはあったしダメージも与えられたし、痛み分けってところかなぁ」
本来ならばこれだけ酷い怪我――しかも銃やナイフの痕が大量に残ってるんだから警察に色々聞かれると思ってたのだが安室さんが手を回してくれたらしく、ほぼノータッチで終わっている。
まぁ、あの爆発現場にいたんじゃないのかって佐藤刑事に超締めあげられたけど。精神的に、物理的に。
ホントにあれどうしたんだろう。なんか最近、佐藤刑事ってば泣きそうな顔で俺を見るからホントに勘弁してほしい。
佐藤美和子親衛隊の皆様からの取り調べ(飲み比べ)が絶えないんだから。肝臓悪くしそうマジで。
さっき見舞いにきた由美さんとか、俺の退院予定日の三日後に刑事連中とかとの退院祝いの麻雀会入れやがって……人数からして、多分飲み放題付きの焼肉とかとカラオケのフルコースなんだろうなぁ。
「まぁ、こうして貴方のお守り役を受けたのは、聞きたいことがあったからよ」
「ん? なに?」
二口目を咀嚼してから聞き返す。
紅子ちゃんは、綺麗な黒髪をかきあげて、
「貴方、わざと死のうとしてないかしら?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私がそう尋ねると、浅見透はバツが悪そうに頭を掻こうとして手を止める。それはそうだろう、その手が完全に固定されているのだから。
「……やっぱり、そうだったのね」
「いや、無理して死ぬつもりはないよ?」
「でも、死にかねない状況には率先して踏み込もうとしているのでしょう?」
「……」
私がそう言うと、彼はぷいっとそっぽを向く。
とりあえず頭を掴んでこっちを向かせよう。
「どうなの?」
「…………」
「それ以上黙秘を続けるなら思いっきり頬を抓るわ。爪を立てて。思いっきり」
「すみません、死ぬかどうかはともかく危ない所は率先して踏みつぶすようにしていました」
頬に手を添えて、少し爪でひっかいてやったらあっさり白状した。
どうして? と理由を聞いてみる。すると今度は、黙ったまま視線を下げてしまう。
先ほどとは違い、その視線は重い。
言えない。というよりは、どう言えばいいか分からない……といったところだろうか。
「……貴方が死んだところで、この世界は変えられないわよ。いえ、元に戻る……かしら?」
だから、核心を突きつけてあげる。
きっとこれまで彼が口にしたくても出来なかったこと。抱えていたこと。
傍観者でいるつもりだった。実際、だから一歩引いた所から彼を見ていた。
だが……
「紅子ちゃん、君は……」
「言っておくけど、理解はしていないわ。……恐らく、聞かないほうがいいでしょうしね」
最初に釘を刺しておく。
魔術という、別方向とは言え表に出てはいけない物を持つ自分は、彼同様イレギュラーな存在だろう。
そんな自分が、彼の感じている違和感を知ってしまった時にどうなるか分からない。
その一線を越えられるのは、何があっても彼と関わり続けるだろう――それも表側の人間だけだろう。
「…………まぁ、色々あってさ」
浅見透が――『理』を外れた男が口を開く。
「この世界は、犯罪によって成り立つ世界だ……って俺は思うんだ」
唐突に飛び出た言葉に、モノクルで顔を隠し、白いタキシードを身に纏い、そして白いマントを翻して月下を飛び回る彼を思い浮かべる。
「で、まぁ……他にもあるんだが、現状をどうにかしたくてな。例の事務所設立を機会に色々やっちゃあいるんだが……実感が一切持てなくてな」
それは……分からなくもない。
実際、何かが変わったような感じはしない。彼は元気に怪盗をやっているし、彼のライバルを自称する白馬君は必死に彼を追っている。
もっとも、最近の彼は怪盗を行う回数が少し減っており、白馬君はキッド――というより黒羽君が懐いている目の前の男に妙な対抗心を持っているようだけど。
「まぁ、そういう意味で今回は収穫あったけど……ひょっとしたら別の方法もあるんじゃないかってね」
「……ねぇ、ひょっとして」
この男の性格は少しは分かる。
自分の部下全員を駒として使いこなす頭脳。だが切り捨てることは出来ない情。その分、自分の身体――いや、命を道具として消耗する事を躊躇わない精神性。
「有能で信頼できる大勢の人間と繋がりを持った状態で、貴方の目的にとって邪魔になる相手によって貴方が殺されれば、彼らが一致団結して事に当たってくれるんじゃないか……なんて考えてない? もちろん、殺される時も相手の何かを仲間に伝えられるように」
ワンテンポ遅れて、視線を逸らす。逸らした視線すら泳いでいる。
……考えてたわね。
「その、あれだ――ピィッ?!」
もう一度、頭を鷲掴みにしてこっちを無理矢理向かせる。
首から『コキャ』っていう変な音がしたが気のせいだろう。
おごごごご等と呻いているが大したことはないだろう。
「で?」
吐け。
目線でそう告げる。
「……お、俺ぁ、世界からズレた死人みたいなもんだからさ」
「…………」
ポツリと、彼はそう呟いた。
顎に手をかけ、上を向かせる。
「それで?」
「いや、その、まぁ……」
彼は喉を鳴らして言葉を続ける。
「世界がこんなんだから俺が気付いたのか、俺が気付いてしまったから今があるのか……賭けをする価値はあるんじゃないかな~~なんて、思ったり思わなかったり」
「死人のような自分ならば、仮に死んでも大丈夫……と考えていたのね?」
頭をぐぐっと押して枕に押し付ける。
引き攣った顔を笑ってるんだか泣きそうなのか良く分からない表情に歪める彼の顔で、少しは溜飲が下がった。
「馬鹿ね」
比較的無事な方の彼の手をそっと包む。
「紅子?」
「ほら、分かる?」
傷だらけで、ボロボロで、ボコボコで、でも――
「死人の手は、こんなに温かくないわ」
そうでしょ? と声をかける。
すると、浅見透は少し顔を赤くしてから、またぷいっと横に顔を背けてしまった。
コキャッ
短かったですが今回は紅子のその後。
次はカルバドス視点でのその後の顛末語りと副所長のターン。