平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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053:なんでいつも誰かが爆発するん?

 元はショッピングモールとして設計されていたのだろう。だだっ広い間取りには、レジカウンター等最低限の設備や仕切りがあるだけで、他にはいくつかの設備が残されているだけだった。

 身を隠す場所はほとんどない。――だが、

 

 

――コツ……コツ…………コツ

 

 

 

「……物音、したと思った。……気のせい?」

 

 

 自分のすぐ『上』を、男が通り過ぎていく。

 今、自分――宮野明美が身を隠しているのは、店舗の収納スペースか何かのためだろう床下のスペースである。発見したのは偶然である。いや、正確には――

 

(ありがとう、猫ちゃん)

 

 自分と一緒に、この狭いスペースに身を隠しているこの白い猫のおかげである。

 ドライバーをくわえて近寄って来たと思った白猫は、突然その身を翻して駆けだしていってしまった。

 少し離れた所にある停止したエスカレーターから、誰かが下りてくる音が聞こえたのはそんな時だ。

 

 一瞬、どうしていいか分からなくなり足を止めてしまったその時、か細い猫の鳴き声が耳に入った。

 まるで『モタモタするな』とでも急かすかのようなその声に、とっさに自分はそちらに足を向けていた。

 そこには、くわえたままのドライバーの先で床を指し示しているこの猫がいて――

 

「………………ふぅ」

 

 足音はもう聞こえない。先ほどまでピクリとも動かずジッと耳を立てていた猫も安心したのか、背をぐーっと伸ばしていて、心なしか少しリラックスしているように見える。

 猫とはいえ一人ではなくなったことで僅かに緊張が解けた事を自覚しながら、じっとしている訳にもいかないと扉に手をかけるが、また白猫が――今度は足元にまとわりつくことで動きを阻害してきた。

 

「……動くなってこと?」

 

 言葉が通じるはずのない猫に、思わず声をかける。

 むしろ、この猫には分かっているのかもしれない。事実、猫は自分がそう尋ねると少し離れて、ゴロンと横になる。ただし、唯一の出入り口であるやや重い戸からは目を離さずに。

 

(ひょっとして、本当にこっちの言葉が分かってるんじゃ……)

 

 そもそも最初から気になっていたが、この猫はどこかで見た覚えがある。

 恐らく強風に煽られたせいで毛並みが乱れているが、それでも普段はかなり手入れされていることはすぐに分かる。

 そして、少々高そうな革製の黒い首輪。誰かの飼い猫であるのは間違いないだろうが……

 

(どこで見たんだっけ、この猫ちゃん)

 

 その場に膝をついて、隅に置いてあった折りたたまれた白いカーテンを足でつんつんと触っている白猫を抱き上げる。

 すると、ちょうど猫の両前足が首元に当たる。

 

(――? 冷たい?)

 

 前足――正確には右前脚が濡れていた。海水だ。

 

(どうしてここだけ……)

 

 猫は基本的に泳げない。浅い所でもすぐに溺れてしまうほどだ。この子は恐らくここに住んでいたか、そうでなければあのモノレールの長い架線を辿ってここまで来たはずだ。

 潮の臭いがする事から、恐らく水没しかかっている所で濡らしたのだろう。

 単なる水遊び。そう考えるのが普通だ。普通だが――それはこの猫が普通だった場合の話だ。

 

 いや、ともかくじっとしている訳にはいかない。

 早くあの人と、カルバドスと打ち合わせた場所に行かなければいけない。時間が迫っている。

 

 

――ッ……ッ……キッ……

 

 

「…………っ!」

 

 そんな時、また足音が近づいてくる。

 先ほどと違い、かなり小さい足音だ。時折靴底のゴムと床が擦れる音がするが、それがなければ聞き逃してしまう程に隠された足音だ。

 その足音は、真っ直ぐにここへと向かってくる。そしてすぐ真上で、その足を止める。

 思わず、息を飲む。

 そして音を立てないようにそっと耳をすませる。

 視界の端では、白い猫は扉に顔こそ向けているが、気だるそうに「くあ~っ」と欠伸をしている。

 

 

――……ここか?

 

 

 小さな、本当に小さな呟きが耳に入る。

 それと同時に、扉がきぃっと音を立てる。

 思わず、身を固くする。

 手元の携帯のライト以外ほとんど光のなかった空間に、外の暗い光がそっと差し込まれ――

 

「……まさかとは思ったけど、そのまさかだったか」

 

 そこには、左手になぜか白い仮面を持った男が覗きこんでいた。

 

「源之助……お前なんでここまで来てんのさ」

 

 白猫が不機嫌そうに、あるいは退屈そうに『なぉう……』と小さく鳴いた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 システムの掌握に行こうと思っていたら、妙に潮の臭いが強くなっている所があった。

 ひょっとしたら別ルートでの侵入者がいるのかもしれないとそこらを調べたら、発見したのは確かに侵入者の足跡だった。――なぜか足一つ分だけの猫の足跡。それもどことなく見覚えがある様な気がするモノだ。

 

 べたべた濡れている訳でもなく、光の加減によってはかろうじて見えるという具合の足跡をどうにかこうにか辿っていくと、まぁ途中で銃構えた奴発見して隠れる羽目になるわ迷いかけるわやっぱ真っ直ぐ目的地に行っときゃよかったと後悔するわ……。

 ともかくそれをどうにかこうにか辿ってみると、床下の収納区画らしき場所を発見。一度ここに来てからどこかに行っているようだが……微かに気配がする。

 あからさまに誰かを探しているっぽい武装した男と、その近くで隠れている誰か。

 もうこの時点で正解は見えていた。

 

(問題は、なんでウチのぐーたら猫がここにいんのか……)

 

 うちの猫助は謎の美人さん、その足元にちたぱたちたぱたとじゃれついてやがる。おい源之助そこ代われ。

 

 しばし呆然としていた女の人は慌てたように懐から拳銃を抜いて、俺に突きつける。

 

「貴方――誰!?」

「声を上げるのは上策とは言えないし、ここでソイツの引き金を引くのは一番の愚策だよ。敵を呼び寄せた上に味方が減るんだからな」

 

 美人さんにじゃれつくのを止めた源之助がとてとてこっちに歩いて、いつも通り肩にひょいっと乗る。

 こいつ、俺の肩で濡れた足拭いてやがる。

 

「……ぁ」

 

 そしてコイツがいつも通りのポジションに来たおかげで、ようやく彼女も思いだしてくれたのだろう。雑誌とかテレビに出る時は大体セットだからなぁ……。

 

「肝心の依頼対象がさっぱりウチに来てくれなくてね。ウチの信用のためにもサービス――広田雅美さん、ですね?」

「浅見透……そうか、この猫ちゃん」

「他にも何人か来ていますけどね」

 

 とりあえず携帯で諸星さん――赤井さんにメール……いや、かなり緊急性の高い事だし電話するか。イヤホンで携帯繋いでたし隠密行動中でも音でバレることはないだろう。

 

「私を……助けに?」

「さっき言った通り、例の写真の子はさっぱりウチに来なくてね……せめてもうちょい情報が欲しかったのさ。俺も一度会っただけだったし」

「志保に会ったの……っ!?」

「一度だけな」

 

 いやマジで下心あったとはいえもっと真面目に話広げりゃよかった。顔も雰囲気も好みだったし本気で口説こうかとも思ったけどそういう雰囲気でもなかったしなぁ……。

 色んな意味で惜しいことした。いやマジで。

 

「でも……ダメなの。ダメなんです浅見さんっ!」

「ん?」

 

 そういえば、赤井さんの話だと傍に誰かがいるハズって言う事だったけどいない。

 やられたというわけではなさそうだ。それならここに留まる理由は薄い――と思う。こう考えてしまう俺はちょっとドライなんだろうか? ……そもそも、ループしだした頃って俺こんな考え方してたっけ?

 あーいかんいかん、思考が横にずれていってる。

 

「私、どうしても上層に一人で行かないといけないんです!」

「上層に?」

 

 さっきちらりと見て来たけど何箇所かに爆薬っぽいもの仕掛けられてたし、あんまりオススメしないなぁ。

 付け方の上手い奴と下手な奴に別れているから複数で取りつけ――あ、ひょっとして……

 

「爆薬を取りつけたの、あれは貴女か?」

 

 誰かと一緒に取りつけて、その後一人で設置していたのだろうか。そう予測を付けて尋ねてみると小さく頷いた。……その上で上層に行きたいのか。

 

 

――あぁ、なるほど。そういう展開か。なるほどオッケー。

 

 

 自分で仕掛けた死地に自分で行きたがる人間など普通はいない。死ななくてはいけないというのならば、そもそも逃げていないだろうしとっくに自決している。拳銃に弾が少なくとも一発は入っているし。

 となれば、物語的にはこの先の展開は限られる。

 

「――と、言う事らしいんですが……諸星さん」

 

 ちょうど向こうと繋がっていたので、先ほどから音を拾わせてもらっていた。

 諸星さんの名前が出た辺りでようやく緊張が解けたのか広田さんが拳銃を取り落とす。……あの、暴発怖いんでしっかり握っててください。セーフティ外れてるんですから……

 

『なるほど、大体は読めた』

 

 スピーカーをオンにする。同時に、諸星さんの声が携帯から響く。

 

「なんか事前の作戦全部反転させることになるんですけど、一案あります。どうです諸星さん?」

『策を思いついた……というわけか』

 

 いいえ、ただの便乗です。

 

「大君……」

 

 とりあえず説明しようと思ったら、広田さんがボソリと呟く。

 

 ――え、知り合い?

 

『あぁ、構わない。恐らく、同じ事を考えているのだろう? それに、悪くないさ……明美』

 

 ……あの、ひょっとして……ひょっとしてですけど諸星さん……

 

『一緒に死ぬというのも、中々悪くない。お前となら、な』

「大君……っ!」

「……………………」

 

 ……あぁ、はいはい。そうかそうかそういうことですか。そらー命かけますよね。えーえー命かけなかったら海に蹴落としてるところですよはいはい。

 ちくしょうこいつら本気で爆発すればいいのに。

 

 

 

 

――あぁ、するか。今から。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「まさか人気アナウンサーさんと一緒に仕事をする機会が来るとは思いませんでしたよ。それじゃあ蘭さん達は遠ざけているんですね?」

『えぇ、銃声がしたのもタイミングが良かったわ。安全な所に保護すると言って……ただ』

「何か?」

 

 瑞紀さんが、携帯のスピーカーをオンにしてキール――水無怜奈と話している。

 

『マリーさんと本堂君がいなくなってるそうなの。心配だから探しに行くって言いだしてて――』

「あぁ、それなら問題ありません。こちらで人をやりますので蘭さん達によろしく言っておいてください……特に蘭さんにしっかり。あの娘、善意とはいえ変なタイミングで動いちゃう癖がありますから」

『分かったわ』

 

 瑞紀さんが蘭のことを気遣ってくれるのはありがたいんだが……なんだか素直に納得できねぇ。

 会話を終えて通話を切った瑞紀さんが、しゃがみ込んで俺に視線の高さを合わせて、

 

「さて、どうしようか。所長からは待っておけって言われているんだけど……」

「とりあえず、浅見さん達のおかげで騒ぎに気付いている人達はいる。というか、多分園子――姉ちゃんか蘭姉ちゃんが警察には連絡してるだろうし」

「あぁ、そういえば電話の後ろでそんな声してたよ。多分佐藤刑事に電話したのかな」

 

 すっ、と瑞紀さんは左腕の袖を引いて腕時計を見る。

 

「大体30分くらい、かな。多分銃声に関しても話しているだろうし、そうなると近場の警官送り込むんじゃなくて準備整えてくるよね」

 

 俺もそう思う。その30分が武器になり、盾になる。その間持ちこたえれば、警察に存在を掴まれたくない黒尽くめの連中は恐らく撤退に入る。ただし、黒尽くめの連中が増援を呼ばなければという前提があっての話だが……。

 状況が悪いならばただ時間を稼ぐだけでいい。そうでないのならば、なんとかして奴らをここに足止めすればジン、ウォッカ、枡山会長に他にもいる幹部を一網打尽に出来る。

 

「コナン君、今のうちに瑛祐君を捕まえといてくれる?」

「うん、そしたら蘭姉ちゃん達もキチンと避難してくれるだろうし……。でも、それじゃあ瑞紀さんは?」

「んー……」

 

 瑞紀さん――抜けているようで、浅見さんがかなり頼りにしている女の人は、軽く指をくわえて少し考える。

 

「とりあえず、いざという時の保険はちょうど到着したみたいだし」

「え?」

 

 海へと向けられている瑞紀さんの視線を辿っていくと、すっかり暗くなった夜の海に、わずかにチカチカと光る物が見えた。目を凝らして良く見ると、黒く塗られたボートがプカプカと浮かんでいる。

 

「キャメルさんだね。安室さんは万が一に備えてここから離れた所で待機。事務所にいた鳥羽さんを待っているって。一応手当の道具を持ってきてね」

「……船なんていつ買ったの?」

「あれ? 阿笠博士から聞いてない? この間安室さんに続いてキャメルさんも船舶免許取ったから、それに合わせて相談役が冒険に使おうとしてた奴を一つ、安く回してくれたんだよ」

「相変わらずおかしい方向に飛ぶよね、そっちの事務所」

「まぁまぁ。おかげでこういう時に役に立つから」

 

 瑞紀さんはぐーっと伸びをしてから、いつものスーツの上から黒いマントの様な物をどこからか取り出して羽織る。どことなくキッドを思わせる、だけど奴とは真逆の真っ黒なマント。闇夜に浮かび上がる怪盗とは違い、闇に紛れるマジシャンだ。

 

「多分大怪我してるかするだろうから、さっさと所長と合流して手助けしてくるよ。あの人自爆めいた行動でも効果が大きいって判断したら躊躇わずにやっちゃうからさ」

 

 ある意味で、越水さんやふなち以上に浅見さんに近い女性だ。本人がいざという時の危機を脱するだけの体術や技能を持っているからか、一番頼りにしている女性となるとこの人が思い浮かぶ。

 

「瑞紀さん、気を付けてね?」

「そっちもね」

 

 


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