平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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052:馬鹿は死んでも治らないので諦めてください

「……マジかよ」

 

 沖矢さん――いや、FBI捜査官、赤井秀一がライフルを構えて武装した黒尽くめの連中と交戦、モノレールを奪って内部への突入を開始してから少し遅れて、今度はバイクに乗って内部への突入を敢行した奴がいる。

 バイクだけで。武器も何も持たず。身につけているのは恐らく例の対刃対弾性のジャケットのみ。

 

「丸腰で突っ込みやがった!!!?」

 

 身を隠す事も忘れて、ガキンチョが立ちあがって絶叫している。

 無理もない。正直自分も作っていない『素の声』が出そうになった。

 

(あぁ、やっぱりやりやがった……)

 

 沖矢――いや、諸星さんに『所長の命令でこちらに来ました』と言われた辺りで嫌な予感はしていたのだ。

 そもそも、どう動くか分からない水無怜奈と二人っきりになったという時点で頭を抱えたくなったのだが、まさか諸星さんに続いて突撃とは――

 

(まぁ、でも、うん……俺達らしくはなったか)

 

 それに、状況から見てチャンスでもある。敵の注意は完全に逸れた。諸星さんだけではなく、仮面・シルクハット・マントという変人三種の神器を身に着けた怪人(あやしいやつ)まで現れたのだ。誰だって注目する。

 

「行こう、コナン君。どちらにせよ、中にいる例の広田さんを確保しない事には始まらないよ」

「……その前に、一つ聞いておきたいんだけどさ」

「なに?」

 

「瑞紀さん、ひょっとしてFBI?」

 

 ――あぁ、そう考えるか。考えるよなぁ。

 

「ううん、沖矢さんが変装していた捜査官って事は知ってたけどそれだけ」

 

 実際、詳しいことは聞いていない。

 あの枡山会長と、その周りにいるのがとびっきりヤバい連中だと言う事。そしてそれに喧嘩売ってんのが諸星――沖矢さんだってこと。

 そしてなぜかその中心にいるのが、現在進行形で弾の雨の中をバイクで突っ切っているウチのバカ所長だって事くらいだ。

 

「こう言うのもなんだけど……よく信じたよね、あんな怪しい人。浅見さんも瑞紀さんも」

「まぁ、所長と共闘していたって事は聞いてたし、枡山会長の家を見張ってもいたしね。それに――」

「それに?」

 

 それに、の後に何を続けようとしたか。一瞬自分でも分からなくて口を開いたまま少し待つ。

 それに、それに……あぁ、そうだ。

 

 

 

 

「なんか、声がそっくりなんだよねぇ」

「声? 誰に?」

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私が世界で一番、尊敬している人にさ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 離れていても感じる硝煙の臭い。背後から突き刺さる殺気。頬を掠る銃弾――

 

「あはっ……」

 

 というか、さっきから何発か背中に思いっきり防弾繊維越しに直撃をもらっている。

 ハンマーで殴られたような痛みと衝撃、そしてそこから広がるわずかな麻痺感が全身を覆っている。

 

「あっはっは――」

 

 音を頼りにヘッドショットとバイクへの直撃だけは全力で避けている。が、一歩間違えたら頭がスイカのように弾けるか、バイクと共に爆散するかの二択だ。

 いや、そのまえに不安定な足場を全力でかっ飛ばしているから、一歩間違えたらこんなふざけた格好のまま海に真っ逆さま。海面に叩きつけられて『ぱーん』ってなるだろう。即死待ったなし。

 

「はっはっ! はっはっはっはっはっはっは!!! そうだよ! これだよ! これなんだよ! これを俺は待っていたんだ!!」

 

 後ろには全ての黒幕の組織の人間。しかもあからさまにヤバイ武装をしている上に表の立場もあると言う超重要人物が全力で殺しに来ている。

 

 やっと、やっと時間が進んでるという実感が得られた。

 昨年は爆弾にふっ飛ばされたり入院したりまた爆弾でふっ飛ばされたり会社建てたり撃たれたり刺されたりしたけど、いまいちこの『物語』を進めているという実感はなかった。強いて言うなら、『流されている』という感覚だろうか。

 それが、今は違う。よくは分からないが『動かした』という確信がある。

 背中から浴びせられる殺意と銃弾のシャワーの刺激がそうさせるのだろうか? あ、弾の衝撃逃がしきれなくて左肩外れかけてる。

 

(あー、くそ、さすがにこれ以上は無理か)

 

 思いっきりスロットルを回して加速する。激痛のせいか、酒でほろ酔いした時の様な酩酊感が脳を直接撫でている様な変な気分だ。夢見心地と言うのだろうか。

 

(夢じゃないって実感をもうちょい味わっていたかったけど)

 

 嫌な音と気配を感じて首を傾けると同時に弾丸が安物の仮面を掠っていく。多分、枡山会長だろう。先ほどから確実に当てるという強い殺気を感じる。

 バイクが、先を進んでいくモノレールに追いつく。

 

「――さらば65万円……かっ!」

 

 免許を昨年……一応昨年、免許取ってからずっと乗りまわしてた中型バイクを踏み台にしてモノレールに飛び移る。

 同時に、すでに割れていた窓から腕が伸びて、片腕でしがみついていた俺を『ガシッ』と掴んで中へと引きこんでくれた。

 

「闇の男爵、か。ある意味、もっとも君に似つかわしい衣装じゃないか」

 

 その腕の持ち主――諸星さんがニヤッと笑いながらそう言う。

 本当に貴方は拳銃やらライフルやらが似合いますね。顔もいいですね。ちょっと分けてくれません?

 

「まぁ、この仮装は今回だけになるでしょうね。なんせ知り合いの父親が産みの親……あれ? 俺、アイツの兄貴分の仮装してる事になるのか?」

「そうか。君は工藤優作の息子、工藤新一の助手だったな。……それより、肩は大丈夫か?」

「あ、大丈夫です。すぐに嵌め直します」

 

 利き手じゃなくて本当に良かった。これが逆だったら、そもそもモノレールに飛び移れたかどうかも怪しい。

 右手をそっと添えて左肩を外してから、改めて関節を繋ぐ。最近こういう技術ばっかり覚えてしまって本当に困る。

 

「手慣れているな」

「文字通り、慣れているので」

「その年で大したものだ」

「……半端者の証拠です」

 

 こうしてドンパチが増えるとなると、現状のままじゃ俺も含めて全員の技術――そもそも人員が足りなくなる可能性があるなぁ……。予算見直して……いや、企画書練って史郎さんか朋子さんの所に直談判しに行くか。

 

「さて、これからどうする?」

「そうですねぇ。相手が弾を消費しきるまで相手するのも面白そうですけど……さすがにそれまでには増員が来るか」

 

 敵は前と後ろにそれぞれ。後ろは現在三人、前方には……多分二人。しかも保護対象がいる。

 

「突入して内部の敵を制圧する。これは俺たちがいつもやってることなんでまぁ問題ないんですが……」

「その後、か」

「えぇ」

 

 一番の問題は脱出方法。

 選択肢は二択。枡山さんたちを相手して表から出て行くか、こっそり出て行くかだが……。

 

「広田さんの証言だけで枡山会長を押さえる事、出来ますかね?」

「……身柄の拘束は可能だと思うが……色々な所に顔が利いてそうな枡山を相手に、日本警察がどこまで本腰を入れてくれるか、だな」

「それに、警察内部に連中側の人間がいないとも限らない」

 

 今すぐ押さえられたのならば硝煙反応っていう証拠があるけど、一度逃げられたら俺達と広田さんの目撃証言――あ、俺、ここにいないはずの人間だから証言できねーや。や、確実に全てを一網打尽に出来るならいいんだけどそんなはずはねーしなぁ……。

 そんな簡単に決着がつけられるんなら違和感しか覚えない『一年』を繰り返しているハズがない。

 

「まぁ、向こう側に到着する前に作戦を立てましょう」

 

 手持ちの武器はなし。というか使うつもりはなし。

 だから諸星さん、使うかね? って言いたげに拳銃ちらちらさせないでください。

 こういう時うかつに武器使うと余計なフラグが立つんですから。

 えっと、たしか前の時に用意していた地図はまだ残しておいたハズ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(なるほど、武器は必要ないと言うことか)

 

 差し出した拳銃を受け取らず、静かに息を整えている男は、相変わらず程良い刺激をくれる男だ。

 諸星大――赤井秀一は改めて、浅見透をそう認識した。

 

「内部に突入したら二手に分かれましょう」

 

 事前に用意していたのか、浅見透は懐から地図を取り出す。先日の一件の際に、事前調査として用意していた物だ。これを今も持ち続けていたとは物持ちがいいというか――

 

(あるいは……始めから決戦の予定地と見ていたか?)

 

 あり得る話だ、と赤井は思っていた。

 ここは、浅見透が組織の人間と直接戦った唯一の場所だ。組織の人間が調査しに来る可能性は十分以上にあった。なにより、あの狙撃手が行方を絶った所でもある。その可能性が跳ね上がる事はすぐに思いつくハズだ。この非凡の塊と言っていい男なら。

 

(……もちろん偶然という可能性もあるが……それにしては全てが整い過ぎている)

 

 すぐにでも駆けつけると思っていた組織の増援が来る気配はなく、敵の主力は分断され、保護対象は逃げ場の多い場所に逃げ込み、どういうわけかかつて交戦した狙撃手が彼女の護衛戦力になっている。

 

「浅見君、君はいつからこうなる事を読んでいた?」

「? 今こうして戦っている状況ですか?」

 

 浅見は仮面の上からトントンと額を叩くような素振りをする。

 しばし、そうして考えて――

 

「いつかこういう状況になると思ったのは、森谷の事件の時から。覚悟が決まったのは、その後の爆弾事件からでしょうか」

「爆弾事件?」

「カクテルというバーでちょっと……」

「バー・カクテル……なるほど」

 

 森谷帝二の事件は、死亡確認が取れない工藤新一の助手が表舞台に出たと言う事で組織が注目を始めた辺りだ。

 そしてカクテル。確か、テキーラが取引場所としてよく活用していた場所だったはず。

 

(……少なくとも、戦う事はかなり前から決めていたのか)

 

 やはり興味深く、そして侮ってはいけない存在だということは確信できた。

 

「さて、そろそろ到着します。後方の連中もすぐにモノレールを呼び寄せてこっちに来るでしょう」

「罠を警戒して時間をかけてくれる可能性はないか? 名探偵君」

「――ないでしょう。向こうにとって時間は敵のはず。……こっちにとってもですが」

 

 浅見はすばやく、地図に何箇所かペンで×印と△印を次々に付けて行く。

 何のことかとしばらく見ていたが、

 

(なるほど、隠れるのに最適な所が×、逃走経路に最適な道が△か)

 

 ひょっとしたら、以前の狙撃戦の時に、内部での戦闘すら想定したのかもしれない。

 

(いや、していたと取るべきか。キャメルの話だと、内部のパイプまで把握していたという事だ)

 

「到着次第、二手に分かれましょう。諸星さんは隠れる場所の多い上層を、俺は逃走経路の確保も兼ねて中層を押さえます。下層は――まぁ、水没してますので」

 

 指で順路を指し示す手際にためらいはない。やはり相当この建物の研究、シミュレートを行っていたのだろう。

 

「まずは俺が予備の自家発電を起こして、警備システムを掌握します」

 

 問題ないだろう。何度か彼と仕事を共にしているが、建物内のシステム掌握に関しては瑞紀君、バーボン――安室君に次ぐ実力があると見ている。

 浅見透の持つ技能の中では、最も得意な爆弾解体技術の次に誇っていいスキルだろう。

 彼は少々謙遜しすぎのきらいがあるが。

 

「照明はあったほうがいいですか?」

「そうだな、建物の掌握をアピールすることで相手にプレッシャーを与える効果があるだろうが……掌握する君のほうは発見される可能性が高くなるぞ」

「こちらが発見された場合は、上層まで敵をおびき出します」

 

 警備室を差していた指がエスカレーター、エレベーター、非常階段の三つのルートをそれぞれ辿る。

 どれを選ぶかは状況によるので、こちらも場所を正確に把握しておく必要がある。

 

「ただし、最優先は敵の確保よりも広田さんの発見、保護。場合によっては俺を置いて先に彼女と脱出してもらって構いません」

「……君の危険度が跳ね上がるが?」

「保険なんかもそうですが、死ぬ用意は済ませてあります。身元を示す物は持ってきてませんし、持ち物に指紋は付けていません。唯一怖いのは顔ですが……まぁ、どうにかします。あぁ、ですから――」

 

 仮面にシルクハット、そしてマントを羽織い正体を隠した男は、音もなく立ちあがる。

 前から思っていたが、日に日にこの男は身のこなしが洗練されていく。

 

「いざという時は、越水達のことをお願いします」

 

 そして所長は――おそらく仮面の下でいつも通りの笑みを浮かべているのだろう――シルクハットの位置を直しながら、「これ、皆にお願いしてるんですけどね」とボヤいている。

 

(本当に――怖いな、君は。とても……怖い)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「これを繋げば……後少しっ」

 

 元々の基礎配線は彼が――カルバドスがやってくれていた。自分の仕事は彼が時間を稼いでくれている間に全ての用意をする事だ。

 先ほどから銃撃の音は続いている。それに外でも。ひょっとしたら、組織の増援が来たのかもしれない。

 

「もう少し、もう少しで――」

 

 あの子を迎えに行ける。

 広田雅美――宮野明美の目的はただそれだけだった。

 組み立て終わった爆弾を、カルバドスが印を付けた所に取りつけて行く。

 効率的にこの建物を程良く壊すための仕掛け。今仕掛けているのは重要な支柱の一つだ。

 

 ここから無事に逃げ出せたら次は逃げるのではなく、組織の懐に斬り込まなくてはならない。

 組織にとって貴重な頭脳と言われている妹なら、間違いなく組織の中枢か、あるいは重要な施設にいるはずだ。

 

(多分、そこまで彼は付き合ってくれない)

 

 カルバドスは、その表情から何を考えているか全く読みとれないが、ここまで全力で守ってくれた男だ。

 だが、お人よしというわけではない。いや、裏の世界にいるにしてはかなりお人よしの部類だが、貸しと借りに関してしっかりしていると言うべきか。

 

(でも、私一人では不安が残る)

 

 手助けしてくれる戦力がどうしても必要だ。妹を救い出すために。

 その第一候補がカルバドスなのだが、彼を味方にするには、自分が彼の役に立つところを見せなくてはならない。向こうに貸しを作らせればいいのだが――どうすればいいのかが分からない。

 

(やっぱり、あの人に頼るしかないのかしら)

 

 あのピスコがもっとも警戒し、そしてもっとも打撃を与えた男。

 密輸ルートを潰し、資金洗浄のためのダミー会社を潰し、表の経済面でも鈴木財閥の活動を支え、枡山傘下の会社の動きを抑えた。

 ワインに酔ったピスコが良く零していた三人の中の一人。その中でも特に注目していた――明美の目には激しい嫉妬と狂おしい程の執着の目に見えた――麒麟児の一人。浅見透。

 

(事実、ピスコの個人資産だけとはいえ、組織の幹部に最も攻勢に出て、かつ手を出させなかった人は彼しかいない)

 

 幾度か、ピスコは泥参会の様な反社会勢力を上手く煽り、浅見探偵事務所やその周辺の人物にダメージを負わせようと画策していたけど全て失敗。事前に襲撃グループが逮捕されたり、あるいは『偶然』対立勢力のいずれかに逆に襲撃されるなど、理由は様々だ。

 後者の場合は、なんとか浅見探偵事務所の関与の痕跡を探そうとしていたが欠片も見つからず。

 杖をへし折って悔しがっていたのを、よく覚えている。

 

(だけど、どうやって彼に接触を? 周りに監視の目があるのは確実。迂闊に接触すれば、あの子をかくまってくれそうな逃げ場を潰してしまう事になる)

 

 彼が個人で動く存在ならばなんとか強引に接触する手もあったが、もはや彼は鈴木財閥の後ろ盾の元に一大勢力を築き、率いる重要人物だ。当然、周囲の目の数は以前接触した時よりも確実に増えている。少なくとも、数倍というレベルじゃないだろう。

 

「――あっ」

 

 手元から、爆弾のケースを固定するために使っていたドライバーが滑り落ちる。

 手袋をしていた事に加えて、これからの見通しの悪さに知らず知らず手が震えていたようだ。

 カラン、カラン、と音を響かせ床を跳ねていく。

 

(……今からビビってちゃあ世話ないわね)

 

 スッと無意識の内に息をひそめ、辺りに人影や気配がないかを確認してから静かに動きだす。

 

「――え?」

 

 それと同時に、思いがけない光景が目に入って来た。

 つい今しがた取り落としたドライバーが、こちらに向かってきている。いや、その後ろに白い物がひょこひょこ着いて来ている。正確には――

 

 

 

――……にゃおう?

 

 

「…………猫、ちゃん?」

 

 黒い首輪を付けられた、白くてスマートな白猫がドライバーを咥えて、ひょこひょこと彼女の元へと向かってきていた。

 

 




やっぱり書いてて一番楽しいのはこの作品だなぁ
2,3話でケリ付けて次の章に行きたいと思います

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