平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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050:駒の役割。指し手の役割

「なるほど、ね」

 

 盤面での闘いは、もう終盤だ。こちらの囲いは崩された。

 一応何度か反撃して、持ち駒はいくつかあるし、攻めようと思えば攻められるが……

 

「彼のために、何かしたい。でも、何ができるか? 肝心の敵が分からず、自分も分からないから、自分の進む道筋も見失いかけている。そんな所かな?」

「はい」

 

 やっぱり太閤名人、というべきだろう。強い。まぁ、将棋なんて僕もそんなに打った事はないけど……。

 向こうの台所では、桜子さんが食事の用意を終えたのだろう。源之助とクッキーの餌をいつもの小皿に持って歩きまわっている。『源ちゃーん? 源ちゃんご飯ですよー? もう、クッキーちゃんはいるのに……っ!』と言っている様子からして、またいつも通り源之助がどこかに隠れているのだろう。

 

「なるほど……なるほど」

 

 羽田さんは、こちらが打つ手を考えている間に、同じ言葉を何度も繰り返している。

 

「彼は指し手。じゃあ、その指し手がなんとしてでも守ろうとするのは、何かな?」

「……王将……ですよね」

「正解。そう、王将だ」

 

 その言葉に釣られた訳ではないが、自分の玉を動かす。まるで今の僕の様に、一歩、危険地帯から遠ざかる。

 

「じゃあ、王将の役目って何だと思う?」

「捕られない事じゃないんですか?」

「まぁ、そうなんだけど」

 

 自分はたっぷり数分は考えたと言うのに、羽田さんはあっさりと次の手を打ってくる。

 ……透君の将棋仲間っていう黒川医師と一度話して、こういう場にもっと足を踏み入れた方がいいのかな。

 透君、ゲームとお酒以外の趣味ってなると将棋とアウトドアくらいしかないし。

 

「僕はね、越水さん。王将って盤上と指し手を繋ぐ存在だと思っている」

「……繋ぐ……」

 

 パチン、と盤と駒がぶつかる音がする。指した訳ではない。意味なく、手にした駒をその場で軽く打っただけだ。

 

「そう。盤の外にいる人と、盤の上にいる駒――いや、人をね」

 

 頭に思い浮かぶのは、あの事務所の面々だ。僕、ふなちさん、安室さんで始めた事務所にどんどん集まってきた人達。

 

「王将があるから、指し手は疑似的に盤上の世界に関わる事が出来る。逆に、指し手がいなければ王将は捕られちゃう。……その前に、勝負が全滅するかさせるか、しかなくなっちゃうけど」

「…………」

 

 ふと、浅見君がいなかったらどうなっていたかを考えてみる。答えはすぐに出る。

 今頃、僕は死んでいるはずだ。あの取るに足らない高校生探偵や、関係した人間を道連れにして。

 

「指し手がいなければ王も死ぬ、か」

 

 確かに、そうかもしれない。僕と同じように守られているふなちさんは、とてもそんな感じには見えないけど……ただ、間違いなく彼女の人生も透君の影響で大きく変わったはずだ。――透君のせいで捻じ曲げられたという方が正しいのかも。

 

「時には駒を犠牲にしなければならない指し手と繋がり、理解し、そして受け止める。それが王将の在り方の一つじゃないのかな?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「アクアクリスタル……またここに来るなんてね」

「……あの時を思い出すね。コナン君」

 

 枡山憲三の家に現れたジン達の跡を付けてたどり着いた先は、先日、自分たちの推理の舞台となった施設の近くだった。

 

「内部はほとんど水没したそうですが、それでも形は結構残っていますね」

 

 浅見さんの指示で、こちらと合流した沖矢さんが、眼鏡の位置を直しながらそう呟く。

 

「内部に入るには、二か所。モノレールの軌条の上を歩いていくか、あるいは瑞紀さん達が以前脱出された時の様に、海中から侵入するか……もっとも、この薄暗い中ではどちらもライトが必須。あの黒尽くめの怪しい連中に見つかるのは確実だろうね」

 

 そうだ。こちらから仕掛けるわけにもいかないし、おまけに内部では恐らくこれからドンパチが起こる。

 

(どうする……目暮警部に連絡して……いや、駄目だ)

 

 今すぐに連絡をすれば、警部は人員を引きつれて来てくれるだろう。が、問題はその後。

 万が一にでも逃げられれば――いや、捕まえたとしても、組織が即座に潰れる訳ではない。

 残った組織の人員は、恐らくどこから警察に連絡があったのかを調べるだろうし、加えて組織と交戦した警察関係者をそのままにしておくとは思えない。

 

(くそっ、どうする。手掛かりを得るためには――)

 

「ふむ……連中が分かりやすい暴れ方を……例えば発砲でもしてくれれば都合がいい。そういう所かな?」

「え……」

 

 突然、こちらの顔を覗き込むように沖矢さんがしゃがみ込む。

 

「う、うん。えっと……まぁ……」

 

 とっさになんて言えば分からず、曖昧な言葉を返すと、沖矢さんはあやすようにポンッと軽く俺の頭の上に手を置いて、そして立ち上がる。

 

「瑞紀さん、ちょっと行ってきます」

「はいはい。ちゃんと帰ってきてくださいね?」

「……行くって、どこに?」

 

 気安いやり取りをする二人に、思わず疑問の声を上げてしまう。

 そのまま沖矢さんは、ちょっと近くのコンビニに出かけるような気軽さで、ここまで乗ってきた車から白くて大きなケースを持ちだした。

 

(あの大きさ――まさか、ライフルケース!?)

 

 その大きなケースを肩にかけ――沖矢昴という男は、眼鏡をわざとらしく直しながら、俺たちにこう告げた。

 まさか……ひょっとしてこの人、あの時盗み聞いた話の中の――っ

 

「ちょっと……大暴れに、かな」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 暗闇に包まれた、従業員用の細い通路を駆け抜けていく音がする。

 その音を頼りに追っているが――

 

「ちぃっ! 待ちな!」

 

 カルバドスの逃げ足は早い。例の浅見とかいう男との戦闘に備えて内部の情報を仕入れていたのだろう。かなり正確に内部を把握している。

 

(とはいえ、全てを完璧にというわけじゃないねぇ……!)

 

 先ほどコルンが回り道をして挟撃を仕掛けた際に、恐らく想定していない逃げ道を取ったのだろう。それまでに比べて一度逃げ方に精彩を欠いた瞬間があった。

 もっとも、だからと言ってそれで捕らえるのが楽になるというわけではない。

 

 走っている自分の足に、僅かな違和感を感じる。咄嗟にそこを飛び退くのと同時にキュイッ! という音がする。くくりつけたワイヤー同士がこすれる音だ。そして、飛びのいたその場所目掛けて、ぶしゅううううっ! という音と共に白い煙幕のような物が大量に降りかかる。

 

「ちっ、消火器かいっ! またチマチマしたトラップをっ!」

 

 カルバドスは、その技能の高さから狙撃を任される事が多いが、自分やコルンの役割が『狙撃手』であるのに対して本来の役割は『兵士』だ。地形を読みとり、有利な状況を作り出し、そして多数の武器を使い分けてそれに対応する。純粋な『戦闘』において最高の技能を持つ存在。それがカルバドスだ。

 

(……あぁ、でも女が絡んだ時に変な厄介事を呼び込む癖があったね)

 

 最近だと、あの女狐――ベルモットに入れ込んで……そうだ、そもそもカルバドスが日本に来たきっかけもベルモットじゃないか。

 

(……馬鹿な男と厄介な女が絡むと面倒だねぇ)

 

 とにかく、こうして追いかけっこをして分かった事は三つ。

 一つ、もう一つのターゲットの宮野明美はどこか別の所にいる。少なくとも、同時に行動していないし、奇襲の気配もない。

 一つ、カルバドスは武器――銃も弾薬もほとんど持っていない。高い確率で、今所持している武器と弾薬だけだろう。予備として、もう一丁くらい隠し持っている可能性も残っているが……。追いこまれない限り使わないだろう。

 

(アイツが発砲したのは、最初に一発、最初に逃げ出した時の威嚇に二発の計三発のみ。撃った後に薬莢の音がしなかったところを見ると、持っているのは最初の撃鉄音と合わせてリボルバーと確定していい)

 

 となると、残る弾は最大三発。

 

(それだけの武器しかないのに、逃げ場のない施設に立て篭もる? あのカルバドスが?)

 

 分からない。だが、カルバドスには何か狙いがあるに違いない。

 

(――くそっ。なんだい、アイツの狙いは)

 

 もっとも気になるのは、例の公安とカルバドスを繋げたという『ことになっている』女――宮野明美がここにいない事だ。

 今自分達とカルバドスは、アクアクリスタルの二階部分で撃ち合いをしている。

 ……待て、そういえば自分達はどうやってここにたどり着いた?

 

(モノレールの走行路を歩いて接近。内部を調べたらトラップが仕掛けられて――)

 

 そう、トラップだ。仕掛けているという事はそちらに待ち構えている。コルンがそう判断して、それで……

 

(――まさか、トラップがなかった方に女が?)

 

 それはない。最初のトラップを見つけた時に相棒とそう話した。

 真実はどうあれ、カルバドスは女――宮野明美を守って逃走している。要するに奴の護衛対象だ。

 あの男が、護衛対象を無防備にさせるとは思えない。思えないが――

 

「……やっぱり、アンタは面倒な男だよ。コルン」

「なに?」

「カルバドスはアタイが足止めする。アンタは女を探し出しな」

「…………」

「……分かってるよ。撃つにせよ、そうでないにせよ、ちゃんと待っといてやるよ」

「……約束」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 内部にいるキャンティ、コルンと逃亡者達の攻防が始まっている。

 

「どうやら、鼠どもは自分から袋に入り込んだ様だな」

「みたいですね、兄貴」

「問題は公安の連中だが……どうするかね、ジン」

 

 とりあえず分かる所にいる連中は一旦置いてもいいだろう。カルバドスと宮野明美は、反撃の手段を持っているとしてもそう手数はない。ここに足止めできていればそれで十分。

 

(問題は、アイリッシュを追っている公安をどうするかだが……)

 

 ラムに貸しを作ることになるのが癪だが、キュラソーに排除してもらう手もある。

 一応自分の部下達も招集を掛けているが、FBIやCIAならともかく日本の警察機構とやりあって、妙な手掛かりを掴まれるのは可能な限り避けたい。

 日本という場所は、我々にとって特別なのだ。だから幹部が常に常駐している。

 賄賂を受け取らない警官が多い国だ。ここでの活動で求められるのは慎重さ。

 

(……いっそのこと、私も一度海外に逃げた方がいいのかもしれん)

 

 宮野志保を掌中に収める計画は、ジン、そしてラムに集中を始めている組織内の力関係に、新しい楔を打ち込むものだ。

 今のままでは、組織はいずれ持たなくなる日が来る。そう考えている。

 ラムはともかく、ジン。奴はあまりに攻撃的過ぎる。組織内部を引き締める役目ではあるが、今のままジンに権力が集中すれば、奴が誰を始末しようが文句を言える人間はいなくなる。

 それは組織に柔軟性を失わせる。『そういう人間』を利用し、逆にこちらから根を張るような真似もジンには出来ないだろう。

 

(宮野明美とカルバドスを追いつめるまでは良かったが……まさか、本堂瑛祐の周りにCIAだけでなく公安までいたとは……)

 

 これはつまり、元々本堂瑛祐が公安の監視下にあったと言う事だろう。

 なぜ、一応はただの高校生である本堂瑛祐に監視の目が付いたのか?

 

(……まさか……まさか――)

 

 脳裏をよぎるのは、三人目の麒麟児。適当に着崩したスーツにサングラスをかけて、ふと気が付けば近くにいる――探偵。

 複数の組織に介入しうる存在。そして、この枡山憲三を相手に戦おうとする気概を持つ人間――

 

(貴様の仕業か……っ! 浅見……透っ!!)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「さて……瑛祐君を上手い事現場から遠ざける方法が思いつかないんだけどどうしようか怜奈さん」

「そんな、今更!?」

 

 とりあえずアクアクリスタル付近に到着。マリーさんの車も発見したけど、園子ちゃんが車の外で、妙にテンション高く夜景に向けて携帯を向けている。カメラで夜景を撮影しまくっているのだろう。相変わらず頭の中がお花畑げふんげふん――恋愛関係で一杯だなぁ……。

 

「どうにもアクアクリスタルに色んな連中が集まっているみたいだし……。一応手っ取り早い変装道具は持って来たけど、顔をさらすのは色んな意味で危険ときた」

 

 しかも肝心の瑛祐君とマリーさんがいない。本当はもっと近づいて調べたいのだが……

 

「とりあえず再確認。モノレールの発着所の近くに陣取っている奴らは危険っていうことで間違いないんですね?」

「えぇ、私の知っている中でも、特に引き金の軽い奴らよ」

 

 わーお。なるほど、とびっきり危険な連中って事か。

 

「ちなみに、怜奈さんから見た枡山会長はどういう印象ですか?」

「……難しいわね。とびっきりの曲者としか……」

 

 曲者。ふむ。

 

「自分なりにその一言を解釈させてもらうと……いつもうっさん臭い何考えてるか分かんない表情してるおかげで実際の感情も内面も読みとれず、しかも陰謀とか謀略とかが得意なおかげで、言ってることが全て信じられない上に、行動や言動等がどう作用するか分からないという……なんというか、絶対友達にしたくないような死ぬほど陰険で面倒くさい男――って感じでいいですかね?」

「…………えぇ…………えぇ、そうね。何一つとして間違ってないわ」

 

 どうしたんですか怜奈さん、むちゃくちゃ深いため息吐いて。

 俺の顔をそんなに見つめても解決策は出ないっすよ。

 

「となると、森谷に近い感じか。……予備策いくつか持ってそうだなちくしょう」

 

 能力ある上にプライド高そうな奴ってのは、どうしてこう面倒な奴が多いのか。

 こういう奴は保身には長けている。問題はその保身が、周りを固めるタイプか、逃げ道を確保するタイプかだ。両方の策を持っている奴はいても、必ずどちらかに偏るはず。

 

「他に何か特徴は?」

「そうね……今はいないようだけど、彼自身が育てた子飼いの部下たちがいるわ。中にはとびっきり優秀なのもいるそうだけど……」

「……自分で育てた?」

「えぇ、そう聞いているわ」

「……自分で盤面を全て整えたがるタイプか」

 

 んー、まだ人物を掴みきれない。

 あの連中が、なんらかのアクションを起こしてくれるといいんだが……かといって武装している連中相手にコナン達に『ちょっとつついて来て』なんて言えるはずがない。こう言う時にベストなのは、実際にそういう連中相手に動きなれているだろう諸星さん――あぁ、いや

 

「赤井さんに期待するか」

 

 そう口に出して、懐の携帯電話に触る。理由はともかく自分は重要視されてるみたいだし、メールすれば答えてくれるかもしれない。そう思った瞬間――プルルルルッ! という甲高い電子音が辺りに鳴り響いた。

 とっさに音のする方を確認すると、そこはモノレールの発着場だった。

 それまで暗かった発着場の明りが次々と点灯し、そして動かないはずのモノレールが動きだした。

 

 

 

――いくつもの銃声と共に。

 

 

 

 

 




疲労胃ン「自己紹介乙」

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