先日、自分の背中には瑞紀ちゃんを乗せていた。今朝がたはコナン。そして今は、人気アナウンサーの水無怜奈を乗せている。役得って言葉はこう言う時に使げふんげふん――いやいや今はそれどころじゃない。
状況をまとめよう。あの瑛祐君と怜奈さんは親戚同士で、ただし向こう側は怜奈さんの事を知らないと。
で、詳細は話せないけどとびっきりの爆弾になりうる女がいて、それがあのマリーさんだという。
現状、疑われる訳にはいかない怜奈さんは、疑われないようにどうにかして瑛祐くんとマリーさんを引き離さなければならないんだってさ。HAHAHAHAHA。
……話を聞いた時、やはりすぐさま土下座した方がよかったんじゃなかろうか。
いや、ぶっちゃけこちらの計画通り事態が動きまくって、誰がどっちサイドかハッキリしたから俺個人としては万々歳なんだけど。
正直ガッツポーズを取りたいくらいだ。
(もっとも、マリーさんも怜奈さんも両方敵で、これがただの内輪もめっていう可能性もあるけど……)
それでも、怜奈さんが血縁のために動く人間だと知れたのは大きい。となれば、怜奈さんの立ち位置をもうちょいこちら寄りにするためにも、瑛祐君の保護はなんとしても俺かコナンがやらなければならない。
下衆い言い方だが、水無怜奈という便利な将を手にするためには、瑛祐君という馬を手に入れるのが一番ということだ。
…………いや、違うんですよ沖矢さん。今回は緊急だからこうして色々やっている訳で普段はこんな狡い手段なんて使わないどころか思いつきもしない一般的な小物なんです私。
決して動揺している所を更に揺さぶろうと素顔出したとかそういうわけじゃないんです。ちょっと浅見透がどう思われているか確認しておきたかっただけなんです。
さて、そのために現状どうするかという問題に戻る訳だが……。マリーさんに直接電話をかける手段も考えたが、念のためにこうして後を付けている。
俺も怜奈さんもフルフェイスのヘルメットだし、パっと見で誰かは判別できないだろう。
(さて、どう事態に決着を付けるか……)
マリーさんをここでとっ捕まえるのはNG。出来るだけ敵側も手元に確保しておきたいのもあるけど、そもそも主人公であるコナンが全員をどう見るかを参考にしないといけない。――勝てないなんて考えているわけじゃないですよ?
加えて、マリーさんを紹介してきた安室さん。あの人の立ち位置もやっぱり分からない。そもそもなんで俺の所に来たのか……いや、やっぱり目的が鈴木財閥だったって考えた方がいいか。
(でも、コナンと安室さんはそれなりに関係は良好。……探偵みたいな推理力からしてアレかな。コナンのライバル的な立ち位置なのかな?)
コナンという主人公にとって完全な敵は、コナンから通信で聞いた『ジン』と『ウォッカ』っていう二人組だろう。となると、他にいそうな物語のポジションといえば、敵か味方か良く分からないミステリアスなライバルとかなんだけど……うーん?
「ねぇ、浅見君」
後ろから、フルフェイスのヘルメット越しのくぐもった声をかろうじて拾う。走行中というのもあって、危うく聞き逃しかねない声だった。
「なんです?」
「貴方は……私達の事をどこまで?」
「残念ながら、なんにも」
「信じられないわ」
おかしい。助けを求められてそれに応えようというのにこの扱いはなんなのか。
「本当ですよ。ある理由(貴女を盗聴して)から枡山会長にちょっとした疑いが出て……その調査中に貴女をお見かけしたので気になって、失礼ながら尾行させてもらったという所でして。何がどうなっているのかはさっぱり……」
うん、嘘は言ってない。
「じゃあ、赤井秀一とはどういう繋がりなの? どこで彼と出会ったの?」
えーと……諸星さんの事でしたよね?
「一緒に食事をしただけの繋がりですよ。ちなみに初めて会ったのはラーメン屋です。美味いんですよねぇ、そこが」
「…………」
いや、本当に。それがどういうわけか、自分を守ってくれたけど。
「他に、何か聞きたい事はありますか? ぶっちゃけ、不安や不満、疑問は今の内に全部ぶつけてほしいんですけど」
さすがにこれだけだと信頼もヘッタクソもない。瑛祐君を手元に置くつもりである以上、少しは彼女にも友好的になってもらわないと。
「……いいわ。今の私に、選択肢はないもの。あの子を救ってくれるなら、私は……」
そう思って聞いてみたけどこれである。ねぇ、怜奈さん。なんでずっと悲壮感を漂わせているんですかね。ちゃんと瑛祐君は助けるし怜奈さんも安全になるように全力を尽くすって言ってるんだから、そんな13階段を上がっていく死刑囚のような顔しなくても……。
あ、やっべ。合流する予定の安室さん達どうしよう。場所は教えているからもう向かってると思うけど。
「いえ……そうね、一つだけ聞いておきたい事があったわ」
「なんでしょう?」
「――貴方の最終的な目的って何?」
「何って……そりゃあ」
「――ハッピーエンドですよ」
「…………やっぱり信じられないわ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
これだけの面子が集まるのも久々だ。
ジン、ウォッカ、キャンティ、コルン、私――ピスコ。
すでにキャンティとコルンは、内部の調査に入っているためこの場に顔があるわけではないが、それでも豪勢な事には変わりない。
「最後の舞台は海辺、か。アイツにもそんな洒落た所があったんだな……」
いつもと同じ銘柄のタバコにマッチで火を付けながら、ジンはそんな事をのたまう。
発酵煙草など吸うものだから、酷い臭いがする。やはり、コイツとは趣味が合わない。
「ジン、アイリッシュから連絡が入った。公安に嗅ぎつけられたようだ。今追手を引きつけながらこちらに向かっている」
その一報が入った時は心底驚いたものだ。まさか公安が本堂瑛祐の周辺を固めていたとは。
CIAの可能性はあったが、まさか公安とは……。拳銃を隠し持っているのを見られたために、咄嗟にその公安警察官を突き飛ばし逃走。
別に放置しておいても良かったが、どうやら相手側に執念深い指揮官がいるようだ。アイリッシュを追う手が厳しく、完全に振り切ることが難しいということだ。
(ならば、おびき寄せるまでだ)
最近、公安は私の周辺を嗅ぎまわっていたようだしちょうどいい。ここでまとめて始末させてもらおう。
ここで人員を大幅に削れば、公安の活動も鈍くなる。私にとっても、組織にとっても有益となる。
カルバドス、明美君諸共……ここで退場願おう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
アクアクリスタル。ショッピングモールや映画館、舞台にレストラン、バーなど様々な要素を盛り込んだ一大海上娯楽施設。そして、つい先日連続殺人事件……いや、殺人および連続殺人未遂事件の舞台になった場所だ。
「海水が入り込んでて、レストラン部分とかは完全に沈没してるね。聞いた話じゃあ、めったに飲めないビンテージのワインなんかも下にあったらしいけど……これじゃあ、引き上げるには一苦労するね」
「……もったいない」
相棒のコルンと共に、内部を調べていく。本当にカルバドスはここに逃げ込んだのだろうか。
(いや、もしアタイらと戦うつもりなら……)
海の中にそびえ立つこの施設、侵入するには無人のモノレールを使うか、ボンベを担いで海中部のホールの割れた窓からしか侵入口は無い。侵入口が限られているのならば、動きも推測しやすいだろう。
自分とコルンの狙撃技能も、仮に狙撃出来そうな所でカルバドス達を発見したとしても、向こう岸からでは距離と風の影響で難しい。
(組織から逃げ出したばかりのアイツならば、武装なんてほとんど持っていないはず……追手の第一陣になるアタイらと戦うには、武装が制限されるここは絶好の場所ってわけか)
「……キャンティ」
「なんだい、コル――おっと」
相棒に呼び止められ、足を止めて気が付いた。暗闇で気が付かなかったが、よくよく見るとわずかに光が反射した細い線が目に入る。トラップワイヤーだ。そのワイヤーを辿ると……
「ブザーかい。ひっかかっていたら盛大なファンファーレが鳴り響いていただろうねぇ」
「居場所、バレる。近づくのが難しくなる」
そう、ジン達からはカルバドスの殺害命令を受けているが、どうにかして説得できないかと考えていた。
ジンも、カルバドスも。
「そもそも……どう思う、コルン。あの不器用なカルバドスがノックだなんて……」
「信じられない」
カルバドスへの疑いを、相棒は一言で切って捨てる。
確かに、自分達の世界で裏切りは良くあることだ。良くある事だからこそ、許されないのだが……。
それでも、あの不器用な男と裏切り者という行為はどうにも繋がらない。
むしろ怪しいと思うのは……
「ピスコ、何か企んでる」
「あぁ、ベルモットみたいな目をしやがって……気に入らないねぇ」
久々に顔を見たピスコだが、以前にはなかった隠しきれない野心が垣間見えていた。ジンは却って気に入ったようだが……。
「……カルバドス、嵌められた?」
「アタイはそう思うね」
ピスコの栄達のための、ちょうどいい手柄としてでっちあげられたら? ……いや、でっちあげるのも一苦労するはずだ。なら、どうしてそこまで――
(あー、ダメだ。どうにもこういう頭を使う事は苦手だねぇ)
同じ頭の使い方でも、どうやって対象の頭を吹き飛ばすかの方がよっぽど楽しいし有意義だ。
「……浅見透は?」
「あん? あぁ、ベルモットに吠え面かかせたって愉快なヤローかい?」
あのいけ好かない女にひと泡吹かせた男の話は、組織の幹部ならば全員が知っているだろう。
組織が消した工藤新一という高校生探偵の助手。そして今や、日本でも有数の探偵として活躍を始めた男だ。本来の探偵業である調査以外にも事実上の警護等も行っているため、海外でも一部メディアが騒ぎ始めている。
そして今、ピスコが主導していた密輸計画も半分はあの男に潰されていると聞く。いい気味だ。
「カルバドス、よく話してた。やっかいな男だと」
「へぇ、あのカルバドスがねぇ……」
あの男は基本的に執着しないタイプと思っていたが……いや、ベルモットに惚れていたのは見れば分かったし、逆に執着するタイプなのか。
「まぁ、大した脅威じゃないだろうさ。あそこにはバーボンにキュラソーも入り込んでんだ」
「…………」
相棒は相棒でしゃべらない男だ。自分と違って辛抱強く、じっと標的を待ち続けられるタイプのスナイパー。カルバドスと同じタイプ。
だが、こう言う時に会話がよく止まるのは勘弁してほしい。イラっとして適当な所に向けてトリガーを引きたくなる。
「それよりもカルバドスの場所を――」
その時、殺しに携わってきた人間としての勘と経験則が脳を刺激し、警鐘を鳴らす。
……いる。近くに。
アイツだ。
「――カルバドス!」
こちらの位置を知らせないために付けていなかったライトを付けて、前方を照らす。そこにいるという確信があったからだ。
そして、やはり。目の前の曲がり角。その向こうから、そっと僅かに姿を見せる同僚の姿――いや、元・同僚か。
「……キャンティ、それにコルン。やはり来たのはお前らか」
やはり予測していたのだろう。まぁ、今日本にいる幹部から考えると妥当な人選だから予測もつけやすかっただろう。
いつもとおなじサングラスにニット帽姿のカルバドスは、一見手ぶらに見える。
「カルバドス、本当に裏切った?」
相棒がそう問いかける。
「……俺がここで否定した所で、組織は俺を排除する意向を変える事は無い。疑わしきは消せ。……それが俺たちのルールだろう」
心なしか、最後に会った時に比べてカルバドスは口数が多い。命を懸けた現状への不安の表れかと思ったが、そもそもそんなのを気にする男ではなかった。
「カルバドス。武器を捨てて降参しな!」
ここで交戦すれば、ますます立場が悪くなってしまう。たとえそれが、針に穴を通すようなわずかなモノだとはいえ、まだカルバドスを救う可能性は残っている。
自分と相棒で、癪だがあの女狐――ベルモットに頼み込んでみるつもりだ。『あのお方』のお気に入りのあの女と、コードネーム持ちの自分達二人の嘆願ならば、ひょっとしたら届くかもしれない。
まずは、組織に直接武器を向けずに投降したという事実が欲しい。そう考えて叫ぶ。頼む、聞き届けてくれ――と。だが、
「悪いが……それは出来ない」
だろうね。アンタはそういう男だったよ。
「カルバドス、女に助けられた?」
自分が思っていた事を、相棒が言ってくれる。あぁ、そうだろうさ。あの不器用で、命令違反するくらいならば自決する様な男が動く理由なんて、それくらいしか思いつかない。女――もあるが、貸しをそのままにできない男だ。
「……そうだ。経過はどうあれ、あの女に命を救われたのは事実だ。だから――借りは返す」
その一言と共に、聞きなれた金属音がする。リボルバーの撃鉄が上げられた音。……開戦を知らせる音。
「キャンティ、コルン」
「――来い……っ」
「この……馬鹿野郎っ!!」
暗闇に、互いの銃声が響き渡る。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
小さなペンライトの僅かな灯りを頼りに、宮野明美は渡された手書きのメモ通りに『ソレ』の設定をしていく。自分と、カルバドスと呼ばれる男の唯一の逆転の手段であり、そして命綱。『爆弾』だ。
彼が回収した物は、以前に浅見透と交戦した時に使用するつもりだった物だ。といっても、重火器の類は一切なかった。
なんでも、最初の狙撃が失敗した時に浅見透をこの施設に閉じ込めるための物だったらしいが……詳細はよく分からない。
(志保……。待っててね)
自分の行動のせいで、恐らく組織内での彼女の立場は揺らいでいるはずだ。
かつて、『あの人』が組織を去った時の自分の様に。
ならば、もう待っていては駄目だ。この窮地を切り抜けて、そして――
(必ず、迎えに行くからね……っ!)
紅子様「この星の動き、輝き…………なるほど、爆発ね」