平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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探偵事務所の日常(2年目)
035:新顔、家政婦、そして手品師


6月4日

 

 超久々に日記を書く。いや、書く機会はあったんだけど入院生活が退屈すぎて……。

 とにかくここ最近の出来事を書いておこう。

 まず、久々に現場復帰したのと同時に例のマリーさんと会ってみた。うん、超強気。

 

 こうなんだろう。自信満々というか、いかにも試している視線というか――ある意味でこの間会った風見さんに近い気がする。まぁ、なんらかの重要人物であるっぽい事に加えて美人だから良し。優秀だから良し。

 

 んで俺と安室さん、そしてマリーさんでさっそく一仕事。今回は行方が分からなくなった家出娘を探してくれという内容だったが、調査を続けていけばまさかの麻薬がらみ。おまけにドンパチがセットで付いてきやがった。どうなってんだよ米花町。

 久々ってレベルじゃないくらい久々に銃撃ったけど怖かった……。先生からもらった銃で練習だけはずっとやってたけど、そのおかげか怪我をさせずに無力化できた。

 その後警察が来て全員無事に御用。小田切さんから『相変わらずだな』って言われたけど俺普段からこんな無茶してましたっけ? ……してましたね。うん。狙撃の件も無視して走り回ったばっかりだったし。

 

 ともあれ事件は無事に解決。家出していた娘さんは、友達に薬を止めさせようとして巻き込まれたようだ。幸いヤバい事になる前に無事保護。そして事が終わったらマリーさんがスッゴイ目で俺を見ていましたとさ。

 ……ホント、立ち位置不明だけど安室さん手綱をしっかりとお願いしますね?

 さて、そろそろペンを置いて、七槻に全力で土下座しに行ってこよう。

 

 

 

6月6日

 

 家政婦さんを雇う事になった。

 というのも、大学と事務所を行き来しているせいで、家がどんどん汚れていく一方だったためである。

 交代、あるいは同時に休みを取ってはいるのだが、ふと油断すると洗い物が溜まっていたり、洗濯物が積み重なっていたりする。家事をやる余裕が段々無くなっている。

 

 そういう話を、狙撃事件の前に知り合ったデザイン会社社長の若松という人に話したら、一人紹介してくれるらしい。なんでも、娘みたいな子だと言っていたが……。

 

 それと同時に、事務所の方も人を増やす計画が出ている。

 別に調査員足りてるんじゃない? って思ったんだけど、七槻の案で医療関係の知識を持っている人を出来れば雇いたいと言うことだった。本人は、『調査の際の視点がより多角的になる』なんて言っていたが、多分目的は俺だろう。

 まぁ、実際の所物騒な事が増えつつあるから、何かあった時のためにそういう人がいてくれるとありがたい。……元看護師とか、看護師から転職を考えている人とかを探してみるか。

 

 ついでに今日は次郎吉さんの所に行って来た。なんでも、例の『ロマノフ王朝の秘宝展』の再開を真面目に計画しているらしい。青蘭さんにメールで教えておくか。

 

 

 

6月7日

 

 今日は書類仕事だけで、しかもすぐに終わったので安室さんからギターを教わっていた。

 

 七槻やふなち辺りに言ったらなんで? って聞かれるだろう。実際俺もどういう流れでギターを教わっていたのか説明できないが……なんでだろう?

 

 なぜか途中で瑞紀ちゃんが来て、更には紫音さんやコナン達少年探偵団まで来るというカオス。特に紫音さん、迷惑じゃありませんでした? 安室さんみたいに上手い人ならともかく、こんな下手なギターを聞かせてすみませんでした。

 

 一通り終わって、皆で近くのファミレスでご飯食べてた時に、なんでギター教えてくれたのか聞いてみたけど、安室さんも笑いながら『なんとなくですよ』と言うだけ。

 まぁ、楽しかったからよし。今度は瑞紀ちゃんがキーボードをやりたいって言っていたし、少年探偵団は一緒にリコーダーの練習をしたいって言ってたし、どこかのスタジオ借りておくか。

 安室さんがギターなら、俺はベースにしようかな……安室さんどっちも教えられるって言ってたし。

 

 

 

 P・S

 なお、コナンの音痴っぷりが凄まじかったことを追記しておく。

 紫音さんが『ある意味天才的』と言うレベルだ。もっと分かりやすく書くと、安室さんがフォローできないレベル。お前すげーなマジで。

 

 

 

6月9日

 

 今日から家政婦さんが来てくれるようになった。やばい、すっごい可愛い。や、顔とかもそうだけど仕草とか声とか口調とかで滅茶苦茶癒される。米原 桜子さんっていう女性で、俺より年上なんだけど年下みたいな扱いになりそうだ。気をつけないと……。

 

 ついでに例の求人も出しているが、今の所まだ引っかからない。まぁ、看護師や医者、薬剤師から探偵を目指す人なんてまずいないからなぁ……。

 なぜか雑誌なんかでは、ウチの事務所が募集をかけているって既に騒いでいるようだが――そんなに騒ぐレベルなんだろうか?

 マリーさんの情報も地味に出回っているらしく、『謎の美人探偵、参戦!』みたいな感じの記事が週刊誌ではチラホラ出ている。それを見たマリーさんが忌々しそうに眉に皺をよせていたのが印象的だった。

 

 マリーさん、一応俺や安室さんとはそこそこ話すけど、他の面子とは打ち解けていない様だ。七槻はともかく、小沼博士やふなちはちょっとやりづらそうだ。どうしたものか……。

 

 

 

6月10日

 

 とりあえず、アニマルセラピー効果を期待して源之助とクッキーを交互に事務所に連れて来るようにした。二匹とも躾はしっかりしているから、粗相をすることはないし安心できる。

 

 源之助はともかく、クッキーは人懐っこい犬だ。誰にでも懐く。源之助? なぜか俺にだけ素っ気ないです。はい。

 源之助も、寝るときは俺の所に来るがそれ以外は基本『ぐで~~っ』となっている。俺以外の奴が相手の時だと全力で媚を売るんだが……具体的に言うと少年探偵団とか蘭ちゃんとか。

 

 今日は瑞紀ちゃんと一緒に枡山会長の所に顔を出してきた。怪我が完治した事に対する御挨拶という奴だ。

 枡山会長も変わらない笑顔と握手で出迎えてくれた。ついでに豪華な飯と酒(瀬戸さんは遠慮していたが)を振舞ってくれた。いやぁ、油断はできないけど良い人だなぁやっぱ。

 飲んでいた時に色々と聞かれたけど、事務所というか俺の目的とか。

 お酒が入っていたから思わず、時間に関係する所を話しかけたけど、それっぽい事言って誤魔化した……誤魔化せたよね? 一応、本音に近い所であったのは間違いないし。

 

 で、戻ってから穂奈美さんと一緒に書類仕事をやっていたら、蘭ちゃんと園子ちゃんが変なドジっ子を連れて来た。なんでも先日転校してきた子で、本堂瑛祐というらしい。そう、男である。ドジッ子の男というのは一体どの層に向けてのキャラなのか……。物語のキャラっぽくはない――と俺は思ったんだが……怜奈さんにちょっと似てるんだよなぁ。一応注意をしておこう。

 

 ……そう言えば瑞紀ちゃん、あの後野暮用が出来たって言ってたけどなんだったんだろう?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……まさか、堂々と真正面から乗り込んで来るとは……」

 

 枡山憲三――コードネーム・ピスコは昼間に彼をもてなしたのと同じボトルをグラスに注いでいた。珍しく手酌である。隣にたっている明美が注ごうかと戸惑っているが、今のピスコにはその暇すら煩わしかった。

 

「浅見透。……カルバドスを倒したのは恐らく間違いあるまい。その上で奴の単独犯と考えたのか、違う存在を背景と推理したか、あるいは――」

 

 そう、これはあり得ない事だ。あり得ない事だが――この枡山憲三が黒幕だと気が付いた上でここを訪れたとしたら? その本意は? ……一つしかない。

 

(宣戦……布告……っ)

 

 先ほどの会話を思い出す。いつもと変わらない一見軽薄な――その実、自信に満ち溢れたあの眼。

 奴は、あの眼で真っ直ぐ私を見据え、私とこんな会話をしたのだ。

 

 

『――狙撃犯の行方は未だ知れずなのか。全く警察は何をやっているのかねぇ?』

 

『いえいえ、警察の方には非常に助けられています。おかげで無防備だった自分が、完全に回復できたのですから。おかげでまた動けます』

 

『動く……ふむ。今回の事件では、例の連続殺人犯と狙撃犯に随分と痛い目に遭わされたと聞くが――それでも君は止まらないと言うのかね?』

 

『――止まりません。止まれませんよ』

 

『ほう? どこまでだね? 浅見透という男は、どこまで走り続けるつもりなのかね?』

 

『……そうですね。色々とあります。やりたい事、やらなきゃいけない事、終わらせなきゃいけない物……でも結局は――』

 

 

 

―― 俺の中の好奇心が燃え尽きるその時まで……ですかね。

 

 

 

 あの眼はいかん。あの眼はダメだ。

 バーボン、そして浅見透の二人に並ぶもう一人の麒麟児――赤井秀一。シルバーブレットと称された存在。『組織』を恐れさせる『個』。

 あの時の浅見透の眼は、奴のそれと同じ物だった。狙ったものは逃さないという――覚悟を秘めた眼。

 

(――奴の人脈の広さ、そして繋がりの質から、下手に消すのは悪手と思い先手を打ったが……)

 

 ここに来て、それが悪手だったと気付いた。気付いてしまった。これから先、あの男は決して立ち止まることはないだろう――我々の喉笛を、噛み切るその時まで。

 

(……いいだろう。君がどういうつもりだろうが、私は君に挑戦しよう。ピスコとして……いや、枡山憲三として……)

 

「明美君、例の高校生に連絡を取ってほしい。会って話したい事が出来た、とね」

「……かしこまりました」

 

 まずは、一手。確実に動く手駒を用意せねばなるまい。

 もし、浅見透という男が真に私を敵と見据えているのならば、奴もまた次なる一手を打つだろう。

 

(……久しぶりだ。この緊張感は――)

 

 一歩間違えれば、浅見透達の手によって捕らえられるか、組織の人間から粛清されるかのどちらかになるだろう。だが――

 

「負けはせんよ。……決してな――」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 とある建物の、とある部屋の中にその男はいた。――シルバーブレット、赤井秀一。

 安室透から渡された狙撃銃は、まだ手元にある。返そうと思ったら『銃刀法違反で警察にしょっ引かれろ』と言って押し付けられていた。まとまった数の予備弾丸を渡されて、だ。

 

(あの駐車場の時もそうだが……僅かに変わった……)

 

 組織にいた時、彼は秘密主義を貫く男だった。何をしているかは知らないが、気が付いたら結果を残す。そんな男だった。当然、彼と行動を共にする人間などほとんどいない。彼自身、自分の事をあまり知られないために単独行動を多く取っていたのだろうが……。

 

 そのバーボンが、徐々にだが棘が取れていっている。いや、ある意味逆か。見せかけの仮面が取れ、彼本来の顔がたまに出る時がある。軽い皮肉を飛ばして、笑って苦難を乗り越えていく。『彼』と共に。

 

(相変わらず、興味の尽きない探偵だ)

 

 あの事件の後、例の狙撃手のリトライを警戒して彼の周辺を見張っていたが――まさか、彼自身があのセンサーを無力化し、病室の窓から逃走するとは思っていなかった。

 直後にバーボンが追い掛けていたのでそのまま待機していたら、やはりというかなんというか……満面の笑顔の越水七槻やバーボン、そしてなぜか警察の面々に連行される彼の姿があった。

 ミニパトの後部座席にちょこんと座らされ、両隣りをいかつい刑事に固められている様は紛れもない容疑者そのもので、思わず声を出して笑ってしまったものだ。

 それは、バーボンも同じだった。彼を病院へと連行していく彼の姿は、とても仮面をかぶっているいつもの彼とは重ならなかった。まるで、歳の近い悪友とのやり取りを見ているようだった。

 

 なんとなく微笑ましい気分になった赤井は、窓の外を眺めながら煙草を取り出す。そしてそれを咥え、火を付ける。――いや、付けようとした。

 

 

 

――シュガッ!!!!!

 

 

 

 咥えたばかりの煙草が飛んできた『ナニカ』によって斬り飛ばされたからだ。

 

「……ほう? ここを嗅ぎつけるとしたら、奴らだと思っていたが……」

 

 斬り飛ばされて、煙草が短くなった事を気にせず赤井は、片方の耳に付けていたイヤホンを外してゆっくり立ち上がる。その先にいるのは、『ナニカ』を投げ飛ばした人間――女がたった一人で立っていた。

 

「驚かせてすみません。得体のしれない人には、インパクトを与えておきたかったので」

 

 浅見探偵事務所に所属する調査員。その中でも主力と言われる女――瀬戸瑞紀が笑みを浮かべてそこに立っていた。

 彼女は布の塊を取り出すと、それをゆっくりほどいていく。中から出たのは、盗聴器。

 赤井自身が、ピスコの家に忍び込んで仕掛けた物だった。

 

「やはり君が回収していたのか。あの時の様子からそうじゃないかと思っていたが……」

「感謝してください。あの場所だといずれ気付かれていましたよ?」

「気付かれても良かったのだが、君たちがあの男の家に入った時は焦ったよ。下手に発見されれば、君たち浅見探偵事務所に疑いが向いただろうからな――缶コーヒーでよかったらどうだ?」

「はい、いただきます♪」

 

 赤井が座っていたソファの向かい側の椅子に腰を掛けた瀬戸瑞紀は、缶コーヒーを受け取り、カシュッという音を立ててタブを開ける。

 

「しかし、よくこの場所が分かったな」

 

 冷たいコーヒーを一口飲んだ瀬戸は、ため息をついてから、赤井の問いかけに答える。

 

「この盗聴器は、有効受信範囲がそんなに広い物じゃありません。その範囲内で気にかかった場所を順番に調べていたんです。――特に、枡山会長の家を狙撃出来そうな場所は念入りに」

「ほう……」

 

 赤井はまっすぐ、話を聞きながら瀬戸の視線を観察していた。彼女もまた、真っ直ぐにこちらを見据えているが、一瞬だけ自分の後ろに立てかけてあるケースに視線がいった。

 

「――正直、得体が知れない人ですし、聞きたい事が山ほどありますがまずは……ありがとうございます。少し納得はできないですけど、所長を守ってくれてたんですよね?」

「あぁ。俺個人として、彼を死なせるわけにはいかなくてね」

「そうなんですか?」

 

 目の前でキョトンと首をかしげる姿は、無邪気で無防備な女そのものだ。だが、最初に彼女が見せたトランプ投げ、盗聴器に気が付いた鋭い観察力、この場所を探し当てた推理力と行動力が、彼女が油断ならない存在だということを示している。

 

「まぁ、せっかくですし……ちょっとお話しませんか? えぇと……」

「諸星大。彼にはそう名乗っている」

「その偽名は表に出してもいい名前ですか?」

「不味いな」

「それ、所長に伝えてますか?」

「ふむ……」

 

 短くなっていたため、すぐに吸い終ってしまった煙草を灰皿に押し付け、

 

「忘れていたな」

「……伝えておきまーす」

 

 ジト目になった瀬戸は携帯を取り出し、素早くメールを打って送信する。そしてその携帯を閉じると、今度は懐から一枚の写真と一枚の絵を取り出す。

 

「で、まぁ本題なんですけど――」

 

 その写真も、絵も、赤井にとって馴染み深い物だ。自分がたった一つ抱えている――約束。

 

「この二人の事、詳しく知りたいんです。……多分、お互いのためになる事でしょう?」

 

 やはり変わらない笑顔。否、ポーカーフェイス。だけどその目は、あの日怪我を物ともせずに死地へと身を投げ込んだ彼と同じ目だ。

 

 

―― 俺の中の好奇心が燃え尽きるその時まで……ですかね。

 

 

 

 あの時盗聴器から聞こえた、どこかで聞いたことがある様なフレーズを思い出し、思わず笑みが漏れる。

 

「……本当に、あの事務所の面子はやっかい者揃いだな」

 

 誰に言うのでもない、思わず口にした言葉に、瀬戸瑞紀は当然と言わんばかりに平然としている。

 長い夜になりそうだ。そんな事を考えながら赤井は煙草をもう一本取り出し、そして静かに火を付けた。

 

「さて、まずは君から話してくれないか? 名探偵さん」

「深く知ってそうな方から話してくださいよ。それに、探偵じゃありません」

 

 そう言って彼女がパチンッと指を鳴らすと、火を付けたばかりの煙草がポトリッと灰皿の上に落ちた。

 目を見開いて落ちた煙草を見ると、先ほどの煙草の様に切られていた。いや――まったく同じ……。

 

「――マジシャンなんですよ。私」

 

 そう言って瀬戸瑞紀は、ニッコリと笑みを深めた。

 

 

 




○米原桜子

初登場
コミック74巻
アニメ652話「毒と幻のデザイン(EYE)」

皆大好き家政婦さん。家政婦さんみたいな立ち位置の可愛いor美人キャラって結構多いですが(魔犬とかホロスコープ事件の姪っこさんとか)
その中でも個人的トップクラス。CV丹下桜。 CV丹下桜。(超重要なので2回以下略)

何気に登場回数が多い準レギュラー。警察の三池苗子の友人ということもあって、これからも登場する機会は多いと思われます。
可愛い声ですがよくよく殺人事件に巻き込まれ、目暮警部に「私、呪われているんでしょうか!?」と不安を零すが、本物の死神はその時隣にいました。

この子が実は組織の一員だったとか聞かされたらマジ泣きする。

筆者的セクハラしたいキャラ№1。


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