平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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033:一難去って……まぁ、こうなるよね

 あの事件から数日。お母さんの具合も良くなり、今日から仕事に復帰すると聞いてコナン君と一緒に様子を見に来た。正確には、あの事件でやっと分かった事をお母さんに話しておきたかったのだけど……。

 

「えーーっ!! お母さん、お父さんが撃った理由が分かってたの!?」

「当たり前じゃない。これでも一応妻ですもの」

 

 意識が朦朧としていたあの時、一瞬目に入った光景が信じられなかった。

 子供のころ見たあの光景。まるでそれを再現するように、お父さんは銃を構えていた。

 その向こう側には、別人のように怖い顔をしている沢木さん。そして、あの沢木さんにナイフを突きつけられている――浅見さん。

 

 とっさに叫んでいた。『お父さんやめてっ!』って。

 お母さんみたいに、浅見さんが遠くに行ってしまうようで……。

 でもあの瞬間、視界がボヤけていたにも関わらずハッキリ見えた気がした。

 お父さんに向けて、たまに見せるニヤリとした笑みを浮かべた浅見さんの顔が……。

 

「人質を盾にしている被疑者を確保するには、要は人質が邪魔になればいい。囲まれている状況では、殺す暇もない」

 

 そう、そして多分浅見さんもそれが分かっていたんだろう。後でキャメルさんから聞いた話だと、お父さんが撃ちやすく、そして体勢が崩れても自分に被害が出ないように姿勢を変えていたらしい。

 あの瞬間、浅見さんとお父さんは互いを理解して、信じあっていた。そう思うとなんだか嬉しい。

 本当に――本当に浅見さんが私の家族になった気がして……。

 

「そういえば、例の浅見透はどうしたの? 出血が酷かったって話は聞いたけど……」

「うん、お見舞いに行った時は元気そうだったよ?」

 

 浅見さんが目が覚ました日、私とコナン君でお見舞いに行って来た。

 やや広い個室で、『ひまーひーまー……蘭ちゃんお酒持ってきてー』なんてふざけてたけど……。

 足を吊っている布には、七槻さんの文字で『今度こそ大人しくしているように』なんて書かれていた。

 そういえば、その後しばらく安静にさせるって七槻さんからメールが来てたっけ。

 今度またお見舞いに行こうと思うけど……。

 

「コナン君は聞いてる? 私、あの後は詳しい事は聞いてなくて……」

「あー……」

 

 特に仲が良いコナン君に聞いてみる。ひょっとしたらあの後浅見さんの所に行っていたかもしれない。

 すると、コナン君はお見舞いの時の瀬戸さんみたいに顔を引きつらせる。

 

「うん……まぁ、大丈夫なんじゃない? ……今の所は」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 さぁ、お待ちかねのクイズタイムだ。窓の上から鉄格子が取り付けられ、カーテンを引けばプライバシーはある程度確保できるとはいえ監視カメラの目がある。ついでにガラスは防弾仕様で、鍵は外からしか掛けられない部屋ってなーんだ?

 

 

 

――病室である。

 

 

 

 

――病室である。浅見透専用の。

 

 

 

 

「……どうしてこうなったんだ」

 

 軟禁は覚悟してたけど、まさか病室を魔改造されるとは思わなかったよ。しかも俺専用の個室。

 目を覚ました時は普通の個室だったと思うんだけど、一度眠って目が覚めてたらこうなっていた。俺はこの出来事を『本当にあった○○な話』とかいう感じでどこかに投稿した方がいいんだろうか?

 

 足の怪我はかすっただけだったので、歩けるようになって取り敢えず鉄格子を外してみようとチャレンジしたらセンサーが反応して20秒で高木刑事がすっ飛んできた。なんで警察官が来るんですかねぇ……。

 聞けば、自分を捕獲した後のことをふなちが佐藤刑事に相談していたらしい。その結果、狙撃されたということもあるので護衛として人員を付けるのは難しくないと――佐藤さんやってくれるなぁ……。

 

「はぁ……」

 

 まさかの鈴木財閥――というより次郎吉さんがポケットマネーを使ってこの部屋を用意させて設備を整えたようだ。あの後、ヘリで迎えに来た安室さんが俺や蘭ちゃん、怪我をしている奈々さんを救助してくれ、コナンや小五郎さん達は海保の船に助けられたらしい。

 なんでも、爆薬はまだまだあったらしく、爆発していたら建物は崩壊していただろうとの事。

 

(だけど、やっぱりデカい事件の時は爆弾が関係するか)

 

 やはり、そっち方面の知識は多く吸収しておいていいだろう。特に解体技術。

 ……刑事の誰かに頼めばいい人教えてくれるかな? コナンも十分な知識を持ってるけど、勉強しておいて損はない。……高木刑事――なんか不安だからパス。白鳥刑事……最近忙しそうだからこれもパス。

 

(――佐藤刑事なら教えてくれるかな?)

 

 ぶっちゃけ、刑事の知り合いは多い。非常に多い。最近白鳥刑事や由美さんの誘いで他の刑事と居酒屋に飲みに行ったりしている内に知り合いが非常に増えている。

 この病室を埋め尽くさんばかりの見舞い品のうち、警察関係者から送られてきた花やフルーツは交通課や地域課の婦警さん達から。ハートマークや音符マークが入ったカラフルなメッセージカード付きである。皆さん本当にありがとうございます。

 

 そして小さな盆栽やサボテンといった鉢物は、知り合いの警視庁男性陣の皆さまからの見舞い品である。お前ら退院したらおぼえてろよ。

 それぞれにボールペンや筆ペンで、『しっかり休んどけ馬鹿!』とか『そのままじっとしてろ馬鹿!』等と書かれたメモやチラシの裏をちぎった物がセロテープで張りつけられている。煽り雑じゃね? 馬鹿馬鹿書きすぎじゃね?

 見舞いに来た九条検事が、それ見て珍しく爆笑してたんだけど。

 

 ともあれ、知り合いこそ多いがそっち方面の人脈を期待できる面子はそんなにいないのだ。鉢物持ってきた奴ら? マージャンとか飲みの相手ならいくらでも紹介してくれそうだが……。

 

――コン、コン

 

 これからの計画を立てていたら、ドアがノックされる。ノックの仕方、そして直前の足音の小ささは……

 

「安室さん? 鍵閉まってるんで開けて入ってください」

 

 そう答えるとガチャッという音がして鍵が開く。

 

「やぁ。見舞いが遅くなってすまない」

「いえ、安室さんもお疲れですし……もう意識は無かったんですが、あの後ヘリで迎えに来てくれたんですよね? おかげで病院への搬送がスムーズだったようで……ありがとうございます」

 

 ここしばらく姿を見ていなかった安室さんが顔を見せた。目の下に少しクマが出来ている所を見ると、本当に休まず動いてくれていたのだろう。いやもう本当にすみません。

 

「しかし……五体満足ってことは、まだ副所長が来るような事態じゃないみたいだね」

 

 すみません、七槻の奴は何をやらかす気なんですかねぇ……。

 何か知ってるんならすぐに教えてほしいんですけど……もう一回だけ抜け出す気だし。

 ――大丈夫、一晩だけ、一晩だけだから。ちょっと野暮用済ませるだけだから。

 

「それにしても……所長が人気者で調査員の僕も鼻が高いよ。これ全部お見舞いの品だろう?」

「呪いや罵りの言葉とセットなのが妙に多いんですがそれは……」

「愛されている証拠じゃないか」

「愛とは一体」

 

 思わず哲学へと思いを馳せる所だがおいておこう。

 

「それで浅見君。怪我の経過はどうだい?」

「怪我は全く問題ないです。むしろ七――越水とふなちの二人と顔を合わせた時を想像した時の胃へのダメージの方が深刻です」

「それはもう諦めるしかないね」

「いやはやまったく……。まぁ、真面目に怪我は問題ありません。阿笠博士と小沼博士が作ったジャケット、ウチで正式採用ですね。ついでに警視庁――SITやSATにも売り込もうと思うんですが……」

「君という奴は本当に……本当に無駄にたくましいよね。色んな意味で」

 

 おかしい。普通の雑談をしているはずなのに、俺が口を開くたびに安室さんのため息が大きくなっている気がする。

 

「ま、まぁ元気そうでなによりだよ。で、浅見君――いや、所長。今度紹介したい人がいるんですけど」

「? 安室さんから?」

「えぇ。出来れば、しばらく試用で使ってみてもらいたいんですが」

 

 それはまた珍しい。安室さんはむしろ、ウチで働きたいという人間を断る方が仕事なんだが……。

 

「履歴書とかは? まぁ、写真だけでもいいんですけど」

「もちろん。こちらですが……」

 

 そういって安室さんが、持ってきていた鞄から茶色の書類袋を取り出して俺に差し出す。

 それを受け取り、中から紙を取り出す。

 

「えーと、マリー=グラン……外人さん?」

 

 書類から顔写真ははがれていた。書類袋を覗くと、それらしい物が中に入っているので後廻し。

 で、名前を見る限りは外国人の女性のようだ。ふと頭に思い浮かんだのは、いつぞやの金髪美人さん。もしあの人なら即採用なんだが……。

 や、ほら、水無さんと一緒に動いていたから、そういう方面から情報を得る事に長けているかもしれないからね? それなら十分に採用する理由として妥当じゃん? 見た目有能そうだし、スーツ似合いそうな美人だったし……ねぇ?

 

「安室さんは、どこでこの人を?」

「以前、一人で探偵業をやっていた時に何度か仕事を手伝ってもらっていた人です。調査能力――そうですね……情報収集に関しては僕以上かと」

「ふむ……」

 

 余り経歴は書かれていないのが気になったが、探偵という事ならば分かる。あんまり何をやったこれをやったという情報を書く訳にもいかないだろうし。

 一応出来ることに格闘術や護身術に長けていると書かれているし、少々特殊なウチの仕事でも活躍できるだろう。

 

 で、顔は――

 

「どうしろっていうのさ」

 

 思わずそう呟いた俺は悪くない。いや、普通の人なら気にしない所か喜ぶ事なんだろうけどさ。

 書類袋の底から写真を回収して見る。――うん、美人。すっごい美人。それはいい。積極的にいい。が――

 

(……キャラ立ちすぎじゃね?)

 

 気の強そうな表情をした、あの金髪さんと同じくスーツ姿が似合いそうな銀髪ロングの美人さんがそこにいた。

 銀髪て。銀髪て。

 こう、なんだろう。ここまでキャラが立ってると『あぁ、絶対なんらかの関係者だ』と考えざるを得ない。

 

(そして紹介してきたのが、滅茶苦茶優秀な安室さん。おぉ、もう……)

 

 これは少し判断に困る。いや、重要そうな人物と言うなら要チェック人物なのだが……。

 

(雇う? それとも違う方法で少し距離を置いて観察した方がいい?)

 

 要するに、彼女が味方サイドか敵サイドかという話だ。

 ついでに、ここまで目立つ外見のキャラだとそれだけで死亡フラグが立っているような気がする。

 この世界に、緑とかピンクの髪のキャラがいればそこまで警戒しなくていいんだが……。

 やべぇ、これまじでどうしよう。

 

「……意外ですね。美人ですから、所長なら写真みて即答すると思ってたんですが――美人ですから」

「なんという風評被害。訴訟も辞さない」

「へぇ……胸に手を当てて思い返したらどうです? 瀬戸さんとか紫音さんとか。……どうです?」

「記憶にございません」

 

 えぇまったく。一体なんのことやら。

 記憶にないって記憶にない人が言ってんだからそのニヤニヤ止めてくれませんかね。

 

「――安室さん」

「はい?」

 

 まぁ、どっちにせよ確保しておくべき人ではある。彼女が敵か味方かで安室さんへの対応も変わるだろうが――

 

「手綱はしっかり握っておいてください? その……無茶しない限りで」

 

 万が一安室さんが敵だったとしても、いざって時に対応できる諸星さんっていう知り合いも出来たし。

 

 ――ある見舞い品の中に、携帯電話の番号を書いた紙入の封筒を紛れ込ませていた。

 紙には諸星だと書かれた上で、別の名前で登録してからこの紙を処分するようにと走り書きで書かれていた。

 スパイかよ。ちゃんと処分したけどさ。

 

 それはともかく……ぶっちゃけ今更疑ってもなぁ。

 もうこうなったら突っ走れる所まで突っ走るのも悪くないだろう。

 

 一方、安室さんは俺がそう言うと、……唖然とした様子と言えばいいのだろうか。ぽかーんとしばらく俺を見ていた。どうしたんすか?

 

「……いいのかい? 僕に任せて」

「頼りにしてますから」

 

 他になんて言えばいいんだろうか?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「随分と時間がかかったようだが……彼は元気だったかい?」

「お前には関係のない話だ」

「仮にも護衛を務めた身としては気になってな」

 

 浅見君との会話を終えて車を止めてある駐車場に戻ると、俺の車の傍に見たくない顔が平然と立っていた。赤井だ。

 

「よくもまぁ平然としていられるものだな。お前を殺したいと思っている男の目の前で」

「彼のために頭を下げた君だ。君がどう思おうと、私は君を信頼できる人間だと思ったまで」

 

 あくまで、彼が関わっている事に関してだが、と奴は断りを入れるが……。この薄い笑いが浮かんだ顔を、今すぐ全力で殴り飛ばしたい衝動に駆られる。

 

「一応礼は言っておく。おかげで彼もピンピンしているよ。撃たれた腕を更に抉られたとは思えない程にな」

「さすがというかなんというか、凄まじい生命力だな。我々FBIの中でも、撃たれてすぐに行動できる者が何人いるか……」

「じっとしていてもらいたいというのが本音だがな……」

 

 もっとも、今回は彼が動いてくれたおかげで色々と事が運べた。例えば――

 

「例の男は確保したのか?」

「さぁ? なんのことだ?」

 

 部下――『組織』ではない方のだ。そちらを走らせ、アクアクリスタル付近の海岸で負傷して打ち上げられていたカルバドスの確保に成功した。

 今は怪我の影響で未だに意識が戻らないようだが……戻り次第尋問をする事になるだろう。

 実行部隊の一員にすぎない奴が、そこまで情報を握っているかという不安はあるが――

 

(ともあれ、牙を一つ抜いた事には変わりない、か)

 

 問題はやはりピスコだ。恐らくは個人としてカルバドス……恐らくキールも動かして浅見君に対する揺さぶりを掛けようとしていたのだろうが――

 

(今回の件、上手く印象を操作していかないと不味いな……)

 

 ピスコは浅見君への警戒を強めている。カルバドスの失踪はそれに拍車をかけるだろう。もっとも、捕まえなかったらまた不味い事になっていたのは間違いない。非常に面倒な状況だ。

 とはいえ、ピスコは未だに動く気配を見せない。いざという時のために、浅見君の家と事務所の双方に部下をつけて、なおかつピスコも監視させているが……。

 

「とりあえず、これが報酬だ。受け取れ」

 

 ともかく、コイツに渡す物を渡してさっさと消えてもらおう。一緒にいる所を見られると不味い。

 用意していたもう一つの書類袋を赤井に押し付ける。『あの人』に関しての情報をまとめた物だ。

 赤井は中身を軽くパラパラと確認し、眉に皺を寄せる。

 

「……ピスコの元にいるのか。ある意味で一番やっかいな所だな」

 

 確かにそうだ。だが、身体の安全という意味では現状悪くない場所にいると思う。これがジンの元ならば、すでに危険な仕事を押し付けられて使い捨てられていてもおかしくない。

 むしろ、やっかいな事になったのはそっちじゃなく……やはりというかなんというか――

 

「赤井、お前は出来るだけ事務所には近づくな。こっちもこっちで面倒な女が張り付く事になった」

 

 浅見探偵事務所に、情報収集に特化した幹部を潜入させる事が決定してしまった。

 ピスコからの指示ならばどうにか回避できると思ったが、どうももっと上からの命令らしい。そうなると自分にはどうにも出来ない。

 だからお前が見られるとヤバイ。そういう意味を込めて発言したのだが、コイツは頭を軽く押さえてため息をつく。

 

「女……となると美人だろう? 君も苦労するな」

「…………」

 

 浅見君、君は――君という奴は、赤井にもそう思われているのか……。

 何とも言えない脱力感を少し覚えるが、笑い事ではない。

 

「その女好きの浅見透が、警戒する美女。と言えばどうだ?」

 

 正直、彼の事だから書類を見た瞬間『採用!』なんて即答すると半ば確信していたのが……良い意味でその確信は外れた。

 

 以前から感じていたが、彼の人を見る目は理解できないレベルで凄いと思う。瀬戸さんや小沼博士の件、自分の視点からみて非常に怪しいが、アンドレ=キャメルもまた優秀な人員だ。

 あれだけの人員を見出す彼が、真剣に悩んだ。短い時間とはいえ本気で。

 

(実際、正しい。なにせ、組織のNo.2――ラムの側近と言われる女だ)

 

 コードネーム・キュラソー。顔を見るのは今回が初めてだった。情報収集に長けた工作員で、その技能から警察組織や政府関係の組織が主な仕事対象だったと聞く。組織が、それほどの女を浅見探偵事務所に付ける理由はなんだ? 

 

「ふむ……」

 

 赤井も事態の厄介さは理解しているのか、顎に手をやり考えているが――すぐにその表情は苦笑になる。

 

「――なにがおかしい」

「いや、彼ならどうにかしてしまいそうだと思ってな」

「…………」

 

 笑っている場合かと怒鳴り返したかったが、出来なかった。

 なぜか? その言葉に納得してしまったからに決まっている。

 

「はぁ……っ」

 

 本当に、彼が関わった途端にありとあらゆる事象の――重力のような物が軽くなってしまう気がする。

 

「とにかく、渡せる情報はここまでだ。次からはまたお前を追い掛ける。お前は――お前は……」

 

 ――仇。仇なのだからと言おうとしたが、それを今は言う気分にならなかった。

 

「情報はありがたく頂いていく。――それと、これも前回同様好奇心だが……これから君はどうするんだ?」

 

 これからの事を考えて携帯を取り出した瞬間、赤井が尋ねてくる。本当に何気なく聞いたんだろう。

 

「……ちょっとした野暮用だ」

 

 携帯のディスプレイには、ある人物からのメールが来ていることを伝えるアイコンが表示されている。

 その人物は自分にとって一応の上司に当たり――しかも年下の人物である。ただし、浅見透ではない。

 つまり――

 

 

『越水七槻』

 

 

 我らが副所長からのメールであった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「柚嬉ちゃ~~ん! いつものちょうだ~~い♪」

「もう! 毛利さん、ここのところほぼ毎日来てるじゃないですか! 娘さんが心配してるんじゃないですか!?」

「だ~いじょ~ぶだ~いじょ~ぶ! 心配ないって~!」

 

 蘭には英理の所に通ってやれと言っている。実際、毒を飲まされてからアイツも心細いだろうし、今日はコナンと一緒に向こうに泊まると言っていた。

 俺が来たのは、ここ最近よく飲みに来る『ブルー・パロット』というバーだ。ダーツやビリヤードが置いてある、おおよそ自分のような歳の男には似合わない店だが、よく通っている。

 この女の子が可愛いからだ。この女の子が可愛いからだ。

 今俺の相手をしてくれている柚嬉ちゃんは、バーテンダーとしてここで働いている子だ。

 よくこうして怒られるが、なんだかんだで今みたいに酒を出してくれる。

 

 冷えたグラスに注がれたビールをグッと喉に叩きつける。

 炭酸と苦みから来る、痛みに似たような刺激。これが今の自分の癒しだ。

 だが、それもあっという間に無くなってしまう。

 しばらくは煙草の苦い煙で満足しているが、すぐにまた口寂しくなってしまう。

 さっそくお気に入りの子にお代りの注文を頼み、再びビールを口に含み――。

 

「――ここで飲んでたんですか。他の店回ってもいないから探し回りましたよ」

 

 

――ぶうううううううぅぅぅぅぅぅっ!!!

 

 

 盛大に吹いた。柚嬉ちゃんが『ちょっと毛利さん!』と怒っている。

 

「あ、あ、浅見!? お前入院してんじゃねぇのか!?」

「抜けだしてきました。監視カメラ誤魔化しながらセンサーを無力化するのにどれだけ手間暇がかかったことか……」

「なにやってんだてめぇ!?」

 

 失礼しまーすと、軽いノリで俺の横に座ったのは、ついこの間大怪我のオンパレードを負った――はずの年下の同業者だ。

 

「ちょっと羽を伸ばしに……ですかね。さすがに常に監視されているのはキツい」

「って……お前例の狙撃犯はどうなんだよ」

 

 刑事連中から『歩いても寝ててもネジがポロポロ落ちていく男』と呼ばれているのは知っていたし、コイツの怖いもの知らずな所も知っているつもりだったが……まさかあの監視すら抜け出すとは……。

 

「そっちの方は多分カタが付いたと思うので、あんまり心配してません」

「カ、カタがついたって……」

 

 相変わらずコイツ自身もコイツの周りも謎だらけだ。この間拳銃をもったストーカーが出た時も、コイツとコイツの部下の安室という奴の二人掛かりとはいえ、ほぼ丸腰かつ無傷で取り押さえている。

 

 先日の事件の時は、俺が足を掠めるように撃った直後、コイツは綺麗に犯人――沢木さんの体勢を崩すように倒れた。どういう訳かウチの居候のガキが近づいていたが……なんであのガキ近づいたんだ?

 

 そしてナイフがコイツの身体から離れた瞬間、あの手品師の嬢ちゃんがトランプを投げつけた。数枚同時に投げた内の一枚が綺麗にナイフに当たり、取り落とした所を今度は同時に飛び出していた大柄な運転手が取り押さえる。刑事時代にあまりそういう機会はなかったが、少なくとも自分には素晴らしいコンビネーションに見えた。

 

(本当にどうにかしちまった……って言っても納得できちまうのがこいつらだよなぁ……)

 

「ま、飲み仲間がいないと寂しいですからね」

 

 浅見がポロッとこぼした言葉に、なんとなくコイツがここに来た目的が分かった気がする。

 恐らく、言葉通りだろう。ただ、それは浅見自身じゃなく――

 

(……この馬鹿野郎、人の事を気遣っている場合かよ)

 

 コイツが目を覚ました時に、蘭と一緒に見舞いに行ったが、その時も自分の事より蘭や俺を気遣っている気配はあった。余計な事をするガキめと思ったが……。

 

「ったく、柚嬉ちゃん! コイツに何か軽い物作ってくれ! 浅見ぃ! 一杯飲んだら帰れよ!?」

「もちろんです! ゴチになります!」

「調子いいな、てめぇはよぉ!!」

 

 この数日、一人で店の人間に管を巻いていた。

 それはそれで悪くはない。気晴らしにはなった。だが、カウンターの向こうの人間ではなく、隣にいる奴と話すのも……まぁ、悪くない。

 怪我人でなければ、もっといい。

 

「浅見、早く怪我治せよ」

「はい」

「んで、また美味いツマミでも持ってこいよ。安酒で良ければ用意しといてやる」

「はい」

「……浅見」

「はい?」

 

「何歳になっても。いや、歳を取ったからこそか……」

「…………」

「……友達を失くすのは……堪えるなぁ……」

「…………」

 

 柚嬉ちゃんが、浅見のグラスを持ってくる。普段のコイツなら絶対に飲まないカクテルだ。

 本人も似合わないと思ったのか、微妙に苦笑しながらグラスを掲げる。

 

「浅見」

「はい」

 

 体の向きをそちらに向ける。松葉づえを足にひっかけながら、コイツも俺の方をしっかり向いてくれる。

 

「お疲れさん」

「小五郎さんも、お疲れさまでした」

 

 軽くグラスをぶつけ、軽い音がカウンターの上に響く。

 若い奴と飲む機会なんて、去年まではお店の女の子相手がほとんどだったが……こんな馬鹿と飲む酒も、悪くないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「まったくもう……」

 

 ブルーパロット。発信器が指し示しているのはこの店で間違いない。

 

「例によって例の如く無理無茶無謀の三拍子で色々突っ走ったばかりだっていうのにさっそく脱走するなんて――」

「いやぁ、副所長の読みは凄いですね。そろそろ逃げ出す頃だから待機ってメールが来た時は何事かと思いましたよ」

 

 運転席にいる安室さんは、やけにニコニコしながら店の方を眺めている。多分だけどボクも似たような顔をしているんだろう。バックミラーに映るふなちさんは、さっき一度十字を切ってから手を組んで必死に祈っている。優しいなぁふなちさんは……。

 

――ザ、ザザ……っ!

 

『こちらキャメル、配置に付きました。万が一タクシー等に乗られた時に備えてエンジンはかけています』

 

『瀬戸瑞紀、こっちも大丈夫です。小沼博士と待機してます!』

 

『美奈穂です。こちらには穂奈美、それに非番でした由美様もご一緒です』

 

 無線から次々と報告が流れてくる。ブルーパロットから、仮に裏口等を使ってこっそり逃げようとしても追えるよう完全に逃げ道をふさいでいる。アリ一匹逃さない包囲とはこのことだ。

 

『あ、あのぅ……本当にいいんでしょうか?』

 

 キャメルさんが不安そうな声でたずねて来た。

 

「大丈夫です、店に突入なんて無粋な事はしません。店を出て離れた所を速やかに確保します。多分毛利探偵と一緒でしょうが……仕方ありません。同時に包囲して彼を引き渡してもらいます」

『いつからウチの所長は凶悪犯のような扱いをされるようになったんでしょうか……』

 

 結構前からだと思う。というか、まさかセンサーを無効化されるとは……おそらくコナン君や阿笠博士と一緒にやっている『授業』で技術だけはほいほい取り込んでいるんだろう。……対策が必要だなぁ。瑞紀ちゃんと一緒に色々考えてみるか。

 

「あ、あのぅ……越水様?」

「ん? なに、ふなちさん?」

「さ、さすがに浅見様も今回はすぐに帰るのでは……いや、あの人もきっと反省して――」

「ふ・な・ち・さ・ん」

「ひゅいっ!?」

 

 どうしたのふなちさん。変な声出して。僕、君の名前を読んだだけじゃない。

 

「前にね、ボクが彼に心配かけちゃった時にさ、浅見君色々と用意してたんだ」

「は、はぁ……」

「発信器用意して、おまけに走行中のバイクから飛び降りて並走してるワゴン車に飛び乗ろうとしたりさ……」

「あの、もし?」

「要するにさ、ふなちさん」

 

――こんなに心配かけてるんだから、こっちがちょっと位やりすぎても仕方ないよね?

 

 どうしたのふなちさん、また十字を切ったりして?

 

 




この文量でこの内容は少し薄かった気がする……長い間書いてないと色々と変になりますねぇ……
次回、後日談もう一話やってから、再びスキップモードに入らせていただきます



そしてよっしゃー! 久々のキャラ紹介!

○福井柚嬉(26歳)

アニメ:File738-739 小五郎はBARにいる(前後編)
原作:81巻File2-5

調べるまで知らなかったんですけど、どうやらイベントでファンの名前を実際に使ったキャラのようですね。

小五郎の行きつけの店、『ブルーパロット』に勤めるバーテンダー。
名前に『ゆず』が入っていることから、柑橘系の香りが好きな方です。
個人的には可愛い系で結構上位に入る人ですねw



○マリー=グラン

この名前はオリジナルですが、正体は作中で書いた通り。
ぶっちゃけ何書いてもあれなんで、分からない人は『純黒の悪夢』のDVD・BDを是非買いましょう!

……レンタルでも可!!!!w


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