(くそっ! どうして――どうしてこうなったんだ!)
数合わせの連中はどうでもいいとして、結局殺さなきゃいけなかった連中で殺せたのはたった一人。
あの旭だけだ。他の連中は全員無事……。辻も、あの女も、仁科も!!
(くそっ! くそっ! くそぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!)
「大丈夫ですか? 引き上げるんで、捕まってください」
自分の目の前に、一本の手が差し伸ばされる。細い割に、引き締まった硬い腕。
もう片方の腕は包帯が巻かれているが、それでもこの男の身体能力は尋常じゃない。
その瞬間を、この目で見ているから――!
(コイツだ! 全部……全部この男のせいだ!)
最近テレビに良く出る男。毛利小五郎と同じく、米花町を代表する――忌々しい名探偵。
(浅見……透ぅぅっ!!!!)
聞けば、辻を殺し損ねたのもコイツとコイツの事務所の人間のせいだった。
小山内奈々を殺し損ねたのも! 仁科が既に水から逃れ、荒い息をしているのも!
全部全部全部!!!!
どうする……どうする! また違う機会を待つのか!? ……いや、いくつもの事件を解決している探偵が複数いるのだ。時間が経てば経つほど、こちらにとって不利になる。なら――!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……家の方は、そこまでセキュリティがきつい訳じゃないのね」
カルバドスと別れた後、私は浅見君の家を調べに来ていた。
カルバドスは私が彼と関わる事をあまり良いとは思っていないようだが、どちらの顔でも彼の情報は必要だ。なんとしても。
幸い、同居している七槻ちゃんやふなちちゃんも今はいない。鈴木相談役が万一に備えて保護しているらしい。
――いざという時の備えも早い。その彼が、この家にさほど防犯・防諜設備を置いていないのが気になる……いや、一般の住居にしては過剰ではあるが。
(……何か、一つでもいい。彼より優位に――いや、せめて交渉できる道筋を見つけないと……っ)
組織の方はバーボンが近くにいるため、特に何か言ってくる事は無い。
問題は自分が本当に所属する組織の方だ。日本の様々な組織――マスコミ関係に財閥、有力企業、警察……そして恐らくは、公安も彼と繋がりを持ちつつある。
上も、ある種の危機感を持ち始めたのだろう。
やれ裏を洗え、やれ暗殺計画を立てろ、やれ友好を保て……。
いい加減にしろと怒鳴りたくなることが何度もあったが、潜入している身。内心で罵声を浴びせるだけで精一杯だ。
ただ、同時に理解も出来る。恐らく、彼が怖いのだろう。
現に今回も、彼にはしてやられている。監視は全て振りきられた。それも撃たれたすぐ後に。
これは、彼には監視を振りきること等容易いという事。つまり、これまでの私達の監視は『見逃してもらっていた』ということに他ならない。
(本当に……どこまでも底が見えない子。一体、どのような生活をすればああなるのか――私よりも年下なのに)
私個人としても、やはり彼は恐ろしく――そして同時に、だからこそ頼りに出来る人間でもある。彼ならば……彼ならば救ってくれるのではないだろうか? 自分の……自分のたった一人の弟を――たった一人の家族を。
もっとも、彼に対してある種の不安感があるのも事実。だからこうして隠れて家探しをしているのだ。
心の底から彼を信じられていたら、とっくに彼に助けを求めている。弟の事を話している。
――カタッ
日記の様なものがないかと探してみたが、それらしい物は本棚や机の上にはない。
なにかないかと机の引き出しを開けてみると――それはあった。
黒光りする、手よりも大きい金属の塊。いや――
「……リボルバー……」
『ダーツか……細身のナイフのような物の投擲。それと多分――リボルバーだ』
カルバドスの言葉を思い出す。まだ彼と接触し始めた時に、彼について尋ねた時にカルバドスがそう言っていた。
正直、そんな馬鹿なという思いがあった。何度調べても、彼は孤児院暮らしの時期があるとはいえ基本的には普通の男の子だった。それが――
(それにしても、この銃……妙に重いわね……)
なんとなく、弾を込める部位――シリンダーを確認してみる。
(これは?)
本来ならば弾を込める薬室は埋められていた。銃弾ではない、鉛によってだ。それに、薬室自体よく見ると歪められているようだ。これではどう足掻いても使い物にならない。
だがグリップやトリガー、フレームについた所々に残っている手垢の跡から、使いこんでいる事が良く分かる。手入れを欠かしていないことも……。
さらに調べてみると、トリガーを引くとレーザーが発射されるようになっている事が分かった。
(練習用……ということかしら?)
なにか手掛かりがないかと他の部位も観察していると、グリップの底――グリップエンドと呼ばれる部位に、文字が刻まれている事に気がついた。刻まれているのは、たった一文字のアルファベット。
「……J?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
サングラスをかけた狙撃手は、未だに逃走するそぶりを見せない。
あの様子からして、逃げるわけにはいかない理由でもあるのだろうか?
こうして互いをスコープに捉えようと策を弄している間、なんというか……執念を感じる。なんとしてもここで浅見透という男を倒しておきたいという執念。
――ひょっとしたら、あの組織に目の敵とされている自分よりも強いそれをだ。
(なるほど……キャメルの報告書にも書いてあったが、浅見透という男は随分とモテるようだ)
色んな意味で、と付け加え、諸星大――否、赤井秀一は狙撃戦の僅かな隙に、彼らの位置を確認する。
彼ら――浅見透達が今いるのは例の施設の海上に出ている所の一部。おそらく、先ほどの爆発で内側と海が繋がったのだろう場所を全員でくぐり抜けてきて、近場に泳ぎ着いたという所か。
事前に別ルートで脱出していたキャメルが、泳いできた彼らを次々に引っ張り上げている。
後からついて来た刑事や、『彼』と人気を二分する名探偵――毛利小五郎もそれに加わっている。――キャメルはどうやら上手く彼らの中に馴染めているようだと、ひそかに赤井は安堵していた。人相や間の悪さが手伝って、アンドレ=キャメルという男は誤解をされやすいからだ。
少し安堵の息を漏らすと、再び索敵を始める。オペラグラスではなく、再び構えたスコープで。
一対一であることを確信したあのサングラスの男は、恐らく自分と相対しているように見せかけているが、実際は浅見透を狙う隙を狙いだしたハズだ。
その証拠に、彼らの姿を確認したあたりから向こうの索敵頻度が少し落ちた。
だからこちらも彼らの状況を確認する時間が取れたのだ。
狙いが分かれば思考が絞れ、思考を絞れば場所が絞れる。
そして、敵がその中のどの位置に現れるか。ここからは経験則に基づく勘になる。
だが、この勘が上手くはまった時――その時の静かな高揚感は抑えるのに苦労するほどたまらない。
ちょうど今、スコープの真ん中に現れてくれたように。
――そして赤井秀一は……引き金を引き絞った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
とにかくほとんどの人間を無事に引き上げた。
不安だった怪我人も、とりあえずは大丈夫だ。
奈々さんも、かなり強めに傷口周りを縛っておいたおかげか、一番恐れていた海の中で意識を失う事は無かったようだ。
目暮警部も傷が開いたとは言っていたが、意識はしっかりしているようだ。
蘭ちゃんも意識が朦朧とはしているようだが、小五郎さんの声にきちんと答えている。
残っているのは――
「……っ……すみません、今引き上げます!」
ヤバイヤバイ。今一瞬、浮遊感に近い感覚――いや、快感を脳が認識した。真面目にヤバいかも……。
とはいえ残すはこの人――ソムリエの沢木さんだけだ。そしてここが今回の事件のラストステージなら、ここまで引き上げた人間の中に犯人がいるはず。ソイツを速やかに確保すれば……。
かなりの負傷を負っている小山内奈々、そして俺たちがいなかったら危なかった仁科さんは無視していいだろう。残るのは……この沢木さんと宍戸さん、ピーターフォードの三人。
相手は爆弾を用意している。つまり――その、大事件ということだ。それもコナンがいる。
なんらかの形でストーリー上に関わる大事件となれば、犯人は例の組織に関わる人間か、あるいは主人公勢の誰かと関係が深い人間が殺されるか犯人かのパターンが推測される。
今回、襲われているのは工藤新一というより小五郎さんの知人。それが基本だ。
そして犯人は、この場合小五郎さんと親しい人間であるパターンである――と思う。
そうなると……この人っぽくはあるんだが……。
しかし――キツい。恐らく海水にダイブしたのが良くなかったんだろう。
痛みを感じているうちはまだまだ大丈夫だと思うが、もう一度さっきの浮遊感が来たらヤバいかもしれない。
(助けに来ておいてこのザマってのも締まらねぇな……)
狙いとしては、自分を客観的に見てここに行くだろうという所に姿を見せる事で囮になる事だった。
まぁ、同時に必要ならばコナン達に手を貸せるかもしれないという気持ちもあったが……。
知り合いを次々に巻き込んでいく事件、ヘリコプターを墜落させようという規模のデカイ犯行、ついでにまたコナン(主人公)と蘭ちゃん(ヒロイン)が一緒にいる。
そうなると、去年という今年初めの森谷帝二の様な犯罪者が現れたのは確定だった。当然ヒロインである蘭ちゃんの危機もあるだろう。それを少しでも軽減出来ればと思ったが――
(……事が全て片付いたら、当分は七槻に軟禁されるな。間違いなく。さすがにふなちも庇ってくれまい)
前に安室さんと一緒に拳銃持ったストーカー相手に戦ったことがばれた時は警視庁のロビーでまさかの正座をする羽目になった。
今度はいったいどんな罰が待っているのか――禁酒は間違いなくあるな。加えて……
(割と真面目に怪我が治るまでは軟禁かなぁ……)
さすがにこれ以上の無茶は出来ん。例の狙撃手は諸星さんに任せているが、銃声は先ほどのを最後に途絶えた。諸星さんの推理通りの場所に相手はいるはず。もし諸星さんが負けたのならば今頃俺の頭は吹っ飛んでいるはずだ。
ということは――諸星さんがやってくれたのだろう。諸星さんも彼を確保したいと言っていたし、殺してはいないだろう。情報は共有してくれるという約束だし、場合によっては警察に引き渡してくれるという。
詳しい話は後で聞くとして――
「――大丈夫ですか? 引き上げるんで、捕まってください」
よっぽど疲弊したのか、荒い息をしながら海面から上がろうとしない。差し出した自分の腕を掴もうともせず、ただ浮いているだけだ。
この人もどこかで怪我をしたのか?
だとしたら、尚更はやく引き上げてやらないとヤバい!
さらに身を乗り出してその人の腕を掴むと、意外とすんなり力を込めてくれたから引き上げるのは容易かった。怪我をしていた訳じゃないのか。
とりあえずこれで全員だ。この後は推理ショーになるはず。すぐにコナンから話を聞いておかないと……。それと、一度壊れた後の周辺の状況を確認して、爆弾が仕掛けられてそうな場所をチェックしておかなければ――
「――所長!」
「――浅見さん!!」
そんな事を考えていたら、瑞紀ちゃんとコナンが俺に向かって叫び出した。
似たようなシチュエーションを思い出す。つい先日、俺に向かって唸り声を上げた源之助の声だ。
ということはつまり――
(あ、ヤバい……っ!)
自分の最も傍にいる人間――沢木公平さんから距離を取ろうと反射的に腕を振ろうとした瞬間、脇腹に熱湯をかけられたような熱と、金属の冷たさを同時に感じる。
とっさにそこに手をやると、抉り上げるように刺さったナイフがある。そして顔を上げると、たった今自分が引き揚げたばかりの男――この事件の犯人が、壊れた笑いを上げながら、撃たれた傷に指を食いこませてきた。
普通に難産。
次回で14番目編が終わるため、越水さんがバイキルトを唱えながらアップを始めました。