黒川邸の事件は無事解決できた。
いや、できたというのは語弊がある。結局、あの江戸川コナンに全部頼った形だ。自分の力など、99%関与していなかった。残る1%? まぁ、パペット役にもそれくらいの価値はあっただろうさ。
それに、自分は探偵ではない。それに関して無力感を感じるのも本来はお門違いというモノだ。気にするのもアレだろう。
そう、『事件』は無事に解決できたのだが――
「さて……説明してもらおうか、容疑者江戸川コナン。自称6歳」
「おい。容疑者はやめろって……」
俺にとっての本題はこっちだ。この終わらない一年を終わらせるためにも、ここでこの自称小学生を逃がす訳にはいかない。
「毛利小五郎の昔の事は色々調べていた。少し前まで事務所は閑古鳥が鳴いていたってな。もし彼に本当に能力があるのなら、さっきの様子からしてもっと派手に喧伝してるハズだ。有名になっていないのがおかしい」
「あぁ、確かに……おっちゃん、お調子者だからなぁ……」
江戸川コナン――フルだと長いな。江戸川はため息混じりにそう呟く。
まぁそうだろう。なにせ、解決した覚えのない事件が相当多いはずなのに、堂々と自分で『名探偵』と豪語しているんだ。江戸川……苦労してるんだろうなぁ。
「まぁ、一番不審に思ったのは、ある名探偵が消えた後に、新しい名探偵が入れ替わるように出てきたことだけどな」
「…………」
「何も言わないのか?」
「ったく。おめー、もう確信してんじゃねーか」
「子供の体ならどうにかなるんじゃないか?」
「んな事言ってる時点でもうどうしようもねーだろうが」
あぁ、やっぱりそうだったのか。正直、半信半疑だったけど、やっぱりコイツ、高校生探偵の――
「んで、工藤新一君。なんでこんな面白可笑しい状況になってんのか……教えてくれないか?」
ここだ。能力の高い高校生探偵が子供の姿になった。恐らくこれが、メインストーリーだ。
思わず身を乗り出してしまいそうになるのを、必死に抑えながら尋ねる。だが、江戸川は俯くばかりだ。暫くばかりじっと待っていると、ようやく彼は口を開いた。
「……その、協力してくれた事には感謝している。本当だ。俺の事を誰にも言わなかった事も……本当に感謝してる。けど――」
「――説明するわけにはいかない。いや、違うな。知られるわけにはいかない、か?」
「……あぁ」
「……そう、か」
(どうする? どうにか踏み込むか?)
一瞬迷ったが、この様子だと恐らく話してくれないだろう。
とはいえ、このままバイバイというのもアレだ。
「ちょっと待て。えぇと……あった。ほれ」
「え?」
いつも持ち歩いている手帳からそのページを見つけ出し、それを破って渡した。自分の名前と住所、家と携帯の電話番号にメールアドレスが書かれているページだ。
「持っときな。全てじゃないとはいえ、事情を少しは知っているんだ。役に立つ時もあるだろうさ」
「あ、あぁ……確かにそうだけど……どうしてそこまで?」
さて、どうしてなのか、全て説明してやろうかとも思うが……信じてくれるだろうか?
今年は3年目の今年なんだ、と。とんでもない現象を自分の身で体験している彼なら、あるいは信じてくれるかもしれない。だが――
「さぁ? そこは内緒だ」
「んだよそれ……」
そうしてむくれる姿はどう見ても年相応なんだが……
「内緒にしておきたいことは誰にでもあるだろう? 君が子供になった理由を話せないようにね」
結局、話さないようにした。仮にこの世界が、俺の妄想通りに物語だとするなら、それを自覚出来ている自分は間違いなくイレギュラーとなる存在だ。それを、世界の基幹だろう人物に伝えた所で、何が起こるか分かったもんじゃない。戯言と受け取られ、何も起こらない可能性も十二分にあるわけだが……。
「コナンくーん! そろそろ帰るわよー!! 高木刑事が送ってくれるってー!!」
遠くの方から、毛利探偵の娘さんが工藤――いや、江戸川を呼んでいる。
毛利探偵は眠そうな欠伸をしながらこちらを睨んでいる。当然と言えば当然だが、向こうのお株を奪った形になるのだ、いい印象を持たれないのは当然だろう。
「――あんまりあの時計、使いすぎるなよ? 『眠りの小五郎』にも意味はあるんだろうが……それをやりすぎると互いのためにはならんぞ、きっとな」
なんとなくそう思い、江戸川に忠告しておく。どんな事柄にも言えることだけど、慣れと言うモノはとてつもなく恐ろしいものだ。プラスの意味での習慣ならば話は別だが、慣れはそのまま怠惰を呼び、忘れたころに痛みという教訓と共にやってくるのだ。
物語として、あるいはその教訓を得る所まで含まれているのかもしれないが……せっかく知り合った仲なのだ。ループとか主人公かもしれないという事は置いておいて、知り合ってしまったんだ。しょうがないだろう?
「……そう、だな。覚えておくよ」
江戸川は、最後にもう一度『ありがとよ』と小さな声で呟くと、それまでの声と違う、子供らしい高い声で「待ってー!」と叫びながら彼女達の所へと戻っていた。
「……さて、俺も行くか」
目暮警部から調書取りのためにこれから警察に来てくれと言われているんだ。明日は休みだとはいえ、ゆっくりはしていられない。調書を終わらせたら、今日は早く休んで明日に備えよう。
――あ、やっべ、向こうの連絡先聞くの忘れてた
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なるほど、それで浅見様は警察に……。そうですか、悪事を働いたというわけではなかったのですね。ふなち、ほっと致しました!」
「ふなちさん、昨日の夜暴走していたよね。浅見君がパトカーに乗ってるのを見かけて『浅見様がついに不祥事を!』って……」
「越水様、『さん』は不要だと――。いえ、なんにせよ安心致しました。浅見様が日ごろの鬱憤を抱えて、よもや犯罪に手を染めたのではないかと、ふなちは不安で不安で――!」
「――どうしよう越水、この腐った友人が心配してくれたことを喜ぶべきかな。それとも、いつかやらかすと思われていたことを怒るべきかな。どっち?」
「まぁ、ここは素直に喜んどいていいんじゃない?」
そんなこんなで次の日、朝っぱらから友人(一応、先輩にあたるんだが……)のふなち、こと中居 芙奈子からのけたたましいモーニングコールに叩き起こされる羽目になった。
朝一番から、『ついに悪事を働いてしまわれたのですか! 浅見様!!』などという叫び声を聞かされた件について一度厳重に抗議を入れたい。
今俺たちがいるのは、ランチが安いことで有名なカフェ。
話を聞きたいということで、二人の友人からお呼び出しを食らったのである。
「まぁ、良かったよ。私も浅見君が逮捕されたなんて聞かされたから、ちょっと焦っちゃった」
「ふなちぃぃぃぃぃぃぃ……」
「うぅ……申し訳ございませんでした……」
もう一人は、越水七槻。同い年の大学二年生で数少ない自分の友人の一人だ。
「まぁ、安心しなよ浅見君。もし君が事件に巻き込まれたら、その時は私―いや、『ボク』が解決してあげるよ」
「お、おう……。そういや、探偵だって言ってたな。冗談だと思ってたよ」
「ひどいなぁ。一応これでも九州では有名だったんだけど?」
また探偵かよ。俺が気付かなかっただけで、実は俺の周りにむちゃくちゃいるんじゃねーだろうな? 探偵って人種が。
「そういえば、越水様は福岡の御生まれだと以前お聞きしたことが……」
「こっち来てから、その探偵業は続けてんのか?」
なんとなく気になって尋ねてみた。ふなちもそうだが、越水の将来というのがどうにも想像できない。
探偵をやっていたと言われれば、確かに似合っている気もするが……
そして、俺の問いかけに越水は首を横に振って、
「ううん、今は特に依頼を受けるようなことはしていないよ。もっとも、一個だけやり残したことがあって、今度の連休にもう一度四国に行くことになってるんだ。探偵稼業をやっていくかどうかは、その後で考えることにしているよ」
「ふーん……。そっか」
――そう、その後で……ね。
そう小さな声で呟いた越水が、真面目な顔で呟いたのが妙に印象に残ってて――
それが、真面目な顔ではなく、思い詰めた顔というべき物だと理解できたのは、ほとんどすべてが終わった時だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「んで、話は変わるけどさ……。お前ら、ガーデンパーティーに興味ないか?」
「本当に話が飛ぶよね、浅見君。それに……ガーデンパーティー? 君にそんな高尚な趣味があったなんて知らなかったな」
「ほっとけ。つか、代役みてぇなもんだけどな」
朝、こいつらと会うまでの話だが、ちょうど大介さんから電話があったのだ。
『昨夜は事件に巻き込んですまなかった――』
『それに事件まで解決してくれて、なんとお礼を言っていいのか――』
『それで、この屋敷を設計した人からパーティーのお誘いが来てたんだけど、こっちはこれから病院のことで忙しくて……よかったら友人を誘っていってみないかい? 招待状は3人分あって、パーティーを企画した人も別にいいって――』
「――ってな具合で、招待状くれるって言うんだけど……もらっていかないのも悪いし、かといって――」
「ご友人の少ない浅見様では、そのような華やかな場に同行して下さる方などとてもとても――」
「喧嘩売ってんのかふなちぃぃぃぃぃっ!!?」
このやろう、他の人間には暴走することはあってもそれだけなのに、俺にだけはちょくちょく毒が出やがる。
「まぁまぁ、浅見君落ち着いて。ふなちさんもあんまり煽らない。彼、友達少ないの気にしているんだから」
「なにちゃっかり止め刺しにきてやがるっ!!」
ちくしょう、お前達だって他の面子とつるむこと少ねーだろうが。特にふなち!
「~~~っ! ま、まぁ……残念ながらその通りだよ」
「でも、なかなか面白そうだよね。日程はいつなの?」
「あぁ、わり。そういや言ってなかったな。29日の火曜日だよ。時間は3時半。」
「29日とはまた急ですね。少々お待ちを……。えぇ、その日ならば空いております」
「私も大丈夫。久々にしっかりおめかしして行こうかな? あ、そうだ。ちなみに招待主って誰なの? さっき建築家って言ってたけど」
「えぇと、なんか有名な人らしいけど……」
大介さんから聞いた名前を一応メモっておいた。後で調べようと思っていたんだが、そういえばずっと忘れていたな。
手帳の最後の方のメモ欄に書いたはずと、そこらへんをパラパラと捲り――あった。
「モリヤ テイジって人なんだけど……知ってる?」
メモしておいた名前を告げた。すると、ふなちと越水は顔を合わせ、
「知らないの!?」
「ご存知ないのですか!?」
「え、あ、うん…………なんか、すみません」
原作において、越水はどこに大学に通っているという設定がなかったような気がするので、
都合のいいように捕らえて、九州から上京してきた設定にしております。
あと原作派の方に説明しておくと。ふなちこと中居芙奈子は、アニメオリジナル回に登場したオタクな女の子です。コナンの助けがあったとはいえ、推理しているときの堂々とした態度とドヤ顔っぷりはすごい好きでした。
(σ・∀・)σ<おとぼけ~~~!