「それで諸星さん、今の所異常は?」
『今君がいる地点、そして例の施設に向かうモノレール、到着口の向こう側、各地点に対して有効な狙撃ポイントをそれぞれ順に一通りチェックしたが、誰かが潜んでいる痕跡はない。もっとも、下見に来ただけという可能性は十分にあるが……』
「……やっぱり、それぞれの事件は別と考えていいか。それじゃあ、引き続き警戒をお願いします。こちらは今から、キャメルさんと一緒にモノレールに乗って内部に入り込むんで」
「……皆さん、きっといますよね?」
「えぇ、多分」
「……蘭さんも……ですよね?」
「祈ってください。お願いですから」
「所長の冥福をですか?」
「おい」
どうしたのキャメルさん急に擦れちゃって。ついさっきまでの素直で素敵な貴方はどこにいったの? ……俺のせいですかそうですか。うん、なんか本当に俺のせいな気がする。なんかごめんなさい。
ファミレスでのやり取りあたりから少しずつ雰囲気変わってたけど……あれか、狙撃犯候補の諸星さんと相席とかしたから心臓に悪かったのかな。そう考えると悪い事をした気になる。
あの後諸星さんとは別行動を取り、彼には狙撃手を警戒してもらっている。
ねぇ、諸星さん。電話の向こうで静かに笑ってるの、微妙に聞こえてるんですが……。
『なんにせよ、気をつける事だ。ここで君が倒れると俺にとっても面倒でな……』
「そうやって利害関係を口にしてくれると、こちらとしても楽でありがたいです」
たとえば枡山会長とか、ガチドSモードに突入した朋子さん――鈴木会長夫人とかだと、表向きはにこやかでもどこかで言質を取ろうと会話振って来るから料理も酒も味が分からなくなるんだよな……せめて笑顔だけは壊さないようにして言葉を最低限にして応対してるけど……。
「まぁ、色んな事はさておき……」
「背中は任せますよ。……『今』は」
『あぁ。――任せてもらおう』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
やっぱり、犯人はここで片をつけるつもりだ!
未だに水槽の中に浮かぶ『9』を示す標的――旭勝義さんの遺体を睨みつけながら、俺は舌打ちをした。
今は俺と蘭、瑞紀さん、そして恐らくは次の標的だと思われる小山内奈々さんの4人でエントランスに残っている。残る人達は、どこかに脱出できる出口がないか探しまわっている。
(正面玄関も封鎖され、今の所見つかっている非常口は全部セメントで固められている……)
本音を言うなら、今すぐにこの場を抜け出して脱出口を探しに行きたいが、次の標的かもしれない奈々さんと蘭を置いていくわけにはいかない。
「ねぇ、コナン君」
「ん?」
「そもそもこの事件、本当に村上丈の犯行だと思う?」
「…………」
そうだ、そこが最初っから引っかかっていた。
村上丈が犯人だとするのならば、出所してからの短い間に目暮警部のジョギングコースや妃さんの好物。そしておっちゃんが仕事で応対した人間までわざわざ調べ上げた事になる。……それに、辻さんの目薬の事やヘリで飛行する事まで……そんな事が可能なのか?
だが、村上が犯人じゃないとしたら……
「……もし、本当に恨みを持っている犯人ならば、親しい目暮警部や妃さんを生かしたまま、見逃すわけがないよね?」
「……もっとも確実に殺そうとしたのは、ヘリを墜落させて殺そうとした辻さん、そして、多分犯人が直接殺した旭さん……」
「……今思った事なんだけど」
「? なに、瑞紀さん?」
「――ABC殺人事件って読んだことある?」
「そりゃあまぁ。ミステリーファンなら基本中の基本――」
当然だ。クリスティの作品でも評価が高い作品。イニシャルがAA、BB、CCの人達が次々と殺されていく事件。その連続殺人の真の狙いは――
「――なるほど。そういう事か」
「どう? ヒントになったかしら?」
「あぁ……それに、今思い出した事があるんだ」
「思い出した事?」
思い出した事は二つ。一つはディーラー時代の村上の写真。あの写真の中で、村上はトランプを『左手』で配っていた。そして、あの時阿笠博士を狙っていたバイクの男。あの時奴は、右手でボウガンを構えていた。つまり、この連続殺人の犯人は村上じゃないという事になる!
「なるほど、利き手が違うか。……確定だね」
「あぁ……。でも瑞紀さんも凄いよ。どこで気が付いたの?」
「ううん、私じゃないのよ」
「え?」
瑞紀さんは、ポケットからピンクの可愛らしい携帯を取り出すと、あるメールを開いてこちらに見せる。受信者は当然瑞紀さん。送信者は……あぁ、やっぱり。
「――さすがというか、なんというか……」
「うん、気持ちは分かるよ。――所長だもんね」
――村上にこだわるな。気をつけて。
たったこれだけの短いメール。恐らく、急いでメールを打ったんだろう。――やっべ、そういえばアクアクリスタルに入ってからメール確認してなかった。
慌てて携帯を広げて確認すると、やっぱり俺にもメールが送られてきていた。浅見さんからだ。多分同じ内容だと思うけど……。
――狙撃手一名確保。準備が出来次第反撃する次第にて候。
「どういうことだ!?」
「……さ、さすが所長。一歩先すら読めないですね……」
事件とは別に頭が痛くなってくる。撃たれたばかりでもう動き回るなんて……いや、誰かに狙われているとしたら、行き先を隠して動き回った方が安全だと考えたのか? それなら説明はつくけど――いや、十分にありそうだ。
そう考えると、普段の無茶な行動にも全部理由がある気がしてくる。例えば……越水さんや中居さんに被害が行かないように目立つ事で注意を引きつけている? 確かに、あの探偵事務所で一番有名なのは浅見さん。安室さんも色々騒がれているけど、メディアへの露出は一番少ない……。トップという事もあって、やはり何かあった時に狙われるのは浅見さんだろう。――そうなると、やはり……。
(まさか浅見さん、もう組織に関わっているんじゃないだろうな……)
さすがにそれはないと思うが、浅見さんのあの人脈の広さと、あの事務所に来る依頼の多様さを考えると関わっていてもおかしくない。本人は気が付いていないかもしれないが、怪しい件がいくつかあったのかもしれない。越水さん――いや、もし気が付いていたらもう浅見さんに忠告しているだろうし……
(この件が終わったら、それとなく安室さんに聞いてみるか。あの人なら信用できるし……)
あの人は、見た目小学生の俺の言葉もキチンと聞いてくれるし、言葉をきちんと選べばそこまで怪しまれずに話してくれるだろう。
安室さん自身、時に自分を頼りにしてくれる人だし、俺も話しやすい人だ。……さすがに全部を話すわけにはいかないが、出来る事ならば仲間になってほしい人なんだけど……。
あの相談役に巻き込まれる形で一緒に事務所を建てる事になったらしいし、浅見さんからの信頼も厚い人でもある。『もし俺がいない時にヤバイ事になったら安室さんを頼れ』ってよく言ってるくらいだ。
「まぁ……所長の事は一旦置いておきましょう。問題は犯人……どう、コナン君? 今の時点で他に引っかかっていることはない?」
「……ずっと引っかかっていたのは、狙っている人間の行動パターンや好物なんかを知っていたっていう事なんだけど」
「……やっぱり、知り合いの中にいると思う?」
「多分……。そうなると、チョコの件や村上に罪を着せようとした点から考えて、少なくともおっちゃんや妃先生の事をよく知っている人だと思うんだけど……」
「……真犯人にとっての本命が分からないと推測が難しい、か」
そうだ。一つだけ分かっているのは、これまでの人物を殺害しようとした方法から、もっとも確実性があったのは辻さんだけだ。他の被害者には、さっき考えたが執着というものがないように見える。
「奈々さんの轢き逃げの話も気になるし――」
「……あっ。そういえば、奈々さんだけプレゼントもらってましたよね? マニキュアを」
「そういえば……。旭さんから送られたって言われたけど、もしあれが真犯人からの物だとしたら……あれには一体どんな意味が――」
俺が瑞紀さんにそう言った瞬間、突然ライトが順々に消えていき――闇がその場を支配した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「しっかし、完全無人のモノレールとか……これ緊急時とかヤバいような……」
「ですねぇ。いやしかし、日本の技術はやはりスゴいというかユニークというか……」
モノレールのプラットホームはもぬけの殻だった。いきなり移動手段を絶たれたと思い、最悪レールの上を歩いていこうかと悩んでいた時に、浅見所長がこちら側にモノレールを動かす運転室を見つけてくれた。
そしてモノレールが到着して乗り込むと、車両の先頭に発進のボタンを見つけた。いや本当にすごい。ボタン一つで扉が閉まって自動的に発進していくなんて……いや、でもこれ却って危ないような?
「いやしかし、この光景は素晴らしいですね。捜査中に不謹慎ですが、海の上を走っているようで……」
「綺麗なものを綺麗と思えるのは良い事ですよ。周りを見る余裕があるという事ですし」
浅見所長は少し笑みを浮かべてそう言ってくれる。そして彼も、サングラスをかけたまま窓の外に目を向けて、鼻歌交じりにその光景を楽しみだす。
(よくもまぁ、これだけリラックスしていられるものだ……)
浅見所長が撃たれたと聞いた時は本当に驚いた。それも、たまに起こる拳銃を使用した犯罪などではなく、プロの手による狙撃。当然所長も同じ情報を得ているのだが、まさか即座に病院を抜け出して単独で犯人を追おうとするなんて……。
この事務所に潜り込んで最初の大仕事――とある企業への潜入調査の際に安室さんから『ここの事務所、特に所長に常識は通用しない』と釘を刺されていた時は、異常な依頼の数々にそのことかと納得していたが……恐らくこの事を言っていたんだろう。所長本人はいつも『自分は能力的に皆さんに劣りますから』等と言っているが嘘だ。絶対に嘘だ。特にバイタリティとメンタルは狂人の域といってもいいのではないだろうか。自分は死なないと思っているのか、あるいは命を安く見ているのか……。
なんにせよ、この人の思考パターンは私には分からない。ヘリの時などまさにそうだ。話を聞く限り、どうやってかの部分をすっ飛ばして、ヘリを墜落させようとする犯人の狙いだけを見抜いたように見える。それも、かなり確信を持って。
そうでなくば、即座に地図でフライトプランのルートの上で着陸できそうな場所を即座に確保し、消防車と救急車を事前に呼んでおくなどしないだろう。
(あの異常といっていいレベルの先読み。……なるほど、赤井さんが気に入ったのも理解できる)
二年前、自分のミスのせいで赤井さんが潜入捜査に失敗した時から、普段から笑わないあの人が更に物静かになった。あの人が静かに笑うのは何度かあったが、あんなに声を上げて笑った所なんて初めて見る。
先ほどの電話の時も、自分にも聞こえるほど電話の向こうで笑っていた。
(まぁ、安室さんが言ったように完全に理解しようとするのは無駄な労力ということか)
浅見さんは、狙撃事件の前にトランプ事件の方のケリをつけると言っていた。となると、今このモノレールの目的地である『アクアクリスタル』に犯人がいる可能性は十二分にあり得る。所長も赤井さんも、犯人を村上丈ではなく、例の名前に数字が入っている人間の中に紛れている可能性があると見ている。
……覚悟をしておいた方がいいかもしれない。一応、先日小沼博士と阿笠さんが共同で作った防弾、防刃チョッキを下に着込んでいるから、いざという時も大丈夫のハズだ。
とりあえず、今はこの光景を楽しんでおこう。
「? ねぇ、キャメルさん……」
「はい、なんでしょう所長?」
「なんか、今少し揺れなかった?」
少々短いですが、今回はここで一旦投下!
あと2、3話で14番目を終える予定です。