平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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153:『コナン』という少年

 思った以上に余裕があったのは誤算だったが、事件は無事解決した。

 法務省の知人に無茶ぶりしたのはホント申し訳なかった。一年も余裕あるとは思ってなかったんです。

 とはいえ、無事に事件は解決。

 盗まれた5億5千万円も無事に回収し、事件は一件落着となった。

 

 今思うと山猫に近場の空港やら駅、地下鉄、港全部にカゲや山猫張り込ませたのは失敗だったな。

 普通に本人の周囲を固めるだけでよかった。

 

 無駄足踏ませて本当にすまんかった。

 

 例によって例のごとく、学校が終わったコナンから話をせがまれ、先読みというかストーリーを俯瞰した視点に適当な理由をつけて説明するのに四苦八苦したが、まぁ苦労としては可愛いもんだ。

 

 ただですら最近は鈴木の経済攻撃いなすので精一杯でホント勘弁してください……。

 

 まぁ、それもいい。

 今は目の前の依頼だ。

 

「あんまり片付いてなくて悪いわね透。まぁ座って?」

「あいよ、お邪魔しまーす」

 

 今俺が来ているのは美和さん――佐藤美和子警部補の自宅……というか実家だ。

 自分の事務所でもよかったが、今日は強殺事件解決の件でメディアが張り込んでるし警察内部で話すのもアレだし、二人で色々相談した結果これがベストだという話になった。

 

「あら、浅見君……来てらしたのね?」

「あぁ、奥さん。お久しぶりです」

 

 土産代わりの菓子と茶葉を出そうとしたら、美和さんのお母さんが来ていた。

 

「正義さんの事件の事、本当にありがとうねぇ」

「いえいえ奥さん。私としても今回の一件、無事に解決できてホッとしております」

 

 いやホントに。

 今回の件、下手したら本筋っぽかったしコナン抜きで大丈夫か心底怖かった。

 自宅から奪われた現金が見つかったと報告が入った時は心底安心したわ。

 

 いつも自信満々でトンデモ推理して、目暮警部達に呆れられても懲りない小五郎さんの鋼のメンタルを多少は見習うべきなんだよなぁ。

 

「それじゃあ美和子。私今日は友達の所に行って帰りが遅くなるから」

「あら、そうなの? なんだか急ねぇ」

「ええ、突然相談があるとかで……帰りは夜の九時くらいになるから、悪いけど夕飯は――」

「大丈夫よ。こっちでなんとでもするから」

「ごめんなさいね。それじゃあ浅見君、ゆっくりしていってね」

 

 分かりましたと頭を下げると、美和さんのお母さんはニッコリ笑って、

 

「美和子」

「? なに?」

「帰りは夜の九時頃になるからね?」

「聞いたわよ」

「ええ、夜の九時頃になるからね?」

 

 奥さん、それ三回目。

 

 もう分かったってば!! って美和さんが怒鳴ると、お母さんがオホホホホと笑いながら出かけて行った。

 

「……美和さん」

「ええ」

「あれ、なに?」

「さぁ?」

 

 おぉう、なんかすっげぇお疲れでいらっしゃる。

 

「時間に厳しい人……とか?」

「そう見える?」

「見えん」

 

 正直な感想が出てしまったが同意見のようだ。

 美和さんはふかーーいため息を吐いている。

 

「まぁいいわ。それより、可能な限り調べて来たわよ」

 

 そういうと美和さんは、自分の鞄から小さめだが分厚い手帳を取り出す。

 かなり色々書き込んだのか、側面にも所々インクが染みており、付箋もあちこちに貼られている。

 

「およそ30年前の設楽家の強盗事件の捜査に関して、当時の警察官の証言その他諸々……それに協力してくれそうな人たちをリストアップしてきたわ」

「オッケー、それじゃあ作戦を立てようか」

 

 なにせ、物証が実質ゼロの中での勝負になる。

 そうなるとぶっちゃけ、感情を揺さぶって当事者から証言を引き出すしかない。

 それには当時の事を出来るだけ詳細に知る必要がある。

 

 結果、話し合いは夜9時を余裕で超えた。

 帰ってきた奥さんと美和さんが途中で何か言い合ってたけど……これも家族って奴なのかなぁ。

 俺は家族ってのがイマイチ分かってない所あるから……うん、これも参考にしておこう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇4月22日

 

 美和さんからもらった情報や当時捜査に加わっていた警察官達から得た情報を持って、響輔さんと一緒に妃先生の所を訪ねてきた。

 やはり妃先生でも難しいという事だ。その上で取れる作戦はおそらく自分が考えたのと一緒だろう。

 

 うん、響輔さんを連れてきてよかった。

 なにせ今日は香田さんが俺を尾行していたからな。

 それが羽賀響輔というドラマのサントラなんかでバンバン売れている天才作曲家を伴って弁護士の事務所――それも無敗のクイーン、妃英理の経営する妃法律事務所を訪れたんなら、きっと食いついてくれる。

 

 日売新聞が動いたらもう一手仕掛ける。

 動かない場合はこっちから火を付けて回るか。

 

 

 

〇4月23日

 

 恩田さんの提案で、本格的に火を付ける前に蓮希(はすき)ちゃんをこちらに引き込むことにした。

 現状のまま単純にスキャンダルの火攻めをしても意固地になって、設楽家にダンマリを決め込まれる可能性が高いというのが恩田さんの見解だ。

 名家というものは家名を気にするものだとか。

 

 逆に言えば、家が残せる要素があれば多少割り込む余地が出来る。

 だからあの家で30年前の事件に関係がなく、響輔さんと仲が良い設楽家ご令嬢の蓮希ちゃんと共に30年前の真実を探るという形を作るべきだと。

 

 マジでこういう時の恩田さんは滅茶苦茶頼りになる。

 すでに日売新聞の他に、真君と手分けして週刊誌に昨日の一件を各社匿名でリークしている。

 火が付くのもすぐだろう。急がなければ。

 

 

 

〇4月24日

 

 響輔さんが、一年前の転落事故――設楽詠美(えいみ)さんが亡くなった理由についての全てを蓮希さんに話した。

 自分の家族が、尊敬している叔父の父親を見殺しにしてストラディバリウスを奪ったかもしれないという事を聞かされ多大なショックを受けたようだが、真実を知るための協力を約束してくれた。

 

 当時の強盗事件のおかしい点は全て整理してある。

 こっから先は推理とか捜査じゃなくて情報戦になる。

 

 ある意味で推理とか捜査以上の俺らの専門分野だ。特に恩田さん。

 弟子の京極君はもちろん、補佐に瑛祐君とリシさんを付けよう。

 

 今回は様々な会社や部下を動かすことになる。特に瑛祐君にはいい経験になるハズだ。

 

 

 

〇4月26日

 

 よしよし、いい感じに設楽家が燃え上がっている。

 テレビも新聞も三十年前の事件を取り上げて事態に薪をくべまくってくれている。

 いいぞいいぞジャンジャン燃えろ。

 

 なにせ世界的な音楽一家だからな、海外のメディアにも飛び火しまくってる。

 

 恩田さん曰く、三十年前と言う少々現実感がないほどの過去に起こった名家の事件。

 しかも、テレビなどで出てくることが多い名器ストラディバリウスを巡るスキャンダルにミーハーな人なら高い確率で知られている天才作曲家が被害者の遺児ともなれば燃やしやすいということらしい。

 

 いやぁ恩田さんマジでやってくれるなぁ。

 今回の一件、なんと作戦の大筋を京極君と瑛祐君に決めさせているらしい。

 真実を暴き、正義を貫く――という名目をチラつかせながら、メディアの使い方を勉強させるつもりのようだ。

 

 個人的に注目したのは、メディアの嵐に慣れていない蓮希ちゃんへのフォローを忘れていない所だな。

 どっちが発案したかは分からないけどこれは上手い。

 一番ボロが出やすい所を押さえるのは基本中の基本中だけど、それをキチンと行えるというのは大事な事だ。

 

 

 

〇4月30日

 

 俺や恩田さん達の予想通り、設楽家から裏切り者が出た。

 だよねだよね、ぶっ叩かれまくったら少しでも扱いのいい方になりたいよね。

 うんうん、分かる分かる。疑惑がまさしく事実だったら尚更そうだよね楽になりたいよね。

 

 それ狙ってたからすっごく分かる。分かるよー。

 

 メディアの前で突然全てを認めて喋ってくれたのは当主の調一朗氏の妻の絢音(あやね)さんと、その息子の降人(ふると)さん――蓮希ちゃんのお父さんだ。

 蓮希ちゃんから用心深い性格だと聞かされていたから、降人さんまでくっついてきたのは予想外だったけどまぁヨシ。

 

 というか、こっちにとってはいい展開だ。

 絢音さんは心が弱そうだからその内折れてくれると思っていたが、だからこそ彼女の証言がどこまで信用されるかという点を瑛祐君と京極君は問題視していた。

 

 それを解決するために瑛祐君達がどういう手を打つか楽しみだったのだが、息子さんまで来たのなら材料は全部揃ったと言っていい。

 少々残念だけど、これで王手だ。

 もうちょっと瑛祐君と京極君のコンビの手並み見たかったなぁ。

 

 世論も、まさかの報道カメラの前でのゲリラ懺悔に加えて、響輔さんの本当は復讐(殺人)を行うつもりだったというセンセーショナルな告白で湧きに湧いている。

 怒りを堪えて踏みとどまり、ウチに相談に来たというのが大衆のツボを突いたらしい。

 

 自首しようとしたことも、死亡事故のきっかけを作ったとはいえやったことは三十年前の事を問い掛けただけ。

 

 妃さんも、響輔さんへのストラディバリウス返却命令はおそらく出せるという確信を得たようだ。

 勝ったな。

 

 

 

〇5月2日

 

 やはり裁判を挟むことになるが、状況は有利に進んでいる。

 降人さんに続いて、三男の弦三朗氏も30年前の事をゲロった。

 当主の調一朗氏もこれで追い詰められただろう。

 

 響輔さんから頭を下げられた上に、今度ウチが楽曲を必要とする際には必ず協力すると言ってくれた。

 ……これガチで芸能事務所設立へと追いやられている気がしてきた。

 今回の一件で羽賀響輔が実質ウチの傘下に入ったという噂が凄い勢いで広がっている。

 

 分かってる分かってる、これ香田さんの仕込みだよね?

 

 今でこそ芸能スポーツ部だけどさっさと社会部に戻りたい。

 それにはスクープや特ダネが欲しいけど、すでに根っこが張られている場所ばっか。

 

 だったら、実現するかどうかはともかくウチにそういう噂を大々的に流しておけば、自分が張っている浅見探偵事務所の周りに、芸能絡みの話が集まりやすくなる。

 

 それだけで自分が美味しい所を持っていきやすくなるし、これで本当に俺が芸能事務所を立ち上げれば、今までになかった飯の種の中心に自分が身を置ける。

 

 いいねぇ、香田さん。すごく好みだ。

 さすがに勧誘は難しいだろうけど、こちらのボーダーラインを遠回しに伝えながら関係構築を続けていこう。

 

 ボーダーラインを理解してくれる報道の人間が側にいてくれるとすごく助かる。

 とりあえず一回飯に誘ってみようかな。

 

 

 

〇5月4日

 

 気晴らしになるかと思って、クリスさんを連れてほぼ完成した夏美さんの洋菓子店のプレオープン――の更に前日にちょっとお邪魔してきた。

 

 夏美さんに真悠子(まゆこ)さんも久々に会うなぁ。

 そして夏美さんは、こう……俺を小学生かそれ以下と思ってるんじゃなかろうか。

 紅子とは違う、なんかこう本気で頭を撫でられた。

 マジでやんちゃな弟扱いしてるなぁ。

 

 そして肝心の店舗だけど、お菓子は美味いしお茶も美味いし、真悠子さんが揃えたスタッフも教育されてるし士気も高い。

 

 メディアでの紹介もすでに仕込んであるし完璧だ。

 真悠子さんが俺を刺す原因になったあのクソ野郎の店にだって負けていない。

 

 ……いや、そもそもアイツはもう落ち目に入ってるんだけどな。

 ここに来て真悠子さんの所に復縁を迫りだしたとか……念のために真悠子さんに警護を付けておくか。

 このタイミングで真悠子さんが襲われたら目も当てられない。

 真悠子さんは、うちの小売り関連のプロジェクトメーカーなんだから。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 宮野志保こと灰原哀は、割と阿笠邸に顔を出すことが多い。

 家主の阿笠博士が浅見探偵事務所の装備開発の第一人者であり、そのため用事がある事が多いというのもあるが、子供たちのたまり場になりやすいのも原因の一つだろう。

 

「工藤君、最近よくノートと睨み合ってるわね」

「ん? あぁ、浅見が関わった事件をまとめててな」

「……まとめ?」

 

 工藤新一――江戸川コナンが座っている隣の椅子に腰をかけ、灰原がコナンの手元を覗くと、分かりやすく彼が関わった事件が人間関係の相関図や、必要ならば間取り図なども書かれている。

 これだけで、江戸川コナンがどれだけ真摯に浅見透が関わった事件を調べたのかよく分かる。

 

「父さんに言われて気が付いたんだけどさ」

「ええ」

「俺、浅見の事……なんにも知らないままだった」

「それはそうでしょ、知り合ってまだ……えぇ、数か月程度しか時間が経ってないでしょ?」

 

 その言葉に灰原は、一瞬頭痛を覚えるがそれを顔に出さずに微笑んで見せる。

 

「あぁ、だけど……思えばアイツとじっくり話したことなくてさ」

 

 ボールペンの乾ききっていないインクで、コナンの右手はノートとの接触面がだいぶ黒くなっている。

 それを気にせず、コナンは話を聞いたメモと思わしき手帳を時折読みながらなにやら書き込んでいく。

 

「それで見つけた共通の話題が事件? 貴方ねぇ……」

「仕方ねーだろ。実際、アイツと出会ったのも事件だったし、その後関わるきっかけになったのも事件だったし」

「……あの人どんな話題でも乗ってくるわよ」

 

 灰原は、浅見透が用意してくれたラボでの恒例になりつつあるお茶の時間が、他愛もない話題から自分の薬学や簡単な医学講座まで大体乗ってくる話し上手っぷりを思い出す。

 唯一口が重くなるのは、事件の概要以上に踏み込んだ被・加害者のプライバシーに関する時くらいだ。

 

「いや、そうなんだけどさ……」

「……あぁ、貴方に話題がないのね?」

 

 まるで夕食時の話題探しに困る父親みたいに困っている江戸川コナンに、灰原は軽いため息を吐く。

 

「貴方、自分のガールフレンドには彼女が大して興味がないホームズの話をまくしたててそうなのに」

「まくしたてるってなんだよ!?」

「違うの?」

「ちげぇ……っ……いや……うんまぁ」

 

 だんだんと自信を失くしていく推理オタクに、灰原は「ほうら見なさい」とばかりにどこか勝ち誇った顔で見ている。

 というか見下していた。

 もしこの見下している相手が浅見だったら、今頃マウント拘束されてくすぐり倒されているだろう。

 

「んんっ! とにかくそういうわけで、こうしてアイツが関わった事件を軽く纏めてみてるんだ」

「ふーん。ま、理解はしたわ」

 

 灰原は、彼のランドセルの中に目をやる。

 そこには、自分も同じものを持っている教科書やノートとは別に、中身がぎっしり詰まった書類袋のようなものが入っている。

 

「? ねぇ、ランドセルの中のものは?」

「あぁ、そっちは父さんが書いてみろって言ってたやつ」

「お父さん? 作家の?」

「あぁ、事件の話を聞いてるって話したら面白がってさ。いっそエッセイ風の物語(・・)としてまとめてみたらどうだなんて言われたんだよ……。当然漏れてもいいように脚色というか、分からないように書き換えているけどさ」

 

 ここでコナンが彼女の方を向いていれば、気付いただろう。

 彼女の顔が、突然色を失くしたことに。

 

「ちょっと読ませてもらってもいい?」

「? あぁ、いいけど……素人が書いたものだから退屈だぞ? 父さんにもすげぇ添削されてんだから」

「えぇ……」

 

 そして、そこにあったのは確かに物語だ。

 物語にして記憶。物語にして記録だ。

 

 コナンという男が(・・・・・・・・)物語る(・・・)、ある名探偵の記録だ(・・・・・・・・・)

 

 未だペンを走らせているコナンに、灰原は反射的に手を伸ばそうとし――

 

 

 その伸ばした手で何をするのか思いつかず、そっと自分の胸の前へと戻したのだった。

 

 


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