やっぱ温泉宿は駄目だな。
温泉だけならワンチャンあるかもしれんが、温泉宿だとコナン抜きでも駄目だった。
やっぱり殺人事件が起こるところだった。
というか振袖般若伝説ってなんだ!? 下調べの時にはそんなんなかったぞ!?
あからさまに人が死ぬ舞台整えやがって危なかったわ!
ギリッギリで止められたけどまーた俺刺されたわ。
「どうして……っ」
訂正、現在進行形で刺されてるわ。ホントもう、俺が知り合う美人って2パターンしかねぇな。
俺を刺したり燃やしたり撃ったり薬盛ったりする女か、そうじゃないかだ。
温泉宿だからって浴衣着てくつろいでたら駄目だな。やっぱあのスーツ出来るだけ持ち歩こう。
阿笠博士の急なメンテが入った時は九死に一生フラグか死亡フラグの二つに一つだから覚悟決めるしかないけど。
「どうして邪魔するの!」
うーん、こうして美人さんにぶっ刺されてると真悠子さんにぶっ刺された時を思い出す。
あるいは幸さんのガソリンファイアー食らった時。
俺をぶっ刺してる美人さんは、調べていた王道大学内の薬物売買の容疑を掛けられて自殺した女学生の姉だった。
マジあぶねぇ、もうちょっと遅かったらこの人あの二人をぶっ刺して、またぞろややこしいトリックこさえて現場を振り回すつもりだったんだろう。
ホント勘弁してください。
「貴女の妹を慕っていた女性から、依頼を受けました」
ぶっ刺さってるナイフを握っている手が、動揺したのか小さく震える。
優しい人だ。
これがマジモンの復讐鬼になってる人ならここで刃物一回転させて肉
あれマジで身体が引き攣って動きづらくなるから辛いんだよなぁ。痛いし。
「五年前の真実を明らかにして、世間に公表するのが俺の仕事だ。ここであの二人を消したら、一番肝心なところが分かんなくなっちまう」
というか、おそらくだけど王道大学キャンパス内には当時のルートがまだ残っているハズだ。
あの二人が流したものを欲しがる連中はなんだかんだいるだろうし、それを受け継いでばら撒いてる奴――というかグループがまだいるはずだ。
「貴女の復讐は必ず果たします。今度こそ、司法の手によって」
早ければ明後日くらいには二人の父親を押さえられるだろう。
すでに根回しをして周囲の人間にはあの二人を切るように手はずを整えている。
資金源もGOサインを出し次第押さえるつもりだし、裏金の方も押さえている。
そう、もう違うんだ。
「5年前とは何もかも違います」
絶対に逃がさん断じて逃がさん。
こういう連中放置してると気が付いた時には枡山さんとかあの組織の捨て駒になって事態をややこしくしかねないんだ。
「今度は決して逃がしません」
泣きじゃくるお姉さんを、ナイフごと抱きしめる。
おぉう、もうこれ何度目なんだ。
内臓が傷つかないようにしないと……んもぅ。
このいら立ち、全部今回の殺人
とりあえずこの人落ち着かせたら安室さんや七槻達と詰めの打ち合わせしよう。
やっべナイフ抜くの忘れたまま皆の所に来ちゃった。七槻待って救急車呼ばなくていいから、消毒した針と糸か、最悪ホッチキスでもあれば自分で縫うから。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
〇3月25日
体もだいぶ刃物に慣れてきたのか復帰まで時間がかからなくなってきた。
おかげで七槻の説教が長引いた……。いや今回ばかりは本当に申し訳なかった。
落ち着くまで待っている間に痛みに慣れてしまってナイフの存在完璧に忘れてた。
心配かけて申し訳ない。おかげで意地でも24時間で治さなきゃと頑張る羽目になった。
病院側も慣れてきたのか、結構な数のお医者さんが来てくれて……本当に申し訳ない。
でも実際治療に当たる医者の数は変わらないハズなのに、なんであんなに来たんだろうか?
ともあれ、今回は事件の内容が自分の親友が自殺してしまった四国の一件に似通っていたためか、七槻が滅茶苦茶やる気を出してくれたのもあってスラスラと進んだな。
大方の予想通り、薬物を流していたあの二人。彼女たちの父親が手を組んで全て握りつぶしていた。
県警の中で二人の息のかかった人間を動かして事態をコントロールしようとしたようだが、行ったのは薬物売買事件のもみ消しのみ。
その後、当時二人とその正義感の強さから敵対していた鈴鹿桜子さんに罪を擦り付けたのは、今回殺害される一歩手前だった二人の独断だったそうだ。
まぁ、そのためもみ消しに動いた警察官が流れに乗ろうと独断で行動をしたり、それをどうするかで二人の父親が対応を急いで決めなければならなかったりで隙が出来ていたために、どうにか立証可能な所まで証拠を探し出せた。
キャンパス内に残っていたルートは二人の卒業後地元ヤクザが乗っ取り、大麻の他に覚せい剤などまでが商品になっていた。
おかげで王道大学はエラい騒ぎだ、言っちゃ悪いがちょうどいい。面白そうでかつ身元の綺麗な教授は近々運営するこっちの大学へと勧誘させてもらおう。
正直、単にこっちの技術開発や研究成果をしっかりと守るためのセキュリティを施す箱でしかないのだけれど、運営するならそれなりの人員用意する必要があるのが面倒くさい……。
〇3月26日
元々ウチらに大学というか、私立の教育機関の設立と運営をやれと言ってきたのは次郎吉さんだった。
その時はいつもの無茶ぶりかと思いながら色々段取りを組んでいたのだけれど、どうやらこちらが思った以上に乗り気らしい。
こちらが人員の確保に動いたのをそろそろ動くと見たらしく、運営に関われそうな人員の紹介に加えてとんでもねぇ金額の融資をしてきやがった。
落ち着け鈴木。どうした鈴木。
まだ玉とも石とも分かんねぇ代物なのに地方自治体の予算張りの金額をベットするんじゃない。
これで回収できなかったら俺らもアンタらも面子丸つぶれだろうが。
ただですらアンタの所、
この間もなんか、新しいタイプの美術館を作りたいとか言って瑞紀ちゃんに変な依頼出しただろ。
こういう形でこういう広さの鍾乳洞はないかとかなんとか。
瑞紀ちゃんがそれに見合う物を発見して安全確認を終わらせたら、あの爺さん速攻で鍾乳洞とその周りの土地一括で買いやがった。
動きが速すぎるにもほどがあるわ。
名前はこれから決めるらしいけど、多分ベルツリー美術館とかそんな感じになるんだろうな。
〇3月27日
王道大学の一件の依頼人がお礼を言いに来てくれた。
というか、事の大きさの割にほぼ無報酬だったのが申し訳ないとわざわざ頭を下げに来た。
こっちからすれば人員その他諸々の吸収に加えて、県警内部の膿の吸出しに成功したのはデカい。
全部ではないだろうけど、今頃公安が調査を続けているハズだ。
まぁ、せっかくなのでシンガーソングライターの彼女には、たまに下のステージで歌ってもらう契約をしてもらった。
何人かの歌手やら女優さんから、自前の芸能事務所を持つつもりはないのかと急かされているのでなんだったらそっちに所属してもらうのもありかもしれない。
どうも独立したがってる面子が、ウチに後ろ盾をお願いしたいらしい。
色んな状況に対応できるように人材の確保してるのは言い訳のしようがないけど……うーん多角企業にも程がある。
芸能事務所ねぇ。
広報要員と考えると悪くはないし、人員によってはメディアやその他への内偵――とまではいかなくても情報収集のアンテナ役も期待できそうだけど……どうするかなぁ。
〇4月1日
再び始まる新年度一発目の仕事というか依頼は、常盤財閥との共同プロジェクト立ち上げの依頼だった。
常盤財閥は令嬢の美緒さんとは面識があったが、そこまで深く関わってはいなかった財閥だ。
美緒さんが社長をやっているグループの中心企業である『TOKIWA』は日本有数のIT企業の一つだったため、いつかは関わらなければならないと思っていたけど時間がかかった。
美人だからもうちょいお近づきになりたかったんだけど、敏腕社長らしく隙がないんだよなぁ。
向こうから提案されたのは、一度挫折したコクーン・プロジェクトに続く次世代ゲームハードの共同開発である。
あれかな、鈴木みたいなデカい家が投資したプロジェクトがスキャンダルでコケたから、ここで似たプロジェクトを成功させて常盤財閥の存在感を見せつけたいのかな。
ついでに鈴木寄りと見られているこっちと繋がりたいと。
七槻の所の会議室で、明日恩田さんと樫村さん連れて会議だなぁ。
明後日には俺、キャメルさんと山猫、カゲを引き連れてとフランス行かにゃならんし。
〇4月7日
先日常盤から提案されたプロジェクトを具体的に詰めていこうと恩田さんが向こうの会議に赴いたら、鈴木財閥が一枚噛むことになっていたとのこと。
はえーよ朋子さん。どこで嗅ぎつけたんだ本当に。
美緒さんにこやかにしてたけど内心苦々しかったでしょうね、とは恩田さんの談だ。
基本的に日本だと鈴木のネームバリューが一強だから、なんとか鼻を明かしてやりたかったんだろうし。
俺達はその間にヨーロッパの方での警護の仕事を終えて、こっちは一息ついたところだ。
まーた久々に蜘蛛に襲われたけど。
万策尽きたのか今回は物量で攻めて来たけど、同じく警護についてたフランスのアルベール・ダンドレジーとまたもや共闘。
万が一に備えて予備戦力も用意していたおかげで撃退できたけど、山猫に数名負傷者を出してしまった。死人が出なかったのは幸いだったが……。
まぁ、フランスを始めEU各国に貸しを作れたのは大きい。これでカリオストロへの圧力をまた減らせる。
そして例の毒だが、志保曰く大本になった毒を持っている生物を確保できれば解毒薬の作成も可能かもしれないということだ。
今回は捕えた奴に志保が試作したガスを吸引させてみたが、死ぬまでの時間を15分くらい伸ばしただけに終わった。
僅かとはいえ成果は出てるので、このまま志保には頑張ってもらいたい。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「銃火器で武装した暗殺集団相手には無傷で対処できるのに、なんで君は普通の女性の刃物一つ躱せないのかな透君?」
「そりゃあお前……女性の本気の殺意を避けるのは士道不覚悟――待て、冗談だ七槻悪かった。だから台所に行こうとするんじゃない」
休日が被って久々に二人揃っての家ゴロタイム。
休日だというのだからもっとやるべき事がある気がするんだが、ようやく死地から帰ってこれた今、こうしてありふれたお菓子をつまみながら適当な飲み物飲んでるだけで生きていると実感する。
俺も七槻もTシャツと適当な部屋着を着て、ソファの上で完全にだらけている。
テーブルの上にホットスナックの皿を置いて、テレビのニュース――内容は俺がこの間買収した総合商社についてだ――をボケーと流し見ている。
こら、起き上がろうとするんじゃないキッチンに包丁取りに行こうとするんじゃない!
そのまま腹をクッションにしてていいからじっとしてなさい。
(とはいえ、明日はさすがにどこかに出掛けないとなぁ。志保もそうだけど楓をどこかに連れて行ってやりたいし)
楓繋がりで少年探偵団も来るなら釣りが妥当か? などと考えながら、横になってる自分の腹を頭でプレスしている七槻の口元にフライドポテトを運んでやる。
「サクサクサクサクとまぁ……鳥の餌やりかな」
「鳥みたいにあちこち飛び回ってるのは透君だけどね」
「まぁなぁ……。おい、指を舐めるな」
七槻もここ最近神経使う仕事ばっかだったからか死にかかってる。
完全に脱力しててグッタリしてる。
「こっちが選別した人員、ちゃんと動いてる?」
「あぁ、問題なし。色々決める事やあいさつ回りが増えた今すげぇありがたい」
おかげで常盤の一件みたいにいろんな仕事を用意して下に回せる。
キャパシティを超えないように注意しなければならんけど、おかげでかなり稼ぎやすくなった。
「それで休みも比較的取りやすくなったから助かってる。桜子ちゃんの料理作り立てで食べたの久しぶりだ」
「あー、わかるわかる。僕もそうだったよ」
ここ最近、家に帰っても電子レンジにかけてから食べるの多かったからなぁ。
桜子ちゃんも気を利かせて、チンしたら完成するタッパー飯とか作ってくれてたから十分満足してたけど……。
うん、よし、今日は桜子ちゃんも含めた皆で食べに行こう。
この間キャメルさんに教えてもらった鉄板焼きの店予約聞いてみるか。
「透君、次の」
「……コイツ鼻にぶっ刺してやろうかな」
適当に細長いフライドポテトを摘まんで再び運んでやる。
こいつ、もっしゃもっしゃ旨そうに食いおって。揚げてやったの誰だと思ってやがる。
だから指の塩舐めとるんじゃない。
ちょっと塩多すぎたかな……。
だらーっとソファの下に伸ばしている手に温かい何かが当たった。
覗いてみると源之助だ。正確にはダックスフントのクッキーの上にだらーっと乗っかって自分を運ばせている源之助だ。
なにお前、王様気取りなの?
一瞬塩っ気の強いポテトを守ろうかと思ったが、顔をそちらに伸ばそうとしたクッキーを源之助が制して、結局横になってる俺の首元周りで二匹揃って丸くなった。
よくやった源之助。よく我慢したクッキー。あとで褒美にちょっとお高いおやつをくれてやろう。
「そういえば透君聞いた? クッキーの元々の飼い主の里山さん、ひょっとしたら刑期が短縮されるかもしれないって」
「お、マジでか」
犯罪を犯す人間には少なからず同情してしまう人間が正直いてしまうが、里山さんは特にそうだったなぁ。
悪質クレーマーのせいでご家族が自殺に追い込まれて、しかもそれが自分の所にまで来たんだからなぁ。
あの事件で、あの人に雇われていたシェフの飯盛さんは今やウチの調理部門の責任者。
……考えてみれば、あの事件ってウチの飲食部門の始まりなのか。
なんだかなぁ。人の不幸でロケットスタート作ってる事に正直罪悪感を覚える。
「自分もたまに会いに行ってたけど、最近面会する人増えてなぁ……」
「気を付けてよ? 君のことだから思う所がある人は後々自分の所に引き上げようとしてるんだろうけど……君の動向、すごく注目されてるんだから」
「……分かっちゃいるんだけどなぁ」
「この間なんて、毛利探偵とコンビニでお酒をたくさん買っているだけで写真撮られて週刊誌の一面飾ったんだから」
「もっとマシな記事書けよと思いました。いやマジで」
「それには同感。最近君の所に顔を出してる香田さんの方が仕事してるよねぇ」
「おかげでうかつに隙見せられねぇ……。この前も予定が一つ潰れて――」
「例のバニーガールバー?」
…………。
なぜ知っている。
「いやまぁ、別にいいんだけどね。あそこ、確か君の協力者がいるんでしょう?」
なぜ知っている!?
知ってるのカゲの面々とメアリーくらいだぞ!?
「お? その反応は当たりかな?」
「……カマだったのか」
「君がたまに通ってたのは知ってたけど、小五郎さんどころか、宍戸さんやフォードさんも誘わず一人で行くとは思えなかったしね」
うーん、理解度が高くて助かる。
「君、女の子と遊ぶお店に行くときに一人で行くの怖くて絶対誰か誘うし」
うーむ、理解度が高くてヘコむ。
なんだそのドヤ顔は。
本気でヘコむぞコラ。
なんとなくむかついて、よれたTシャツの裾で頭を覆ってやる。
しばらくモゾモゾしてベシベシ中で腹やら胸を叩いていたが、その動きが一回止まってまたモゾモゾして、着古したせいでよれよれになったシャツの襟から顔を出す。
「何してるのかな?」
「ちょっとイラッと来たから口封じ兼拘束」
「……口、封じれてないけど」
「うん、失敗したなと思ってる」
おまけに顔が近い。
いや、これくらいの距離感自体は別に普通だけど、不自由感が思った以上にヤバい。
「あと拘束っていったけどさ」
「うん」
「これ、君の動きも制限されてるよね」
「七槻落ち着け、話し合おう」
反射的に体を引くが、シャツで繋がっているために逃げられねぇ!
源之助、クッキーたすけ――逃げるんじゃない! 立ち向かえ!
ちくしょう俺の馬鹿!
待って、そこはダメだってばあああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!
結果、俺の首筋にやや大きな噛み跡が何か所か付いた。
馬鹿野郎、もうちょっと目立たない所に付けてくれてもよかったんじゃないのか。
大きめのバンドエイド貼って隠したら、また怪我をしたと思われたのか志保に呆れた目で見られた。
くそぅ、屈辱だ。
屈辱なので桜子ちゃんと一緒に買い物から帰ってきたふなちをくすぐり倒してストレス発散しておいた。
よし、そんじゃあ店に人数分の席空いてるか確認しよう。
桜子ちゃーん、そこで呼吸困難に陥ってるふなちの介抱よろしくー。
鍾乳洞の奴は皆さんお分かりでしょうがアレ
一番書くのに苦労しそうな一作である