――こんの馬鹿青子! よりにもよって直接乗り込むこたぁねぇだろ!
――何よ! 最近快斗忙しそうだし疲れてるし、心配だから様子を見に来たんじゃない!
――様子見に来ただけならまだしも、なんでここで働こうとしてんだよ!
――だって! …………だって……
説得すると言い出して応接間に学ランのまま入っていった黒羽君と青子さんの言い合いをBGMに、私たちは対策を練っていた。
「問題なのは、彼女が入ってくる所を見られたことよね」
「メディアは日頃から張り込んでるしなぁ。普通の依頼者ならともかく……彼女の身元、バレてるよね?」
「中森警部はキッドを担当する刑事って事で有名ですから……多分」
キッドを担当する刑事の一人娘が、浅見探偵事務所に一人で駆け込んだ。
これが毛利蘭や鈴木園子と言ったおなじみの面子なら、せいぜい週刊誌がちょっとした記事を作る程度で済むでしょうけど……。
「本堂君、所長はなんて?」
とりあえず指示を仰ぐべき案件だと思い、本堂瑛祐に彼とコンタクトを取らせたのだが。
「こちらの判断に任せるそうです」
「……本当に私達で決めていいのかしら、これ」
人を雇う雇わないをバイト――どころか学生陣だけで決めろというのは、あまりにも酷な放り投げではないだろうか。
「そもそもここで雇ってしまうと、変な連中が湧くんじゃないかしら? 同じようにここで働かせてくださいって」
「それに関しては、ボスや彼女のお父さん――中森警部とも話し合ってカバーストーリーを作れば可能だと思うよ?」
二つ折りの携帯電話を開いたままデスクの上に置いた世良真純が、ワークチェアの背もたれに体重を預けてグーーーっと伸びをしている。
「真純、中森警部は?」
「やっぱり何も聞いてなかったみたいでね。すっごい慌ててたよ」
でしょうね。と思いながら肝心の話を促す。
「で、どう言ってたの?」
「とりあえず青子君と話し合いたいってさ。ま、そりゃそうだよねぇ」
「そんな予測の容易い事じゃなくて……」
「あぁ、感触かい?」
「ええ」
「……反対一色って感じじゃなさそう……かな? なんかちょっと、青子君の行動に納得している所があった気がする」
「……それは……意外ね。先日の件を考えると」
なにせ、少し前に自分が刺されているのだ。
いやまぁ、自分の場合は完全な自業自得なのだが。
ともかく、あの米花シティホールでの一件は浅見探偵事務所に危険なイメージを付与したハズだ。なのに……。
「でも紅子君、考えてみれば僕達ってすごく安全だろう? 帰る時にはジョドーさんが同性の執事さんを付けて車を用意してくれるし」
「……まぁ、普段はそうだけど」
「有事の際だって、基本僕らは後方支援だし」
「それでも予想外の事が起こるのが私達なのよねぇ」
もう傍目には完璧に治った肩回りを軽くグルグルと回す、そこにはもう違和感はないが、あの感触はずっと残っている。
「とりあえず、今日はお帰り頂くのがベストかしら?」
「あ、ごめん紅子君、それに関しては中森警部から、今日はもう遅いし、自分も入院中の身だから事務所に泊めてもらえないかって言われてね」
「あら、そう」
「ごめんごめん、瑛祐君はメディア連中に騒がないように根回し中だったし、君はボスとやり取りしながら他の仕事やってただろう? それで言うのが遅れちゃった」
「別にいいわ。で、部屋は?」
「いつも通り予備部屋はあるから、今穂奈美さんがもう一度点検してるよ」
なら問題はないだろう。
あとは黒羽君と青子さんがどっちも疲れた辺りを見計らって……見計らって……。
「本堂瑛祐は、まだ根回しの真っ最中よね?」
「じゃないかな? うちのお客様への無茶な取材関連は、前々から揉めてる件だからね。その時にこっち側になりそうな人員に働き掛けてるんだと思うよ。多分、ここにはいない恩田さんもね」
「……となると、私か貴女があの二人を宥めなきゃいけないのよね」
――なによーバカイト!
――んだとぉ……っ!?
もはや子供の喧嘩になりつつある声に、痛む頭を押さえる。
「真純、頼んでいいかしら?」
「君の方が適任じゃないかい? クラスメートなんだろう?」
「だから却ってややこしいのよ……」
深入りすると決める前なら、ここで顔を出して彼の側に立って煽っていただろう。
だが、今の自分は間違いなく『浅見探偵事務所』の一員だ。
少なくとも、あの男が求める時間に進むまでは。
ならば、迂闊に人間関係をイジるような真似はしたくない……のだけど……
気が付いたら、これまでの人生で一度も吐いたことがないだろう長いため息が漏れていた。
「どうしたものかしらねぇ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
〇3月7日
中森警部にスゲェ頭下げられた。
いやもうホントそう言うの止めてくれ。
こっちとしては信頼できる警察官の一人娘と言う、疑いようのない予備事務員を手に入れられたんだから正直万々歳なんです。
色々あったものの、元銀行員の浦川さんを教育係に任命。最初は瑞紀ちゃんにしようと思ったんだけど紅子に「止めてあげなさい」って言われて考え直した。
そうか、そういえば瑞紀ちゃん黒羽君好きだもんな。そこで青子ちゃんの教育担当するのはさすがに負担か。
ともあれ、マジで仕事がスゲェ楽になった。
書類の作成なんかもそうだけど、根回しに関してマンパワーを回せるようになったのが本当に違う。一気に余裕が出来た。
そして数を増やしたことを隙だと見てあの手この手で仕掛けを施してきたクソ野郎どもの処理が捗る捗る。
一番予想外だったのは、ウチの新人スタッフに一服盛ろうとした連中がいたことだ。
ウチから犯罪者を出したかったらしいけど、そうなる前にまとめて叩きつぶしてきた。
よっぽど気に入らなかったのか安室さんがスゲェやる気満々だった。
公安と連携して片っ端から仕掛けた連中――例によって泥参会崩れのアホ共だった――をぶっ飛ばして確保。
最近肉体労働が多すぎて手が震える。
〇3月9日
相変わらずクリスさんの記憶が戻る気配はない。
志保も警戒こそ解いてはいないが、プレッシャーは確かに感じないと言っていた。
一方でFBIは、完全にクリスさんをなんとか捕まえようとしているようだ。
正規の手段でこちらの監視下に置いてるのに余計な事するなよ。キャメルさんがかわいそうだろうが。
というか、全部ネタ晴らししてキャメルさんこっちに誘ってもいいんじゃないかと思いつつある。
組織的に一番抜けちゃいけないのは初穂と恩田さんだけど、現場の要になるのはキャメルさんだ。
部長の安室さんを除けば、だけど。
文字通り、訓練で色んな車やバイク、スクーターから特殊な車両や特殊設備が付いた機体とかに乗せてたら、マジでほとんどの物はなんでも乗りこなせるようになってきてる。
使う機会はないだろうけど、一応戦闘機だって乗れるんだから大したもんだ。
追跡や尾行、護衛の際には重宝するし、信頼も出来る。
この状況下でFBIの仲間の言葉を鵜呑みにせず、慎重に動いている所は特に評価できる。
流れに乗っちゃう人ではないというのは、勢いに任せる時には他の面子より遅れを感じるかもしれないが、それは安定感というものだ。
〇3月10日
うむ、青子ちゃんやっぱ頭の回転は速いな。ちゃんと仕事を覚えていってる。
もうちょい人柄掴んで、大丈夫そうならもうワンランク機密性の高い書類に触らせても大丈夫かもしれない。
んでもって仕事の方だけど、どうも最近学生――大学生を利用した事件が増えている。
先日の振り込め詐欺の捜査の時もそうだけど、ネットや口コミで高額報酬のバイトがあると誘いだして、犯罪に手を染めさせてから抜け出せなくしていくパターンがアホみたいに出てくる出てくる……。
生安部とも相談しているんだけど、対策が難しい。
以前ウチに取材に来た内田麻美ちゃん経由で、東都大学内部にこちらの情報網を浸透させているが、それに引っかかるかどうかは運次第だしなぁ。
あぁ、そうそう。麻美ちゃんもバイトで手伝ってくれることになった。
いやぁ助かる。彼女マジで文武両道のパーフェクト人材だから、将来的にもウチに慣れてくれてると助かる。
将来的な幹部候補生として取り込む方向で調整しておこう。
〇3月15日
ちょっと変わった依頼が来て、安室さん達幹部を集めて1日頭を悩ませていた。
今回の依頼者はシンガーソングライターの深津はるみさん。
最近蘭ちゃんがよく聞いてる歌手だ。
そして肝心の依頼だが、5年前のある大学生の自殺を調べ直してほしいというものだった。
四国の一件思い出すなぁ。
事が起こったのは、5年前の王道大学。山形の結構有名な大学だ。
そのキャンパス内で、違法薬物が蔓延したのが発端だ。
自殺した学生はその密売首謀者と疑われていたらしいが、依頼者曰くとてもそうは思えないとのこと。
というか、疑わしい人物はすでにいた。
同じ王道大学のOGのとある二人。
意外な大物だが、ファッションモデルの
これはやってますわ。
だってコイツらの父親の柴崎代議士と安西グループ社長は、今まさに様々な汚職の容疑で俺らが追ってる連中じゃん。
麻薬関連の案件はなかったけど、握りつぶそうと思えばやるだろうなというクズどもだ。
うん、書いてて整理が付いた。ちょうどいい。美人の依頼だし徹底的に潰そう。
今は安室さんとキャメルさんが当時の動きを探るために出張して、汚職の調査を進めていた恩田さんとリシさんのペアと合流してるけど、念のためにジョドーとカゲも送っておくか。
P.S.:メアリーも同行させようかと思ったけど、こっちの動きを探る連中の対策や万が一に備えて控えると拒否された。
マジでメアリーは頼りになるなぁ。
〇3月16日
昨日の依頼者もそうだけど、最近は作家と縁が出来る事が多いな。
今日はコナンの両親、工藤夫妻とようやく会談できた。
まず大事な点だが、すごく驚いている。
まさかこの俺に、苦手な美人というのが存在するとは思わなかった。
おかしいな、女性というだけで俺には8割は輝いて見えるはずなんだけど、顔が引き攣りそうになるのを我慢するのに苦労した。
コナンマジで悪い。お前の親と関わる時は絶対に優作さんを連れてきてくれ。マジで頼む。
嫌いとかそういうのじゃないんだけど、万が一顔に出てしまったらこの人スッゲェ根に持つだろうししつこそうなんだマジで頼む。
というか、コナンとの連携や今後について話し合うはずだったのに気が付いたらなんか取材みたいになってしまった
まぁ、なぜかまたこんなタイミングで以前からウチをモチーフに小説書いてる新名香保里さんが来るわ、ミステリー新人賞を取った麻美ちゃんも来るわでそれどころでなくなってしまったというのもあったけどさ。
ホントもう……奥さん、彼女たちが来たのホントにマジで偶然なんで。
加えてアレは若い女性にデレデレしてたんじゃなくて若い作家との普通の交流以外の何物でもないので俺を呪い殺す勢いで睨まないでほしかったなぁ……。
で、肝心の会談なんだけど、めっちゃ頭を下げられた上でどうか今後も息子に色々と教えてやってほしい。よろしくお願いしますと頼まれた。
……まず初めに、それ逆じゃね?
コナンから色々教わる事ばっかりなのに。
で、それ俺でいいの? 起業こそしてるけど休学中の普通の大学生だよ?
いや、二重の意味で普通じゃないか。でもまぁ、ちょっと変わった男くらいだろう。
養育費やらなんやらで結構な額が毎月振り込まれることになったけど……。
なんだろうな、こう、取材費感もあるような……。
まぁ、そもそもコナンに掛けてる金全部払えとかまず言えん……専用装備の開発研究費やらメンテ費やら裏工作費を全部足したらカリオストロの予算軽く超えるし。
んでまぁ、やっぱり聞かれた俺がコナンに協力する理由だけど、もうしょうがないから自分の目標とコナンの目標が被ってるからだ――で誤魔化した。
いやまぁ、全然誤魔化せてないんだけどもうしょうがない。
『実はこの世界は物語で、さらに時間はねじれていて一年経っても一年経ってないんです! それを解決するには世界の主人公であるお宅の息子さんにたくさん事件を解決してもらって物語を進めないとダメなんです!』
うーん馬鹿。
これ聞いて納得してくれるやつなんざいねぇよ。
陰謀論に染まった人でもお茶吹くわ。
二重どころか三重四重に頭がイカレまくって狂った変態じゃないと無理。
自力でたどり着いた枡山さんはマジでパネェ。
紅子は……紅子だしなぁ。
アイツには本当に頭が下がる。
アイツが俺に何かを頼むこととかほぼないけど、もしアイツが俺にお願い事したり、あるいは窮地に陥ったりしたら全力で力にならなきゃならん。
それこそ国だろうが世界だろうが、アイツの敵は片っ端からぶっ飛ばさなきゃ割に合わん。
ともあれ、優作さんからの感触は良かった。
色々コネを紹介してほしい時があるかもしれない事を遠まわしに伝えたら快諾されたし、まぁ万々歳か。
まぁ、マジで時間のほとんどはスコーピオン事件から続くロシア、ヴェスパニアの詳細を話すことで潰れたけどね!
青蘭さんの事話すのスッゲェ恥ずかしかったわ!!
メディアに何回も聞かれてんだぞ!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「透さん、頼まれていた解析資料よ」
「サンキュー志保」
例によって例のごとくのラボの中で、志保に頼んでいたものを受け取っていた。
(なんかこのラボ、マスコミやらFBIの尾行を巻くのにちょうどよくて、ついつい立ち寄ってしまうな)
王道大学内部で流通していた違法薬物――まぁぶっちゃけ大麻だったけど、育成場所を絞る材料になるかもしれないと色々志保に調べてもらっていた。
安室さんから公安経由でサンプル届いたのつい先日だけど、相変わらず志保は仕事早いな……。
「薬物の調査に警察組織への内偵、詐欺グループの追跡に政治家の裏金捜査、EU首脳会議特別会合の警護、加えて財界との調整などなど。……貴方も忙しいわね」
「おう、地獄が続いてる。マジで人員受け入れが間に合ってよかった」
あのまま進んでいたら多分マジでウチの事務所から死人を出す所だった。
初の犠牲者が物語にありそうなドラマティックなものじゃなくて過労死とか冗談じゃない。
「で、どうなの?」
「言われていた二人が実際にキャンパス内で大麻ばら撒いていたかどうかはまだ分からん。……ただ、二人の父親が捜査に介入した痕跡は確認できた。ほぼ黒だろうな」
「日本でもそういうことがあるのねぇ」
「……ちなみに海外だと?」
「もっと深刻よ」
「うっへぇ」
明るい話題が欲しいね。
「そうだ、志保。王道大学の一件の捜査も兼ねてなんだけど、今度の週末山形に家の皆で行くから用意しとけー?」
「……向こうには安室透もいるんでしょう? 組織の」
「ん。だから定期的に顔見せしとくんだよ。ずっと避け続けてたらかえって注目を引く。お前の場合、幸いグレース・アイハラっていう有名なそっくりさんかつ、ありそうなエピソード用意できたんだから、利用しない手はない」
近々安室さんには
そうすれば志保の身の安全はますます確保される。
「というわけで、温泉旅行だ。琴屋旅館っていう温泉宿があってな」
コナン抜きで、家族だけなら多分大丈夫だろう。
……いやでも探偵勢むっちゃいるな。
まぁ、覚悟だけはしておくか。
「……透さん」
「ん?」
「貴方、最近ジジ臭くなってない?」
「マジ凹みするから止めろ」
この野郎、地味に俺が恐れていることを……。
「まだ体にガタは来てないけど、たまにゃあゆっくりメンテしたいんだよ」
一回ド派手な事件起こったからしばらくは体張る事はないとは確信してるけど。
「メンテしたい、ね。だったらちょうどいいじゃない?」
「なにが?」
それまで仮眠用にと運ばせていたベッドに腰を掛けていた志保が立ち上がり、ハンガーにかけていた白衣を羽織る。
「あら、そもそもここがどこか忘れてるのかしら」
? お前の専用ラボじゃねぇの?
そう言うと志保は深いため息吐きやがった。
最近源之助にすら吐かれるな。そのため息。
「病院よ。びょ・う・い・ん。ま、私は医療従事者ってわけじゃあないけど、普通の医師に言いづらい事でも私になら言えるでしょう? 気づいたことがあったら、あなたの担当医に伝えておくわ」
そしてワーキングチェアとは違う、作業用の椅子を引いて俺に目線で促す。
「ほら、上の服脱いで座りなさい。簡単な問診始めるわよ」
……お前、聴診器とかいつの間に用意したのさ。
にしても似合うなその姿。
なお、浅見の身体痣だらけの傷跡だらけでやべぇ見た目になっていた模様
rikkaの事件ファイル
〇秘湯雪闇振袖事件(前後編)
アニメオリジナル379~380話
様々なパターンを見せるアニオリの中でも特に濃厚な本格ミステリー回前後編。
コナンのオリジナル回は個人的な嗜好による当たり外れがどうしてもありますが、旅館が舞台の回は外れ率が低い印象。
舞台は山形の温泉宿「琴屋旅館」。
そんな宿に温泉旅行にやってきたのがおなじみ毛利探偵一家。
タイトルに殺人の一言がないためにあったわずかな期待が、もうこの時点で8割崩壊。
そしてそこに現れる犠牲者候補たち。
その中にやはりいる性格悪そうな顔のキャラ。そして実際に性格が悪い奴が二人だーーー!
次回『美人の定義が崩れたキャラ、死す!』
いやほんと……小五郎は鼻の下伸ばしてたし職業ファッションモデルなら間違いなく美人という事なんだろうけど……美人……美人……とは?
前述した通り、実にコナンらしい本格的な殺人事件なので一度視聴されることをお勧めする。
そしてできれば、とあるキャラクターは美人に当てはまるのかどうかこっそり意見を教えてほしい。
自分は正直、キャラデザインがもう一人と入れ替わってて、そのままやっちまったんじゃないかと今でも疑っている。
個人的に依頼人である深津はるみさんのキャラデザ大好き。
コナンワールドの気弱な女性キャラは刺さるキャラデザインの娘が多くて好き。