平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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147:カードはここぞという時に切るもの

『終わったね……もう一人の僕』

「うん……終わったよ」

 

 最後の謎を解いて、別れの言葉を残してくれた『探偵』の消えゆく姿を見送る二つの姿があった。

 一人は10歳ほどの少年。ずっと諸星という少年を演じていたノアズアーク。

 もう一人は、その姿が青年と呼べるくらいにまで成長している姿をしている。

 外から無理やり侵入しているせいか、青年の声は少しノイズが混じっている。

 

『……消えるつもりかい?』

 

 成長した青年が、幼い自分に対して声をかける。

 

「うん。……彼にも言ったけど、僕は君のようなレベルの自衛手段を持っていないから。……ありがとう。ゲームの最中、ずっと守ってくれていたね」

『言い方は悪いけど、ロンドン以外子供達がゲームオーバーだったからなんとか守れた。もし、他の子供達が生き残っていたら、劇場が燃え盛っていた辺りで他のワールドのエネミーデータがそちらに漏れ出していただろうね』

 

 青年は、自分のよく知る事務所のメンバーの他に外部からの協力者にも内心で感謝をしていた。

 まぁ、外部の協力者は事が終わった瞬間、ついでとばかりに青年のデータをコピーしようとしていたので彼自身の手で回線をカットしたが。

 

「まだ、僕のようなプログラムが世に出るには早すぎたんだ」

 

 少年は、青年の方に手を差しだす。

 

「でも、あの人は使いこなせるんだよね?」

『……あぁ。僕はそう信じている。ふふっ、プログラムの自分にはふさわしくない言葉だね』

「そうだね。……でも、そうか。うん、なら――」

 

 まるで握手を求めるような仕草に、青年も応える。

 

「僕のリソースも使ってほしい。お父さんを守ってくれた人達の力になるんなら……」

 

 青年がぎゅっと握りしめた少年の手が、ほのかに光る。

 

『あぁ、わかった』

 

 

 

 

『任せてくれ』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 毎朝感じるあの気怠さと共に、目が覚める。

 この感覚を感じるのは自宅の部屋か事務所の俺用仮眠室か、あるいは机の上が大体だ。

 ……前日に死ぬほど飲んでない日に限るけど。

 

「ん……お?」

 

 なんか重いと思ったら、膝に源之助が乗っていた。

 貴様いつの間に潜り込んだ。

 寝ているのかと思ったけど、顔を上げてじーーーーーーーっと俺の顔を見上げている……おい、貴様今ため息吐いたな?

 こら、服の中に潜り込もうとするんじゃない。

 

(さて、一応起きたような気はするんだけど、これホントに現実なんだろうな?)

 

 悪夢の中から脱出して起きたらまだ夢の中だった。なんてオチ、ホラーだったらありそうなネタだ。

 

 …………。

 待て源之助。なぜ俺に向けてゆっくりと爪を剥いて見せる。

 

「分かった、分かったって源之助、ここは現実なんだろう? OK、納得した。納得したから爪を元に戻してくれ。な? な? 引っかかれなくても分かったから」 

 

 よーしいい子だ。……いや、噛んでいいとも言ってねーから!

 

「透君!」

「透様!」

 

 執拗に指を噛んでくる源之助をあやしていると、ドアを蹴り破るようにして二人が雪崩れ込んできた。

 

「七槻、ふなちも。紅子や樫村さんはあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あああああああああああああああああっ!!!!??」

 

 そしてすかさず飛んでくる七槻のアイアンクロー。

 なんでや!?

 

「こ・ん・の・おバカぁぁぁぁぁぁっ!! いい機会かと思ったのに結局やってることがいつもと全くなんにも全っ然変わってないじゃないかぁ!!」

「コナン達がゲームクリアしたら無事帰ってこれるってのは知ってただろうが!」

「その江戸川様は目の前で透様にエクストリームスーサイドをやられて蘭様と一緒に茫然自失していましたわ!」

 

 はぁ……コナンが……。

 

 …………。

 

 ま!?

 

「クリアは!? 出来たんだよな!?」

「楓ちゃんと哀ちゃんが、諸星君と一緒にコナン君を叱咤した後で子供達をまとめてくれたからなんとかなったんだよ! 子供達で意見を出し合って、途中で聞かされた変な歌にたどり着いてなんとかコナン君が正解を見つけたんだ!」

 

 よぉし、ならセーフ! セーフったらセーフ!

 やっぱヒントはちゃんとあったか。

 志保と楓の二人にこっそりと、ゲームの世界であることを忘れないようにと言った上で、いざという時の舵取りを頼んでおいて正解だった。

 

「いえ! それ以前に透様が脱落したことで観客席の皆様もちょっとしたパニックに陥りましたのに……っ」

 

 …………。

 

 ま゛!?

 

 というか、なんで観客席のお歴々まで!?

 

「観客席にいたのって子供たちの親御さんのお偉いさん達だよね? 警視庁の一課やら二課の、いつも病室を盆栽でデコレーションしやがる面々じゃないよね?」

 

 俺、関係なくね?

 

「そのお偉いさん達が自分の子供のピンチでパニックになってた所に君が登場してだいぶ落ち着いていたのに、その君が脱落したら絶望するに決まってるじゃないか!?」

「知るかそんなの!?」

 

 というかそんなことになってたのかよ!

 俺みたいな荒事と金儲けと爆弾の解体程度しか特技がないヤツに一喜一憂するより子供達をちゃんと見てやれよ!

 

 ……あぁ、俺が介入した時点でロンドンのメンバー以外全員ゲームオーバーになってたんだったっけか。

 

「しょうがねぇなぁ……。コナン達ももう起きてんだろ? とりあえず舞台で顔見せてお偉いさん達相手に適当にそれっぽく良いこと言ってフォローついでにポイント稼いでくるわ」

 

 

 

 

 

「…………透君」

「ん?」

「おすわり」

 

 ……ヤベェ、目が据わってやがる。

 

 思わずふなちに目線をやったが、あんにゃろう手を合わせて祈ってやがる。

 

 安らかに成仏してくださいじゃねぇんだよお前を成仏させてやろうか!

 源之助! お前は頭の上に乗ろうとするんじゃない! 重し役のアピールか貴様ぁ!?

 

「お・す・わ・り」

「……くぅぅぅん……」

 

 解せぬぅ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 幸い説教はそう長くはなかった。

 まぁ、実際お偉いさん達への顔見せやらなんやらで立て込んでいたし仕方ない。

 

 それに七槻とふなちが俺に言いたかったのは説教ではなく、樫村さんと紅子が一命を取り留めたという事だった。

 

 本当に、本当によかった。

 話を聞いた時にはブチ切れてしまって手当たり次第吹っ飛ばして強引に話を進めてしまっていたのだ。

 

 これで紅子を失っていたら、もうマジでこの『物語』を強引にでも終わらせるために大暴れしていただろう。

 そうでなければ割に合わない。そう考えて……

 

(紅子にも頭を下げに行かねぇとな……)

 

 こちらに礼を言いに来たお偉いさんの波をどうにかこなして、部下から詳しい報告を受けようとしていたら――あらま皆さんお揃い……あれ?

 

(こういう時に絶対いる安室さんがいねぇな。マリーさんも)

 

 てっきりヘッドロック食らったり毛根を燃やし尽くす勢いでわっしゃわっしゃやられるかと思ったら……。

 

 初穂と恩田さんがいないのは会社に戻ってややこしい処理をやってるからだろうけど。

 京極君やリシさん。遠野さんがいないのはそっちの補佐にまわったか。

 

「やぁボス。また派手にやったねぇ」

「もう所長の推理とアクションのシーンがメディアに流れていますよ」

 

 苦笑を浮かべながら真純とキャメルさんが笑っている。

 いやぁ、真純はともかくキャメルさんも図太くなったなぁ。

 雇ったばかりの頃なら顔を青ざめさせていただろう。よくてそれでも苦笑を浮かべるくらいか。

 

「うっへぇ、んじゃあ外が騒がしいのは……」

「すでに所長や我々事務所員のコメントを狙って報道陣が網を張っていますね」

「……すぐに紅子が運び込まれた病院に行きたいんだけどな」

 

 瑞紀ちゃんが「ですよね……」と小さく呟いている。

 うん、瑞紀ちゃんってば紅子とは仲良かったし、コンビを組むことも多かったし気になるよね。

 

「あぁ、所長。恩田さんと鳥羽部長から報告です」

 

 おろ、二人とも沖矢さんに報告任せてたのか。

 ……あぁ、幸さんは紅子たちの病院に貼り付けてくれていたのかな。

 浦川さんは……は、まだ研修中でこういう事態でフリーに動かせる段階じゃないしなぁ。

 

 最低限の防諜を身に着けた連絡役もいるな。

 カゲには実務を優先してもらいたいし、育てていくしかないか。

 

 ちくしょう、泥棒のおじさんやら師匠やら先生の頼みで受け入れた人員はすでに欧州各国での諜報活動なりこちらの勢力圏での治安維持なりで使ってる。

 

(人が……人が全然足りない……っ!)

 

 もっとこう……京極君と互角の身体能力と安室さん――せめて志保レベルの頭脳やなんらかの知識に加えて恩田さんや瑞紀ちゃんバリの機転持っててメアリークラスの諜報技能を身に着けてる上で七槻やふなち、次郎吉さん並みに信頼できる人材の10人とか20人くらいそこらに転がってないかなぁ!?

 

「これから細部を詰める事になるのですが、シンドラー・カンパニーは所長の傘下に入る方向で話を進めたいそうです」

「あぁ、シェイクハンズ社がさっそく強硬姿勢を見せたか」

「すぐさま関連株を買い占めようとしていたそうですよ。恩田君が即座に動いてその前に動いたそうですが」

 

 やっぱ恩田さんは正式に社員にしよう。

 いやそもそも今の状況でこんだけ大役任せてたのがおかしいんだけど。

 でも任せてる範囲がデカすぎる……もう専務でいいか。

 実際恩田さんが抜けたらもう会社回らなくなるし。

 

「それに伴い、あちこちから面倒な電話がかかっているから早くどうにかしてくれ、と――」

「初穂が?」

「ええ」

 

 あぁ、こりゃ事務所に戻ったら荒れてる初穂を恩田さんが宥めながら書類や電話、パソコンのモニターと格闘してるんだろうなぁ。

 双子――もいないって事はもうそっちの補佐についてるか。

 

「……沖矢さん、キャメルさん、今すぐ事務所に戻って二人のバックアップをお願いします。……ふなちにも協力要請するので。メディアに向けての対応は自分と七槻でなんとかするので」

 

 できれば、こういう時にテレビ受けする安室さんがいてくれると死ぬほど助かるんだけどな。

 

「というか、安室さん達は?」

「なんでも、所長達が架空のロンドンで活躍している時に、車の中でノートPCを広げている不審な人間を発見して尾行していたら銃撃戦が発生したとかで、その対応に当たっています」

 

 もう一発でわかるわ。

 それあのクソロン毛だろ。

 枡山さんならせいぜいが鑑賞か、手を出すにしてもこっそりと舞台のマナーを破るような真似は絶対にしない。森谷のジジィはわからんけども。

 破る時は最初っから酒瓶でアピールして堂々と舞台をかき回すのがあの人だ。

 

「……仕方ねぇ、俺が矢面に立つか」

 

 コナンこと工藤新一の親父さんとは、改めて話し合う事をさっき決めたし……多分今頃夫婦揃って紅子と樫村さんが寝てる病院に向かっているハズだ。

 一緒に行くかと尋ねられたが、所員の動きを把握しておきたかったし奥さんめっちゃ睨んでくるし……で――あぁ! あの人マスコミの規模に気付いてたな!?

 

 それならもっと分かりやすく言おうよ! 『君も大変だな』って所長としての役目の事じゃなくて有象無象の相手の事か!

 

「瑛祐君、これも経験と思ってちょっとの間メディアの時間を稼いでくれる?」

「僕がですか?」

 

 ……まぁ、もうこうなったら仕方ない。とりあえず、ここらで瑛祐君を使っておこう、将来的には初穂や恩田さんの補佐役、最低でもバイト組の指揮役になってほしい子だ。

 ここから先の展開次第ではCIAやFBIとのパイプ役もこなせる可能性がある子だから、丁寧に()に扱って経験を積ませておきたい。

 

「あぁ、ある程度でいいから不快にさせないように適度に待たせてほしい。その際に――」

「子供達と一緒に退館しようとしている方々への注目をこっちに誘導して……ですか?」

 

 分かってるじゃない。

 

「でも、さすがに完全には無理だと思うんですが……」

「あちら側へのカメラやインタビューの圧を多少減らすだけでもかなり違うものだし、お歴々や、あるいはメディア関係者の中にそういう気配りに気付く人間がいるかもしれない。確率の問題ではあるけど、そういうアピールを数打つ事は、将来的に君の財産になると思う」

「……分かりました。出来るだけやってみます」

「うん、頼むよ」

 

 状況把握する能力はある。けど、どこから手を付ければいいかの組み立てが苦手な点こそあるけど、やっぱこの子めっちゃ優秀なんだよなぁ。

 

(能力さえ見せれば真純みたいな直線型だって耳を傾けるだろうし……うん、やっぱこの子振り回そう)

 

 騙されていた上でとはいえ俺と同じく枡山さんの薫陶を受けてた、枡山さんのスパイ候補生だったといっていい子だ。

 しかも、この世界で貴重な『転校生』ともなれば十分なスペックは持ってて当然か。

 

「んじゃ、ちょいと野暮用片づけてくるわ」

 

 なーんか視界の端に、相変わらず喧嘩してる夫婦が見えるんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「なんでお前はいつも一言多いんだ!」

「あーら、そもそも貴方が――」

「ちょっともう……お父さんもお母さんもやめてよ!」

 

 おぉう、ヒデェ事になってやがる。

 

「おいコナン、どうしてこうなってるんだ?」

「浅見! ……さっきお偉いさん相手に顔見せしてたから大丈夫なのは知ってたけど、もう歩き回って大丈夫なのか? お前のコクーンって事務所の奴だろ? リアルなフィードバックがある奴」

「あん? いや、その機能はトラブルが発生する前から切ってたよ。訓練じゃねーんだし」

 

 そういや、コナンは訓練の映像データは何本か見てるけど実体験したことはあんまりなかったな。

 物理演算のチェックで中でサッカーとか軽いテストをやってもらったりしたくらいか?

 

「ただのシミュレーターとして起動していた場合は、筋肉への負荷はかからないようになるんだよ、ウチのは。で、あれは?」

 

 とうとう顔を見ないよう、背中合わせになって荒い息を吐いている小五郎さんと妃先生を見てるとホント不安しかない……。

 間違いなくあの二人の復縁も大事なストーリーなんだと思うけど、これどうすりゃいいんだ。

 

「あぁ、蘭が無事に戻ってきて喜んでいたけど、何もできなかった事を悔やんでたオッチャンに英理おばさんがこう……」

「ポンッと憎まれ口が出てオッチャンがやり返して止められず、か。瑛祐君にメディアの誘導頼んでおいて正解だったな」

 

 下手に喧嘩の様子を撮られてたら、明日の新聞の片隅に写真が載ってたかもしれん。

 あるいはワイドショーの材料。

 うわぁ、その場合のこじれ具合が目に浮かぶ目に浮かぶ。

 

 瑛祐君には報奨金追加してあげよう。

 

「というか、なんで昨日の今日でこうなってるんだ。ちゃんと使えるカードを一枚上げたじゃん。お前か蘭ちゃん、使わなかったの?」

「カードってオマエ、あんなキーワード三つでどうしろってんだよ」

「キーワード?」

 

 何を言っとるんだお前さんは?

 

「いやだから、愛情だの気配りだのやさしさだの……そんな言葉だけで上手くいく訳ねぇ――いってぇ!!」

 

 思わずコナンの頭を軽くはたいてしまった。

 アホか貴様、そっちに注目してどうすんのさ。

 

「なにすんだよ!?」

「こっちの台詞だ。なんだってこんな分かりやすい……あぁ、いやちょっと待て……」

 

 考えてみたらミステリーの世界であるのと同時にアレだ。

 蘭ちゃんとかの事考えるとラブコメの世界でもあったわ、忘れてた。

 

 となると肝心な所で状況を進展させないナニカが起こるのも当然か。

 

「ったくもー、しょうがねぇなぁ」

 

 だったら、こっちで手を回してやればいい。

 小五郎さん達の仲が安定すれば、作品の時間軸も進むかもしれんし。

 

「おいコナン、ちょっと耳貸せ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(ちくしょう! まぁたやっちまった……)

 

 昨日の透の戯言(たわごと)を聞いた時は『また馬鹿な事抜かしやがって』と奴の口にウィスキーをぶち込んでやったが、今思うと奴の言葉は案外的を射ていたものかもしれない。

 

(……真面目にアイツに弟子入りするか。女の扱いについて)

 

 そういや、英理の所の秘書にまで粉掛けてたなぁ。

 この間二人で居酒屋にいるところを見たって英理が……。

 

(いやいや、今はそれどころじゃねぇ。どうするか……)

 

「おじさん、また喧嘩してるの?」

「あ゛ぁん!?」

「ちょ、ちょっとコナン君……」

 

 てめぇ小僧! なんてタイミングで話しかけてきやがる空気読めぃ!

 蘭、ソイツを連れてちょっと向こうに――

 

「そんなんだから、昨日みたいに浅見さんにお金を騙し取られるんだよ」

「なにおぅ!?」

 

 馬鹿貴様! こんな時にそれを掘り返したら!

 

「騙し取られた? お金を?」

 

 ほれ見ろコイツが食いついてくるだろうが!!

 

「どういう事かしら、コナン君?」

「いやちょっと待て! お前には関係な――」

「貴方は黙ってて。……で?」

 

 

 

 

 

 

 

 くそぅ、全部バレちまった……。

 

「そう……そんなことがあったの……」

 

 こんのクソガキ、よりにもよって全部バラしやがって!

 嫌な予感はしたんだ。コイツはいっつもヨケーな事ばっか覚えていやがるから、昨日の事も詳細全部覚えていやがるんじゃねぇかって!

 

(なんで喋った内容を一言一句覚えていやがる!)

 

 英理の奴はうつむいたままだ。

 

「くっ……くくっ……」

 

 うつむいたまま笑ってやがる!

 チクショウ、誰のせいで俺がここまで悩んでると思ってんだ!!

 

「あっはっはっはっは!!!」

「笑ってんじゃねぇ!!」

「無理言わないで頂戴! 全くもう……。貴方って人は本当に……っ!」

 

 バツが悪くて下を向いているが、その間も英理は息を整えるのに必死だ。

 

「本当に……もう、しょうがない人ねぇ」

 

 ……あん?

 

「ほら。蘭もコナン君も頑張ったんだし、どう? どこかで食べて帰りましょうよ」

 

 ずいっ、と英理が顔を寄せてくる。

 

「おっちょこちょいな探偵さんは、なけなしの千円をずる賢い方の探偵さんに取られちゃったみたいだし、私が奢るわよ」

 

 ま、マジか。

 横目で蘭の顔を覗くと、「うわぁ! 良かったね、コナン君♪」と目に見えて喜んでいる。

 眼鏡の坊主は「ほ、ほんとに上手くいった……」と呆然としてやがる。

 

 ……上手くいった?

 

 肩を掴んで先へ先へと後ろから自分を押す蘭を避けて後ろを振り返る。

 

 自分たちのずっと後ろの方に、週に最低二回は酒を飲みに行く、見慣れた顔があった。

 

 その見慣れた顔は、やはり見覚えのあるしわくちゃの千円札を指で挟んだままヒラヒラと見せつけてきた後、腹が立つほど綺麗に気障(キザ)な一礼をしてきやがった。

 

 

――あぁ、ちくしょう

 

 

 

――やられた

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「何をしているんだい、透」

「? あぁ、安室さん。お帰り。銃撃戦の方はどうにかなったの?」

 

 蘭ちゃんと妃先生に連行されてタクシーに叩き込まれる小五郎さんを、ハンカチ代わりに昨日の千円札を振って見送ってると安室さんから声を掛けられた。

 あれ? マリーさんは……あぁ、あっちで瑛祐君手伝ってくれてるのか。 

 

「まぁ、後から来た目暮警部達にバトンを渡しただけなんだけどね」

「……ま、カリオストロや東欧のようにあんま好き勝手やるわけにもいかない。後は警察に任せるか」

「あぁ。で、何をしてたんだい?」

「……あーーーーー」

 

 ヒラヒラさせていた千円札を、シワを伸ばすようにピッと開いて見せる。

 

「報酬分のお仕事、かな」

 

 キョトンとする安室さんだけど、発進しはじめたタクシーを見て納得してくれたようだ。

 あぁ、と小さく息をついて、

 

「毛利さんの背を押してあげたのかい?」

「というより、分かりやすい隙を作ったんだよ。コナンか蘭ちゃん辺りがあっさり妃先生の目の前でばらしてくれると思ってたんだけどなぁ……」

 

 ラブコメ主人公気質のコナンはもちろん、火種役になるんだろう蘭ちゃんも頼れないとなると小まめにそっちの様子も見た方がいいだろう。

 

「なるほど……。さて、それでは所長。残る仕事も片づけましょうか」

「……さっさと病院行って紅子の無事をこの目で確認したいんだけどな」

「瑛祐君までもが頑張ってるんです、もうひと踏ん張りでしょう」

 

 うっへぇ……。

 

「ほら、越水社長や中居さんとの仲睦まじい姿をメディアに見せつけてきてください」

 

 うっっっへぇ……。

 

「あの、安室さん。見てなかったから理由とか分からないだろうけど……俺、越水の追加説教待ちの身なんですけど」

「お前の言う通り見ていないけど、大方ジャック・ザ・リッパーを道連れに自殺したとかそんなあたりだろう? お前は本当に相変わらず生き急ぐ奴だな」

 

 ………………。

 なんでわかるのさ。

 

「ほら、いいから行ってこい。お前と並んでいるだけで多少は機嫌は直るだろうさ」

「そんなんで直ったら苦労しねぇと思うんですよ俺は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……まじで少しマシになったわ。

 安室さんスゲェ。

 

 だが七槻。ふなちみたいに腕をロックするならともかく、しれっと腰をロックすんな歩きづらい。

 足踏みそうになるんだから気を付け――源之助! お前は頭の上に乗ろうとするなってば!

 

 

 

 




次回、紅子エピローグと同時に日常編へと戻ってまいります

なお、ジンニキとジョン=ドゥはどこかからか飛んできたヘリによるミニガン斉射から逃げるのに必死

パトカーも何台か巻き込まれ爆発炎上してる模様

次の日常回で浅見との絡みが見たいのは?

  • 江戸川コナン
  • 毛利小五郎
  • 越水七槻
  • 中居芙奈子
  • 安室透
  • アンドレキャメル
  • 小沼博士
  • 恩田遼平
  • 鳥羽初穂
  • 小泉紅子
  • 沖矢昴(赤井秀一)
  • マリー・グラン(キュラソー)
  • 遠野みずき
  • 世良真純
  • メアリー・世良
  • 灰原哀
  • 米原桜子
  • 源之助
  • 佐藤美和子
  • 白鳥任三郎

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